2020年04月10日

老後資金の取崩し(1)-運用方法と取崩し方法をセットで考える

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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4――効果検証の結果

シミュレーションにあたり、基準構成比は「株式25%、預貯金75%」、「株式50%、預貯金50%」、「株式75%、預貯金25%」に加え、「株式100%」の4パターン用意し、想定収益率は0%、2%、4%、6%の4パターン用意した。なお、インフレ率並びに預貯金の収益率は0%とする。
図表5 パターン別取崩し率と必要な老後資産額低減効果 1投資による取崩し率の改善効果
生存期間を30年と仮定した場合の基準構成比別、想定収益率別の取崩し率を図表5の上段に示す。全資産を預貯金とする場合、並びに想定収益率が0%の場合は、退職時における保有資産を30年間で等分するので、取崩し率は3.3%となる。株式への投資割合が高いほど、想定収益率が高いほど取崩し率は上昇し、株式への投資割合が50%、想定収益率が4%の場合で4.5%となる。

取崩し率が3.3%と4.5%とでは大差ないと考えるかもしれないが、毎年の取崩し額が一定ならば、退職時点で用意すべき必要額は26%少なくて済む(図表5の下段)。

例えば、取崩し率が3.3%で必要な老後資産額が2,000万円であるならば、取崩し率が4.5%の場合は500万円も少ない1,500万円で済む計算である。逆に、もし老後に2,000万円保有していれば、取崩し率4.5%だと毎年90万円取り崩すことができ、取崩し率3.3%だと毎年66万円しか取り崩せないこととなり、差は大きい。
2投資による資産寿命短命化リスク
検証の主眼は「二つの財布法」と「リバランス法」との比較なので、各指標の大小関係にのみ着目する。結果を図表6に示すが、数値や水準自体は参考にすべきでない。理由は、シミュレーション上、株価が概ね想定収益率に沿って変動することを仮定しているからである。
 
つまり、株価の変動パターンはいずれも、各年の収益率は様々だが、30年間の平均収益率は想定収益率とほぼ一致し、今後30年間の平均収益率自体が想定収益率と大きく乖離する可能性を加味していない。例えば今後30年間の平均収益率が想定収益率と大きく乖離する可能性を加味すれば、想定収益率が6%で全資産を株式に投資した場合、30年内に資産が枯渇する確率が9.4%よりも高く、資産寿命が28年間より短い可能性が高い。なお、株式の価格変動の程度(標準偏差)は、想定収益率によらず約20%(年率)で、過去データから推測される値と同水準である。これらを踏まえてのシミュレーションの結果が図表6である。

「リバランス法」だと、株式への投資割合が少ないほど、資産寿命短命化リスクは低い。一方、株式への投資割合が少ないほど、取崩し率の改善効果も低いので、いわゆる「ハイリスク・ハイリターン」の原則が成立する。
図表6 パターン別資産寿命の短命化リスク
一方、「二つの財布法」で株式への投資割合が少ないほど、資産寿命短命化リスクが低くなるのは、想定収益率が0%のパターンのみである。想定収益率が2%なら、資産寿命短命化リスクは株式100%の場合の次に、株式25%の場合が高く、想定収益率が4%以上なら、株式100%の場合よりも株式25%の場合の方が高い。また、想定収益率が2%なら株式50%の場合が最も資産寿命短命化リスクが低く、想定収益率が4%以上なら、株式75%の場合が最も資産寿命短命化リスクが低い。以上から、「二つの財布法」は株式への投資割合を下げればリスクも下がるとは限らず、さらに資産寿命短命化リスクが最も低い投資割合は、想定収益率によって異なることが分かった。

「二つの財布法」と「リバランス法」との比較では、想定収益率が2%以上かつ株式25%の場合を除いて、資産寿命短命化リスクは「二つの財布法」の方が低い。「二つの財布法」と「リバランス法」では取崩し率の改善効果は等しいので、株式への投資割合さえ適切に設定すれば、「二つの財布法」の方がより効率的といえる。
3なぜ、株式への投資割合が低いと「二つの財布法」のリスクが高いのか?
「二つの財布法」は、相対的価格水準が高い状況が継続し、株式が底をついた場合、株式の相対的価格水準に関わらず預貯金を取崩す。これが、株式への投資割合が低いと「二つの財布法」のリスクが高い理由である。「リバランス法」では資産が枯渇しなかったのに、「二つの財布法」で資産が枯渇した株式の変動パターンを3つ示す(図表7)。

いずれも退職後の市場環境が好調で、その結果10年~14年後には株式が底をつく。取崩し率は期間を通して株価上昇の恩恵を受ける「リバランス法」に基づき算出しているのに、その後の株価上昇の恩恵を受けられないからである。

以上から、「株式」か「預貯金」の二者択一の取崩しルールではなく、株式の相対的価格水準の程度や、残された期間を考慮した取崩しルールを設定する等の改善余地があるといえる。
図表7 株式への投資割合が低く「二つの財布法」で資産が枯渇する株式の変動パターン

5――総括と今後の課題

5――総括と今後の課題

今回は、取崩し方法に着目し退職後の資産運用を考え、投資の基本に忠実な「価格が高い時ほど多く売却する方針」を実行する取崩し方法を検討してみた。検証の結果、株式への投資割合などを適切に設定すれば、「二つの財布法」は「4%ルール」で採用される「リバランス法」より資産寿命短命化リスクが低くなる可能性を示した。

しかし、(ア)今後30年間の平均収益率が想定収益率と大きく乖離する可能性を加味する、(イ)株式への投資割合の適切な設定方法を検討する、(ウ)取崩しルールの改良、(エ)生存確率も加味する、(オ)株式の価格変動の程度が「二つの財布法」の効果に与える影響評価など、今後の検討課題も多い。引き続き、退職後のより良い老後資産の取り崩し方法についての調査を進めていきたい。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

(2020年04月10日「基礎研レポート」)

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