2020年04月24日

2020年度診療報酬改定を読み解く-医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

2|地域医療構想との関係で見る改定内容
地域医療構想とは、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上となる2025年を意識し、病床削減や在宅医療の普及などを進める政策13。各都道府県は2017年3月までに地域医療構想を策定し、2025年の病床推計と現状とのギャップを明らかにした。全ての都道府県の数字を集計したのが表3であり、高度急性期と急性期を足すと約24万床が余剰となる見通しとなっている。
表3:地域医療構想に盛り込まれた病床数 しかし、日本の医療提供体制は民間であり、国や都道府県がダイレクトに病床削減などを命じることができない。そこで、地域医療構想に盛り込まれた数字を一つの参考としつつ、都道府県が民間医療機関と合意形成を図ることが重視されている。

ここで、問題になるのが地域医療構想と診療報酬の関係である。先に触れた経過措置を設けた2018年度診療報酬改定に際して、厚生労働省幹部は「(注:地域医療構想が描く)医療提供体制に対し、診療報酬がどう支援するのか、どう寄り添うのか今後議論してもらう課題」14、「報酬算定のいろいろな選択肢を提供し、より変化しやすくする、あるいは変化を後押しする。それが『寄り添う』『支える』の意味。(略)診療報酬が『引っ張り回す』『実態がないところに、経済的な動機付けで誘導する』ことを主たる政策手段にした場合、いい結果に結び付かないと考えています」15と説明していた。

つまり、地域医療構想の数字を実現するため、診療報酬の単価や基準を大幅に動かすのではなく、医療機関が旧7:1基準から自然と離脱するように選択肢を広げたという説明であり、こうした考え方は2020年度改定でも継続される中、旧7:1基準の取得要件が少し厳格になったと言える。
 
13 地域医療構想については、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月1日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」
14 2017年1月25日中医協総会議事録における厚生労働省保険局医療課長の迫井正深氏による発言。
15 2018年3月12日『m3.com』配信記事における迫井氏のインタビュー。
3|地域医療構想との不明確な関係が対立の遠因
では、こうした中で、診療側と支払側がなぜ対立したのか。その遠因としては、地域医療構想と診療報酬改定の関係性が不明確な点を指摘できる。過去、日本の医療制度改革は診療報酬に多くを頼って来た経緯があり、2年に一度の診療報酬改定が「お祭り」モードになることに代表される通り、医療機関の行動や判断に対するインパクトは非常に大きい。

このため、診療報酬の活用を通じて、表3で示した地域医療構想の数字を実現するよう求める意見が政府内で出ている。例えば、地域医療構想を病床削減と医療費適正化のツールと見なしている経済財政諮問会議では「地域医療構想に沿った病床再編等に向けて、加減算双方向での診療報酬の大胆な見直しによる病床機能の転換を進めるべき」といった意見が示されている16。つまり、診療報酬の改定を通じて、病床削減を推し進め、結果的に表3の数字を実現することで、医療費を抑制しようという考え方であり、支払側の意見も同じ認識に立っていると言える。

だが、急激な病床削減を目指す動きに対して、これまで日本医師会は反対してきたし、そもそもの問題として、日本医師会は地域医療構想を「病床削減のための政策」と認識していない17。このため、「診療報酬を通じて地域医療構想の数字に近付けるべき」と考える支払側と、これに反対する診療側の意見対立が中医協で鮮明化しやすくなっていると言える。

しかも、地域医療構想の推進に当たる都道府県の対応が遅れていると判断された場合、診療報酬での実現を迫る意見が大きくなる可能性がある。実際、財務省は急性期病床の適正化について、「(筆者注:2018年度改定が)全体としてどの程度地域医療構想に沿った病床の再編・急性期入院医療費の削減につながっているかについて進捗を評価し、必要に応じて更なる要件厳格化等を次期改定において実施すべきである」と主張した経緯もある18

こうした状況を踏まえると、2018年度、2020年度の2回連続で公益裁定となった対立は今後も繰り返される可能性が高く、地域医療構想と診療報酬の役割分担が問い直される展開も予想される。何よりも今回の新型コロナウイルスの拡大を受けて、病床削減の要素を持った地域医療構想が何らかの形で軌道修正を余儀なくされる可能性も想定しなければならないだろう。
 
16 2019年5月31日経済財政諮問会議有識者議員提出資料。
17 例えば、日本医師会の中川俊男副会長は「(筆者注:地域医療構想から)医療費削減の仕組みを徹底的に削除したつもりだ」と述べている。2019年4月29日『m3.com』配信記事。
18 2019年6月19日財政制度等審議会建議「令和時代の財政の在り方に関する建議」。
 

7――医療提供体制改革(2)

