2020年06月19日

【アジア・新興国】東南アジア経済の見通し~経済活動の再開進むも、外需悪化が長引き景気回復ペースは緩やかに

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

文字サイズ

1.東南アジア経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 (経済概況:新型コロナ感染拡大の顕在化向)
東南アジア5カ国の経済は、1-3月期に新型コロナウイルスの感染拡大による経済への影響が明らかになり始め、景気が急激に悪化している(図表1)。
(図表2)製造業購買担当者指数(PMI) まず輸出は昨年から米中対立の激化を背景とする世界経済の減速傾向が続く中、新型コロナ対策の影響でサプライチェーンが乱れて財輸出が低迷した。また好調だったサービス輸出は世界各国の出入国規制の強化により、外国人旅行者が大幅に減少して財・サービス輸出全体を押し下げた。

内需は、新型コロナウイルスの封じ込めを目的として各国が3月中旬頃から実施した国内の活動制限措置により消費・投資に悪影響が及んだ。特に投資は世界経済の先行き不透明感や原油価格の急落なども加わり、民間消費以上に落ち込みが目立った。政府部門は工事の遅れで公共投資が落ち込んだが、コロナ危機対応で政府支出を拡大させたため、政府消費が景気を下支えた。

東南アジア5カ国の製造業購買担当者指数(PMI)は昨年、概ね50前後で推移していたが、世界的に新型コロナウイルスの感染拡大が進んだ3月から製造業の景況感の悪化が強まり、政府が国内で最も厳しい活動制限措置を課した4月には40未満まで急低下した(図表2)。活動制限措置の緩和が進んだ5月のPMIは各国上昇に転じたが、好不況の判断の目安とされる50を大きく下回る水準にあり、製造業の景況感は依然として悪化傾向が続いている。5月のPMIの水準をみると、マレーシア(45.6)とベトナム(42.7)、タイ(41.6)、フィリピン(40.1)の4カ国では活動制限措置の緩和により持ち直しの動きがみられたが、インドネシア(28.6)は感染拡大が収まらずに活動制限措置の緩和が6月に遅れた影響で低迷している。
(図表3)消費者物価上昇率 (物価:新型コロナの影響で当面停滞を予想)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は、昨年末には食品価格を中心に上昇傾向にあったが、今年2月から原油価格の下落など新型コロナの影響が現れて下押し圧力がかかり始め、国内の活動制限措置を実施した4-5月には大幅に低下した(図表3)。

主だった動きとして、足もとのインフレ率の低下幅はベトナムとマレーシア、タイの3カ国が大きく、インドネシアとフィリピンの2カ国が小幅となっている。これは活動制限措置が前者3カ国では全国的に実施された一方、後者3カ国では地域別に実施されたことによる影響が大きいと言えるだろう。このほか、原油安に伴う公共料金の値下げ幅の違いや、タイでは新型コロナ対応の消費者支援策として生活必需品などが値下げされたこと等も一因として挙げられる。

先行きのインフレ率は、新型コロナの影響で下押し圧力が続き、当面停滞すると予想する。今後も原油価格下落に伴うエネルギー価格の低下が続くこと、国内の活動制限緩和後も労働市場の回復の遅れなどコロナ禍による需給面からの下落圧力が続くことなどが物価を押し下げるだろう。また各国政府の実施する生活必需品の価格安定策や光熱費の値下げなどの消費者支援策なども物価の安定に寄与するとみられる。
(図表4)政策金利の見通し (金融政策:当面緩和局面が続く)
東南アジア5カ国の金融政策は昨年、米中貿易戦争の激化によって世界経済の減速懸念が高まり、各国中銀は金融緩和に舵を切った(図表4)。そして年明け後は新型コロナの世界的な感染拡大を受けて景気後退リスクが高まり、各国中銀が金融緩和姿勢を強めている。実際、今年に入って各国中銀が実施した利下げ幅をみると、マレーシアが1.00%、タイが0.75%、インドネシアが0.75%、フィリピンが1.25%、ベトナムが1.50%といったように、積極的な金融緩和を実施していることがわかる。

先行きについては、各国で実施された活動制限措置の影響が経済指標に色濃く表れ始めたことで、各国中銀は景気動向とこれまでの利下げ効果を見極めつつ、緩和姿勢を続けるだろう。国別に見ると、年末にかけてマレーシアとインドネシア、ベトナムがそれぞれ0.25%の利下げ、フィリピンが0.5%の利下げを実施すると予想する。タイは既に政策金利が過去最低の0.5%まで引き下げられており、今後の緩和余力を残しつつ、政策金利を当面据え置くと予想する。
(経済見通し:経済正常化が進むも、外需悪化が響いて景気回復ペースは緩やかに)
新型コロナの感染が世界的に拡大するなか、東南アジア5カ国においても水際対策やクラスター対策だけでは国内の感染拡大を防ぎきれず、3月中旬頃から国内の活動制限措置を開始した。各国が実施する活動制限措置の期間と内容は異なるが、それぞれ4~6月から段階的な制限緩和に舵を切り、現在はウィズコロナ下での経済活動の再開が進められている。新型コロナの完全な終息が見通せないなかでは、流行の第2波、第3波に備えて徹底した防疫措置を継続する必要がある一方、経済的な死者の急増を阻止する必要もある。従って、各国は感染拡大防止と経済活動再開の相反する課題に対し、バランスを取って機動的な見直しを図ることになるが、本稿の経済見通しの策定にあたっては各国の活動制限措置の厳格化は想定せず、段階的な経済活動の再開が進められることを前提としている。

