2020年04月24日

2020年度診療報酬改定を読み解く-医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~2020年度診療報酬改定を読み解く~

医療サービスの公定価格である診療報酬が2020年4月に改定された。診療報酬は概ね2年に一度、改定されており、今回も例年と同様、改定率を巡って政府と与党、関係団体による攻防が年末に繰り広げられた。さらに個別テーマに関して、中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)を中心に議論が展開され、医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療などについて、関係団体による細かい利害調整が積み重ねられた。

本レポートでは、改定率を巡る攻防を概観した後、4月改定の新たなルールのうち、(1)医師の働き方改革、(2)医療提供体制改革、(3)オンライン診療の規制緩和――について改正内容を考察し、その背景や今後の論点、影響を考察するとともに、国民にとって分かりやすい議論の必要性を指摘する。中でも、オンライン診療に関しては、新型コロナウイルスの拡大防止策の一環で、対象を対面で診察した患者に限定する「初診対面原則」の撤廃が時限的に決まっており、こうした点も視野に入れつつ、論点や方向性を論じる。

ただし、ここでの考察の多くは年明け時点までの議論を前提としており、最近の新型コロナウイルス問題を必ずしも考慮できていない点は念頭に置いて頂きたい。
 

2――新型コロナで様変わりした様子

2――新型コロナで様変わりした様子

「激震!診療報酬改定を乗り切る病院経営」「病床ダウンサイジング時代を生き残る改定への対応」――。例年、診療報酬が切り替わる3~4月になると、専門誌やインターネットなどでは、コンサルタントなどによる医療機関向けセミナー広告を目にする機会が増える。厚生労働省も医療機関の関係者に対する説明会を開催し、加算取得の方法や要件などに関する細かい質問に対して回答する「疑義解釈」を公表するなど、医療界は2年に1回の「お祭り」といった様相を呈する。筆者自身も改定に関する民間団体の勉強会に参加し、厚生労働省の当局者による説明を聞くようにしてきた。

しかし、今年は新型コロナウイルス拡大の影響で様変わりした。民間団体によるセミナーや勉強会が軒並み中止となり、イベントの広告はほとんど見なくなったし、何よりも医療機関は未知のウイルスに対応を迫られており、「改定どころではない」といった状態であろう。この段階で昨年末や年初の話題を振り返っても、どこか現実離れした感覚になるかもしれない。

実際、4月に入った後、新型コロナウイルスの感染防止策に関して、「特例的な対応」が相次いで決定された。具体的には、多数の患者が出た時に緊急度に従って優先順を付ける「院内トリアージ」を外来に適用したほか、新型コロナウイルスに感染した重症患者を受け入れるICU(集中治療室)などに関する診療報酬を倍増した。さらに、オンライン診療の規制緩和も大きな争点になり、4月7日にまとまった緊急経済対策では従来の「初診対面原則」が時限的に撤廃されることになり、3月までの議論の前提が覆った。

しかし、その他の部分に関して、新たな報酬制度は4月1日からスタートしており、議論の経過や改定の内容を考察すること自体、意味がないとは思えない。以下、2~3月頃までの「平時モード」を前提とした議論であることを念頭に置き、読み進めて頂きたい。
 

3――診療報酬改定率を巡る攻防に

3――診療報酬改定率を巡る攻防

まず、年末に決着した改定率を巡る攻防を振り返る。診療報酬の改定率を巡る議論は通常、厚生労働省と自民党、日本医師会が引き上げを迫り、財務省が引き下げを主張する展開が続き、最後は政治的な状況を踏まえて改定率の幅が決まる。過去数年のパターンでは薬価や材料費を市場実勢に合わせて引き下げる一方、医療機関向けの診療報酬は引き上げる展開が続いた。

今回の改定では、財務省が財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で、「医療費の伸びを高齢化等の要因による増加の範囲に収めるためには2年間で▲2%半ば以上のマイナス改定が必要」と主張1。経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)でも民間議員から「働き方改革は大事だが、診療報酬での対応は慎重にすべきだ」といった意見が示された2

診療報酬を1%削減した場合、国民医療費全体では約▲4,600億円の削減に繋がり、国の公費(税金)が▲1,200億円、自治体の公費(税金)が▲600億円、保険料(会社負担を含む)が▲2,300億円、患者負担などが▲600億円を軽減できると見込んでおり、社会保障費の抑制に向けて診療報酬をマイナス改定することが必要と訴えた。

これに対し、加藤勝信厚生労働相は「損益率が引き続きマイナスになっているなどの医療機関の経営状況、薬価の乖離率などを踏まえつつ、医師などの働き方改革への対応を含めた質の高い効率的・効果的な医療提供体制の整備に向けて、改定を行っていく必要がある」と主張3。日本医師会は全産業に比べて医療従事者の賃金は伸び悩んでいる点を指摘した上で、「本体の引き下げは『給与費を下げなさい』ということ。約200万人の医療関係の仕事をしている人だけを置いてきぼりにするのか」との見解を表明した4