7――医療提供体制改革(2)~かかりつけ機能など外来医療の見直し~

1|紹介状なしの上乗せ定額負担の対象拡大
次に、外来医療の見直しとして、いくつかの制度改正が実施された。ここでは、1)紹介状なしで訪ねた際、5,000円の上乗せ負担を求める医療機関の対処拡大、2)かかりつけ医機能の強化――を中心的に取り上げつつ、その狙いと論点、今後の可能性を考察する。
図2:紹介状なしに大病院に行った場合の追加負担のイメージ まず、1)の紹介状なし上乗せ負担の対象拡大である。これは全世代型社会保障検討会議(議長:安倍晋三首相)が昨年末に取りまとめた中間報告で決まった案件であり、最初は2016年度診療報酬改定に遡る。日本の医療機関は本来、高度な手術などに対応する大学病院も外来を実施するなど、医療機関の役割分担が明らかになっていないため、図2の通り、紹介状なしに大病院に行った場合、5,000円を上乗せする措置が2016年度から導入された。

この措置は当初、「特定機能病院19及び500床以上の地域医療支援病院20」でスタートした後、2018年度改定で「特定機能病院及び400床以上の地域医療支援病院」に対象が拡大したが、全世代型社会保障検討会議は昨年末に取りまとめた中間報告で、機能分化の実効性を高める観点に立ち、対象を200床以上に拡大するよう提言。この方針は2020年度診療報酬改定でも継承され、全ての特定機能病院と地域医療支援病院(200床未満を除く)に対象が拡大した。
 
19 高度医療の提供、技術開発、研修を実施する能力などを備えた病院。1993年の医療法改正で創設された
20 中小病院や診療所からの紹介患者に対する医療提供、医療機器の共同利用などを通じて、地域医療の確保を図る病院。1997年の医療法改正で創設された。原則として200床以上が要件。
2|かかりつけ医機能の強化と狙い
これと同じ趣旨の制度改正として、「かかりつけ医」機能の強化が図られた。かかりつけ医の定義は必ずしも明確になっていないが、日本医師会などの報告書21は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義されている。

2020年度診療報酬改定では、かかりつけ医が継続的に患者を診たり、診療所と他の医療機関の連携を強化したりすることが意識されており、▽気軽に健康相談などを受け付ける「主治医機能」を評価する「地域包括診療加算」の要件緩和、▽かかりつけ医が継続的に診察している患者について、他の医療機関からの求めに応じて情報を提供した場合、情報提供を報酬で評価する加算の創設――などの改定が実施された。このほか、在宅ケアの充実に向けて、在宅医療や訪問看護、認知症ケアなどに関して加算要件の見直しなどが図られた。
 
21 日本医師会・四団体協議会(2013)「医療提供体制のあり方」報告書。報告書では、かかりつけ医が果たす4つの機能として、(1)日常行う診療においては患者の生活背景を把握し、適切な診療及び保健指導を行い、自己の専門性を超えて診療や指導を行えない場合、地域の医師、医療機関等と協力して解決策を提供する、(2)自己の診療時間外も患者にとって最善の医療が継続されるよう、地域の医師、医療機関等と必要な情報を共有し、お互いに協力して休日や夜間も患者に対応できる体制を構築する、(3)日常行う診療のほか、地域住民との信頼関係を構築し、健康相談、健診・がん検診、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健等の地域における医療を取り巻く社会的活動、行政活動に積極的に参加するとともに保健・介護・福祉関係者との連携を行う。また、地域の高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療を推進する、(4)患者や家族に対して、医療に関する適切かつわかりやすい情報の提供を行う――を挙げている。
3|機能分化を果たす上で重要な「代理人」の存在
こうした制度改正の目的は医療機関の機能分化にある。そもそもの整理として、一般的に医療のニーズは身近なけがや病気に対応する1次医療(プライマリ・ケア)、一般的な入院である2次医療、専門性の高い救急医療などを提供する3次医療に分類され、1次医療の部分で7~8割程度の医療需要に対応できることが示されている22。そこで、1次医療、2次医療、3次医療の役割分担を構造的にすれば費用が最適化し、国民も症状に応じて適切な医療が受けられる。

そこで、厚生労働省は国民に対し、「上手な医療のかかり方」を推奨しているが、医療制度では患者―医師の情報格差が大きく、患者が「自分の症状がどの医療機能に対応するのか」を適切に判断できない。このため、患者の意思決定を支援する「代理人」を作る必要がある23

つまり、患者にとって、「何でも相談できる医師あるいは専門職」の存在が重要となる。例えば、海外の医療制度改革では幅広い健康問題に解決するプライマリ・ケアが重視されており、イギリスでは家庭医(GP、General Practitioner)と呼ばれるプライマリ・ケアの専門医が多職種と連携しつつ、患者との間で信頼関係を構築し、単に病気だけを治すのではなく、生活全般を継続的に支えていることで、代理人としての機能を果たしている24

さらに、患者は複数のGPが勤める診療所を自由に選べるが、診療所への登録を義務付けられており、GPの紹介を受けないと、原則としてダイレクトに大病院に行けない。言わばGPが「門番」のような役目を果たしているため、一般的に「ゲートキーパー機能」と呼ばれる。
 
