2020年07月16日

インシュアテック企業「オスカー」は米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるか

松岡 博司

文字サイズ

(4)ドクターオンコール(遠隔医療サービス)
ドクターオンコールサービスは、24時間年中無休、無料の、いわゆる電話による遠隔医療サービスを提供している。リクエストには夜中はダメ等の制限がない。

コンシェルジュチームに連絡を取ると、15分以内でほとんどの遠隔医療の予約が完了する。

コンシェルジュチームは、当該メンバーからの距離、利用可能性、手続き量、保険金請求関連のデータ、医師の経験、およびメンバーからの医師レビュー結果等の判断基準を使って最適な医師を見つけることができる。

予約が完了すると医師からの電話によるコールバックがある。メンバーは、電話とあわせて症状の写真をオンラインで送ることもできる。ドクターオンコールで処方箋をかかりつけ薬局に送ってもらうこともできる。

なお顧客はオスカーアプリの「Doctor on Call」をタップするだけで、自分で医師を検索することもできる。
 
(5)ウェブサイトやオスカーアプリで医師を探し予約できる
メンバーが自分の症状をウェブサイトやオスカーアプリに入力すると、推奨医師、推奨医療機関が表示され、予約を取ることができる。メンバーが求められそうな自己負担額の推定額も表示される。
 
(6)歩くだけで報酬が得られるトラックステップス
顧客はオスカーアプリを使用して自分の歩数を管理することもできる。オスカーアプリが自動的にApple HealthまたはGoogle Healthを通じて同期、連携して歩数を管理し、設定されたステップゴールに到着した日ごとに、Amazon®ギフトカードの報酬が1ドルずつ積み上がっていく仕組みである。ユーザーは年間上限の最大240ドルまで、毎年、報酬を稼ぐことができる。わが国でも最近流行りの歩く健康増進保険のはしりとも言える。
 
(7)オスカーセンター
オスカーセンターはニューヨークのブルックリンに設けられたメンバー専用のプライマリーケア(第一次診療)センターである。また保健コミュニティセンターとしても機能しており、ヨガクラス、栄養セミナー、不安ワークショップなどのウェルネスイベントが実施されている。

すべてのメンバーは、年1回の予防健診をオスカーセンターで受けることができる。
2017年には、近隣のブルックリンのメンバーの15%以上がオスカーセンターを訪れ、その98.3%がオスカーセンターを他の人に推薦すると答えたとのことである。
オスカーセンター
(8)メンバーが自身の処方箋、治療履歴、保険金請求履歴等を見ることができる
専用アプリを通じて、処方薬の記録、医療履歴等にアクセスすることができる。これにより、自らの健康を管理する能力をメンバーに提供することが目的である。
 
(9)優良で質の高い病院や医師の治療を受けることができる
オスカーは、自らの保険が適用可能な医療ネットワークの中の医療プロバイダーとして提携、契約し、メンバーに紹介する病院や医院を厳選し、ネットワークの質を保っている。そのため、メンバーは、提供される医療の質を信頼することができる。
2|これらのサービスを提供するオスカーのネットプロモータースコアは業界平均を大きく上回っている
ネットプロモータースコアは、顧客ロイヤルティ、顧客の継続利用意向を知るための指標である。「顧客推奨度」や「正味推奨者比率」と訳される場合もある。

オスカーの2019年末のネットプロモータースコアは33である。時点はあわないが、2018年にオバマケアのプランに参加した全医療保険会社の平均スコアはマイナス19であったので、オスカーのスコアは極めて高いと評価できるだろう。
オスカーのネットプロモータースコア
メンバーの満足度が高い結果、口コミの紹介を通して多くの新メンバーが加入してきている。2017年、オスカーの新メンバーの14パーセントは、彼らの医者、友人、または家族の紹介でオスカーに加入した。この数値は、最も事業期間が長いニューヨークでは27%に達していた。
 

4――データを基軸に経営するオスカーの事業方向

4――データを基軸に経営するオスカーの事業方向

以上のように、オスカーは、単に医療保険を提供することを超えて、治療、予防ケア、個別化されたコンシェルジュサービスなど、総合的な医療サービスを個々人ごとに属人的な形で提供している。テクノロジーとデータを重視する事業方針がそれを可能にしている。以下、オスカーが自らのビジネス遂行上のポイントとしている5つの事項を1つずつ見ていく。

1|メンバーのオスカーへのエンゲージメントを増やす
テクノロジーを通じた顧客エンゲージメント
オスカーを見る上で重要な用語が、「エンゲージメント」である。これは「交流度を図る指標」とされる用語で、機関投資家の「スチュワードシップ責任」論の中では、投資先企業と機関投資家の間で行われる経営に関する議論や提案を意味しているとされる。本稿でも「エンゲージメント」を、そうした、つながり、対話、交流といった、関与のあり方を意味する言葉と考えて使用する。

オスカーはメンバーとの「エンゲージメント」を最重要の課題としている。

オスカーのメンバーのエンゲージメント率は、他の医療保険会社のメンバーのエンゲージメント率よりも高い。2017年の調査では、41%のメンバーが、健康を管理するために、毎月、オスカーのウェブやアプリに積極的に目を向けている(「月次ベースで使用するメンバーの割合」参照)。

2019年のモバイルアプリのダウンロード率52%は、業界平均のほぼ5倍とのことである。
メンバーのエンゲージメント状況
オスカーは双方向のやり取りによる健康管理のサポートを通じて、メンバーに積極的に関与し、メンバーとの信頼関係を築くことによって、さらにメンバーのエンゲージメントを深める戦略をとっている。

YouGovによる2017年の調査によると、契約している医療保険会社を信頼していると答えたメンバーの割合は業界全体では半数に満たなかったが、オスカーに限れば74%であったとのことである。

