2020年06月15日

新型コロナへの対処として、介護現場では何が必要か-感染拡大防止や人材支援などの備えを

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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7――考えられる必要な取組(1)~感染拡大防止~

一つは感染拡大の防止を拡大する観点に立ち、医療用マスクなど医療機材の配分が求められる。これまでは「医療崩壊」を防ぐ観点に立ち、医療現場への配分が優先されていた感があるが、秋以降の再拡大に備えて、介護現場への配分も意識される必要がある。

さらに都道府県や保健所が中心となり、感染拡大防止策を助言する対応も必要となる。医療現場と比べると、介護事業所は感染症に関する経験値が低い上、「医療行政=都道府県」「介護・福祉行政=市町村」という役割分担の下で連携不足が起きやすく、介護事業所に対する保健所の情報提供、あるいは相談窓口の設置、訪問指導といった対応策が必要になる。このほか、介護職員に対して優先的かつ小まめに検査をPCR実施することで、陽性反応が出た場合は一定期間、休んでもらうなどの対応策が必要となる。

現場レベルでの感染症対策の徹底も課題となるだろう。既に業界団体や関係学会からガイドラインやQ&Aなどが示されているが、先に示した施設・住宅系、通い系、訪問系という3つの類型に沿って、小まめな検温や手洗いなどの配慮が必要となる。同様の点については、介護保険サービスに基づかない体操教室などにも当てはまる部分がある。

しかし、無症状者、軽症者が多い新型コロナウイルスの特性を踏まえると、感染リスクをゼロにするのは難しく、感染症の拡大防止に力を入れすぎると、高齢者の状態悪化を招く危険性がある。このため、社会参加機会を確保・維持しつつ、感染症対策を講じる難しいバランスが問われる。

例えば、厚生労働省は5月の通知21で転倒予防に向けた日頃の運動、人込みを避けた少人数の散歩や運動、屋内や庭での体操、家事や農作業などの必要性を示すとともに、低栄養の予防や社会的な孤立の防止に向けて、家族や友人、 近隣住民などとの交流や助け合いが重要と強調。状態把握や見守り、テレビ電話を使ったバーチャルな体操などに関して、事例のイメージを示している。

さらに、国立長寿医療研究センターは高齢者の活動増進を図るスマートフォン用アプリケーションを開発中と発表しており、東京都健康長寿医療センターも「通いの場」を再開する際の留意点を示している22。このほか、神戸市はベンチャー企業と連携し、オンラインを通じて在宅における高齢者の運動促進事業を展開するなど、地域の繋がりを維持しようとする試みが官民で模索されている23

こうした通知や事例、ツールなどを一つの参考にしつつ、市町村や専門職が体操教室などの開催、またはオンライン移行などをバックアップする必要がある。

その際、住民主体の小規模な集まりや体操教室に関しては、「感染症が危ないから教室を開催してはならない」とか、「感染症対策のため、必ずマスクを付けて体操すべきだ」いった形で、リスク回避だけを重視して行政や専門職が過度に介入すると、住民の自発性や支え合いの気持ち(連帯心)が失われる危険性があり、住民の主体性や意欲を削がないような配慮とバランス感覚が必要となる。
 
21 2020年5月29日に示された「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に配慮して実施する介護予防・見守り等の取組例について」という通知。
22 2020年5月27日に公開された「通いの場×新型コロナウイルス対策ガイド 第1版」を参照。
23 神戸市の事例は下記のウエブサイトを参照。官民の事例に関しては、2020年5月11日日本総合研究所ウエブサイト紀伊信之「外出自粛による高齢者の健康被害」を参照。
https://trigger.city.kobe.lg.jp/info/4398/
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=36258
 

8――考えられる必要な取組(2)

8――考えられる必要な取組(2)~人材面の支援~

1|求められる広域的な人材調整
介護現場は元々、人手不足に悩まされており、介護職員が感染または感染の疑いで休業を余儀なくされた場合、その不足感は一層、増すことになる。今回の一件についても、現場の率直な感想は「ギリギリ乗り切った」といったところではないだろうか。実際、いくつか報道24を見ると、「次は誰が感染するのか」という不安を持ちつつ、事業所や施設を運営していたという切実な声が紹介されている。このため、既述した福島県や広島県などの事例のように、都道府県が広域で人員を調整・確保するのは一つの工夫であり、他の都道府県も参考になるだろう。
 
