2020年04月24日

2020年度診療報酬改定を読み解く-医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5|制度改正の方向性
では、どんな制度改正が考えられるだろうか。筆者自身は医療制度の基本として、患者―医師の信頼関係を重視しており、患者と医師が長期的かつ継続的な関係を構築する上では、医療の「入口」を1カ所に絞る制度が不可欠と考えている。具体的には、患者が必ずかかる医師を事前に指名し、2次医療や3次医療に行く場合は紹介状を必要とするシステムである。

その際、患者の判断で複数の医師にかかる選択肢は残してもいいし、イギリスと同様、1カ所に絞る場合でも指名先の医師や医療機関を変更できる柔軟な制度設計は有り得る。さらに、紹介状なしに大病院に行った場合、上乗せ負担を維持しつつ、大病院に行く選択肢を認める現行制度を生かすことも考えられるが、やはり患者にとっての医療の「入口」は1カ所に絞るべきである。

さらに患者が信頼できる医師の育成も不可欠であり、GPや総合診療医のような能力を持った医師の育成が欠かせない。医師の育成には10年を要するため、日本医師会が実施している「かかりつけ医機能研修制度」を含めて、開業医のスキル向上という視点も求められる。

少なくとも中医協でしか通用しない議論ではなく、こうした方向性を明確に示さなければ、国民の理解と協力は得られないだろう。今回の新型コロナウイルスに関しても、後述するオンライン診療の思い切った規制緩和や重症者の特定、将来的にワクチンの優先的な摂取などに取り組む際、患者―医師の関係性を固定化する登録制度が採用されていればスムーズに実施できたかもしれない。

外来分野に関しては、医師の偏在是正に向けた「外来医療計画」を各都道府県が今年3月までに策定した26ほか、機能分化の議論が別に進んでおり、こうした視点を加味する方向で議論が進むことを期待したい。
 
26 外来医療計画については、2020年3月2日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か(下)」を参照。
 

8――オンライン診療の規制緩和

8――オンライン診療の規制緩和

1|要件を部分的に緩和
第3番目の論点として、オンライン診療を取り上げる。これは表1の(2)に対応しており、4月1日から算定が始まった診療報酬改定では、要件が部分的に緩和されたものの、新型コロナウイルス対策で争点化した。

ここで少しオンライン診療を巡る経緯を振り返ると、保険診療で初めて認められたのは2018年度診療報酬改定だった。具体的には「オンライン診療料」(月70点)に加えて、ICT技術を活用して生活習慣病などの医学管理を評価する「オンライン医学管理料」(月100点)、在宅療養中の患者に対する医学管理を評価する「在宅時医学総合管理料 オンライン在宅管理料」(月100点)などが創設された(いずれも点数は2018年度改定時点)。

ただ、問題となったのは厳しい要件である。オンライン医学管理料については、下記のような要件が定められていた。
 
  1. オンライン診療料が算定可能な患者に対し、リアルタイムでのコミュニケーション(ビデオ通話)が可能な情報通信機器を用い、オンラインによる診察を行った場合に算定。ただ、連続する3カ月の算定は認めない。
     
  2. 患者の同意を得た上で、対面による診療(対面診療の間隔は3カ月以内)とオンラインによる診察を組み合わせた療養計画を作成し、計画に基づき診察を実施する。
     
  3. オンライン診療料の算定患者について、緊急時に概ね30分以内に医療機関が対面による診察が可能な体制を有している。
     
  4. 1カ月当たりの再診料やオンライン診療料の算定回数に占めるオンライン診療料の割合が1割以下である。

さらに、▽生活習慣病など10種類の管理料27の対象となっている患者、▽こうした管理料などを初めて算定した後の6カ月間は毎月、同じ医師が対面診療を実施している患者――という要件も設定された。つまり、初診を対面で実施した患者に対象を限定する「初診対面原則」が設定されたことで、オンライン診療が対面診療の延長線に位置付けられたほか、生活習慣病などで継続的に診ている患者について限定的に導入された。

しかし、厚生労働省の調査(2018年5月診療、同年6月審査分)によると、オンライン診療科などを届けている医療機関は病院で65施設、診療所で905施設にとどまった。そこで、中医協では支払側から「相当厳格な算定要件が設定されたのも事実。あまりに厳格で普及の足かせになっていることも懸念している」との意見が示された28ほか、筆者自身も現場で「要件が厳し過ぎて使いにくい」という意見を耳にしていた。

こうした厳しい要件が設定された背景には日本医師会の懸念があった。中医協では規制緩和を迫る支払側に対し、日本医師会はICTの活用を認めるとしつつも、「顔色も息遣いも雰囲気も表情も、その時の状況も全て対面」「どんなにICTが発達しても、(筆者注:対面診療の)補完。医療の本質は変わらない」と強く反対した29。このため、厚生労働省は「(筆者注:関係者が)合意できる部分から、慎重かつ安全に運用を始めたい」という判断30の下、厳しい要件を設定することで、試行的に導入された面があった。

