2020年04月10日

20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(下)-制度改正に共通して見られる4つの傾向

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~20年を迎えた介護保険の変化を振り返る~

加齢による要介護リスクをカバーするための社会保険制度として、介護保険制度が発足して4月で20年を迎えた。(上)では制度創設時の議論や理念として、高齢者の自己選択や地方分権などが重視されていた点を考察するとともに、介護保険財政の逼迫を受け、近年の傾向として、地域支援事業が重視されている背景や問題点を論じた。

(下)では過去の制度改正に共通して見られる傾向として、(1)自立の変容、(2)措置への回帰傾向、(3)集権化の動き、(4)制度の複雑化――という4つを取り上げ、その背景として財政の逼迫が影響している点を指摘する。さらに人手不足が制度の制約条件となっている点も論じ、今後の方向性を探る。
 

2――制度改正の経緯

2――制度改正の経緯

ここで、20年に及ぶ介護保険制度に関する改正の経緯を改めて取り上げる。概ね3年に1回見直される制度改正の経緯は表1の通りであり、(上)で述べた通り、多くの制度改正では介護保険財政の逼迫に対応する目的が込められている。例えば過去3回に及ぶ介護報酬のマイナス改定、2割負担や3割負担の導入など自己負担の引き上げといった制度改正が典型的な事例と言える。

しかし、制度創設に際して、関係者の合意形成プロセスを丁寧に進めた結果、どこかの制度を修正しようとすると、様々な反発を受けやすくなっており、大規模な制度改革に踏み切りにくくなっている。その結果、2006年度制度改正以降、リハビリテーションなど介護予防の強化に力点が置かれている形だ。

さらに財政が厳しい中でも、認知症ケアなど新しいニーズに対応する必要があるため、最近の制度改正では介護保険料を財源として市町村に補助金を分配できる「地域支援事業」がクローズアップされている。2015年度制度改正で創設された「介護予防・日常生活支援総合事業」(新しい総合事業)や在宅・医療介護連携推進事業が典型例と言える。

では、こうした20年の制度改正について、どういった共通点を見出せるだろうか。ここで、(1)「自立」の変容、(2)措置への回帰傾向、(3)集権化の動き、(4)制度の複雑化――という4つの傾向を取り上げる。
表1:介護保険制度改正、介護報酬改定の主な経緯

3――20年の変化(1)~自立の変容~

3――20年の変化(1)~自立の変容~

1|制度創設時の「自立」
第1に、「自立」の意味の変容である。介護保険制度が創設された際、「自立」は高齢者の自己決定を意味していた。例えば、介護保険制度の創設に繋がった高齢者介護・自立支援システム研究会報告書(1994年12月)では介護の基本理念として、「高齢者が自らの意思に基づき、自立した質の高い生活を送ることができるように支援すること、すなわち『高齢者の自立支援』を掲げ、そして新たな基本理念の下で介護に関連する既存制度を再編成し、『新介護システム』の創設を目指すべき」と提言していた。

さらに研究会への参画も含めて、介護保険制度の創設に関わった行政学者の書籍でも「人間の尊厳を基本的に支える考え方は『自分にかかわることは自分で決めていこう』とすること」「自己決定が大事なのは『人間の尊厳とかかわるから』と私どもは考えてきました」「介護保険法を根本から支えている考え方は自己決定権です」「自己決定権を具体的なかたちで表す言い方である『自立支援』という考え方」などと説明されていた1

こうした「自立」の考え方は元々、「補助なしで自分だけで何を行えるかでなく、援助を得ながら生活の質をいかに上げられるか」という点を重視する障害者福祉の思想2に源流があり、介護保険を含めて、行政による「援護」「更生」的な要素を持っていた福祉の思想を抜本的に改めた「社会福祉基礎構造改革」の文脈でも、当時の解説書は福祉サービスの意義について、利用者の自己決定による自立を支援することにあるとしていた3
 
1 大森彌編著(2002)『高齢者介護と自立支援』ミネルヴァ書房p7、9。
2 Joseph P Shapiro(1993)“No Pity”〔秋山愛子訳(1999)『哀れみはいらない』現代書館p84〕。
3 社会福祉法令研究会編(2001)『社会福祉法の解説』中央法規出版p110。
2|「自立支援介護」の浮上
しかし、近年の制度改革で介護予防が重視される中、「自立」は要介護度の維持・改善、つまり「身体的自立」を意味するようになった。中でも、「自立支援介護」が重視された2018年度制度改正を経て、「自立=身体的自立」を意味する傾向が鮮明になった。

この時の制度改正ではリハビリテーションの充実などを通じて、要介護認定率の引き下げに成功したとされる埼玉県和光市や大分県の事例を全国展開するため、自治体に財政インセンティブを付与する仕組みとして、全額国費の「保険者機能強化推進交付金」(200億円)が創設された。

しかし、こうした自立支援介護で使われている「自立」の文言は制度創設時の自己決定と異なる。具体的には「介護予防の強化→身体的自立→要介護度の維持・改善→介護給付費の抑制」を重視しており、身体的自立を専ら意味している。

例えば、当時の厚生労働省の説明資料には「制度の持続可能性を維持するためには、保険者(筆者中:保険制度の運営者、市町村を意味する)が地域の課題を分析してサービス提供体制等を構築することや、高齢者になるべく要介護状態とならずに自立した生活を送っていただくための取組を進めることが重要」と書かれていた。さらに、同じ時期の介護報酬改定ではADL(日常生活動作)を改善した通所介護(デイサービス)に対し、加算を付与する制度改正が盛り込まれた。つまり、要介護認定から漏れる「非該当(自立)」に誘導するため、「身体的自立」を目指す介護予防に力点を置こうとしたわけである。

