2020年04月14日

ドイツの民間医療保険及び民間医療保険会社の状況(2)-2018年結果-

中村 亮一

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2|ソルベンシーの状況
ソルベンシーIIが2016年1月1日に施行されて以来、ソルベンシーIは保険監督法第211条の意味の範囲内で小規模な保険会社としての資格を有する6つの医療保険会社にのみ適用されてきた。6つの全ての会社が2018年12月31日時点でそれらに適用されるソルベンシー規則を遵守することを示した。

残りの40の医療保険会社は、2018年末現在のソルベンシーII報告義務の対象となっている。これらの医療保険会社の大多数は、SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件)の計算に標準式を適用している。4つの会社は、部分的又は完全な内部モデルを使用している。どの会社も、USP(Undertakings Specific Parameter:会社固有のパラメータ)を使用しなかった。

40の民間医療保険会社のうち、1社がVA(Volatility Adjustment:ボラティリティ調整)とTTP(Transitional on the Technical Provision:技術的準備金に関する移行措置)を適用し、4社がVAのみを適用し、1社がTTPのみを適用した。TRFR(Transitional on the Risk- Free Rate:リスクフリー金利の移行措置)を適用した会社はなかった。また、移行措置の適用無しではSCRを満たせない会社は改善計画の提出が求められるが、そのような会社は無かった。

全ての会社が、2018年12月31日現在及び2018年の全四半期報告日において、SCRの十分なカバレッジを超えていることを実証した。

2017年12月31日現在、SCRのカバレッジ比率は495%に達していた。ただし、保険監督法第45条に基づく中間報告要件の要素から免除されている会社もあるため、この数値と四半期報告日のデータとの比較は限定的にしか行えない。カバレッジ比率の変動は、主に金利環境及び自己資本、特に余剰資金の変化によって引き起こされる。

2018年12月31日現在、中間報告義務の対象となっている全ての民間医療保険会社のセクター別SCRは63億ユーロであった。医療保険会社は主に市場リスクにさらされている。これは、前年度末に、標準式使用者に対する必要資本の約81%を占めていた。当時の所要自己資本の約38%は、医療保険の引受リスクに関連していた。

2018年12月31日現在、中間報告義務の対象となっている全ての医療保険会社に対する適格自己資本は、約273億ユーロであった。医療保険会社は、自己資本の大部分を調整準備金に計上している。 前年度末の割合は約3分の2だった。余剰資金は、自己資本のもう1つの主要構成要素であり、3分の1弱を占めている。帰属発行プレミアムを含む株式資本などのその他の自己資本項目は比較的重要ではなかった。
(参考)医療保険会社のSCR比率の推移(2018年各四半期末)
3|将来収支予測
BaFinはまた、2018年に、資本市場における不利な進展が業績及び金融の安定性に与える影響をシミュレートするために、医療保険会社向けの予測テストを実施している。

老齢化積立金を設定する必要がない短期商品のみを提供している7社5を除く39の医療保険会社が、2018年9月30日の基準日時点で将来収支予測を行っている。これは、医療保険会社の低金利による中期的影響を調べることに焦点を当てて行われた。この目的のために、BaFinは2018年度及びその後の4年間のHGBに準拠した予測財務業績に関するデータを収集した。あるシナリオでは、BaFinは、新規投資及び再投資は、満期10年、利率1.2%の固定金利証券でのみ行われると仮定した。 2番目のシナリオでは、医療保険会社は、個々の企業計画に従って新規投資と再投資をシミュレートできる。

全体的な結論は、持続的な低金利環境でさえ経済的観点から医療保険会社にとって容認できるだろうということであった。予想されたように、生成されたデータは、低金利シナリオでは新規投資と再投資に付随するリスクが発生し続け、投資収益が減少することを示している。これは、保険料調整によって数理計算上の割引率を徐々に引き下げる必要があることを示している。
 
