2020年04月10日

20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(下)-制度改正に共通して見られる4つの傾向

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|地域ケア会議が持つ措置的な側面
しかし、いくつか問題がある。第1に、地域ケア会議は先に述べた「自立支援介護」を進める際の舞台となっており、ここでの議論は要介護度の維持・改善とか、介護保険サービスの給付抑制に傾きやすくなっている。筆者自身、介護保険の給付抑制は必要と考えているが、この方法では本人の権利性が損なわれることになる。

第2に、個別事例の取り扱いである。先に触れた通り、介護保険制度は高齢者本人の自己選択を重視しており、ケアプランの作成・変更に際しては本人の同意が必要である。それにもかかわらず、本人不在の中、もし市町村が地域ケア会議の席上、「Aさんのケアプランを変更する」「Bさんの自立を支援するため、リハビリテーションを入れる」などと決めた場合、措置の発想に近付くことになる。実際、筆者が見聞きする範囲では、ケアプランの内容に深く関与している市町村が多いと思われる。この状況で本人の権利性は確保されているのだろうか。

しかも、市町村には2018年度からケアマネジャーの事業所(居宅介護支援事業所)の指定権限が移譲されており、ケアマネジャーから見れば、市町村の担当者に物を言いにくい雰囲気が作り上げられているはずである。こうした状況で、本人の自己決定権やケアマネジャーに期待される代理人機能が担保されにくくなっているのではないだろうか。

ここで先に提示した具体例で考えてみよう。認知症の状態が悪化したAさんの生活を支援するため、担当ケアマネジャーは「訪問介護の生活援助(洗濯、掃除など)を週5回、月20回」というケアプランを作成したとする。しかし、近年は生活援助を締め付ける動きが強まっているため、地域ケア会議の席上、市町村が「生活援助を多数入れるのは問題」と結論を出した場合、Aさんの自己決定権は担保されていると言えるだろうか。何よりも、担当ケアマネジャーはAさんに対し、どう説明するのだろうか。

もちろん、ケアマネジャーのケアプランや、ケアプラン作成に至るケアマネジメントが十分とは言えない可能性があり、多職種が地域ケア会議の席上、「ケアマネジメントのプロセスが実施されていない」「ケアプランに盛り込んでいる目標が曖昧」「医療の視点が不足している」などと指摘することで、より良いケアプランを目指すことは重要である。

実際、ここ2~3年で国の資料に挙がることが多い愛知県豊明市の場合、地域ケア会議でケアプランの改善に向けて、様々な専門家の知見を取り入れているが、同市の地域ケア会議は「結論を出さない」、つまり市として「ケアプランをどう変更するか」を立ち入らないようにしている。このため、地域ケア会議の議論を踏まえて、「ケアプランを変更するか否か」「どうケアプランを変更するか」という判断については、担当ケアマネジャーに委ねている。様々な職種が集まり、互いに尊重しつつ、足りない視点を謙虚に学び、それぞれのプロフェッショナル意識を地域全体で醸成していくことを理念としているのである。

しかし、こうした配慮を講じている市町村は少なく、市町村が従来の措置制度のように、ケアプランの内容に立ち入ることについても、それほど問題視されているように見えない。何よりも、こうした風潮に対して反対意見を述べるケアマネジャーが大勢になっているとも言い難い。

その意味では、介護保険財政が逼迫する中、市町村を介して国の締め付けが強まっており、措置への回帰傾向が静かに進んでいると言えるかもしれない。これは措置的な発想を否定した介護保険制度の基本的な考え方を覆す危険性を孕んでいる6
 
6 ここでは詳しく触れなかったが、「介護予防・日常生活支援総合事業」(新しい総合事業)は給付から切り離されている上、市町村が予算に上限を設定しており、限りなく措置制度に近い。
 

5――20年の変化(3)~集権化の動き~

5――20年の変化(3)~集権化の動き~

1|地方分権の「試金石」としての介護保険
第3に、集権化の動きである。(上)で強調した通り、介護保険制度の導入に際して、地方分権の「試金石」と説明され、市町村の自主性が尊重された。実際には要介護認定、介護報酬、施設の人員基準などが全て中央でコントロールされており、一部には「市町村が保険者だからと言って、市町村の自主性で介護保険の根幹が決まるわけではない」といった不満も出ていた7のだが、厚生労働省OBが試金石の意味について、「市町村が介護保険のような面倒な制度を実施できるかどうか(筆者注:という意味)」と説明している8通り、市町村が保険料の水準について責任を持つことが重視された。具体的には、サービスと保険料の水準を勘案しつつ、その規模が適正かどうか住民に説明することが求められたのである。

ここでも人口規模や財政力、所得、高齢化率が似ているα市とβ市を事例にして、具体的に考えてみよう。α市は古いコミュニティが残っているため、住民の支え合いを維持しつつ、介護サービスに余り頼らない地域を作る判断を下したと仮定する。

