2020年07月13日

「GAFAの次に来るもの」と「ポストデジタル資本主義」

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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4│真の社員価値重視社会の到来
米国のステークホルダー資本主義への転換は、人間中心主義への転換でもある。前述の通り、米国のテクノロジー業界は優秀なエンジニアが不足し、採用・定着に躍起になっている。
 
一方、これまで人口減少からくる構造的な人手不足に苦しんできた日本であるが、社員の価値向上においては、立ち遅れていた。今後は日本企業も、人を採用し、定着してもらうためには、社員の価値、社員の働きやすさを抜本的に考え直す必要がある。真の社員価値重視社会の到来というのは、本質的に、本当に社員を大切にしないと、人を採用できず、定着もさせられない時代がやってくるということである。
 
その会社に勤めている社員は本当にハッピーなのか、やりがいをもって仕事をしているのか。また、十分な給与を受け取っているのか。給与アップまで常に考えて経営を行っているのか。「家族経営」を標榜するなら、本当に家族同然の金銭的な処遇をしているのか、「家族経営」を社員を酷使する言い訳にしてはいないか、経営者は厳しく問われることになるであろう。正確にいえば、それは否応なく、問われてしまうものである。SNSを通じた内部情報の流出、あるいは内部告発。企業側が隠そうにも、隠しきれるものではない。遅かれ早かれ、社員価値を重視していない企業はいずれ批判を浴びることになるであろう。
5│プロダクトセントリックからカスタマーセントリックへの転換
プロダクトセントリックとは商品第一主義のことである。一方カスタマーセントリックとは、アマゾンのいう顧客第一主義を指す。
 
従来、特にBtoCのビジネスなど一般の消費者を相手に行う事業において、ひとりひとりの顧客に対してカスタマイズした商品・サービスを提供することは物理的に不可能であった。しかしテクノロジーの発達により、ひとりひとりの嗜好にあわせてカスタマイズすることが可能になってきている。アマゾンにおけるレコメンド機能など、私たちはすでに、自分1人のためにカスタマイズされたサービスに親しんでいる。
 
とはいえ、これまでカスタマーセントリックが可能であったのは一部の業種に限られていた。それが今後はさまざまな業種に波及していくことになる。
 
例を挙げると、筆者がラスベガスで開催された世界最大級の家電・技術見本市CES2020を取材した際にそれを感じたのは、P&Gの電動歯ブラシである。これまでならブラウン製ならブラウン製で均一の商品を届けるのみであったが、最新の電動歯ブラシはスマートフォンのアプリと連動し、自分がどこを磨けているのか、磨けていないのか、自分のブラッシングの特徴をすべて把握できる。同じくスマートフォンのアプリとの連動により、歯科でチェックしなくても、いつどのように歯を磨いたのかがリアルタイムにわかるサービスを展開している。
 
「ペロトン」は2019年に上場した米国企業で、提供するサービスは自転車のサブスクリプションである。自宅のエアロバイクに自分に合った人気インストラクターの動画をオンライン配信するビジネスモデルが、「自宅にいながら気軽に楽しく仲間と運動ができる」と支持され、急成長している。エクササイズの難易度や、運動負荷はカスタマイズ可能。実にカスタマーセントリックなエクササイズと言える。
 
テクノロジーの進化にともない、カスタマーセントリックはより先鋭化しながらより多くのプレイヤーが提供できるものになっている。同時に、よりカスタマイズされたサービスを企業に求めるユーザーが増えるのも必然であろう。
 
カスタマーセントリックへの転換は、日本企業にとって非常に大きな課題である。「ツータッチ」で操作可能な中国の無人レジと、5回も6回もタッチしなければならない日本の無人レジの比較にみるように、日本にはカスタマーセントリックという価値観そのものが、まだ根付いていないように感じる。価値観そのものを、企業中心主義の生産性向上から顧客中心主義のカスタマーエクスペリエンス向上に切り替える必要があろう。
6│「メディアになること」が求められる組織と人
クッキー規制により、これまでサードパーティクッキーを活用してきたアドテック業界が大打撃を被っている。今後は、ゼロパーティデータの活用や、クッキー使用の了解を逐一得るなどの対応を迫られることになる。
 
この流れは社会にどのような変化をもたらすことになるのであろうか。デジタル広告業界を例にとるなら、この先は自らがメディアになり、自らデータを取得するプレイヤーにポジションを変えていくしか道は残されていない。自らがメディアになれば顧客との直接の接点が生まれ、了解を得た上でユーザーのデータを取得し、サービスに利活用する道が開けてくる。
 
もっとも、これはデジタル広告業界に限った話ではない。トヨタ自動車がオウンドメディア「トヨタイムズ」を立ち上げ、大きな注目を集めているように、すべての組織、すべての人にとって重要な流れになるであろう。
 
