2020年07月13日

なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?-経済、働き方、消費への影響と今後の課題-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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今後、テレワークが普及し、ワーク・ライフ・バランスが実現しやすくなると、今まで、家事や育児、そして介護が原因で労働市場に参加することを躊躇していたり、パートやアルバイトなどの短時間労働者として労働市場に参加していた女性が、より積極的に労働市場に参加できるようになるだろう。また、テレワークの普及は、高齢者がより長く労働市場に滞在することも可能にし、女性の労働供給とともに労働力不足解決にプラスの影響を与えると考えられる。

一方、テレワークの普及は、年功序列や終身雇用を前提としていた日本の「メンバーシップ型雇用」を、個人の仕事と責任の範囲が明確になる「ジョブ型雇用」に変える要因にもなりえる。そうなると、現在、政府が働き方改革の一環として実施している「同一労働同一賃金」がより実現しやすくなり、非正規労働者の処遇水準は今より改善されると予想される。但し、一部の企業では処遇水準が改善された非正規労働者を雇用する代わりに、人件費の負担が少ないフリーランスやギグワーカー(gig worker)、そして外部委託を増やす可能性もあろう。また、新型コロナウイルスを機に書類の電子化が進むこともそういった業務の外注化を促進する要因になると考えられる。

ここで、ギグワーカーとは、クラウドワーカーとも呼ばれ、インターネットのプラットフォームを通じて単発の仕事を依頼したり請け負ったりする働き方をする人である。彼らの場合は、労働基準法などが適用されず法的に保護されていない。そのため、彼らをこのまま放置しておくと、新しいワーキングプアが生まれ、貧困や格差がより拡大する恐れがある。テレワークの普及がもたらすプラスの面だけではなく、マイナスの面も考慮し今後の対策を推進していく必要がある。

新型コロナウイルスの影響による景気の低迷とテレワークの普及は消費者の消費心理や消費行動にも影響を与えた。内閣府が5月末に発表した「消費動向調査」によると、消費者心理を示す一般世帯(2人以上の世帯)の「消費者態度指数」2は24.0となり、過去最低値であった4月の21.6より2.4ポイント上昇した。2019年12月以降5カ月ぶりの上昇で、政府による緊急事態宣言の解除による経済活動に対する期待が高まった結果ではあるものの、消費者心理が新型コロナウイルス発生以前の水準に回復するまでにはまだ時間がかかりそうだ。

一方、総務省が6月5日に発表した「家計調査」によると、4月の二人以上世帯の消費支出(実質)は、前年同月に比べて11.1%も減少したことが明らかになった。前年同月比の項目別では、パック旅行費が97.3%、交通が73.0%、一般外食が67.0%、被服及び履物が55.4%も減少した。外出自粛により旅行や外食が以前より減少し、テレワークの実施により交通や洋服に対する支出が減少したのが原因である。一方、設備材料は73.5%、酒類は21.0%、穀類は10.7%消費が増加した。テレワークをするための環境整備や中食や内食、そして家飲みなどが増加したからである。

テレワークが現在より普及すると、家で過ごす時間が長くなることにより、ネットショッピングを中心とする非対面の消費行動が普遍化するだろう。通勤のために必要なスーツや化粧品、バックや靴などの消費は減少し、関連市場は縮小される可能性が高い。一方、自宅でより楽に仕事をしたり過ごすための消費は増え、外食よりはフード デリバリーや中食、そして内食の割合が増加すると予想される。また、しばらくの間は、リスクのある映画館に行くより、NetflixやU-NEXTのようなサブスクリプションを利用して映画などを鑑賞しようとする傾向が強くなると考えられる。

さらに、テレワークの普及は、企業に対して、都心に集中しているオフィスなどの需要を減らす代わりに、従業員の住まいに近い郊外のオフィスの需要を増やす選択肢を提供した。企業は、地代や賃貸料が高い都心のオフィスを売却・縮小し、都心から離れた郊外にサテライトオフィスを設けたり、シェアオフィスを借りることで経費を節約することができる上に、従業員の利便性を高めることができる。実際、このような動きは海外の企業を中心に広がっている。カナダのウォータールーに本社を置いているITプロバイダーのオープンテキストは、今年の4月に、世界に120あるオフィスの半分以上を再開しないことを決めた。日本でも、東京千代田区に本社があるベンチャー企業「エネチェンジ」が、テレワークの実施により従業員の業務効率が上がったと判断し、今年の5月にオフィスの一部を解約すると発表した。
 
