2020年04月22日

新型コロナウイルス禍中の米国での医療保険・生命保険業界の顧客保護策

松岡 博司

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1――はじめに

1|新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延 
2019年末の中国武漢に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は急速に拡散、2020年3月11日、世界保健機関 ( WHO)はパンデミックを公式に宣言した。

2020年4月19日現在、新型コロナウイルスは世界のほとんどの地域に広がっており、AFP通信によれば、感染者数は世界全体で236.3万人、死亡者数も16.4万人にのぼっている。感染者数が多い国を順に挙げると、米国(感染者74.2万人、うち死亡者4.05万人)、スペイン(19.5万人、うち死亡者2.04万人)、イタリア(17.8万人、うち死亡者2.3万人)、ドイツ(13.9万人、うち死亡者0.4万人)、英国(12.0万人、うち死亡者1.6万人)、フランス(15.2万人、うち死亡者1.9万人)であり、欧米各国が発生地である中国(8.2万人、うち死亡者0.46万人)よりも甚大な被害を受けているように見える。

一方、4月20日20時25分のNHK報道によりわが国の状況を見れば、クルーズ船を含めた感染者数、死亡者数は、それぞれ11,775人、272人となっている。欧米諸国に比べればまだ被害は軽微な印象があるが、現状、拡大のテンポが速まっており、5月6日までの緊急事態宣言下にあることは、承知のとおりである。
2わが国生保業界の既契約者対応
こうした中、3月13日の金融庁「新型コロナウイルス感染症に伴う金融上の措置について(要請)1」を受け、3月17日、生命保険協会2は、会員各社が、「感染拡大防止に最大限努める」とともに、「顧客に寄り添った対応」を行うとして、「新型コロナウイルス感染症により影響を受けた顧客の契約についての特別取扱い」を行うことを発表した3。発表文書の中で挙げられた特別取扱いは、保険料払込猶予期間の延長(保険契約者からの申し出により、保険料払込猶予期間を保険会社が定める日から最長6か月間とする延長措置)と、保険金等各種支払に関する措置(保険契約者または保険金・給付金受取人からの申し出により、保険金・給付金および解約返戻金・契約者貸付の請求にかかる必要書類の一部省略等、簡易支払いに関する措置)の2つであったが、その後、生保各社がそれぞれ発表した具体的な特別取扱いには、以下のようなものがある。
 
  • 保険料の払込みが一時的に困難な場合、顧客からの申し出により、通常2か月の保険料の払込みを猶予する期間を最長6か月に延長する。
     
  • 新型コロナウイルス感染症は入院給付金の支払対象となる「疾病」として、陽性・陰性にかかわらず、医師の指示で医療機関に入院した場合は、入院給付金が支払われる。
     
  • 新型コロナウイルス感染症以外の原因を含め、本来入院による治療が必要な状態であったものの、病床不足等の事情で入院できず、医師の管理下で自宅やその他施設で療養した場合や、当初の予定より早い退院を余儀なくされた場合は、本来必要であった入院期間についても入院として取り扱い、入院給付金を支払う。
     
  • 新型コロナウイルス感染症により死亡した場合には死亡保険金が支払われるが、災害割増特約や傷害特約が付されていた場合には、それらの保険金も支払われる。
     
  • 顧客や入院先の医療機関の状況に応じ、保険金、給付金、解約返還金等に関する手続きに必要な書類を一部省略する等、簡易迅速な取扱いを行う。
     
  • 契約者貸付や保険料自動貸付(立替金)の残高がある契約で、その返済手続きができないことにより失効した場合、顧客の申出を受け最長2020年9月30日まで失効を猶予する。
     
  • 生活費の工面策等として契約者が契約者貸付を利用する場合、利息の優遇等を行う。

また生保各社は、在宅勤務を推進している。営業現場においても、営業職員等による訪問営業の自粛、系列ほけんショップの臨時休業等が実施されている。

以下では、現時点で世界最大級のコロナ禍に見舞われている世界最大の生保市場、米国における、医療保険会社、生命保険会社のコロナウイルス感染症対応を見る。保険給付・保険金支払い負担、運用環境の悪化による経営状態の悪化、リスク管理等も保険会社の経営にとっては重要な課題であるが、本レポートでは、米国におけるコロナ禍被災者対応の動向に絞って見ていく。
 
1 金融庁「新型コロナウイルス感染症に伴う金融上の措置について(要請)」https://www.fsa.go.jp/news/r1/hoken/20200313-2/01.pdf
2 生保協会長「新型コロナウイルス感染症の感染拡大による緊急事態宣言を受けて」https://www.seiho.or.jp/info/news/2020/20200408.html
31 生保協会「新型コロナウイルス感染症に係る特別取扱いについて」https://www.seiho.or.jp/info/news/2020/20200317.html
 

2―― 米国における動向 監督当局からの要請

2―― 米国における動向 監督当局からの要請

1|医療保険会社と生命保険会社
医療保障について、核となる公的医療保険制度が存在し、民間の生保会社、損保会社等が補完的な医療保険商品を提供しているわが国。それとは異なり、公的な医療保険制度が高齢層向けと低所得層向けしかなく、一般の人々が医療保障を民間の医療保険会社に求めなければならない米国では、医療保険会社がわが国の公的医療保険に匹敵するような立場で実損填補型の医療保険を提供し、生命保険会社が死亡保障、貯蓄性のある保険、年金を提供するという棲み分けが行われている。