5 ある損害保険会社は、主に非SLT医療保険(損害保険と同様の技術的基準で運営されている医療保険)を提供しており、医療保険会社の予測に含まれている。
4|ACIRPAUZ-Verfahrens)について
ACIRP(actuarial corporate interest rate process)は、BaFinによる、「保険会社の数理計算上の割引率水準の妥当性をチェックするための、フォワード・ルッキングな予防的な監視ツール」である。保険会社は、毎年BaFinに数理計算上の割引率を提出しなければならない。これに基づいて、保険会社は、保険料を調整する時に、既存のタリフの割引率を引き下げる必要があるかどうかを決定することになる6

このプロセスでは、次の2会計年において達成可能なリターンを予測する。資産ポートフォリオを既契約、新規投資、再投資に区分し、リスクも考慮して、それぞれから得られる投資収益を予測する。これによって得られるACIR(actuarial corporate interest rate)が3.5%より低い場合には、それがその会社の新しい最高割引率になる7

各社のアクチュアリーが、ACIRガイドラインの中で明示的に触れられていないリスク等も考慮に入れるかどうかも検討して、割引率を決定する。どのようなアプローチに基づいて割引率を決定しているのかについて、計算を支える技術文書に分かりやすい方法で記載されなければならない。アクチュアリーは、「高齢の保険契約者に対する民間医療保険会社の保険料を、より安定的に維持するために、十分な超過利回りが確保される必要がある。」と述べられている前提等が遵守されていることを確認する必要がある。
 
6 医療保険の場合、(既契約も含めた)保険料の調整が行われる際には、割引率だけでなく、保険事故発生率や事業費率等の要素も含めて勘案されて、決定されることになる。
7 この方式の採用により、2004年に生命保険の責任準備金評価用の最高予定利率が2.75%に引き下げられたにも関わらず、医療保険においては、2012年まで3.5%の水準が維持された。
5|ACIR手続きの改訂
DAV(ドイツアクチュアリー会)の理事会は、2017年11月27日にACIRガイドラインの改訂版を承認した。これは、2012年7月付けの同名のガイドラインに代わるもので、2018年4月のACIRの計算に初めて適用された。その日付以前に行われた算出及び受託者から既に同意を得たものは、新しい指令の影響を受けない。

改訂されたガイドラインの目的は、以前と同様に、保険数理上の見地から引き受ける民間医療保険に設定された最高割引率を見直すための適切な手順を確立することである。アクチュアリーにとって、個々の医療保険会社が達成することが可能な持続可能な長期的収益を見直すための手続きが設定されている。保険料調整に関与する責任あるアクチュアリー及び保険数理受託者が、(2016年にDAVにより公表されたガイドライン「ガイドラインに準拠して」)検討中の会社に対する適切かつ信頼できる割引率を決定することができる方法もまた示されている。
6|2018年のACIRPの結果
2018年に計算されたACIRの数値は、セクター全体のドイツの医療保険監督規則に規定されている最高割引率3.5%を下回っている。継続的な低金利環境の結果として、ACIRの数値は前年に比べて再び低下している。したがって、保険料率の目的で使用される関連する数理計算上の割引率は、殆どの場合、さらに引き下げる必要がある。

保険会社の約半分が2019年における完全医療保険の保険料調整の影響を受ける。保険部門の平均保険料調整額は、約4.8%に達する。医療保険会社は、保険料の増加を制限するために、合計約16億ユーロの配当準備金を使用している。
(参考)保険料調整の無効性に関する連邦司法裁判所の判決
なお、受託者側の経済的独立性が欠如している民間の健康保険における保険料調整の法的有効性に関して、連邦司法裁判所で審理が行われていた。

連邦司法裁判所(Bundesgerichtshof-BGH)は、2018年12月19日の判決で、ドイツ保険契約法(Versicherungsvertragsgesetz)のセクション203(2)に従って「独立した受託者」の同意を得て保険会社が行う民間健康保険の保険料調整は、 受託者の独立が拒否される可能性があるという理由だけで無効と見なされることはない、と決定した。