22 例えば、1961年に公表されたイギリスの研究では1,000人のうち、750人が1カ月間で何らかの病気やケガを訴え、250人が医師のカウンセリングを受けたが、高度な医療機関に紹介された患者は5人に過ぎなかった。2000年代の日本でも同様の研究が示されている。White K L et.al(1961)“The Ecology of Medical Care“The New England Journal of Medicine,265, pp885-892.Tsuguya Fukui et al.(2005)“The Ecology of Medical Care in Japan” Japan Medical Association Journal Vol.48 No.4, pp163-167.
23 上手な医療のかかり方の問題点に関しては、拙稿2019年2月5日「『上手な医療のかかり方』はどこまで可能か」を参照。
24 イギリスのGPに関してはGraham Easton(2016)“The Appointment”[葛西龍樹・栗木さつき訳(2017)『医者は患者をこう診ている』河出書房新社]、澤憲明(2012)「これからの日本の医療制度と家庭医療」『社会保険旬報』No.2489・2491・2494・2497・2500・2513などに詳しい。
4|似たような言葉が林立している問題点
それと比べると、日本の制度改正論議は国民にとって分かりにくいと言わざるを得ない。先に触れた「いきなり大病院に行くことを制限する定額負担上乗せ」「患者の相談を受け付けたり、他の医療機関と連携したりする、かかりつけ医機能の充実」という2つの制度改正は医療機関の機能分化で必要なことかもしれないが、5,000円の上乗せ定額負担は有効に機能しているとは言えない。

例えば、厚生労働省の調査では、2018年度から定額の上乗せ負担を取るようになった病院にかかった患者または家族に対し、「大病院受診時定額負担の認知度」を聞いており、初診患者の計66.1%、再診患者の計74.2%が「仕組みがあることも、仕組みが設けられている理由も知っていた」「仕組みがあることは知っていたが、仕組みが設けられている理由は知らなかった」と答えていた25。つまり、上乗せ定額負担の存在を知っているのに、大病院志向は解消していない。むしろ、「5,000円は大病院にダイレクトに行った時の罰金」「5,000円を払えば大病院に行ける」といったメッセージで受け止められている可能性さえ想定される。

さらに、身近な医療ニーズに対応する医師の機能や役割についても曖昧であり、似たような言葉が林立している。実際、本レポートでも「主治医」「かかりつけ医」という言葉を整理せずに使っているほか、イギリスのGPのようにプライマリ・ケア能力を有する「総合診療医」という別の言葉もあり、国民にとっては理解しにくい状況となっている。

筆者の理解では「主治医機能」とは、2014年度診療報酬改定で創設された「地域包括診療料」「地域包括診療加算」の要件である日常的な疾患に対応できる役割であり、2016年度診療報酬改定を通じて、図3のように日常診療から在宅療養まで機能を拡大する形で、かかりつけ医機能に拡充された。さらに総合診療医とは専門医研修を受けたプライマリ・ケアの「能力」を持った医師を指し、「機能」にとどまる主治医、かかりつけ医と異なる。
図3:かかりつけ医に期待される機能 しかし、図3のような機能を含めて、かかりつけ医や主治医で期待されている機能とプライマリ・ケアで期待される診療はほぼ同一であり、外見上は分かりにくい。増してや、日本医師会が「かかりつけ医機能研修制度」を実施している中では、かかりつけ医についても一定の能力を期待する流れになっており、プライマリ・ケアに関する「能力」を持つ総合診療医と何がどう違うのか明確に説明されていない。

以上のように似た言葉が林立している背景には、プライマリ・ケアを巡る過去の「行き違い」がある。厚生省(現厚生労働省)は1980年後半、イギリスのGPのような能力を持つ「家庭医」を制度化しようと考えたが、日本医師会は「国家統制に繋がる」などと反発。現行制度の延長線で、全人的なケアを提供する医師として、かかりつけ医という言葉が1990年代以降、使われてきた。

その後、高齢化などの進展を受けて、生活を支える医療が求められるようになり、2014年度に創設された「地域包括診療料」「地域包括診療加算」など新しい加算・要件を診療報酬改定の度に設けるなど、少しずつ制度改正が実施されている形だ。

しかし、こうした違いは国民にとって非常に分かりにくい。確かに主治医機能にしても、かかりつけ医機能にしても、診療報酬の説明資料に小さな字で細かく書かれているが、こうした資料に目を通すのは医療関係者だけである。誤解を恐れずに言えば、医療業界、もっと言えば中医協でしか通用しない言葉遣いに過ぎない。中医協の議論は関係団体の利害調整に終始するため、止むを得ない面があるとはいえ、医療機関の機能分化を実現する上では、医療サービスを利用する国民の意識や行動も変える必要があり、国民にとって分かりやすい議論が必要である。
 
25 2019年3月27日、中央社会保険医療協議会診療報酬改定結果検証部会資料。有効回答は初診112人、再診31人。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【2020年度診療報酬改定を読み解く-医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療を中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

2020年度診療報酬改定を読み解く-医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療を中心にのレポート Topへ