2020年07月10日

若者に関するエトセトラ(2)-若者言葉について考える2-推ししか勝たん-

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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4――“推ししか勝たん”の今

その後、この推しという部分に自身の好きなアイドルやキャラクターの名前を入れて「○○しか勝たん」といった形で使われるようになり、現在では用途が拡大し、自分の好きなものを全般的に称賛する際に使う語として認識されている。特に株式会社マイナビの「2019年ティーンが選ぶトレンドランキング」において「〇〇しか勝たん」が4位にランクインするなど若者言葉としても定着している。その煽りを受け昨今では、2019年11月27日に日本テレビ系列の「スッキリ」や2020年1月22日に日本テレビ系列の「ZIP!」などのマスメディアでも取り上げられている。では、元々オタク界隈での俗語だったこの言葉が若者言葉として受容されていったのはどのような経緯があったのだろうか。筆者はその要因として(1)SNSの普及、(2)オタ活の性質の変化、(3)面白さや新鮮さ、の3つが挙げられると考えている。

まず、(1)SNSの普及であるが、以前からオタクの情報共有のプラットホームとして「2ちゃんねる」を始めとした匿名掲示板が利用されていた。ドメスティックな性質を持ち、2ちゃんねるユーザーとユーザーでない人々の間に隔たりが存在していた。というのも、匿名性ということもあり、アンダーグラウンド文化として認識されていたり、映画『電車男』でも取り扱われていたように所謂昔ながらのステレオタイプに満ちたオタクたちが利用していると思われていたからである。しかし、同じくアンダーグラウンド気質のあった「ニコニコ動画」がYouTubeに転載されたり、NAVERまとめのようなインターネット上の多様な情報が収集されるキュレーションサービスなどによって、2ちゃんねるユーザーでない人々が目にする機会も増えたことで、オタク(2ちゃんねるユーザー)ではないがオタクの俗語やノリや形式を理解するものが現れた。彼らはそのようなオタク特有の文化とされていたものを現実社会に持ち込むことで一種のネタ消費として消費していた。その後スマートフォンの普及も相まって、2ちゃんねるからSNSへとオタクの情報交換の場は移行し、併せてSNSにオタク文化や特有のノリが持ち込まれた。その結果、一般人にもオタクの俗語が広く知れ渡るようになり、オタク発祥の言葉はドメスティックなものではなくなっていったと考えられる。

次に(2)オタ活の性質の変化であるが、廣瀨(2020b)で論じた通り、オタクという言葉自体が変容しており、以前のようにオタクという言葉は、ネガティブなイメージを抱かれてはおらず、むしろ何かしらの対象や趣味に熱中している人というポジティブな印象が持たれている7。そのため、気軽にオタクを名乗るような層が現れた。電通ギャルラボの「2017年“#女子タグ”発掘のための女子大生調査」からわかる通り、調査対象の81.8%が、何かしらのジャンルのオタクであると自認しており、一人当たり平均5.1個のジャンルにおいてオタク的資質を持ち合わせていたという8。若者は様々な対象に興味があり、興味を持っているというモチベーション自体をオタク的と考えている。そのため、誰もが気軽に様々なオタクのコミュニティに参加し、コミュニティ内の俗語に触れることが可能となったと考えられる。そういったオタクの俗語を現実社会に持ち込み、本来の意味から派生した意味合いで使用し始めた若者がいたと考えても何らおかしくない。

最後に(3)面白さや新鮮さであるが、前回のレポートで論じた通り、若者言葉が定着する大前提は「ノリ」や「面白さ」である。「〇〇しか勝たん」という表現で自身が好きなものを表現できるという新規性が受け入れられたのだろう。これは「〇〇しか勝たん」に限ったことではなく、「○○は神」や「○○は正義」といったように、自身が嗜好する対象を称賛する言葉は以前より存在しており、一種のネタ的コミュニケーションとして消費されてきた。ノリという意味では関ジャニ∞やジャニーズWESTのような関西圏出身の台頭やお笑いブーム、関西弁を使う2次元キャラクターが人気を博しているなど様々なジャンルのオタク間で関西弁に対する受容の土壌は以前から出来上がっていた。また、以前よりSNS上でエセ関西弁と揶揄されるように誤用した関西弁がネタとして消費されていた。このような背景を踏まえて図1を改めてみていただきたい。「推ししか勝たん」は大阪弁の“ねん”という語尾を省略したものであり、関西弁になじみのあるコンテンツを嗜好するオタクにとって“ねん”省略の断定型は耳なじみのあるフレーズなのである。この場合「推ししか勝たん」という意味よりも「推し(オタク活動)」+「関西弁」という構造自体もこの言葉が消費される要因になると考えられる。
 
7 廣瀨涼(2020b)「Z世代の情報処理と消費行動(5)-若者の「ヲタ活」の実態」『基礎研レポート2020/03/03』https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63828?site=nli
8 阿佐見綾香「電通ギャルラボの「#女子タグ」マーケティングとは?」(電通報2018/11/06)
https://dentsu-ho.com/articles/6336(2020/02/13閲覧)
 