その結果、今回のコロナウイルス感染症については、まずは感染症の診断、検査、治療、入院等に関する給付を担当する医療保険会社が、国民の命に直結する重要な存在として矢面に立つこととなった。感染症で死亡した死亡者への保険金支払いが主な担当の生保会社は、やや後ろに下がった対応ぶりとなっている。

米国で保険会社を監督している各州の保険監督長官で組織する全米保険監督長官会議(NAIC)ホームページ上の「コロナウイルスリソースセンター」から、監督官が考える両保険分野の保険契約上の留意点を考えると、以下の通りである。
医療保険
医療保険で問題になったのは、COVID-19に関連する検査と治療に関する患者の自己負担のあり方である。米国における通常の医療保険契約では、保険料を手頃なものにするために、検査や治療費の補償に契約者の一定の自己負担や、保険会社が保障を行わない免責が伴うことも多い。しかし今回のCOVID-19においては、検査や治療に契約者の自己負担または「保険会社と契約者のコストシェアリング(費用分担)」を求めると、経済的な理由から感染しても検査、診療を受けないという選択をする人々が出てくる可能性が高い。それは当人の問題にとどまらず、社会全体に感染を広げるものとして、ぜひとも避けなければならない。パンデミックの厳しい状況下、非常事態宣言を受けて強力な権限を得た州当局からすれば、この点、ぜひとも医療保険会社の協力を得て、自己負担を発生させたくない。そこで、州は医療保険会社に対してCOVID-19の検査と治療に患者の自己負担が発生しないようにすることを強く求めた。
生命保険
生命保険には契約上、感染症のパンデミックを保険会社の免責事項とする規定はないので、コロナウイルス感染症による死亡にも死亡保険金が支払われる。ただし、より保障対象事項が限定的な、災害死亡・切断保険契約は、災害・事故による死亡のみを対象としており、通常は疾病による死亡は保険支払いの対象外とされているが、今般のコロナ禍においても、拡大適用は求めていない。わが国では災害割増特約の保険金が支払われるという取扱いになっているが、米国では解釈が異なるようである。

貯蓄要素のある生命保険のうち、積立金額が長期金利、S&P 500など特定の市場指数に連動している場合には、COVID-19の影響により相場が下落したため、積立金額が低減した可能性がある。一方で、ほとんどの契約は最低保証を行っているので、現在の市場状況ほどには低減していないことが見込まれる。これは個人年金分野の変額年金およびインデックス連動型年金についても同様である。

生命保険会社がコロナ禍の中、まず求められたのは失効を防ぐ保険料支払い猶予期間の延長であった。
2監督当局の動き(ニューヨーク州金融サービス監督局の事例)
非常事態宣言下、強い権限を与えられた各州では、感染を抑えるための個人の行動制限等を実施する一方、経済的に困窮する個人生活を支援するための施策にも踏み込んだ。そこでは、医療に直結する医療保険会社への要求は第一次の関心事であった。次の表は、米国でも最大の感染被害に直面しているニューヨーク州における、州知事または保険監督当局(金融サービス監督局)が発出した指令等を時系列に並べたものである。
ニューヨーク州における知事または保険監督当局の保険会社向けの指令等
以上、見られるように、まず事態の発生当初に焦点となったのは、コロナウイスル感染の検査、治療等に関する医療保険の医療費自己負担問題であった。遠隔医療の推進についても自己負担が問題となった。

生命保険をも対象とする指令が出されたのは3月も末の3月27日である。3月27日の指令に関して、ニューヨーク州金融サービス監督局が発表したリリース文書の抜粋を以下に記載する。
生命および財産および損害保険の保険料支払いの延期を義務付ける緊急規制を採択(2020年3月27日)
ニューヨーク州金融サービス局は本日、ニューヨーク州が規制する生命保険および年金契約の発行者、損害保険会社、保険料ファイナンスエージェンシーに、COVID-19により財政難に直面しているニューヨークの消費者および企業に救済を提供することを要求する緊急規制を採択しました。

COVID-19が原因で経済的困難に直面している消費者は、生命保険料の支払いを90日間延期することができます。COVID-19が原因で経済的困難に直面している消費者および中小企業は、損害保険の保険料の支払いを60日間延期することができます。プレミアムファイナンシャルエージェンシーは、保険会社と同じ救済を提供する必要があります。これは、アンドリューM.クオモ知事の知事令202.13に従うものです。

「州政府と保険業界は、COVID-19の大流行により財務的に苦しんでいる人々を支援するために、引き続き協力する必要があります」と、リンダA.レイスウェル長官は述べた。 「クオモ知事のリーダーシップの下、この困難な時期に経済的困難に直面しているニューヨーカーに、保険料支払い、その他の保険契約関連の決定を行うための追加の時間を与えるために行動を起こしています。」

さらに、金融サービス監督局は無保険のニューヨーク市民が4月1日から4月15日までの特別登録期間のうちにニューヨーク州のインターネット医療保険取引所を通じて医療保険を取得できることを発表しました。
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松岡 博司

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