最終的に、医療機関向け診療報酬(本体)は2年前と同じ+0.55%、薬価は▲0.99%、材料価格は▲0.02%という結果となり、本体のプラス改定率は7回連続となった。本体の改定率(+0.55%)のうち、+0.08%については2019年10月からの消費増税に伴う増収分が充当され、「特例的な対応」として医師の働き方改革に回されることになった5

併せて、医療提供体制改革の推進に使われる補助金である「地域医療介護総合確保基金」に143億円を上乗せするとともに、医師の働き方改革を同基金の使途に追加した。
 
1 2019年11月1日財政制度等審議会財政制度分科会資料。
2 2019年12月5日経済財政諮問会議議事要旨における中西宏明議員(日立製作所取締役会長兼執行役)の発言。発言については、大意が変わらない範囲で、補足・修正している。以下、同じ。肩書は全て当時で統一。
3 同上における加藤勝信厚生労働相の発言。
4 2019年11月1日の緊急記者会見における横倉義武日本医師会長の発言。2019年11月1日『m3.com』配信記事。
5 従来の診療報酬改定では、本体と薬価をトータルした「ネット」での改定率が示されていたが、今回は消費増税の財源が加味されたことで、ネットの改定率は示されていない。
 

4――診療報酬改定の重点項目

4――診療報酬改定の重点項目

中医協を舞台とした個別項目の改定では表1の通り、「改定の基本的視点と具体的方向性」として、(1)医療従事者の負担軽減、医師などの働き方改革の推進、(2)患者・国民にとって身近であって、安心・安全で質の高い医療の実現、(3)医療機能の分化・強化、連携と地域包括ケアシステムの推進、(4)効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上――の4点が重視された。

ただ、細かい要件の見直しも含めて、個別改定項目を説明する資料は482ページに及び、これらの内容を全て見ることは不可能である。このため。以下は1)焦点となった働き方改革、2)医療提供体制改革、3)オンライン診療の規制緩和――という3つの分野について、詳細を見ることにする。
表1:2020年度診療報酬改定の基本方針

5――焦点となった医師の働き方改革

5――焦点となった医師の働き方改革

1|救急医療体制支援など改定の内容
最大の焦点となったのは医師の働き方改革であり、これは表1で掲げた4つの整理に従うと、主に(1)に該当する。厚生労働省は2024年4月から時間外労働規制を柱とした医師の働き方改革に取り組もうとしており、「どうやって現場の勤務環境改善などを診療報酬で下支えするか」という点が論点となった。

改定の目玉とされたのは「地域医療体制確保加算」(520点、1点は10円)である。この加算は過酷な勤務環境となっている地域の救急医療体制を支えるため、適切な労務管理などを実施できる医療機関を評価するのが目的。要件として、▽救急用の自動車または救急医療用ヘリコプターによる搬送件数が年2,000件以上、▽病院勤務医の勤務時間、夜勤状況の把握、▽病院勤務医の負担軽減や処遇改善に関する計画の作成と定期的な見直し、▽病院勤務医の勤務状況の把握や改善の必要性などについて助言する責任者の配置――などが定められた。

この加算が医療機関の経営に及ぼす影響について、「400床の急性期病院で施設基準を満たしていれば、概算で5,000万円近くの増収になる。このインパクトは大きい」との指摘が出ている6

なお、厚生労働省の説明資料を見ると、消費税増税分を活用する「特例的な対応」として新設されたとされており、+0.55%分のプラス改定財源のうち、+0.08%分が充てられたと整理されている。

このほか、働き方改革に関して、▽救急医療を担っている医療機関に対する「救急搬送看護体制加算」の拡充、▽病棟に薬剤師を配置している医療機関に対する「病棟薬剤業務実施加算」の充実、▽夜間看護体制の見直しに取り組む医療機関の支援、▽入退院支援に関する看護師の配置要件見直し、▽医師事務作業補助者を配置する医療機関に対する評価の充実――といった制度改正を盛り込んでおり、働き方改革に繋がる勤務環境改善や人員配置に力点が置かれた形だ。
 
6 2020年3月26日『日経メディカル』全日本病院協会の猪口雄二会長へのインタビュー。
2|地域医療介護総合確保基金での対応
さらに働き方改革の一環で、医療提供体制改革に使える補助金である地域医療介護総合確保基金が143億円(国費95億3,300万円)増額された。同基金は医療提供体制改革に取り組む医療機関を支援する補助金として、2014年度に創設(介護分は2015年度)され、「地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設又は設備の整備に関する事業」「居宅等における医療の提供に関する事業」「医療従事者の確保に関する事業」という従来の使途区分に加えて、「勤務医の働き方改革の推進に関する事業」という区分が新設された。