2 消費者態度指数とは、内閣府によって毎月行われる消費動向調査の中の数値のひとつで、消費者の今後6ヶ月間の消費動向の見通しを表している。調査は、雇用環境、収入の増え方、暮らし向き、耐久消費財の買い時判断を、消費者がそれぞれ5段階に評価することで行っており、回答者全員が「良くなる」と答えると消費者態度指数は100、全員が「悪くなる」ならば0、全員が「変わらない」ならば50になるように設計されている。
 

4――今後の課題

4――今後の課題

現在、日本では、新型コロナウイルスという誰も予想しなかったウイルスの感染拡大の影響で、テレワークが急速に普及している。テレワークの普及は、日本政府が推進している働き方改革を推進するためにも望ましいことである。但し、今後テレワークをより普及させるためには、解決すべき課題も多い。その主な内容は次の通りである。
1) 業務の電子化の推進
ハンコや紙書類中心の業務を電子化する必要があるが、その牽引役は行政機関が担当すべきである。行政機関の電子化が進むと、行政機関へ出向くための移動時間や待ち時間を節約でき、24時間365日いつでも申請や届出ができるので、企業の生産性向上に繋がる。また、行政機関の業務の電子化は民間企業側の業務の電子化も求めることとなり、これを契機として民間企業の業務の電子化も加速していくであろう。

政府と経団連、経済同友会、日本商工会議所、IT(情報技術)やサービス業で構成する新経済連盟は、7月8日に内閣府で開かれた会合で、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、今後、書面、押印、対面作業の削減を目指していくことを主な内容とする共同宣言を発表した。政府は、各省庁が行政手続きのデジタル化が実現できるように、年内に制度の見直しを検討しながら法令の改正などを行う方針である。民間企業に対してもテレワーク推進等の観点から、押印の廃止や書面の電子化を推進する。
2) 通信環境を改善するためのインフラの整備と社員の出費増加に対する支援制度の拡充
会社で勤務することと同じ成果が出せるように、VPNの増設や通信ソフトウェアの購入・更新等、通信環境を改善するためのインフラ整備を急ぐことが望ましい。また、テレワークへの移行で発生する社員の出費、例えば、携帯電話やWi-Fiの利用料、光熱費の増加、モニターやウェブカメラなどパソコンの周辺機器と椅子などの購入費等を企業が支援することを考える必要がある。

株式会社アイ・グリッド・ソリューションズが5月に実施した調査によると、テレワークを始めた人の3月15日から30日間の電気使用量は、前年同期比で平均36%(料金に換算すると1700円)増加したことが明らかになった。政府による緊急事態宣言により、半強制的にテレワークを実施した現時点で社員の出費を負担する企業はまだ少ないものの、今後、テレワークが継続的な勤務形態として定着して、オフィスにおける勤務と同じ成果を求められると、テレワークにより発生する社員の経済的負担の一部を企業が負担せざるを得ないかも知れない。

加えて、自宅で仕事をする期間が子供の休暇期間と重なって仕事に集中することができない点などを考慮して、サテライトオフィスやシェアオフィスを提供するなど、オフィスでの勤務と同じ成果が出せるように多様なサポートをする必要もある。
3) セキュリティ対策の徹底と、人を信じる企業風土の構築
テレワークの最も大きな問題点として挙げられているのが、情報漏洩のリスクである。企業としては、機密情報が漏洩しないようにセキュリティ対策を徹底すると共に、会社と社員の信頼関係の崩壊により情報漏洩が発生しないように、何よりも人を大事にする経営方針や企業風土を構築・維持することが重要である。
4) 評価システムの整備と評価者に対する教育の徹底
テレワークは、対面でのコミュニケーションの量が減り業務プロセスが見えにくいので、評価が難しいという問題を抱えている。欧米の会社は、職務給を基本にしているので、働く場所に関係なく職務に対する成果を評価すればいいが、日本の場合はそれが難しい。さらに、テレワークに対する評価基準もない会社が多く、その結果、テレワークを実施したことが評価に不利に作用するケースも少なくない。今後テレワークが普及し、より多くの人がテレワークを行うことを考慮すると、テレワークに対する評価基準を設けることが重要である。また、評価を行う評価者が客観的な基準により公正な評価ができるように、評価基準を理解・熟知させるための教育も行わなければならない。
5) 長時間労働防止対策の実施
長時間労働を防止するための対策を講じることも重要である。テレワークの最も大きな問題の一つが長時間勤務に繋がりやすいことである。自分は家でさぼっていないことを証明することを、また会社にいた時と同じ成果を出すことを意識しすぎると、長時間労働や深夜労働を頻繁に行うことになる。そのまま放置すると過労死等の問題につながる恐れがある。

