2020年05月22日

老後資金の取崩し(4)-資産運用のゴールを自ら決定する

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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4――取崩しルールの改良案の効果

1実現収益率が想定収益率を大きく下回った場合
初期の株式占率が50%で、実現収益率が想定収益率を大きく下回った場合を確認する(図表3)。横軸が経過年数、縦軸がその時点ですでに資産が枯渇している確率を表している。各グラフの右端の数値は、想定期間(30年)内に資産が枯渇する確率である。全く対応策を講じなかった場合は、30年内に100%資産が枯渇する(灰色)が、対策を講じることで30年内に資産が枯渇する確率は低くなる(青色・緑色)。しかし、改善効果は極めて小さく、30年内に資産が枯渇する確率は、到底容認できないほど高い。取崩しルールの改良により、多少は生活水準が低下する可能性を小さくできるとは言え、実現収益率が想定収益率を大きく下回った場合は、焼け石に水である。

改良案1と改良案2との比較では、30年内に資産が枯渇する確率が、改良案2では99.9%であるのに対し(緑色)、改良案1では80%程度と低く(青色)。改良案1の方が、改善効果が高いように見える。しかし、27年後を境に資産が枯渇する確率が反転しており、期間によっては改良案2の方が優れており、どちらが効果的なのかの判断は難しい。
図表3 実現収益率が想定収益率を大きく下回った場合(▲4%)
2実現収益率が想定収益率を多少下回った場合
次に、実現収益率が想定収益率を多少下回った場合を確認する(図表4)。実現収益率が想定収益率を2%下回った場合、改良案1(青色)には、30年内に資産が枯渇する確率を低くする効果があるが、改良案2(緑色)にはない。改良案2では実現収益率が2%で想定収益率が4%の場合には、対策を講じない場合よりも30年内に資産が枯渇する確率が高くなる。実現収益率が0%、想定収益率が2%の場合、改良案2(緑色)にも多少効果があるが、改良案1(青色)には及ばない。改良案2(緑色)の方が28年後以前に資産が枯渇する確率は低いとはいえ、その後2年間の差の大きさも考慮すると、改良案1の方が効果的と判断できる6
図表4 実現収益率が想定収益率を下回った場合(▲2%)
 
6 資産が早期に枯渇しても、その時点で生存していなければ実害はない。このため、早期の資産枯渇確率が低い方が好ましいが、各時点の生存確率を考慮しても明らかに改良案2の効果が低い。
3実現収益率が想定収益率と大差なかった場合(リスクが顕在化しなかった場合)
念のため、実現収益率が想定収益率と大差なかった場合を確認する(図表5)。改良案2(緑色)には、実現収益率が想定収益率を多少下回った場合と同様の問題があるが、十分な資産を確保できるほど資産価格が上昇した場合に限って早期に株式を売却する改良案1(青色)は、弊害がない。
図表5 実現収益率が想定収益率と大差なかった場合

5――総括

5――総括

年金受給開始後も資産寿命を延ばすために資産運用を行う以上、「中長期的に見ればある程度の運用収益率が期待できる」と信じているはずである。生存中に資産が枯渇して生活水準が大幅に低下することを避けることが資産寿命を延ばす目的ならば、想定収益率をベースに、取崩し額も適切に設定することが必要である。しかしながら、実現収益率を事前に知ることは不可能であり、資産寿命を延ばすために年金受給開始後も資産運用を継続したのに、結果として資産寿命を縮めてしまう可能性がある。そこで今回は、運用期間を通した平均的収益率である実現収益率と想定収益率との差よりも、各年の収益率の差の方が圧倒的に大きいという特性をより活かすように資産の取崩し方を改良することで、たとえ運悪く実現収益率が想定収益率を下回ったとしても、資産が枯渇する可能性を小さくできないか検討した。
 
検討の結果、資産の取崩し方の改良により資産が枯渇する可能性を小さくすることができることが分かった。しかし、改善効果には限界があり、実現収益率が想定収益率を大きく下回る場合は無力であることも分かった。甘い見通しを前提に老後の資金計画を立てるべきではないのは当然だが、十分注意したとしても、実現収益率が想定収益率を大きく下回ってしまう可能性に備えたければ、取崩し額の減額を想定しない方法(方法1-1)だけでなく、取崩し額の減額も覚悟した方がいい。つまり、運用成果が悪い場合、前倒しで取崩し額を減額する方法(方法1-2)か年金受給開始時点の保有資産額の一定割合を危機準備資金として取っておき、初めから取崩し額を抑える方法(方法2)を併用する必要がある。
 
概して、人はリスクを避ける傾向がある。想定以上に資産価格が上昇し、保有資産額が増えたなら、リスクを減らしたいと考えるかもしれない。しかし、二つの財布法を実践する場合は、多少資産価格が上昇した程度で株式への配分を減らすべきではない。資産価格が低下した場合に株式を買い戻すといったアクティブな資産運用を想定していないので、多少株価が高い程度で株式の売却を進めると中長期的に収益率が高い株式への投資期間が短くなり、十分な収益総額が得られなくなるからである3

株式を早期に売却するなら、今後の生活水準を維持するために十分な資産を確保できるほど、資産価格が上昇した時に一斉に売却する方が良い。年金受給開始後も資産運用を継続する理由が、老後に望む生活水準を維持するのに必要かつ十分な資産を保有していないことなら、資産価格が上昇し、必要かつ十分な資産を得たならば、負いたくないリスクを負ってまで資産運用を継続する理由はなくなる。必要かつ十分な資産を保有していないために、年金受給開始後も資産運用を継続せざるを得ないからと言って、生涯にわたり資産運用を継続する必要はないのである。しかし、iDeCoなどの確定拠出年金制度とは異なり、年金受給開始後の資産運用のゴールは明確ではないのだから、自ら出口を決定するしかない。
 
年金受給開始後も資産運用するなら、目的に適した金融商品や運用手法などの入口戦略だけでなく、資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件などの出口戦略も事前に十分検討する方が良い。金融機関やフィナンシャルプランナーなども、入口だけでなく出口も含め総合的に提案するべきだろう。また、認知・判断機能が低下し、計画的な資産の取崩しを実践できなくなる可能性も否定できない(図表6)。このため、事前に意思表示すれば、その通り資産の取崩しなどのサポートをしてくれる金融商品・サービスの開発や提供が望まれる。
図表6 年齢階級別 認知症有病率
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2020年05月22日「基礎研レポート」)

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