5――「推ししか勝たん」の汎用性

5――「推ししか勝たん」の汎用性

さて、「推ししか勝たん」はフレーズが先行し、意味の解釈が後付けになった言葉であると言えるだろう。このことが「推ししか勝たん」という言葉に汎用性を持たせていった。例えば、以前で言うところの「ニコイチ」、「安定(安定のメンツ)」といった身近な親友に対して使われている(図5)。前回のレポートで述べたように、若者の人間関係に対するスタンスとして摩擦を避ける傾向があり、空気を読み合ったり、上辺の関係性の中で自分の居場所を見出そうとする。また、孤立することを避け、特定の誰かが身近にいてほしいと望んだり、自分が孤立した存在ではないということを他人にアピールする傾向もある。SNSにおいては友達との写真を投稿したり、制服ディズニーやディズニーバウンド9といったように若者間で共有されている「理想とされる人間関係や経験」を投稿することで、他人から孤立した存在と思われない作用や、自分自身が孤立した存在ではないと思いこむことできる。そういった中で、本レポートで扱う「#推ししか勝たん」というハッシュタグは、親友であるという相互関係を確かめ合う作用やその対象にロイヤリティがあることを間接的に伝える作用、その投稿を見ている他人に対して独占欲求を表す作用などの効果が期待できる。
図5 「推ししか勝たん」の汎用性
また、“勝「て」ん”という誤用がある通り、図1でいう「自己の優先度」を表すために使用されることが多く、その結果自分が好きなもの全般を称賛する言葉として変化していった。一方で、図5で挙げたように「いちごミルク」や「キャラメルマキアート」のような飲食物や「スターバックス」や「ユニクロ」といったブランド(店舗)に対して使われるようになり、好きという意味と併せてその選択をしてハズレのないモノ(ロイヤリティのあるもの)に対して一種の期待感や裏切られないといったニュアンスを持たせて使われているようである。また、ラーメンが特別好きというわけでなくとも、「ラーメンしか勝たん」ということで、「ラーメンが食べたい気分(しか食べたくない)」と直接欲求を表す言葉としても使われ、その言葉の意味に広がりが生まれているのである。
 
9 特定のキャラクターを連想させるようなコーディネートのこと
 

6――オタクと若者

6――オタクと若者

今回取り上げた「推ししか勝たん」のように元々オタク俗語やネットスラングとして使われてきた言葉が若者の間で意味を変容して浸透することが増えたように感じる。これは、前述したようにスラングや俗語といった一種の暗号や一般的に使われていない言葉に対して新規性やネタとしての価値を見出し、一種の娯楽として消費されているからなのであるが、併せてオタクが社会的に受容されたことが大きな要因であると筆者は考えている。ここでいうオタクの社会的な受容は、いわゆるアキバ系オタクやステレオタイプ的なオタクが市民権を得たというわけではなく、「オタク」という言葉が都合よく消費され、その意味や持たれているイメージが再構築されていることを指す。廣瀨(2020a)で論じた通り、特に若者においては趣味全般を“オタク活動”として捉えており、オタクであることが一種のステータス(アイデンティティ)になっている。このような背景から、従来はオタクの俗語が使われることは好ましいことではなかったが、オタクという存在をポジティブにとらえる若者にとってオタクの俗語を使うことは、自身のアイデンティティを視覚化したものと捉える事ができるだろう。
図6 Twitterアカウント所有数(年代別)
図7 SNSアカウントを複数持つ理由
また、前述した通り、若者の多くが複数のジャンルにおいてオタクであるという意識を持っている。図6は、ナイル株式会社による年代別のTwitterアカウント所有数の調査結果であるが10、30歳までの半数以上が複数のアカウントを所有していることわかる。また株式会社ビジュアルワークスによるSNSアカウントを複数持つ若者に対する調査11では、その理由として「趣味のジャンル分けをするため」が10代で53.4%、20代で40.2%と高くなっている(図7)。以上のことから複数のジャンルにおいてオタクという意識を持つ若者にとって、それぞれのジャンル用にアカウントを持つということは珍しいことではなく、SNSのアカウントを用途によって切り替えているといえるだろう(日常アカウント、裏アカウント、オタ活等)。しかし、投稿者は自分一人であるため、それぞれのアカウントにおけるトレンドやSNS上の形式やノリは個人の経験として蓄積されていく。その結果、ジャンルやオタク非オタクという壁をまたいでオタクの俗語やノリが使用され、コンテクストから逸脱した形で浸透していき、若者言葉として、そもそもの意味から変容したものが受容されていくのである。
図8 オタクの俗語やネットスラングが日常生活においても使用される
この背景として筆者は、若者が共有する「オタク」という語が負のイメージがそぎ落とされ、何かに対して熱心な人という、ポジティブなものとして再構築されていることが要因であると考えている。例えばオタクが何か危ない人々であるとメディアがこぞって取り上げたのは今から30年近く前である。「萌え~」をはじめとしたアキバ系が話題になったのは15年前で、現在では廣瀨(2019)12で述べたように秋葉原の街は画一化し、我々がイメージするオタク像はほぼ絶滅している。ヲタ芸やコスプレなどで賑わっていた秋葉原の歩行者天国が中止となった要因である秋葉原無差別殺傷事件も12年前の出来事であり、総じて我々の知っている“オタク像”を今の若者は認知してはいない。そのため、前述した通り、従来ではオタクの俗語やノリもあくまでも身内で使うもので、日常生活で使うことがむしろ懸念されていたが、若者にとってはオタクの俗語を使用することに対しても躊躇がないと言えるのかもしれない。彼らがオタクという言葉が持たれている意味、オタクが社会から持たれてきた負のイメージを知らない言わば無垢であるが故に、新しい言葉を覚えた子供が嬉しそうにその言葉を何度も使うのと同じ感覚で、オタクやネット文化から次々と発信される“おもしろい”言葉を消費しているのであると、筆者は考える。

今後も、オタク文化と若者文化の親和性について着目し、オタク文化の変容について調査を続けていきたいと思う。
 
10 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000020.000026355.html
11 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000034381.html
12 廣瀨涼(2019)「現代消費文化を覗く-あなたの知らないオタクの世界(4)」『研究員の眼2019/06/24』https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61894?site=nli
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
          ニッセイ基礎研究所入社

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2020年07月10日「基礎研レポート」)

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