2020年06月15日

新型コロナへの対処として、介護現場では何が必要か-感染拡大防止や人材支援などの備えを

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5――介護が後手に回った背景の考察

1|医療崩壊の阻止に優先順位が置かれた影響
まず、「医療崩壊」の阻止に優先順位が置かれた影響である。新型インフルエンザ対策等特別措置法では、都道府県に多くの権限を委ねており、幾つかの都道府県は国の対応を待たず、自らの判断で対応策を決めた。この際、「医療崩壊」の阻止、つまり医療機関のキャパシティーを超えるレベルまでに医療需要が高まってトリアージ(選別)が実施される結果、必要な医療を受けられなくなる状態を食い止めることに力点が置かれた。具体的には、医療機関同士の連携を密にしたり、軽症者や無症状者受け入れるホテルを確保したりする対応が各都道府県で取られた。

こうした対応は短期間で決定せざるを得なかったため、その結果として高齢者介護などへの配慮が行き渡らなかった可能性が高い。
2|業界団体の弱さの影響
第2に、業界団体の弱さである。医療の場合、日本医師会の影響力と発言力が強く、国の政策決定プロセスでは、その意向が重視されやすい。今回の対応で言えば、日本医師会が新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を早急に出すように政府に迫ったほか、地域レベルでも東京都医師会がPCR検査の強化に乗り出すなど独自の動きを見せた12

これに対し、介護はサービスごとに業界団体が細分化されており、業界としてまとまりを欠いている分、日本医師会を中心とした医療界のように、足並みを揃えた対応が困難である。さらに介護保険制度の創設から20年が経過したとはいえ、長い歴史の中で政府・与党とのパイプを築いてきた日本医師会に比べると、その発言力は小さいと言わざるを得ない。こうした業界の実情が現場の声を政策決定に反映できていない一因と考えられる。
 
12 2020年6月号『文藝春秋』、2020年4月17日『m3.com』配信記事などを参照。
3|都道府県と市町村の間で連携が不足していた可能性
第3に、都道府県と市町村の間で連携が不足していた可能性である。新型インフルエンザ等対策等特別措置法では都道府県に多くの実効権限を委ねており、そもそも普段の医療行政も都道府県が所管している。このため、病床再編などを目指す「地域医療構想」の推進13などで培われた日常的な繋がりを感染症対策に活用できる面がある。一方、介護・福祉行政については、市町村が多くの権限を有しており、都道府県との日常的な接点は少ない。端的な例で言うと、公衆衛生の最前線を担っている保健所は多くの場合、都道府県の所管となっており、立ち入り検査などで普段から医療機関と接する機会が多いが、介護事業所との接点は小さいと思われる。

つまり、「医療行政=都道府県」「介護・福祉行政=市町村」という役割分担の下、連携不足が日常行政でも起きやすくなっており、在宅ケアにおける医療・介護連携を進める上でのネックの一つとなっていた14。厚生労働省としても、2015年度から「在宅医療・介護連携推進事業」を創設することなどを通じて、市町村が在宅医療分野に関われるような手立てを講じていたが、こうした都道府県と市町村の連携不足が新型コロナ対策でも影響した可能性がある。

では、こうした背景を踏まえて、今後の教訓として、何をすべきだろうか。先に触れた通り、介護現場や業界団体、有識者から様々な提案がなされているが、一口に「介護現場」と言ってもサービスの提供方法が異なるため、感染リスクが顕在化するパターンは異なる。以下、サービスが提供される「場」に着目し、介護現場のリスクの類型化を試みる。
 
13 地域医療構想については、過去の拙稿参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月11日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」
14 在宅ケアにおける都道府県と市町村の関係については、2018年2月23日拙稿「都道府県と市町村の連携は可能か」参照。
 

6――サービスが提供される「場」に着目した感染リスクの類型化

6――サービスが提供される「場」に着目した感染リスクの類型化

1|3つの類型化
一般的に介護保険サービスについては、利用者の長期ケアを前提とする特別養護老人ホーム(特養)など施設系サービスと、自宅や高齢者住宅に住んでいる利用者を対象とした居宅(在宅)系サービス、地域密着型サービスに分かれる。さらに、近年は介護予防の一環として、高齢者が気軽に体操や運動などを楽しめる体操教室や交流の場などがコミュニティレベルで整備されているほか、認知症の人や家族が集う認知症カフェなども住民主体で自然発生的に増えている。いずれも介護保険サービス事業所としての適用を受けていないが、高齢者が集まるという点では感染リスクに直面しており、こうした場にも気を配る必要がある。

