2020年06月19日

老後資金の取崩し(5)-早期に誤りを認めて修正するという英断も重要

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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3――予想外の収益率変化に臨機応変に対処する場合

1予想外の収益率変化に、どのように対応するか
初年度の収益率が、老後の資金計画を策定する上で想定していた中長期平均的な収益率を大きく下回ったとしても、経済環境の変化などにより中長期平均的な収益率が低下したとは判断できない。株式は、短期間の収益率のぶれが大きいので、たまたま初年度の収益率が低かった可能性もあるからである。そこで、統計的仮説検定を用いて中長期平均的な収益率の低下を判断する。統計的仮説検定とは確率を基準に結論を導く方法で、今回は「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」を基準に、毎年の取崩し額の減額の要否を判断する。基準となる水準を3パターン(10%、20%、30%)用意し、効果を比較する。例えば30%を基準に取崩し額の減額を行う場合、本当は中長期平均的な収益率は低下しておらず取崩し額の減額は不要なのに、誤って減額してしまう可能性が30%あるということだ。なお、取崩し額の減額が必要と判断された場合、新たな取崩し額はその時の状況に応じて再設定する。

確率を基準に減額を判断するので、取崩し額の減額決定後に株価が上昇した場合、(A)同様の基準で取崩し額の増額を行うパターンと、(B)減額方向のみ取崩し額の再設定を行うパターンを考える。

最後に、予想外の収益率変化に備える方法と同様、二つの財布法通り資産を取り崩すパターン(全売却無)と、時価総額と必要額(以降の取崩し額合計)を随時確認し、時価総額が必要額を上回った場合、即座に残り全ての株式を売却するパターン(全売却有)も考える。以上、中長期平均的な収益率の低下を判断する水準が3パターン(10%、20%、30%)、取崩し額増額の有無で2パターン、全売却の有無で2パターン、総計12パターンの効果を検証する。
2予想外に中長期平均的な収益率が低下した場合どうなるか
予想外の収益率変化に備える場合と同様に初期の株式占率が50%として、予想外に中長期平均的な収益率が低下した場合に、想定期間(30年)内に資産が枯渇する確率を確認する(図表3)。いずれの場合も、30年内に資産が枯渇する確率は低下する。「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」が10%となるまで減額しない場合に限り、資産が枯渇する確率が50%程度あるが、20%又は30%で減額すれば資産が枯渇する確率は10%に満たない。

取崩し額の減額決定後の株価上昇に対応して増額するか否かは、資産が枯渇する確率に与える影響はほとんどない。最後に、資産が枯渇する確率を減らすという点では、やはり今後の生活水準を維持するために十分な資産を確保できる水準にまで、株価が上昇した時に一斉に売却する方がいい。
図表3 予測外に中長期平均的な収益率が低下した場合に資産が枯渇する確率
では、取崩し額はどの程度の減少するのだろうか。想定期間内に資産が枯渇しなかったシナリオを基に、減額率(減額後の取崩し額÷初期の取崩し額-1)を算出した結果をパターン別確認する(図表4)。なお、複数回に分けて減額される場合や、減額後に増額する場合もあるが、想定期間内の最少の取崩し額を用いて計算している。「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」が高いほど減額率は低い傾向があり、また、株価が上昇した時に一斉に売却する方が減額率は低い傾向がある。減額率は最少でも28%と高いが、当然許容すべき水準と考えられる。というのも、現実的ではないが仮に中長期平均的な収益率の低下を事前に知っていた場合、取崩し額は25%程度の減額は免れないからである(図表4、右端)。

また、老後の生活費の大部分は年金で賄うことを前提とすれば、取崩し額の減額による生活水準への影響は小さい。例えば、年金受給額が年額240万円、初期の取崩し金額が年額60万円の場合、減額率が50%の場合で、生活水準の低下は10%(30万円÷(240万円+60万円))に抑えられ、減額率が30%の場合だと、生活水準の低下は6%(18万円÷(240万円+60万円))に抑えられる。
図表4 予測外に中長期平均的な収益率が低下し場合の減額率(最小)
最小の減額率が同じでも、最終年のみ減額される場合と、比較的早期に減額されその後増額されない場合では、実際の生活資金への影響はかなり異なる。そこで、30年間通した取崩し総額をベースに減額率を確認する(図表5)。総額ベースでみると、パターン別の差はほとんどなくなる。また、株価が上昇した時に一斉に売却する場合や、「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」が30%で減額を判断する場合は、仮に中長期平均的な収益率の低下を事前に知っていた場合よりも減額率が低い。
図表5 予測外に中長期平均的な収益率が低下し場合の減額率(総額)
3中長期平均的な収益率がほぼ予想通りだった場合の弊害
最後に、本当は中長期平均的な収益率は低下しておらず取崩し額の減額は不要なのに、誤って減額してしまうことの影響を確認する。まず、中長期的な収益率がほぼ予想取りだった場合、途中で減額するなどの対策を講じた場合も、何ら対策を講じなかった場合も想定期間内に資産が枯渇する確率に影響はない。影響があるのは、せっかく準備した老後の生活資金を効率的に活用できるかどうか(以下、効率性)であり、総額ベースの減額率で評価する(図表6)。「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」が高いほど減額率は高く、効率性が低い。しかし、全売却無かつ増額有のパターン(図表6、左側)では、「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」が10%(楽観的に考えてあまり減額しない方針)で減額する場合と、30%(保守的に考えて早めに減額する方針)で減額する場合との間の減額率の差は1%と小さく、これは、初期の取崩し金額が年額60万円の場合、年額6,000円の違いにしか過ぎない。このように、取崩し額の減額決定後の株価上昇に対応して増額することで、早期減額による効率性低下をかなり抑制できるということだ。一方、株価が上昇した時に一斉に売却するパターンも併用すると、効率性の低下抑制効果が発揮されない。これは、株価上昇に対応して増額する前に、減額後水準で全売却しその後の取崩し額を固定してしまうからである。
図表6 中長期平均的な収益率がほぼ予想通りだった場合の減額率(総額)
以上より、せっかく準備した老後の生活資金を効率的に活用することを重視し、万が一、予想外に中長期平均的な収益率が低下した場合、資産が枯渇する確率を抑えるため多少の減額を許容できるならば、資産が枯渇する確率を抑えるために、「本当は中長期平均的な収益率は低下していないのに、たまたま年金受給開始後の平均収益率が低い確率」を保守的に20%~30%にし、早期に減額しつつ、その後の株価上昇時は取崩し額を増額し、全売却はしないことが好ましいと言えるのではないだろうか。
 