判決によると、独立性は監督法の規定に基づく受託者の選任のための前提条件であり、選任後の受託者による宣言の有効性のためではなかった。 したがって、民事裁判所が保険料調整に関連する法的紛争で管財人の独立性を個別に検討する必要はなかった。 その範囲で、監督当局は単独で、立法によってそれに与えられた権限に基づいて、保険会社が保険料計算のレビューを独立した専門的に知識のある受託者に委託していることを保証しなければならなかった。 保険契約者の利益は、民事裁判所での保険料引き上げに関連する法的紛争において、保険料調整の妥当性について広範囲にわたる実質的な見直しが行われるという事実によって保護された。

連邦司法裁判所はさらに、特に、旧バージョンの保険監督法のセクション12b(2)、(2a)の関連連邦司法裁判所はさらに、特に、それは、旧保険監督法のセクション12b(2)、(2a)(現在の保険監督法のセクション155)および実質的な前提条件が満たされているという事実にもかかわらず、責任ある受託者の独立性の欠如のみにより保険料の調整が失敗する場合には、保険契約法の203(2)文章1の関連規定の目的に反すると述べた。これは、保険料の調整に関する規定の主な目的が、保険会社が長期にわたって保険給付を支払う義務を果たすことができることを保証することであったためである。したがって、旧保険監督法のセクション12b(2)、(2a)(現在の保険監督法のセクション155)の規定は、保険会社に、これらの規定において言及された前提条件に従って保険料の調整を行う権利を与えるだけではなく、同時に対応する義務を確立している。

詳細で、厳格かつ強制的な実質的な法的ガイドラインを使用した、民事裁判所による保険料調整の包括的な事実上および法的レビューに基づいて、保険会社による保険料調整に対する保険契約者の必要な効果的な法的保護もまた、彼らがこの目的のために、受託者の独立性、したがって受託者としての任命のための監督上の前提条件の別個のレビューを実施できるようにする必要性なく、保証された。 したがって、保険料調整に対する受託者の同意の客観的な正確さは、偶然にも同時にレビューされる。
 

5―まとめ

5―まとめ

以上、2018年数値に基づいて、2回のレポートで、ドイツにおける民間医療保険及び民間医療保険会社の状況について報告してきた。

ドイツの生命保険会社は、長期の貯蓄性商品を保証利率付で販売してきたことから、低金利環境の継続で、販売面でも財務面でもかなり厳しい運営を迫られている状況にあった。それに比べると、医療保険会社の状況は、これまで相対的に大きな問題として捉えられている状況にはなかった。

これは、医療保険会社の場合には、利率に比べて、保険事故発生率による影響がより大きな意味合いを有していたことが関係している。ただし、代替医療保険等は終身保障で提供されていることから、金利環境に基づく割引率の影響が、特に昨今の低金利環境の継続によって、かなり大きなものとなってきている。従って、これを見直す場合には、保険料率、特に高齢者の保険料率への影響が無視できないものとなってきていることが懸念されている。

こうした状況を踏まえて、BaFinも「高齢者の保険料率の安定性」を確保するための各種の方策等について、(1)既存の措置の有効性やその発展的な見直し、(2)これまでも議論されてきた手法の将来における実現可能性、を検討してきている。これにより、民間医療保険会社への影響も想定されてくることになる。

民間医療保険が、公的な医療保険制度の代替機能を有し、さらには公的医療保険の保険者との競争環境の中で補完・補足機能を果たしている場合には、その社会的性格から、状況に応じて、監督当局主導での各種の規制や仕組みを強制されていくことにもなっている。

民間医療保険会社は、こうした点も考慮に入れながら、将来の経営戦略を構築していく必要があることになる。

今後のドイツにおける民間医療保険及び民間医療保険会社の状況については、公的医療保険制度の改定等の動向と併せて、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年04月14日「保険・年金フォーカス」)

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