24 2020年6月5日『西日本新聞』、5月4日と3月6日に掲載された『朝日新聞』配信記事を参照。
2|介護報酬の引き上げと限度額の特例
さらに、求められるのが介護報酬の引き上げである25。矢継ぎ早に引き上げられた診療報酬と比べると、介護報酬を引き上げる議論は政府内で必ずしも盛り上がっていない、確かに第2次補正予算では手当の支給が盛り込まれたが、これを除けば人員・施設基準が緩和されている程度である。
表1:新型コロナウイルスのデイサービスに関する報酬の特例 しかも基準緩和の一部については、複雑かつ分かりにくく、利用者にとって使い勝手がいいとは思えない。その一例がデイサービスに関する報酬の特例である。通常、デイサービスの報酬体系は表1の通り、高齢者を長く預かるほど事業所の収入が増える仕組みになっており、要介護3の高齢者を受け入れる場合、2時間以上3時間未満の場合は347単位、3時間以上4時間未満は472単位となっている。1単位は原則10円26なので、事業所は2時間以上3時間未満で3,470円、3時間以上4時間未満で4,720円を受け取れる仕組みだ。

これに対し、今回の新型コロナウイルス対応では、実際にケアプラン(介護サービス計画)では2時間以上3時間未満であっても、時間区分で言うと2つ上の495単位(原則4,950円)、3時間以上4時間未満の場合、765単位(7,650円)を受け取れるようにした。これは高齢者を少しでも長く預かってもらうことで、高齢者の社会参加機会を確保するとともに、家族の介護負担を減らそうという狙いであろう。その意味では、事実上の介護報酬引き上げと同じ効果を持つ。

しかし、これだけでは不十分であり、むしろ介護保険制度の特性を踏まえているとは言い難い。介護保険は医療保険と異なり、要支援を含めて計7段階の要介護度に応じて区分支給限度基準額(以下、限度額)という上限が設けられており、その限度額の範囲内であれば原則として9割(高所得者は7~8割)でサービスを受けられる仕組みである。

このため、いくら介護報酬を引き上げたり、表1のように特例を設けたりしても、その効果は減退することになる。例えば、限度額ギリギリまで介護サービスを使っている利用者の場合、特例で引き上げた部分が限度額を上回れば、全額が自己負担になる。こうしたケースに該当しなくても、特例で報酬を引き上げた場合、自己負担も自動的に増えることになる。

つまり、何らかの形で介護報酬を通じて事業所にインセンティブを設定するのであれば、限度額にも配慮しないと、その効果は相殺される。具体的な方策としては、限度額を特例的に引き上げるか、介護職員処遇改善加算と同様に限度額には反映させない加算措置などが考えられる。

介護現場に対するテコ入れ策としては、政府が編成した第2次補正予算で手当の支給が盛り込まれており、事業所向け介護報酬を引き上げる議論は遠退いたかもしれない。さらに、実際に引き上げる場合にも一律に引き上げる方法ではなく、感染症対策を徹底している施設や事業所を対象にした加算措置なども考えられるが、介護報酬を引き上げる場合、限度額に考慮しなければ効果が減退することは念頭に置く必要がある。
 
25 なお、ここでは詳しく触れないが、ケアマネジャー向け報酬が見直された。通常ではケアプランに介護保険サービスが入っていなければ、ケアマネジャーは居宅介護支援費を受け取れないが、特例としてケアプランに介護保険サービスが入っていなくても、報酬が認められるようになった。事業所の休止・休業が相次いだとしても、ケアマネジャーによるケアマネジメントによる状態確認は欠かせないため、当然の対応と言える。
26 ただし、大都市部では1単位を10円以上で評価する「地域区分」がある。
 

9――考えられる必要な取組(3)