一方、新興住宅地のβ市では住民の関係性が希薄であり、高齢者の孤独死がクローズアップされるようになったため、市長と市幹部のリーダーシップの下、「要介護認定を通じて行政が積極的に関与する必要がある」と判断したとする。要介護認定の判断基準は自治体の裁量に委ねられている「自治事務」であり、法令に違反しない範囲では独自の裁量が認められているため、独自のローカルルールを設定したことになる。

こうした状況で、65歳以上に課す介護保険料を比べると、α市よりもβ市は高くなる可能性が高く、β市は住民に対して、「なぜα市よりも高いのか」「今後、どういう高齢者福祉を展開していくのか」といった点を説明する義務が課される。こうした構造こそ、介護保険が地方分権の「試金石」と言われた所以である。
 
7 土屋正忠(1999)『介護保険をどうする』日本経済新聞社p137。当時、土屋氏は武蔵野市長であり、後に衆院議員に転じた。
8 『文化連情報』No.497における堤修三氏インタビュー。
2|保険者機能強化推進交付金による誘導
しかし、近年は集権化の動きが強まっている。(上)で詳述した「地域支援事業」は市町村に交付する補助金の金額、基準などを細かく決めているほか、2018年度制度改正で創設された保険者機能強化推進交付金も集権色の強い仕組みである。これは先に触れた介護予防に力点を置いた「自立支援介護」の一環で創設された制度であり、介護予防だけでなく、認知症ケア、医療・介護連携など市町村に期待される事務について、厚生労働省が細かく採点基準を設定。その採点結果に応じて、交付金の配分額を変動させている。評価項目は表2の通り、市町村分63項目、都道府県分21項目に分かれており、200億円のうち190億円は市町村、10億円は都道府県に交付される。

実は、煩雑さを避けるため、表2では詳述していないが、それぞれの評価項目には「(筆者注:サービスの質の向上に向けて)市町村が主体する研修等のほか、市町村として民間事業所等における自主的な研修やスキルアップ等を促進するために財政支援を行う等具体的な取組を実施しているか」「地域ケア会議で検討した個別事例について、その後の変化等をモニタリングするルールや仕組みを構築し、かつ実行しているか」といった形で、市町村や都道府県の取り組みを細かく尋ねる質問項目が作られている。つまり、国が保険者として期待する事務を市町村に実施してもらうように、財政インセンティブを通じて誘導することに主眼が置かれている。

以上のような制度について、筆者自身は問題含みと考えている。第1に、地域の実情に関わらず、都道府県や市町村の施策を国の採点基準に従わせる危険性である。これまで述べて来た通り、介護保険制度を作った際、地域の自主性に委ねる判断が重視されたのは、介護サービスや地域の支え合い、高齢化の状況などの地域差が大きいためであり、国が重視する課題と地域が直面する課題は必ずしも一致しない。それにもかかわらず、保険者機能強化推進交付金は自治体の施策を全国一律の評価基準に従わそうとしている点で、適当とは言えないと考えている。

第2に、評価項目や設問を細かく読んでいくと、成果指標を問う質問が少ない点である。一般的にケアの質はストラクチャー(構造)、プロセス(過程)、アウトカム(成果)の3つで測るとされているが、複雑な生活を支える介護の定量的な評価は難しい。そこで、保険者機能強化推進交付金の評価項目のほとんどはストラクチャーか、プロセスにとどまっており、何らかの形で取り組みを実施していれば、点数を多くもらえる設定となっている。

実際、もし筆者が自治体職員であれば、評価項目に沿って既存事業の説明を再構成し、少しでも多く交付金をもらえるように「お化粧」する。言わば「求められる成果が複雑なものなのに、簡単なものしか測定しない」「成果ではなくインプットを測定する」という指摘9が当てはまる状態となっている。

第3に、自治体にとって予見可能性が極めて低い点である。配分基準や配点数が年度ごとに細かく変更される上、根拠が全て通知に委任されており、自治体から見れば「今年度はいくら配分されるのか」「来年度はどんな基準になるのか」という点が全く想定できない。この結果、自治体が交付金を目当てに継続的な事業を実施するとは考えにくく、交付金をもらった自治体は介護保険事業特別会計の積立金に回している可能性が高い。実際、「基金に貯金すれば、改定時に少しでも保険料を少しでも安くできる」10、「(筆者注:交付金を当て込んで)新規の事業をするよりも、県の持ち出しがある既存の事業に振り替えてほしいという圧力が(筆者注:自治体の財務当局から)働く」11といった声が報じられており、筆者が見聞きしている話と符合している。

つまり、国が財政支出を講じても、自治体は「貯金」に回しているという皮肉な構図が生まれている可能性がある。
表2:保険者努力支援制度の評価項目と配点
第4に、「見える化」を目的としているにもかかわらず、市町村ごとの評価結果や配分額が住民に明らかにされておらず、インセンティブとしてどこまで機能しているか不明な点である12。これは制度としての透明性を欠くだけでなく、住民の主体性を引き出す上で阻害要因となる。

