2020年04月27日

一律10万円給付の家計へのインパクト-新型コロナ緊急経済対策の効果は?

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

文字サイズ

1――はじめに~緊急経済対策として一人あたり一律10万円給付、5月中に開始か

政府は新型コロナウィルスの感染拡大に伴う緊急経済対策として、全ての国民に一人あたり一律10万円を給付する予定だ。金額を一律10万円とした背景には、これまで検討されてきた世帯あたり30万円を給付するという案では、仕組みの複雑さや対象世帯の少なさへの批判が相次いだことなどがある。政府は5月中の給付を目指しているが、新型コロナの影響によって、すでに大幅な収入減少や解雇などの深刻な経済的打撃を受けている世帯もある中で、給付のスピード感が強く求められている。

一方で、一人あたり10万円という金額は、そもそも家計にとって、どれくらいのインパクトがあるのだろうか。また、そのインパクトは居住地域や世帯年収、子育て世帯か高齢者世帯かといった世帯属性によっても異なるだろう。本稿では、総務省「家計調査」を用いて、それらの状況を捉える。
 

2――二人以上世帯へのインパクト

2――二人以上世帯へのインパクト~一人分の約1カ月分の消費額、高年収世帯でも必需的消費分に

1都市階級別・地方別の状況~一人あたり約1カ月分の消費額、物価の高い都市部ではやや下回る
総務省「家計調査」によると、2019年の二人以上世帯の平均世帯人員数は2.97人、世帯あたりの月平均消費額は293,379円である。よって、一人あたりの月平均消費額は98,781円となる。つまり、一人あたり10万円の給付は、二人以上世帯では一人分の約1カ月分の消費額に相当する。

都市規模や地域別に見ても、おおむね1カ月分の消費額に相当するが、「大都市」(一人あたり103,407円)や「関東」(一人あたり106,082円)では、10万円では1カ月分の消費額を数千円下回る(図表1)。

ただし、2019年の二人以上世帯の月平均消費額は、2018年(世帯合計287,315円、一人あたり96,414円)よりも増えている(全体で+6,064円、一人あたり+2,367円)。よって、2018年のデータで見れば、10万円との差は、大都市では2019年の3分の1程度、関東では2分の1程度にとどまる。
図表1 全国、および都市階級別・地域別に見た10 万円から1人あたりの月平均消費額を差し引いた値
なお、「大都市」や「関東」の消費支出の内訳を見ると、他と比べて「食料」や「住居」、「教育」、「教養娯楽」などが多い傾向がある(図表2)。「食料」については、さらに内訳を見ると、全ての品目で全国を上回るため、物価の高さによる影響と言える(消費者物価指数も高い)。また、「住居」については、持ち家率が低く、家賃・地代を支払う世帯が多いこと、「教育」については、子ども一人あたりの教育費(特に授業料等)が多いこと、「教養娯楽」については旅費などの教養娯楽サービス費が多いことによる。

これらのうち「教養娯楽」は生活必需性の低い選択的消費だが、「食料」や「住居」は必需的消費だ。また、「住居」や「教育」は固定費であり、急な収入の変化には対応しにくい。よって、物価の高い都市部に住む世帯では、新型コロナによる減収や解雇という経済的打撃を受けた場合、他と比べて厳しい状況になりやすい。

これらの傾向は、二人以上勤労者世帯についても同様である。なお、二人以上勤労者世帯では、全国で見ると、二人以上世帯と比べて10万円に対する余剰額がやや多い。これは、二人以上勤労者世帯では、二人以上世帯と比べて平均世帯人員数が多いために(二人以上世帯2.97人に対して、二人以上勤労者世帯3.31人、二人以上無職世帯2.38人)、「食料」や「光熱・水道」、「住居」などの生活必需性の高い支出を家族と折半することで、家計の合理化が図りやすいためである。
図表2 都市階級別および関東について見た全国の一人あたり月平均消費額等との差(円)
2世帯年収別の状況~年収800万円までは一人分の約1カ月分の消費額を上回る、高年収世帯でも必需的消費分を補填
次に、二人以上勤労者世帯について、世帯年収別に一人あたりの月平均消費額から10万円を差し引いた値を見ると、世帯年収800万円以上ではマイナスとなり、高年収世帯ほどマイナス幅が大きくなる(図表3)。

高年収世帯の消費の内訳を見ると、勤労者世帯全体と比べて、旅費などの教養娯楽サービス費を含む「教養娯楽」や交際費・仕送り金などを含む「その他の消費支出」、「教育(特に授業料等)」、「被服及び履物」、「食料」のうち外食などが多い傾向がある。これらのうち「教育」を除けば、いずれも嗜好性の高い選択的消費で緊急時には調整可能な支出と言える。