そこで、今回は高齢者介護のケアが実践される「場」に着目し、(1)施設・住宅系、(2)通い系、(3)訪問系――で区別し、以下で3つの類型に応じて感染リスクの発生プロセスや留意点などを述べて行く。
2|施設・住宅系
まず、施設・住宅系とは多くの高齢者が1つの建物内に同居している類型であり、特養や老人保健施設、認知症共同生活介護(グループホーム)、サービス付き高齢者向け住宅などが該当する。この類型の場合、いわゆる「三密」で言うと、密閉、密集、密接が重なりやすく、クラスターの発生が懸念される。

このため、クラスターの発生防止に向け、「如何に施設・住宅にウイルスを持ち込まないようにするか」という点が重要となり、職員の小まめな検温や手洗いといった感染拡大防止策が求められることとなる。

さらに外部との交流を減らす方策も想定されるが、この場合は居住する高齢者が家族や知人と会えなくなり、要介護状態が悪化する危険性と背中合わせである。この点については、「感染拡大防止」「社会参加機会の確保」が二律背反となりやすいため、後述する。

このほか、クラスターが発生した場合の危機管理策も問われる。クラスターの発生に伴って多くの感染者を出した介護施設では、医療現場への負荷を減らすため、感染した高齢者へのケアを介護施設で対応したり、施設内で看取ったりする対応が取られた15
 
15 2020年6月2日放映「介護クラスター見えた!命を守るカギ 対策が進む現場で」『NHKクローズアップ現代+』、5月24日『読売新聞』配信記事を参照。
3|通い系
次に、通い系とは利用者が自宅から通って来るサービス類型となる。具体的には、高齢者を日中預かる通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーションなどが該当する、さらに、介護保険の事業所として指定されないケースとして、住民主体による介護予防のための体操教室なども広い意味で通い系に該当する。中でも、厚生労働省は介護予防に力点を置く観点に立ち、2021年度制度改正の「目玉」として、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」を重視しており、こうした介護保険以外の体操教室などは近年、地域福祉政策で非常に重視されている16。この類型の場合、いわゆる「三密」で言うと、密閉、密集、密接が重なりやすく、一部の事業所でクラスターが発生している。

ただ、多くの事業所や体操教室などが休止していたため、それほど感染リスクは顕在化していなかった面もある。例えば、名古屋市は感染拡大を受けて、市内の一部地域で3月7日~20日までデイサービス事業所に対して、休業要請を出した。名古屋市に限らず、厚生労働省の4月20日時点の調査では、デイサービスや短期入所(ショートステイ)で休業した事業所は全国で計858カ所に及んだという。このため、介護事業所の再開に際しては換気の徹底などの感染症対策が求められるほか、体操教室などの場合は分散・分割の開催、オンラインの採用といった工夫を講じる必要がある。

さらに、事業所や教室などが休業・休止に追い込まれた結果、高齢者の社会参加機会が失われ、体力低下や認知機能の低下など状態が悪化した可能性がある。このため、事業所や体操教室などが再開したとしても、再び感染拡大が進んだ場合の対応策を念頭に入れる必要がある。つまり、「感染症の拡大を防ぐか、高齢者の機能低下を防ぐか」といった二律背反が起きる可能性が高く、この点は後述することにする。
 
16 2021年度制度改正に向けた「通いの場」に関しては、2019年7月16日拙稿「介護保険制度が直面する『2つの不足』(下)」を参照。さらに、通いの場については、近藤克則(2019)『住民主体の楽しい「通いの場」づくり』日本看護協会出版会も参照。近年は高齢者介護だけでなく、障害者や失業者などが気軽に集まれる「居場所」の形成も重視されており、その狙いや内容は「通いの場」と共通している面がある。居場所づくりを含めた社会福祉における「場」の重要性に関しては、『社会福祉研究』第133号を参照。
4|訪問系
3番目の訪問系とは、ヘルパーなどが自宅を訪ねる訪問介護サービスや訪問リハビリテーションなどが該当する。この類型では「三密」のうち、中でも密接が避けられない。このため、介護職が利用者の自宅で感染したり、逆にウイルスを自宅に持ち込んだりするリスクがあるため、小まめな検温や手洗い、エプロンの洗濯、身の回り物の管理といった感染拡大防止策が求められることとなる。実際、厚生労働省は訪問介護職員や訪問サービスを受ける人を対象に、感染症対策として気を付けるべき点などを動画で公開している17