テクノロジーの進化によって、個人が情報発信できるインフラが整ってきた昨今である。今後はより多くの人が発信するようになり、その発信に個人が責任を負いながら、ひとりひとりが影響力を持つ時代が到来することが予想される。そして、日本のSociety 5.0は「均一性よりも多様性を重んじる」ものである。個人が発信する声に耳を傾けることが、多様性の拡大につながるはずである。
7│アンビエントコンピューティングの実現
アンビエントコンピューティングもまたCES2020で大きなテーマとして扱われていたものである。アンビエントという言葉には、「環境の」「周辺の」といった意味がある。
 
現在のところは、PCやタブレット、スマホなどのデバイスを用いなければコンピューティングのサービスを享受できない。しかし5G、AR/VRなどのテクノロジーが今後オーバーラップしてくると、デバイスなしによるコンピューティングサービスが実現する。それがアンビエントコンピューティングである。
 
この分野で先行しているのはマイクロソフトである。マイクロソフトは、現実世界とバーチャル世界の完全融合(MR:ミックストリアリティ)を、ジェスチャーと音声認識により操 作するデバイス「キネクト」とMR用ゴーグル「ホロレンズ」という2つのデバイスで実現しようとしている。それはさながら、トム・クルーズが出演したスピルバーグ監督作品『マイノリティ・リポート』のようである。ホログラフが宙空に浮かび上がり、それを指先でタッチすればコンピュータを操作できるのである。
 
マイクロソフトのカンファレンスでは、ハンドトラッキング機能が紹介されていた。ハンドトラッキングとは、指先の動きでVR内の操作を行うもの。ホロレンズをかぶると目の前にピアノのホログラムが現れる。また10本の指をセンサーが感知することで、バーチャルな鍵盤をひくことができる。
 
なお「テレプレゼンス」もアンビエントコンピューティングのキーワードである。昨年、日本で行われたカンファレンスに、キネクトとホロレンズを開発した天才エンジニアのアレックス・キップマン氏が登壇した。そこで彼のバーチャルリアリティが登場し、英語と日本語でプレゼンしてみせたのである。テレプレゼンスとは、ホログラフを用いて遠隔地に存在を転送する技術。目の前にいないはずの人が突然現れ会話ができるのであるから、物理的な距離はもう問題にならない。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOも「グローバリゼーションの第3の波はテレプレゼンスが実現する」と語っている。
 
Society 5.0においてはブロックチェーンが重要な役割を果たすと筆者は述べた。しかしまた別の理由から、アンビエントコンピューティングにも注力するべきだと筆者は考えている。なぜなら、デバイスなしで、快適に自然にサービスを受けられるアンビエントコンピューティングは現時点では究極の「人間中心」のコンピューティングサービスだからである。「ただ話しかけるだけ」、「自分の自然な動きで自然に快適にコンピューティングのサービスを受けることができる」アンビエントコンピューティングは、「GAFAの次に来るもの」の重要なファクターになるのではないかと予想される。
8│ホリスティックが求められ、それが可能となる時代の到来
ホリスティックとは「全体の」「包括的に」といった意味である。フィリップ・コトラーの書籍『マーケティング・マネジメント』においても1章が割かれていることからもわかるように、重要なマーケティング用語でもある。
 
ホリスティックが企図しているのは、二元論からの脱却である。まったく異質なものを前にどちらか一方をとるのではなく、包含することである。CES2020においてP&Gがセッションに登壇し、プレゼンした内容が印象的であった。P&Gは世界最大の消費財メーカーであり、マーケティングにおいても広告宣伝費はグローバルトップクラスである。デジタルも駆使しており、データをマーケティングに活かしてもいる。しかし彼らが強調したのは、データを利活用したマーケティングをしながら、同時に消費者との直接のコンタクトを重視しているということである。
 
彼らはそれを「データとコンタクトをホリスティックに活かす」と表現した。一見すると対立する概念のようでもあるそれら両方を活用するという意味で、ホリスティックという表現を用いたのである。P&Gはデータを用いながら、同時に、消費者の声に耳を傾け、インサイトを読み解いて、商品に活かしているのである。
 
CES2020では日本における「ファブリーズ」の事例が紹介された。「ファブリーズ」は、最初に日本で売り出した頃はあまり売れなかったそうである。そこで彼らは消費者にコンタクトをし、消費者に直接話を聞いた。すると、「普段洗濯できないものを洗濯するように使っている」という顧客の声が得られた。これをヒントにCMを作成したことで、ファブリーズは爆発的に売れ始めた。
 
重要なのは、データとコンタクトの二元論ではなく、ホリスティックに扱うことである。従来、特に欧米社会においては「白か黒か」の二者択一をせまる二元論が根強くあった。しかし、これからは、そのような二元論からの脱却が求められるのである。日本がSociety 5.0を目指す上でも同様である。経済的発展か社会的課題の解決か、という二元論ではなく、その両立。サイバー空間かフィジカル空間かではなく、その両立。テクノロジーか自然かではなく、その両立。Society 5.0を推し進めるにあたっては、ホリスティックを強く意識するべきである。
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