その後、2020年度診療報酬改定では要件緩和の是非が争点となり、規制緩和を促す診療側に対し、日本医師会は「大幅に緩和するとモラルハザードが起きる」と慎重姿勢を崩さなかった31ため、2018年度改定と同様の意見対立が見られた。

最終的に、事前の対面診療期間を6カ月間から3カ月間に縮減するとともに、対象疾患に慢性頭痛を追加するなどの制度改正が中医協で決まった。さらに医療資源に乏しい地域で遠隔診療を部分的に容認したほか、オンラインを使った外来患者への服薬指導も診療報酬で手当てされた。

その意味では2018年度改定に続き、2020年度改定についても、「関係者が合意できる部分」から少しずつ対象を拡大する漸増主義的な方法が採用されたと言える。
 
27 10種類の管理料とは先に触れた主治医機能を評価する「地域包括診療料」に加えて、「認知症地域包括診療科」「生活習慣病管理科」「難病外来指導管理料」「特定疾患療養管理料」「小児科療養指導料」「てんかん指導料」「糖尿病透析予防指導管理料」「在宅時医学総合管理料」「精神科在宅患者支援管理料」。
28 2019年6月12日の中医協総会における健康保険組合連合会の幸野庄司理事による発言。6月12日『m3.com』配信記事。
29 2017年1月11日の中医協総会における日本医師会の中川氏による発言。中医協総会議事録。
30 2018年3月29日『日経メディカル』における厚生労働省医政局医事課の久米隼人課長補佐によるコメント。
31 2019年11月8日の中医協総会における日本医師会の今村聡副会長による発言。11月9日『m3.com』配信記事。
2|新型コロナを受けて状況が一変
しかし、年始からの新型コロナウイルス拡大が状況を一変させた。患者が医療機関に集中したり、院内感染で医療機関が機能不全になったりする「医療崩壊」の危機が懸念される中、拡大防止策の一環として、オンライン診療に対する期待と関心が高まった。これを受けて、厚生労働省は段階的に規制を緩和していた32が、3月31日の経済財政諮問会議で安倍首相が「患者の方々のみならず、コロナウイルスとの闘いの最前線で活躍されている医師・看護師の皆様を院内感染リスクから守るためにも、オンライン診療を活用していくことが重要」と指示した33

これを受けて、厚生労働省は4月2日の検討会で、オンライン診療の活用方策として、軽度の発熱、腹痛などを訴える患者から求めを受けたケースのうち、初診からのオンライン診療の一部解禁を決めた。具体的には、(1)既に診断され、治療中の慢性疾患で定期受診中の患者に対し、新たに別の症状についての診療・処方を行う場合、(2)過去に受診履歴のある患者に対し、新たに生じた症状についての診療・処方を行う場合、(3)過去に受診履歴のない患者に対して診療を行う場合、(4)過去に受診履歴のない患者に対し、かかりつけ医等からの情報提供を受けて、新たに生じた症状についての診断・処方を行う場合――の4つに整理して検討され、日本医師会などの意見を踏まえつつ、(3)を除く3つのケースでは初診からオンライン診療を認めた34

これに対し、規制改革推進会議(議長:小林喜光三菱ケミカルホールディングス会長)は「今までの延長線上の物の考え方。危機的な状況なのに、いろいろなところに配慮して、なかなかクリアカットな施策が出てこない」などと一層の規制緩和を主張35。4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」では「国民・患者が安心して医療を受けることができるよう、初診も含め、電話や情報通信機器で医療機関へアクセスし、適切な対応が受けられる仕組みを整備する」という方針が盛り込まれた。

こうした流れの下、4月10日に持ち回りで開催された中医協では「時限的緩和」として初診対面原則を事実上、撤廃する方針が決まった。具体的には、「受診歴がないが、電話などの診療が可能と判断した患者」「現在受診していないが、カルテなどの記録がある患者」もオンライン診療の対象として認めた。さらにオンライン診療科については、「再診料などに占める割合が1割以下」と定めた基準も時限的に緩和された。なお、その際の診療報酬上での点数については、対面での初診料(288点)に比べて低い214点に設定された。

併せて、緊急経済対策では「対面診療を受診した場合、電話等による服薬指導を可能とする」という方針も打ち出され、最終的に厚生労働省が「全ての薬局で薬剤師が患者、服薬状況などに関して情報を得た上で、電話や情報通信機器を用いて服薬指導などを適切に行うことが可能と判断した場合、電話や情報通信機器を用いた服薬指導などを行って差し支えないこととする」という方針を定めた。これは医師の権限を移譲する(タスクシフト)の要素を持っており、非常に重要な決定である。
 