しかし、実際の介護現場は相当な負担を強いられたと推察される。外出自粛の要請が出たとしても、訪問系ではサービスを継続する必要があり、介護現場の関係者は利用者や介護職の安全を確保しつつ、サービスの継続に神経を使っていたと思われる。
 
17 厚生労働省チャンネル「訪問介護職員のためのそうだったのか!感染対策!」「訪問サービスを受ける方のためのそうだったのか!感染対策」を参照。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLMG33RKISnWj_HIGPFEBEiyWloHZGHxCc
5|感染拡大防止を巡る二律背反
さらに、事態を複雑にしているのが既述した二律背反である。そもそもの問題として、感染症対策では往々にして「最大多数の最大幸福」を目指す功利主義が意識される。例えば、感染していない人を守るため、感染した人を隔離することで、感染した人の移動の自由などを制限しなければならない。

より深刻なケースとしては、患者が医療機関に殺到しても、人員やベッド、医療機器、薬などには限界があるため、医療崩壊を防ぐ上では「回復の見通しがあるか否か」という選別(トリアージ)が実施される。こうした状況の下、「回復の見込みが低い」と判断された患者については、蘇生や治療などが実施されない時がある。

もちろん、平時であれば、こうした事態が生まれないように事前に準備したり、関係者と意思疎通や合意形成を進めたりできる。しかし、感染症の拡大局面では短期間での意思決定を強いられる上、少ない資源を効果的に使わざるを得なくなるため、功利主義的な対応が求められる。

実際、先に触れたクラスター患者を介護施設内で対応せざるを得なかった事例も、こうした状況でギリギリの判断を迫られた可能性がある。つまり、当面の手立てとして、介護施設で感染した高齢者をケアしたり、看取ったりした事例は医療崩壊を防ぐ側面があった。言わば「医療崩壊を防ぐか、高齢者の命を守るか」という二律背反が起きていたわけである。

さらに感染拡大を防ぐための社会的距離(social distancing)が高齢者の状態悪化を招き、「感染症の拡大を防ぐか、高齢者の状態悪化を防ぐか」という二律背反も起きていた。具体的には、感染拡大を防ぐ上では、施設・住宅系では外部との関係を最小限にとどめたり、通い系や訪問系では介護事業所などを休業・休止したりするのが有効打となる。しかし、その分だけ要介護状態の高齢者は外出機会や社会参加機会を失われ、体力や認知機能が低下するリスクがある。

実際、どこまで要介護状態が悪化したのか、もう少し丁寧な検証が必要となりそうだが、介護現場に近い関係者から入って来る情報を総合すると、要介護状態の悪化リスクは外出自粛期間の間、静かに進んでいた可能性がある18

例えば、研究者などで構成する民間研究所がケアマネジャー(介護支援専門員)を対象に実施した調査19によると、4月の利用者合計3万7,113人のうち、「身体機能の低下が進み、重度化した」という利用者は1,210人、「精神面で不安定さが目立つようになった」という利用者が1,018人、「認知症状が出現・悪化した」という利用者は849人に上ったという。社会疫学の専門家からも「流行時に外出、人との交流、社会参加が長期間制限されることにより、高齢者のうち、認知症、要介護及びその後の重症化、早期死亡のリスクが高まることが予想(筆者注:される)」という指摘が出ている20

では、今後の感染再拡大に備えて、どんな対応が求められるのだろうか。以下、ケアが提供される「場」の違いも意識しつつ、重視しなければならない必要な取り組みを述べる。ここでは、(1)感染拡大の防止と社会参加機会のバランス確保、(2)人材面の支援、(3)クラスター発生時の対応――という3つに分けて考察する。
 
18 ここでは詳しく触れないが、海外では厳格な都市封鎖(ロックダウン)の間、DV(ドメスティック・バイオレンス)が増えたと報じられており、高齢者介護でも虐待リスクが進む危険性を認識する必要がある。
19 2020年6月1日、一般社団法人人とまちづくり研究所「新型コロナウイルス感染症が利用者・ケアマネジメント等に及ぼす影響と現場での取組みに関する緊急調査」を参照。ケアマネジャーの回答者数は1,243人。
https://hitomachi-lab.com/archives/227/
20 木村美也子・尾島俊之・近藤克則(2020)「新型コロナウイルス感染症流行下での高齢者の生活への示唆」『日本健康開発雑誌』(早期公開)を参照。DOI:https://doi.org/10.32279/jjhr.20200602
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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