コンシェルジュチームの働き
メンバーのエンゲージメントを高める上で特に重要な役割を果たしているのが、コンシェルジュチームである。チームは、メンバーが最善のケアを見つけることから、慢性疾患を管理すること、医療プロバイダーやラボからの請求に対処することまで、あらゆるヘルスケア体験に付き添い、ナビゲートする。

2018年の実績を見ると、1年間のうちに、コンシェルジュチームは、メンバーの77%から寄せられた120万の質問に回答した。55歳未満のメンバーでは75%が、55歳以上のメンバーでは83%がコンシェルジュチームに連絡を取った。また健康状態で区分すると、健康なメンバーの70%が、臨床的に深刻な状況にあるメンバーの92%が、コンシェルジュチームに連絡を取った。直近に保険金請求を行ったメンバーの30%近くが、オスカーを信頼する最大の理由として、コンシェルジュチームの存在を挙げたとのことである。

これは医療費の節約にも効果的に働く。2017年にコンシェルジュチームに連絡を取ったメンバーは、ネットワーク外で医療を受ける可能性が10%低く、そのおかげでネットワーク外コストが36%低かった。
2|できるだけバーチャルケアを適用して、メンバーの負担、全体コストを引き下げる
バーチャルケア
メンバーが医療機関に出向くことなく、医師との電話や写真の送信等を通じて、軽微な症例の治療等に取り組むことができるようにすることにより、メンバーの手間と時間を節約し、医療費を低減する。こうしたバーチャルケアは、軽微な症例を治療し、患者のケアへのアクセスを向上させる有効な方法である。

また急性の疾病についても、バーチャルな第一次診療医が症例を判断し、必要とあれば専門医を紹介、予約することで、メンバーの症状への対応を一段早めることができる。
 
バーチャルインタラクション
そのため、オスカーはバーチャルインタラクション(バーチャルな環境下での相互のやり取り、対話)を重視している。

オスカーはメンバーをバーチャルケアプラットフォームに案内する。そこでは、遠隔医療の医師(バーチャル第一次診療医)、コンシェルジュチームの専門看護師(医師の務めの多くを遂行できる看護師)、とメンバー個々の病歴に精通しているコンシェルジュチームのケアガイド等が、メンバーの心配に対応する。

2017年には、メンバーのヘルスケアへの取り組みの63%がバーチャルで行われた(2016年は46%であった)。

コンシェルジュチーム、バーチャル第一次診療医、リアルな医療プロバイダーの間のデータを統合して構成されるオスカーのバーチャル第一次診療システムを通じて、メンバーの日常的なヘルスケアの問題の多くは解決できる。

コンシェルジュチームは、医師のアポイント取りから処方箋や保険金請求書の発行まで、ヘルスケアをナビゲートする。また属人化されたバーチャルケアプラットフォームを使って、予測的、予防的に、シームレスに、メンバーを必要でリーズナブルなケアに導く。

遠隔医療を提供するドクターオンコールはバーチャルケアシステムの鍵である。2018年にはメンバーの3割弱がドクターオンコールによる遠隔医療を利用した。この数値は2016年には14%、2017年には約25%であった。

バーチャル第一次診療医は、日常的な健康上の問題に対してメンバーに低コストの選択肢を提供するために慎重に選ばれた。ほとんどの遠隔医療のアポイントメントは、依頼してから15分以内の間に行われる。

メンバーのエンゲージメント率が高いおかげで、オスカーは、診療所、緊急治療室(ER)、緊急治療施設(UC)等への訪問の代替策としての、低コストのバーチャルケアのより高い利用率を達成することができている。2018年時点でのオスカーの遠隔医療利用率は、医療保険業界平均の約5倍である。
遠隔医療だけで解決したケースの割合 (2017年)/症例別、遠隔医療有無別の医療費(2017年) 
バーチャルケアプラットフォームは、オスカーの他のすべてのシステムと全面的に統合されている。コンシェルジュチーム、バーチャル第一次診療医、リアルの医療プロバイダー、いずれもが、メンバーの以前の医療ケアとの関わりの内容や臨床データを活用できる。

リアルなプロバイダーのツールやデータに直接アクセスできるバーチャルケアプラットフォームにより、バーチャル第一次診療医は、次のことも可能である。
 
  • メンバーの健康履歴を確認しながら、各メンバーの契約している医療プランの給付に関する質問に答える。
  • メンバーの医療プランの内容に応じた医薬品を処方する。
  • メンバーを専門医に紹介する。
  • メンバーに代わって専門医のアポイントメントをとる

2017年の調査では、オスカーのバーチャル第一次診療医が電話による遠隔医療において、緊急治療室(ER)、緊急治療施設(UC)に患者を紹介した比率は3.2%であった。これは、別途オスカーが使用してきた全米に知名度のあるナショナルベンダーの遠隔医療医の同比率が9.6%であったことと比べると、非常に低い。

遠隔医療の結果、専門医への紹介が必要と判断されると、メンバーは担当のコンシェルジュチームから、専門医のリストを掲載した提案メッセージを受け取る。2017年の調査では、メンバーの77%がこの提案を参考に専門医を選んでいた。メンバーは、メッセージを読み、自分のアプリで提案された医師を閲覧し、予約の可否を確認し、他のメンバーによる医師レビューを見て、どの専門医が最適なのかを判断できる。
 
ステップトラッキング
オスカーアプリ中のステップトラッキングは、健康なメンバーがオスカーとエンゲージし続けるようにしむける有効なツールである。これにより健康なメンバーはオスカーのツールに精通し、ケアを必要とするときにオスカーのツールを使用する傾向が強くなる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

松岡 博司

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【インシュアテック企業「オスカー」は米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

インシュアテック企業「オスカー」は米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるかのレポート Topへ