2020年06月30日

新型コロナによる賃料減免。J-REIT分配金への影響は?~一定の前提条件のもと、分配金▲9%~▲13%を想定~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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1――賃料減免などを理由に、17社(占率27%)が分配金見通しを下方修正

新型コロナウィルスの感染拡大は、J-REIT(不動産投資信託)市場にも多大な影響を及ぼしている。まず、市場全体の値動きを表す東証REIT指数は2月第4週以降急落し、直近高値から安値までの下落率は▲49%に達した1。その後は金融市場の回復にあわせて上昇に転じ、一時の危機を脱した感もあるが、バリュエーション指標の1つであるNAV倍率(株式のPBRに相当)は依然として1倍を下回っており、本格回復には至っていない。

次に、業績への影響である。施設売上などに連動して受け取る変動賃料の減少や固定賃料の減免などを理由に、今期以降の1口当たり分配金(DPS)を下方修正するJ-REITが増加している。例えば、ホテルを主要投資対象とするインヴィンシブル投資法人は、ホテル運営会社から受け取る固定賃料(3月~6月の4ケ月分)を免除するなどして、2020年6月期の分配金総額を当初想定より▲10,864百万円(11,047百万円→182百万円、▲98.3%)下方修正した(5/11)2。その後も、ホテルや商業施設を保有するJ-REITを中心に、6/26時点において、17社(占率27%)がDPSの下方修正を発表している(図表―1)。この結果、市場全体の予想分配金水準(東証REIT指数ベース)は足もとでピーク対比▲5%減少し、前年比でもマイナスに転じた。こうした賃料減免の影響は一過性のものとはいえ、先行きに不透明感の漂う不動産賃貸市況を勘案すれば、長らく増益基調にあった分配金水準は、ひとまずピークアウトしたと考えられる(図表―2)。
[図表-1] 1口当たり分配金(今期・来期)の修正(6月26日時点)
[図表-2] 市場全体の予想分配金水準の推移(前年比)
一方、テナントからの賃料減免の要請があっても業績への影響は軽微だとして、これまでの予想DPSを下方修正しなかったJ-REITは既に半数を超えている。20年1-3月期の上場企業の最終損益(金融を含む全産業の合計)が▲1.4兆円の赤字となり、上場企業の約6割が今期業績を未定としたことと比べても3、J-REITの商品特性である業績の安定性や見通しの明瞭性は損なわれていないと言えそうだ。

そこで、本稿では最初に、新型コロナウィルス感染拡大により広がる賃料減免の動向について整理する。次に、J-REITの収益構造を確認したうえで、変動賃料の減少や賃料減免の影響を試算し、分配金水準のボトムラインを確かめたい。
 
1 岩佐浩人『新型コロナでJリート市場は一時▲49%下落。過去のショック安局面と比較する』(ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート冊子版5月号、2020年5月12日)
2 なお、本件が示唆するJ-REIT市場の課題などについては別稿で述べたい。
3 『上場企業、9年ぶり赤字』(日本経済新聞、2020年6月9日)
 

2――コロナ禍で問われるJ-REITの社会的責任

2――コロナ禍で問われるJ-REITの社会的責任

そもそも論として、現在のコロナ禍の非常時において、J-REITをはじめとする不動産の賃貸人(オーナー)が賃借人(テナント)からの賃料減免などの要望に応じないといけない法的義務はない。もちろん、オーナーは今後の対応策などについてテナントと真摯に協議すべきであり、コロナ禍を理由に賃料の滞納が生じた場合、これをもって信頼関係が失われたとして直ちに契約を解除することはできない。また、政府による緊急事態宣言発令に伴う休業要請先は、基本的にテナントに対するものと考えられるが、オーナーサイドの判断で施設の休館などを決定したケースでは、相応の賃料減免はやむを得ないと思われる。しかし、テナントは賃貸借契約に基づいて全額支払うのが原則であり、支払わなければ法的には債務不履行となる。