なお、世帯年収1,500万円以上の世帯では、一人あたりの月平均消費額は152,579円である。このうち、交際費などの「その他の消費支出」(34,688円)や「教養娯楽」(18,845円)、「外食」(9,083円)などの選択的消費をあわせると62,616円となる。この選択的消費の値を月平均消費額から差し引くと10万円を下回るため、高年収世帯にとっても、10万円という金額は必需的消費分を上回る額と言える。
図表3 二人以上世帯の年収階級別に見た10 万円から1人あたりの月平均消費額を差し引いた値

3――単身世帯へのインパクト

3――単身世帯へのインパクト~家計の合理化が図りにくいため1カ月分の消費額の約6割にとどまる

同様に、単身世帯について、都市階級や地方別に、月平均消費額から10万円を差し引いた値を見ると、いずれもマイナスであり、マイナス幅は大都市ほど、また関東で大きい(図表4)。

単身世帯の消費内訳を見ると、「教育」や「自動車関係費」を除く全ての費目で二人以上世帯を上回り、特に「食料」や「住居」、「光熱・水道」で多い。つまり、単身世帯では、必需的消費を家族と折半できないために、家計の合理化が図りにくく、支出がかさみやすい。
図表4 単身世帯の都市階級別・地方別に見た10 万円から月平均消費額を差し引いた値
単身勤労者世帯について世帯年収別に月平均消費額を見ると、いずれも10万円を下回り、高年収世帯ほどマイナス幅が大きい(図表5)。これは、二人以上勤労者世帯と同様、高年収世帯ほど選択的消費が多いことによるのだが、単身勤労者世帯では、特に「外食」が目立つ。「食料」に占める「外食」の割合は、二人以上勤労者世帯では20.8%だが、単身勤労者世帯では38.4%であり、世帯年収600万円以上の世帯では45.7%にもなる。
図表5 単身世帯の世帯年収別に見た10 万円から月平均消費額を差し引いた値
以上より、緊急経済対策による一律10万円の給付は、家計の合理化が図りにくい単身世帯では二人以上世帯と比べて恩恵が薄まるようだ。また、減収や解雇という経済的打撃を受けた場合、二人以上世帯では他の世帯員に有業者がいれば、その収入等に頼ることができるかもしれないが、単身世帯では、それができずにより厳しい状況になる可能性もある。
 

4――属性別に見たインパクト

4――属性別に見たインパクト~家族の人数が少ない世帯や消費額の多い共働き・妻フルタイム世帯では一人分の1カ月分の消費額を下回る

最後に、子のいる世帯や高齢無職世帯など、世帯属性別に見た状況を示す(図表6)。世帯属性別に、10万円から一人あたりの月平均消費額を差し引いた値を見ると、夫婦二人世帯や高齢夫婦無職世帯などの世帯人員の少ない世帯や、妻がフルタイムで働く共働き世帯など消費額が多い(世帯収入も多い)世帯ではマイナスとなっている。また、夫婦二人世帯では、世帯人員数が少ない上、消費額も比較的多いため、マイナス幅が大きく、単身世帯と同程度となっている。

よって、これまでに述べた通り、家族の人数が少ない世帯では家計の合理化が図りにくいために支出がかさみ、世帯収入が多く消費額も多い世帯では選択的消費が多いために支出がかさむ傾向がある。

なお、子のいる世帯では、緊急経済対策として、一律10万円の給付に加えて、「児童手当」に児童一人あたり1万円が上乗せされる予定だ(高年収世帯を除く)。
図表6 世帯属性別に見た状況

5――おわりに

5――おわりに~減収・解雇などの生活困窮世帯には追加的な支援策を

緊急経済対策として給付される一人あたり10万円という金額は、総務省「家計調査」で見ると、二人以上世帯では一人分の約1月分の消費額に相当する。一方で、家計の合理化が図りにくい家族の人数が少ない世帯や物価の高い都市部に住む世帯などでは1カ月分を下回り、恩恵が薄れる傾向がある。

また、10万円の給付は一度きりの予定であり、新型コロナによる減収や解雇といった経済的打撃を受けた世帯では、およそ1カ月分の消費額相当では不足感があるだろう。一方で、今、求められるのは、まずは給付のスピード感であり、生活困窮世帯に対しては、本稿で見た観点なども考慮するなどして、あわせて追加的な支援策が実施されることを望みたい。

なお、「家計調査」の枠組みでは公表データの制約から分析ができなかったが、追加的な支援策の実施においては、貧困問題などが指摘されている母子世帯など、特に生活困窮世帯の多い属性を配慮する必要もある。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2020年04月27日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【一律10万円給付の家計へのインパクト-新型コロナ緊急経済対策の効果は?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

一律10万円給付の家計へのインパクト-新型コロナ緊急経済対策の効果は?のレポート Topへ