元々、社会保障関係法でも「自立」という言葉は曖昧に使われており、非常に多義的な言葉である。具体的には、「職業的自立」(障害者雇用促進法)、「自立を助長」(生活保護法)など様々な形で使われており、その定義は明確とは言えない4。こうした中、介護保険財政の逼迫を受けた方策として、介護予防が重視されるようになり、「自立」の意味が変容したと言える。
 
4 社会保障関係法における「自立」の定義に関しては、拙稿2019年2月8日「社会保障関係法の『自立』を考える」を参照。
 

4――20年の変化(2)~措置への回帰傾向~

4――20年の変化(2)~措置への回帰傾向~

1|給付の権利性
第2に、「措置」への回帰傾向である。(上)で述べた通り、介護保険制度が創設された一つの背景として、それまでの福祉制度に対する反省があった。具体的には、従来の福祉制度では市町村が一方的に支援内容を決めており、高齢者に選択権がなかった。

これに対し、介護保険制度では高齢者が保険料を支払った対価としてサービスを選べる権利性が重視された。具体的には、介護の必要度を判定する要介護認定と、サービスの内容を決定するケアマネジメント(居宅介護支援)を切り分けることで、市町村がケアマネジメントに関わり過ぎないように配慮した。さらに高齢者が介護サービスを選んで事業者と契約を結ぶ際、ケアマネジメントは「サービスの仲介」、ケアマネジメントを担うケアマネジャー(介護支援専門員)はサービスの仲介などを担う「代理人」の役割を果たすと、それぞれ位置付けられた5
 
5 実際、当時の厚生省幹部は「介護サービスもいろいろな分野の介護サービスがありますし、その中には、専門的な知識の判断が必要になったり、あるいは幅広い情報が必要になったりするものがございます。そういうものを本人とか家族だけで全部把握するというのはなかなか不可能で、利用者の代弁的な機能、代理的な機能、こういうものが必要だと思います。(略)介護支援専門員がこの制度の中で(略)代弁的機能、そういうものを果たすことになろうかと思っております」と述べている。第140国会会議録1997年5月16日衆議院厚生委員会における江利川毅官房審議官の答弁。
2|地域ケア会議が持つ5つの機能
しかし、ケアマネジメントやケアプランの内容に深く関与している市町村が近年、増えている。その際の舞台装置が「地域ケア会議」と呼ばれる会議であり、そのイメージは図1の通りである。地域ケア会議の機能については、市町村ごとに運用が異なるが、厚生労働省が市町村に示した当時の説明資料によると、①個別課題の解決、②支援ネットワークの構築、③地域課題の発見、④地域づくり資源開発、⑤政策形成――など5つの機能を持つとされ、埼玉県和光市の事例を全国化する形で、2015年度改正で全ての市町村に対して設置を義務付けた。
図1:地域ケア会議のイメージ
その際、地域包括支援センターを軸にした生活圏域に設置される会議と、市町村単位で設置される会議に区分されており、主に前者で①~③、後者で④~⑤に当たるとされている。

こうした役割に関しては、個別事例を基に支援内容を議論する「事例検討会」、多職種の意見を聞きつつケアマネジャーが中心となってケアプランを決定・変更する「サービス担当者会議」と共通している面がある。実際、事例検討会を地域ケア会議と呼んでいる市町村も散見され、会議の形態や運営方法、役割などを一概に説明できない面がある。

そこで、議論を分かりやすくするため、国の説明資料を基に、具体的な事例を用いつつ、地域ケア会議の機能と論点を考えてみよう。仮にX市Y地区に住む「認知症が急激に進行した一人暮らしのAさん」「要介護認定後、ADLが急速に落ちたBさん」という2つの事例で考えると、①で示した「個別課題の解決」では医師や看護師、ケアマネジャーなどの多職種が連携しつつ、AさんやBさんの課題解決に力点が置かれる。

次に、②で挙げた「支援ネットワークの構築」では、地域ケア会議での議論を通じて、ケアマネジャーや医師、看護師などが連携できる関係性を構築していくことを重視する。在宅ケアにおける医療と介護の境目は曖昧であり、生活を支える上では幅広い職種が関わる必要があるためだ。

ここまでの機能については、ケアマネジャーを中心に、本人や多職種がケアプランの中身を協議する「サービス担当者会議」と重複する面があり、③で掲げた「地域課題の発見」が地域ケア会議の特徴である。例えば、AさんとBさんの事例を比較することで、高齢者の外出機会が少ないという共通点を見出し、そこから「Y地区の周辺に外出できる場が少ない」「Y地区の中央部を走る道路の歩道が狭い」といった地域の課題を抽出することが期待されている。

その上で、④の「地域づくり資源開発」では高齢者の外出機会を増やすようなサークル、認知症カフェなどをY地区で作ることが目指され、⑤の「政策の形成」では外出機会を増やす場をX市全体に広げたり、Y地区を走る道路の側道を改善したりするための提言などが期待されている。

こうした機能や役割について、筆者自身は非常に重要と考えている。いくら地域全体の高齢者福祉政策を考えても、個別ケースの課題解決に繋がらなければ無意味であり、逆に個別事例を積み上げるような形で、全体を俯瞰できる視点を持たなければ、その自治体の政策はピンボケしかねない。つまり、ミクロ(個別事例)とマクロ(地域全体)を一体的に考える視点は非常に重要である。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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