こうしたなか、J-REITを所管する国土交通省は、「新型コロナウィルス感染症に係る対応について(依頼)」(3/31)において、テナントの賃料支払いについて柔軟な措置の実施を要請。金融庁も、「賃料の支払いに係る事業者等への配慮について(要請)」(5/8)において、賃料支払いが深刻な課題となっているテナントに対して、賃料の減免もしくは猶予に応じるなど、投資者に対する説明責任を果たしつつ、柔軟な措置の実施を投資運用業者等に対して要請している。

J-REITは賃貸借契約に基づいて支払われる賃貸収入を原資として、利益のほぼ全額を投資主に分配することで法人税の支払いを免除された上場金融商品であり、「不動産キャッシュフローの分配」という社会的責任を担っている。と同時に、金額にして20兆円を超える不動産を所有し、「働く(オフィス)、住む(住宅・ヘスルケア施設)、消費する(商業施設)、宿泊する(ホテル)、運ぶ(物流)」といった、「人々が安心して快適に過ごせる社会インフラの提供」という社会的責任を担っている。また、街から賑わいが消えてしまい苦境下にあるテナントに対して、J-REITが賃料の支払い猶予や減免などの支援を行うことは、アフターコロナを見据えた社会の持続的成長への貢献にもつながる。今回、J-REITが賃貸借契約の原則に反してテナントからの賃料減免などの申し出に応じることは、投資家への分配金が一時的に減少するにしても、社会的責任を全うすることに他ならないと理解したい4
 
4 ただし、J-REITは情報開示を通じて不動産市場の透明性を高める役割を担っている。事態が収束した段階で、賃料の支払い猶予や減免などの対応について、J-REIT全体として詳細な開示を期待したい。
 

3――変動賃料の減少や賃料減免が分配金に及ぼすインパクトを試算する

3――変動賃料の減少や賃料減免が分配金に及ぼすインパクトを試算する

J-REITの収益構造。賃貸事業収入が▲1%減少すると分配金は▲2.4%減少する
まず、J-REITの開示データ(2019年2月期~2020年1月期)をもとに、J-REIT全体の収益構造を確認する。図表―3の通り、賃貸事業収入5を「100」とした場合、不動産の管理運営に掛かる費用は「26」であり、不動産が生み出す賃貸事業収益(Net Operating Income、以下NOI)は「74」となる。その後、減価償却費「17」や資産運用報酬等「10」、支払利息「6」などを控除した残りの金額が投資家への分配金原資「41」となる。つまり、賃貸事業収入が▲1%減少した場合、その他の費用が変わらないとすると、NOIは▲1.4%(1÷74%)、分配金原資は▲2.4%(1÷41%)減少することになる。
[図表-3] J-REITの収益構造
この関係をもとに、厳しい前提となるが、「全てのテナント」に対して賃料を一定期間免除した場合のNOIや分配金原資への影響を示した(図表―4)。仮に1カ月免除した場合、年間の賃貸事業収入は▲8%(1÷12カ月)、NOIは▲11%(8%×1.4)、分配金原資は▲20%(8%×2.4)減少する。そして、免除期間が5カ月以上に及ぶと費用が収入を上回り、分配金原資はマイナスとなる。
[図表-4] 全てのテナントに対して賃料を一定期間免除した場合の影響
 
5 J-REITの賃貸事業収入(売却益を除く)は、家賃・共益費などからなる「不動産賃貸収入」と駐車場や付帯施設の収益などからなる「その他賃貸事業収入」で構成されるが、本稿では便宜上、一体として取り扱う。
賃貸事業収入の構成比。施設売上などに連動して決まる変動賃料の割合は3.1
次に、賃貸事業収入における変動賃料の割合と固定賃料におけるセクター別構成比を確認する。各社に開示データをもとに構成比を推計すると、施設売上などに連動して決まる変動賃料の割合は3%(うちホテル2.5%、商業施設0.6%)、固定賃料(97%)のセクター別構成比はオフィスビル38%、物流施設16%、商業施設15%、住宅15%、ホテル7%、底地など4%となっている(図表-5)。
[図表-5] 賃貸事業収入の構成比
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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

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