4――シリーズ総括

4――シリーズ総括

シリーズを通して、老後の生活のために必要かつ十分な資産を準備できなかった世帯を想定し、老後の資産運用について検討した。このような検討に取り組んだのは、「正しくリスクを避けるためには、最も避けたいリスクを明確に理解し、更にリスクへの対処法を検討することが重要である」にも関わらず、老後の資産運用において避けるべきリスクが明確でないのではないかという疑問を持ったからである。老後の資産運用において避けるべきリスクが明確でない理由は、iDeCoなど自分自身で運用し老後資金を準備する確定拠出年金制度における運用可能な期間が、年金受給開始迄であるように、これまで資産運用は現役時代に行うものであり、老後の資産運用は一部の富裕層など、資産運用に伴うリスクに寛容な世帯に限られていたからではないだろうか。近年は、資産運用に伴うリスクに寛容でない世帯にも老後も資産運用を続けるよう促す動きある以上、老後の資産運用において避けるべきリスクの明確化と対処法の検討が急務と考える。
 
資産運用におけるリスクとは、一般に期間収益率(通常1年間)のぶれの大きさを意味するが、老後の生活のために必要かつ十分な資産を準備できなかった世帯にとって、避けたいリスクは期間収益率のぶれではなく、資産運用に失敗し資産が枯渇するリスクではないだろうか。

適切な対処法は、各世帯の資産準備状況やリスクへの考え方などによって当然異なるが、大きく2つに分類できると筆者は考えている。①生活水準が低下するより、資産運用に失敗し資産が枯渇するリスクの完全排除を望む世帯に適した対処法と②資産運用に失敗し資産が枯渇するリスクを多少負う代わりに、生活水準の確保を望む世帯に適した対処法である。
資産運用のリスクを完全に排除したければ、終身年金など利率保証型の金融商品を購入すればよい(①)。もちろん、こうした金融商品の購入先は慎重に倒産等しない金融機関を選定すべきである。

一方、資産運用に失敗し資産が枯渇するリスクを多少負う代わりに、生活水準の確保を望む場合は、低リスク・低リターンの金融商品を選択するより、資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件などの出口戦略や、中長期平均的な収益率が低下した場合に備えた対応策を用意しておく方がよい(②)。

資産運用である程度のリターンを獲得するには期間収益率のぶれが避けられないのだから、資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件などの出口戦略は、期間収益率のぶれ自体を上手く利用するよう策定するとよい。具体的には二つの財布法のように、投資の原則に沿って、安い時の売却を避けて高い時に売却する戦略を立てれば良いだけである。

中長期平均的な収益率が低下した場合への対応策も2つに分類可能と考えている。②-1資産の効率的な活用よりも生活水準の安定を重視する世帯に適した対応策と②-2生活水準の安定よりも資産の効率的な活用を重視する世帯に適した対応策である。生活水準の安定を重視するなら、年金受給開始時点に保有資産額の10%~20%を危機準備資金として取っておき、更に定期的に保有資産の時価総額把握し、今後の生活水準を維持するために十分な資産を確保できるほど、株価が上昇した時に一斉に売却すれば、資産運用に失敗し資産が枯渇するリスクの軽減が期待できる(②-1)。一方で、資産の効率的な活用を重視するなら、中長期平均的な収益率変化の兆候を早めに察知し、適宜取崩し額を増減することで、資産が枯渇するリスクの軽減が期待できる(②-2)。
図表7 タイプ別資産枯渇リスクを負避ける資産取崩し方法(シリーズ総括)
資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件などの出口戦略や、中長期平均的な収益率が低下した場合に備えた対応策の策定にも労力が必要だが、継続的な実行にはより多くの労力と知識が必要となる。

また、高齢期には認知・判断機能が低下し、計画的な資産の取崩しを実践できなくなる可能性も否定できない。戦略や対応策を明確に提示し、提示した通り資産の取崩しなどを機械的に実行してくれるような、マス層(非富裕層)向けの金融商品・サービスが開発され、社会全体のコストが相当軽減されることを期待したい。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2020年06月19日「基礎研レポート」)

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