この結果、地域医療介護総合介護基金(医療分)の規模は地方負担分を含めて、1,193億6,600万円になり、働き方改革に向けた人員配置などに取り組む医療機関に交付される。
3|規制と財政支援の双方で進める方向性が明確に?
医師の働き方改革については、後述する地域医療構想、医師偏在是正7と並ぶ「三位一体」に位置付けられており、医療現場に与える影響は大きいと目されている。例えば、医師の長時間勤務が制限されれば、医師の超過勤務で病床を維持していた病院の機能、特に急性期病床を継続できなくなる可能性がある。実際、労働基準監督署が医療機関に立入調査するケースが増えており、長時間労働の常態化などが問題視され、診療体制の見直しを迫られたケースもあるという8。さらに長時間勤務や連続勤務の制限を通じて、副業や兼業で収入を得ていた勤務医が影響を受ける可能性も指摘されている9

このため、今後は現場への影響を加味しつつ、超過勤務時間の上限規制が始まる2024年4月に向けて慎重な議論が展開されると見られ、こうした中で診療報酬についても、「今後の改定でも手を打って行く」との声が出ている10。医師の働き方改革による影響のインパクトは予想し切れないが、今回の改定を契機に、労働時間の規制だけでなく、報酬と基金による財政支援で改革を進めていく方向性が明確になったと言えそうだ。
 
7 医師偏在是正については、2020年2~3月の「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(2回シリーズ、リンク先は第1回)を参照。
8 福井次矢(2017)「労働基準監督署への対応」『病院』Vol.76 No.10。
9 2019年12月9日『m3.com』配信記事。
10 2020年3月30日『週刊社会保障』における中医協会長の田辺国昭東京大学大学院法学政治学研究科教授に対するインタビュー。
 

6――医療提供体制改革(1)~急性期病床の見直し~

6――医療提供体制改革(1)~急性期病床の見直し~

1|公益裁定となった改定内容と争点
医療提供体制改革は表1で言うと、(2)(3)にまたがるテーマであり、「急性期病床の見直し」「かかりつけ機能など外来医療の見直し」に大別される。まず、中医協で対立が先鋭化した急性期病床の見直しから見て行こう。

急性期病床に関しては、2006年度診療報酬改定で「7:1基準」(患者7人に対して看護師1人を配置する基準)を満たす病床に対して、診療報酬を手厚く分配したところ、厚生労働省の想定以上に、7:1基準を取得する医療機関が増え、医療費を押し上げた。
図1:2018年度改定における旧7:1と旧10:1の見直し そこで、急性期病床の削減を意識しつつ、後述する「地域医療構想」が制度化されたほか、2年に1回の診療報酬改定では、7:1基準の取得要件を少しずつ厳格化することで、医療機関が7:1基準を取得しにくいようにしている。例えば、2018年度改定では図1の通り、10:1基準(患者10人に対して看護師1人を配置する病床)に比べると、7:1基準との間で診療報酬単価の差が大きいため、図1の通りに、両者の間で急性期一般入院料2~6(以下、急性期一般を省略して「入院科」と表記)という計5つの経過的な病床区分を設定した11。つまり、階段の段差が大きいと、大幅な経営方針の転換が必要になるため、7:1基準を下りられるように、階段を設けたわけだ。

しかも、入院科4~7から入院料2~3に切り替えることは認められておらず、高い診療報酬を得たい場合、急性期1にダイレクトに行くしかない。このため、階段を上るよりも下りる方が要件を緩くしている点で言えば、「下り専用」の階段であり、厚生労働省が旧7:1基準の圧縮を如何に重視しているか良く分かる制度設計である。
今回の2020年度改定は2018年度改定の延長で実施され、その主な内容は表2の通りである。以前の7:1基準に相当する「入院料1」に加えて、2018年度改定で創設された「階段」に当たる「入院料2」「入院料3」について、取得要件とする重症患者数の割合(一般病棟に入院する重症度、医療・看護必要度を満たす割合)の基準を厳格化した。

もう少し細かく見ると、要件は従来基準の「重症度、医療・看護必要度I」に加えて、診療データで把握する「重症度、医療・看護必要度II」の2種類があり、加算を取得しようとすると、いずれかを満たすことが求められる。この割合をそれぞれ引き上げることで、以前の7:1基準を含めて、一般入院料1~3の取得要件を厳しくした。一方、入院料4~6については、患者数の基準を緩和した。

一見すると、この改定は細かい数字の調整に映るが、中医協では健康保険組合連合会など支払側と日本医師会など診療側が対立。2018年度改定に続き、有識者で構成する公益委員の裁定で決着した12。言い換えると、関係団体の関心が強い分野であり、こうした改定内容を理解する上では、地域医療構想との関係性を踏まえる必要がある。以下、地域医療構想の内容を「復習」するとともに、改定の意図や対立の背景を考察する。
表2:2020年度診療報酬改定における急性期病床の基準見直し
 
11 2018年度診療報酬改定に関しては、拙稿2018年5月1日「2018年度診療報酬改定を読み解く(上)」を参照。
12 ここでは詳細を省くが、支払側が入院料1の該当患者割合を30%から35%に引き上げることを要求したのに対し、診療側は「常軌を逸している」などと反論し、対立が先鋭化した。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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【2020年度診療報酬改定を読み解く-医師の働き方改革や医療提供体制改革、オンライン診療を中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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