従って、会社としては、働いている状況を可視化するための工夫が必要である。一部の会社では、始業時間と終業時間をメールで上司に報告する、クラウド型の勤怠管理サービスを利用して打刻時間を把握する、メールやメッセージの送信時間を制限するなどの対策を実施しているものの、「隠れ残業」まで把握することは不可能である。時間の使い方に対する社内教育を、管理者及び従業員の双方に徹底するなど、無意識のコンプライアンス違反を防止するための対策を綿密に行う必要がある。
6) 中小企業に対する支援拡大や雇用形態による働き方の格差の解消
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークや在宅勤務制度を実施しようとする企業が増加しているものの、大企業に比べて情報共有ツールや通信機器が整備されず、他のオフィスや施設を利用することが難しい中小企業にとって、テレワークは「高嶺の花」である可能性が高い。厚生労働省や自治体の助成金を使えば、初期投資を大幅に抑えられるものの、助成金が提供されてもなかなか手が届かない中小企業が多いのが現状である。

さらに、正規労働者に比べて、パートやアルバイトのような非正規労働者のテレワークの利用率は低く、雇用形態による働き方の格差も発生している。大企業と中小企業の間に、また、正規労働者と非正規労働者の間に、働き方の格差という新たな格差が生まれないように、慎重な議論と対策を考える必要があろう。

損害保険ジャパンが6月初に全国の20歳以上の男女を対象に実施したアンケート調査によると、在宅勤務を実施した人の約7割弱が、今後の働き方を変えたいと回答した(在宅勤務を積極的に活用する(40.9%)、時差出勤する(26.6%))。日立製作所は、来年4月から在宅勤務を標準的な働き方にすると発表した。在宅勤務に必要な光熱費などを1人あたり月3000円補助する制度を6月から新設し、モニターや机など自宅で仕事するための機材の購入も補助する方針である。富士通も、当面は在宅勤務を基本とし、出勤者は最大25%程度に抑える考えを示した。

テレワークの実施は、感染拡大防止のための半強制的な措置ではあったが、結果的には、テレワークに関する企業や労働者の意識を大きく変えたといえるだろう。労働者は、通勤時間を節約し、家族と過ごす時間を増やしたり、自己学習の時間を充実させることができたので、テレワークに対する満足度が上昇した。このような満足は、実際にテレワークを実施して、初めて経験できたのであるだろう。テレワークの実施が、労働者の生産性向上につながるとともに企業の利益を増加させ、また、女性や高齢者の労働市場参加へのインセンティブになり、労働力不足問題を解消させるとするならば、企業は従来の働き方に拘る理由はないと考えられる。これからは、テレワークがニューノーマルになる可能性が高い。テレワークの普及により、経済、働き方、消費がどのように変わるのか今後の動向に注目したい。
 
 
3 本稿は「徹底解説 テレワーク導入率が上昇基調の日本 ワーク・ライフ・バランス向上に期待も働き方改革を交えた対策が必須に」『ファンドマーケティング』2020年7月号の掲載内容を加筆・修正したものである。
参考文献
  • 株式会社アイ・グリッド・ソリューションズ(2020)「新型コロナ対策によるテレワークと電気代の関係性に関する調査」2020年5月15日
  • 金 明中(2020)「新型コロナウイルスで働き方の格差が広がる?-テレワークの導入可否がポイントか-」研究員の眼、2020年3月13日
  • 損保ジャパン(2020)「働き方に関する意識調査」2020年6月5日
  • 第一生命経済研究所(2018)「テレワークの経済効果~通勤時間の損失を減らせ~」2018年4月26日
  • 第一生命経済研究所(2020)「テーマ:テレワークのマクロインパクト」2020年4月27日
  • 内閣府「令和2年5月実施調査結果」2020年5月29日
  • 総務省(2018)『情報通信白書平成30年版』
  • 総務省(2020)「令和元年通信利用動向調査」
  • 総務省(2020)「家計調査(二人以上の世帯)2020年(令和2年)4月分」2020年6月5日
  • freee(2020)「テレワークに関するアンケート調査」2020年4月13日
  • パーソル総合研究所(2020)「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査:第二回調査」
  • みずほ総合研究所(2018)「テレワークの経済効果:普及のカギは業務の見える化とテレワークの権利化」
  • 楽天インサイト株式会社(2020)「在宅勤務に関する調査」2020年4月30日
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2020年07月13日「基礎研レポート」)

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