例えば、厚生労働省が2019年3月に示した『これからの地域づくり戦略』では、「地域のことは地域で解決するという地域の自主性・自律性の認識を持ってもらうことが大事」「その上で、(筆者注:市町村が)自治会、町内会、老人クラブ、地区社協、PTAなどの地域組織との信頼関係・協力関係を築く」などと指摘しつつ、高齢者が運動などで集まり(集い)、地域で支え合い(互い)、住民や関係者と議論する(知恵を出し合い)重要性を論じている。さらに、上記のような自治体、住民の活動が保険者機能強化推進交付金の対象になる点も強調している。

もちろん、こうした住民の主体性を引き出す発想自体、非常に重要であり、市町村の取り組みが十分とも思えないが、自治体ごとの交付金の採点結果や分配額が明らかになっていないのに、国や自治体から「住民とともに地域づくりを進めて下さい」と言われても、ほとんどの住民はピンと来ないだろう。

以上のような問題点を内包している中、2020年度予算では「保険者努力支援制度」(200億円)という新たな制度が創設された。こちらも介護予防や健康づくりに取り組む市町村を財政支援する制度であり、やはり集権的な要素を持っている。

つまり、介護保険の本来の考え方と反する集権的な制度が創設または運用されていることになる。こうした変化の背景としては、介護給付費の増加が考えられる。介護保険の給付費は20年で3倍近く増えており、国としては、市町村に対する関与を通じて介護給付費を抑制したいという思惑があり、制度創設時に重視された地方分権の趣旨とは異なる流れになっている。
 
9 Jerry Z. Muller(2018)“The Tyranny of Metrics”〔松本裕訳(2019)『測りすぎ』みすず書房pp24-25〕。
10 2019年4月12日『シルバー新報』。
11 2019年4月19日『シルバー新報』。
12 租税を使った予算制度の使途が明確になっていない点で言うと、説明責任や財政民主主義の観点でも問題である。
 

6――20年の変化(4)~制度の複雑化~

6――20年の変化(4)~制度の複雑化~

図2:介護保険の財政構造 1|負担と給付の関係明確化
最後に、制度の複雑化である。介護保険制度は当初、被保険者が保険料とサービスの水準を理解できるように、図2で示した負担と給付の関係がシンプルに作られている。

この点については、同じ地域保険である国民健康保険との比較で明確になる。国民健康保険の場合、介護保険と同様、公費(税金)と保険料の比率は50:50とされているが、保険料軽減や赤字補填などの名目で市町村から追加的な財政支出(法定外繰入)が講じられており、医療費と保険料の水準は必ずしも一致しない。

これに対し、介護保険制度では法定外繰入を認めておらず、赤字が出た場合、都道府県単位に設置されている「財政安定化基金」で不足額を交付または貸付する仕組みとなっている。

さらに制度創設に際しては、一部の市町村で保険料減免の動きが広がったため、(1)保険料の全額免除は不適当、(2)負担能力を収入のみで判断して一律に減免することは不適当、(3)保険料の減免分を一般財源からの繰り入れで補填することは不適当――とする3原則を徹底させた。当時の幹部は「保険料を取らないで、給付することを認めたら、介護保険の自殺行為になってしまう」「保険料をまけられるということは、いちばん琴線に触れる部分だった」と振り返っている13
 
13 当時、官房審議官だった堤修三氏が提唱したため、「堤三原則」と呼ばれた。菅沼隆ほか編著(2018)『戦後社会保障の証言』有斐閣pp362-364を参照。
2|財政構造の複雑化
しかし、制度は複雑化しつつある。例えば、図2で示した円グラフのうち、税金(公費)部分が二重となり、施設系と在宅系で都道府県の負担割合が異なるようになったのは2006年度である。この時は国・地方税財政を見直す「三位一体改革」が進んでいる時であり、国の補助金を縮減させる流れの中で、特別養護老人ホームなど施設系サービスに関しては、国の財政負担割合を5%減らす一方、施設を認可する都道府県の負担割合を増やした。

第2に、低所得者向け保険料軽減である。引き上げた消費税財源のうち、国・地方合わせて約1,600億円を活用する形で、低所得者向け保険料を軽減する措置を段階的に導入した。確かに介護保険料が上昇していく中、こうした対応策は必要かもしれないが、少なくとも制度創設に際して、自治体に対して介護保険料の軽減を厳しく戒めていたこととの整合性が論じられた形跡は見受けられない。

さらに、介護保険の財政構造に関する厚生労働省の説明資料を見ても、低所得者の保険料軽減措置は示されていない。例えば、2021年度制度改正を審議する際、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会に提出された総論資料のうち、財源構成の全体像を説明するスライドでは、低所得者向け保険料軽減の措置を盛り込んでいない14。さらに、自治体が住民向けに配布している介護保険制度のパンフレットをいくつか見ても、追加的な財源措置の記述は見られない。

つまり、あくまでも「別枠」扱い、誤解を恐れずに言えば「裏から入っている公費(税金)」であり、パッチワーク的な制度を積み重ねた結果、負担と給付の関係が不明確になって来ていると言える。
 
14 2019年2月25日に開催された介護保険部会資料。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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