9――考えられる必要な取組(3)~クラスター発生時の対応~

第3に、介護施設などでクラスターが発生した場合の対応である。大規模なクラスターが発生した場合、医療行政との接点が少ない市町村、あるいは感染症対策の経験値が低い介護現場だけでは対応が困難であり、広域行政と医療行政を司る都道府県が介護現場や市町村をバックアップできる態勢も必要である。このため、既に述べた岩手県、富山県の事例に見られる通り、初動対応が可能なチームを編成するなどの準備が必要になる。

併せて、「医療行政=都道府県」「介護・福祉行政=市町村」という役割分担の下で連携不足が起きないようにするため、都道府県と市町村、保健所と介護事業所の間で日常的に情報をやり取りする連絡会議の設置、あるいは都道府県が感染症に知見を持つ大学病院の専門家と介護関係者を橋渡しする対応なども必要になるかもしれない。
 

10――おわりに

10――おわりに

「今回のパンデミックは過去に見落とされ、過小評価されてきた私達の社会の一角に焦点を当てた。ヨーロッパ諸国を通して見ると、福祉や介護(long-term care)は悪名高く無視されて来た」「将来を見通しつつ、新しい生活スタイルに移行するのであれば、私達は統合され、人間中心(person-centred)の介護システムを各国で樹立するための明確な投資計画を持つ必要がある」。WHO(世界保健機関)のウエブサイトでは、こうした文言が示されている27

日本の場合、40歳以上を対象とした介護保険制度が創設されており、「悪名高く無視されて来た」とは思わないが、それでも介護現場への手当てが後手に回った感は否めない。その一例として、「医療従事者」に対して謝意を促すイベントや告知を見掛けるが、ここに「介護従事者」が明記されていないケースが散見される。さらに「介護」の訳語である「long-term care」には本来、障害者福祉が含まれるはずなのだが、高齢者介護よりも意識されていない印象を受ける。

確かに今回の危機に対して、日本は欧米各国よりも少ない死者数で切り抜けたが、そこから得られた教訓の一つとして高齢者介護(及び障害者福祉)の問題が浮き彫りになったことは間違いない。

実際、5月29日に公表された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」でも「次なる波に備えた都道府県等の体制整備のためのチェックリスト」の一つに「高齢者・障害者施設等への支援体制」を挙げ、人材確保策や物資の優先的供給、医療機関との連携体制などを指摘している。

さらに、都道府県―市町村の連携不足が一つの理由だとすると、今後の再拡大に備えて対応しなければならない大きな課題である。既述した幾つかの都道府県の事例は、こうした連携不足を解消するための工夫と理解できる。

一方、都道府県と市町村の連携不足や介護業界の人手不足に関しては、実は平時から論じられていた課題であり、今回の危機で一層、顕在化したと言える。その意味では、有事は平時と分断しているわけではないし、有事の対応は平時に移行した後も継承できる面がある。

例えば、今回の都道府県による広域的な介護職員の調整システムや市町村との連携については、平時に戻った後、結果的に地域の介護体制を強化する方向に働くかもしれない。実際、新型コロナウイルスの拡大以前から、複数の事業所が職員の研修や人材育成、人材確保などで連携する動きが一部の地域で始まっていたことを考える28と、今回の都道府県を中心とした介護職員の広域調整システムと発想的に符合する面が多い。

今後、感染リスクの高い高齢者に対する介護サービスを維持しつつ、感染症対策も進めなければならない現場の負担は重くなると思われるが、秋以降の再拡大に備えて、介護現場や国・自治体が一体となった準備が求められる。
 
27 2020年5月28日WHOウエブサイト“New WHO/Europe guidance shows more can be done to protect people in need of long-term care during the COVID-19 pandemic”を参照。
http://www.euro.who.int/en/health-topics/health-emergencies/coronavirus-covid-19/news/news/2020/5/new-whoeurope-guidance-shows-more-can-be-done-to-protect-people-in-need-of-long-term-care-during-the-covid-19-pandemic
28 島根県雲南市における事例などを取り上げたNTTデータ経営研究所(2020)「複数の介護サービス事業所が連携等して行う取組に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2020年06月15日「基礎研レポート」)

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