32 具体的には、2月28日の事務連絡で、▽慢性疾患などを治療している患者を電話やオンラインで診察し、治療薬を処方すること、▽薬剤師が調剤後に医薬品を患者に送付し、電話やオンラインで服薬指導すること――を認めていた。さらに3月19日の事務連絡でも、既に診断して治療を始めている慢性疾患を有する患者の発症に対し、電話やオンライン診療による薬剤の処方を認めるなどの規制緩和を実施していた。
33 2020年3月31日経済財政諮問会議議事要旨。
34 2020年4月13日『週刊社会保障』、4月3日『m3.com』配信記事。
35 同上。
3|「初診対面原則」を原則とした一層の制度改正を
こうした経緯を総括すると、中医協を舞台にしてオンライン診療の規制を少しずつ緩和する方法が2018年度、2020年度に採用され、新型コロナウイルスの感染が拡大した後も続きそうな情勢だったが、規制改革推進会議の要請で状況が一変し、初診対面原則が時限的に撤廃されたと言える。

ここで、筆者自身の意見を披歴すると、平時において初診対面原則は必要と考えている。今回は緊急時の対応であり、止むを得ない判断だったかもしれないが、医療制度の基本は患者―医師の信頼関係であり、市民(患者)の目線で言うと、「対面で会わなければ医師の人となりなどを信頼できない」と思う人は多いのではないだろうか。さらに、医師にも患者の喋り方や目線、呼吸、匂いなどで患者を診断して欲しいと考える(むしろ、こうしたコミュニケーション能力を持っていない医師が少ないことの方が問題)ため、初診対面原則は重要と考えている。医師や患者のなりすましや架空請求などモラルハザードの危険性にも留意する必要がある。

その一方、オンライン診療は患者の利便性向上に繋がるだけでなく、医師の負担軽減を図る観点で言えば、前半で触れた医師の働き方改革にも寄与する点で、さらに推進する必要がある。そこで、平時に移行した際の論点として、筆者は先に触れた医療の「入口」を1カ所に絞る制度改正を絡めることを提案したい。

具体的には、「オンライン診療を希望する場合、患者が医療機関や診療所を指名するとともに、一度は対面で必ず診察を受けることを義務化する」という方法である。この結果、患者は日常的に接点を持つ医師を持てるようになり、医療機関の役割を明確にする医療提供体制改革とオンライン診療の普及が整合的になる。その際、「登録期間は1年とし、途中で医療機関を変更することも認める」「オンライン診療を受けられる医療機関を1つに限る」といった制度改正を加味してもいいかもしれない。

さらに慢性疾患などで病状が安定していることが対面診療で把握できている患者については、「オンライン診療で薬剤師などが病状を診断したり、処方したりできるようにする権限移譲」を加味すれば、患者の利便性が向上するだけでなく、医師の負担軽減にも繋がり、冒頭に触れた「医師の働き方改革」に寄与する。既に薬剤師の服薬指導がオンライン診療で時限的に認められたが、オンライン診療は関係職種間で情報のやり取りをスムーズにさせる効果があり、他の職種に権限を移譲していくタスクシフトの要素を取り込んで行く必要がある。

このほか、都道府県を中心とした医師偏在是正が今年4月からスタートしているため、医師が相対的に少ない「医師少数区域」では、他の地域よりもオンライン診療を積極的に活用する案も想定できる。もちろん、スムーズな本人確認を容易にするため、普及が進まないマイナンバーカードや、2020年度から本格運用が始まる「医療等ID」を絡めることも重要になるであろう。

現在のように2年に一度の診療報酬改定で細かく要件を変えても、患者、医師にとって使いにくいシステムになる危険性を伴う。国民に分かりやすい形で方向性を示しつつ、オンライン診療を医療提供体制改革に貢献させる視点は欠かせないと考えられる。
 

9――おわりに

9――おわりに

以上、2020年度診療報酬改定について、(1)医師の働き方改革、(2)急性期病床の見直し、かかりつけ医機能の強化など医療提供体制改革、(3)オンライン診療の規制緩和――の3点について中心的に論じて来たが、新型コロナウイルスの拡大が続く中、医療現場は逼迫しており、年始までの議論が通用しない面が多い。実際、病床削減の要素を持っている地域医療構想については、何らかの形で軌道修正を余儀なくされるだろう。

しかし、人口減少や高齢者人口の増加などの長期的な影響も大きく、2020年度診療報酬改定で争点になった点を含めて、既に実施されている制度改革の方向性自体は変わらないようにも思える。中でも、生活を支える医療への転換や医師の働き方改革、オンライン診療の推進といった改革は今後も進める必要がある。

こうした中、中医協の議論は関係者の利害調整を優先させるため、関係者の同意を得られる反面、制度や要件が複雑になるなど、国民から見れば分かりにくい議論になりがちである。本レポートで述べた地域医療構想と診療報酬の不明確な関係、かかりつけ医機能と主治医機能、総合診療医の不鮮明な違い、オンライン診療を巡る細かい要件設定などは典型例と言える。サービスの使い勝手の良さや分かりやすさなど、利用者の目線に立った制度改革論議が求められる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年04月24日「基礎研レポート」)

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