この前提の下、東南アジア5ヵ国の経済の先行きは、活動制限措置の影響が本格的に現れる4-6月期に成長率が大幅に低下し、経済活動の再開が進む7-9月期から景気が持ち直す展開を予想する。もっとも、感染防止のための社会的距離の確保は継続するため、消費者や企業のマインドが改善せず、国内旅行をはじめとして消費や投資に幅広く悪影響が出ることや、財輸出と外国人観光客の減少といった外需の落ち込みは内需に比して長続きするとみられることから、7-9月期以降の景気回復ペースは緩やかなものとなるだろう。

一方、政府部門は引き続き景気の下支え役となる。各国政府は2月以降、矢継ぎ早に景気刺激策公表、財政赤字の拡大を受け入れて低所得者への生活支援や企業の資金繰り支援を実施してきた。今後は国内観光促進策やインフラ投資の拡大などの需要喚起策に中身を切り替えながら、積極財政を続けるものと予想する。また各国中銀も積極的な金融緩和姿勢を継続するものとみられ、景気回復をサポートするだろう。
(図表5)実質GDP成長率の見通し 国別にみると、東南アジア5ヵ国ともに20年の成長率は大幅に低下するが、特に経済の輸出・観光依存度の高いタイとマレーシア、海外出稼ぎ労働者の送金が減少するフィリピンの成長率低下は著しく、通年でマイナス成長に陥るだろう。一方、内需が比較的底堅いインドネシアとベトナムは通年の成長率がプラスを確保すると予想する(図表5)。

 

2.各国経済の見通し

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は昨年半ばまで+4%台の底堅い成長が続いていたが、2020年1-3月期の成長率は前年比0.7%増と大きく減速、2009年以来の低成長を記録した(図表6)。1-3月期は、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を背景に、輸出部門が世界需要の減退とサプライチェーンの混乱の悪影響を受けると共に、世界各国で強化された出入国規制によって外国人旅行者数が減少した結果、財・サービス輸出が前年比7.1%減と縮小して成長率を押し下げた。またマレーシア政府が新型コロナの感染対策として、3月18日から活動制限令(MCO)を導入して不要不急の外出を禁じ、必須サービスを除く事業所の閉鎖などを始めたことから、3月下旬の経済活動は著しく抑制されることとなり、民間消費の伸び率が10-12月期から1.4%ポイント低下、総固定資本形成の伸び率が1.3%ポイント低下した 。

先行きのマレーシア経済は、4-6月期に大幅な悪化し、7-9月期から徐々に持ち直すが、年内までマイナス成長が続くと予想する。政府は新型コロナの感染者数の急増を受けて4月からスーパーの営業時間短縮など制限措置の厳格化を図ったが、5月4日には条件付き活動制限令(CMCO)を適用して経済活動の大半を再開、さらに6月10日から回復活動制限令(RMCO)に切り替えて州間移動や国内観光を許可するなど経済活動の正常化を進めている。従って、厳しい活動制限が実施された4-6月期は内需を中心に景気が大幅な落ち込み、その後は活動制限措置の段階的な緩和を受けて徐々に上向いていくものと予想される。もっとも民間消費は労働市場の急激な悪化、投資は原油価格の低迷等が重石となり、7-9月期以降の景気回復のペースは緩やかなものとなるだろう。外需は、7-9月期から中国向け輸出を中心に上向くとみられるが、世界経済の低迷や外国人観光客の減少などからサービス輸出を中心に暫く低迷しよう。

政府は新型コロナの感染拡大が進んだ2~4月にかけて総額2,600億リンギ規模の景気刺激策パッケージを打ち出し、さらに6月5日には350億リンギの国家経済回復計画(PENJANA)を上乗せした。政府はこうした財政出動によりGDPを3.4%ポイント押し上げると試算しており、原油安で歳入が落ち込む中でも財政赤字の拡大を受け入れて景気下支えを図る方針だ。

金融政策は、新型コロナの感染拡大を受けて今年はマレーシア中央銀行が3会合連続の利下げ(計1.00%)を実施、政策金利を2010年3月以来の2.00%まで引き下げている(図表7)。先行きについては、新型コロナの感染と原油価格の低迷が続く前提のもと、7月の会合で追加的な利下げを実施し、その後は当面の間据え置かれると予想する。
実質GDP成長率は20年が▲3.5%(19年:+4.3%)と低下、21年が+4.7%に上昇すると予想する。
(図表6)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表7)マレーシアのインフレ率・政策金利
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【【アジア・新興国】東南アジア経済の見通し~経済活動の再開進むも、外需悪化が長引き景気回復ペースは緩やかに】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

【アジア・新興国】東南アジア経済の見通し~経済活動の再開進むも、外需悪化が長引き景気回復ペースは緩やかにのレポート Topへ