2020年04月01日

20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(上)-制度創設の過程、制度改正の経緯から見える変化と論点

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3――介護保険制度の特色

1|契約制度の採用
第1に、契約制度の採用である。先に触れた通り、介護保険制度を導入する際には従来の措置制度に対する反省があり、高齢者の決定権が重視された結果、契約制度が採用された。つまり、介護保険サービスの利用を希望する高齢者は対等な立場でサービス提供者と契約を交わし、サービスや自らの生活環境を選べるようになった。

これは介護保険に限らず、福祉制度全般に関して同時並行で議論が進んだ「社会福祉基礎構造改革」にも共通していた。言わば「お上(行政)が与える」「専門職が支援してあげる」という発想ではなく、権利としての社会福祉を強調する考え方であり、先行して議論が進んだ介護保険は社会福祉基礎構造改革の一つとしても位置付けられていた。
2|民間活力の活用
第2に、株式会社やボランティアなど多様な主体の参画を認めることで、民間の活力を活用使用した点である。従来、福祉サービスの提供は非営利の社会福祉法人、社会福祉協議会などに限られていたが、介護保険制度は在宅サービスに関して、福祉の提供主体を多様化させる「福祉多元主義」の考え方を採用し、幅広い主体の参加を促した。これは利用者の選択肢を広げることで、自己決定権を担保する狙いがあった。
3|地方分権の重視
第3に、地方分権の重視である。福祉制度に関しては、1990年の福祉八法9改正を通じて、老人保健福祉計画の策定が市町村に義務付けられるなど、既に市町村重視の考え方が示されており、介護保険制度の立案に際しても、先に触れた通り、厚生省は早い段階から市町村主体の制度を想定していた。さらに、1993年の国会決議後に進んでいた地方分権改革も意識されており、介護保険は当時、「地方分権の試金石」に位置付けられていた。

中でも、65歳以上の高齢者が支払う保険料については、市町村が介護サービスの水準を見つつ、保険料を独自に設定できるようにした点が画期的であった。しかも国民健康保険のような法定外繰入を認められなかったため、市町村は保険料やサービスの水準の是非について、住民に説明する義務を負わされた。当時の幹部も「試金石」の意味について、「市町村が介護保険のような面倒な制度を実施できるかどうか(筆者注:という意味)」と説明している10
 
9 8法とは老人福祉法に加えて、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、児童福祉法、母子及び寡婦福祉法、社会福祉事業法、老人保健法、社会福祉・医療事業団法を指す。
10 『文化連情報』No.497における堤修三氏インタビュー。
4|費用抑制のメカニズム導入
第4に、費用抑制のメカニズムが導入された点である。例えば、介護保険サービスの利用に際して、原則として一律1割負担を求めた点は画期的だった11し、要介護認定と区分支給限度基準額(以下、限度額)、ケアマネジメントが採用されたことで、費用抑制を図りやすくなった。例えば、医療保険の場合、患者は自由に医療機関を選べるほか、医療現場での診察や治療に関しても、医師に裁量が委ねられている分、コストが問われる場面はほとんどない。

これに対し、介護保険制度では「高齢者が介護を必要な状態かどうか、市町村がチェックする要介護認定を通じて必要度を判定→要介護度に応じた限度額を通じて保険給付で使える上限を設定→ケアマネジメントでサービスを調整」という流れを作ることで、サービス利用が無尽蔵に伸びて行かないような仕掛けが設けられている。

現在の仕組みで具体的な事例を考えると、要介護認定の度合いは計7段階(要介護5段階、要支援2段階。制度創設時は要介護5段階、要支援1段階)に分かれており、要介護5は3万6,217単位と限度額が決まっている(1単位は原則として10円だが、一部地域は異なる)。この限度額は保険給付の上限を意味しており、サービス利用額が限度額の範囲内であれば、90%(高所得者は70~80%)の給付を受けられ、残りの10%(高所得者は20~30%)を負担する形を採用した。

さらにケアプラン(介護サービス計画)の作成を含めたケアマネジメントを通じて、どんなサービスをどのタイミングで受けるか事前に決めている。つまり、ケアプランを事前に作らなければ、介護保険サービスを受けられない仕組みとなっており、費用をコントロールできる仕組みがビルトインされている。先に触れた通り、当時の厚生省が「既存の制度の再編成(純増ではない)」「適正な受給を促す仕組みの内包」と説明できたのは、こうした仕掛けが採用されているためである。

では、介護保険はどういった歴史をたどったのだろうか。大規模な見直しとなった2006年度改正と2015年度改正を中心に、過去の制度改正を振り返る。
 
11 1973年の老人医療費無料化を軌道修正するため、1983年に老人保健制度が発足し、高齢者医療費に負担を求めるようになっていたが、現在のように自己負担を徴収することが一般的とは言えなかった。
 

4――これまでの介護保険制度改正の経緯(1)

4――これまでの介護保険制度改正の経緯(1)~財政逼迫への対応~

1|20年間の制度改正を振り返る
制度改正の経緯は表3の通りである。制度創設後、最初の2003年度報酬改定では、社会保障費を抑制した小泉純一郎政権期に当たったため、いきなりマイナス2.3%減となった。その後、「施行後5年で制度を見直す」という規定が盛り込まれていたため、2005年に法律が改正され、その多くが2006年度に実施された。ここでは前倒しで見直された2005年度見直しと2006年度の制度改正・報酬改定を一括して説明すると、高齢者の「尊厳」規定が介護保険法に盛り込まれたほか、(1)介護予防事業や地域包括支援センターなど「地域支援事業」の創設、(2)地域密着型サービスの創設、(3)要支援の細分化、(4)介護療養病床を2011年3月までに廃止、(5)施設に入居する人の食費、入居費の有料化――といった内容を含んでいた。
表3:介護保険制度改正、介護報酬改定の主な経緯
このうち、(1)の地域支援事業については、現在の流れに繋がる重要な制度改正なので、この後に詳述する。(2)の地域密着型サービスは居宅(在宅)サービス、施設サービスと並ぶサービス類型として創設され、在宅ケアを充実させるため、制度のメニューを増やすのが目的だった。さらに(3)では軽度な要支援を1段階から2段階に細分化した。

(4)で言っている介護療養病床とは、先に述べた「老人病院」が改正を経て残された仕組みであり、2006年度制度改正では2011年3月に廃止する方針が決まった。しかし、「介護難民が出る」との批判が寄せられ、民主党政権期の2011年通常国会で廃止期限が7年延長となり、2018年度から「介護医療院」に衣替えした。

(5)では在宅サービスとの均衡を図る観点に立ち、施設系サービスの食費・入居費の負担を求めることとし、低所得者には給付を付け加える「補足給付」という仕組みが導入された。

その後、2009年頃から介護職員の人手不足が顕在化し始め、処遇改善のための交付金を2009年度第1次補正予算では3年間の時限措置として、「介護職員処遇改善交付金」が全額国費の予算として約4,000億円計上された。ただ、3年間の時限措置が切れたため、2012年度介護報酬改定では「例外的かつ経過的な取り扱い」として処遇改善加算が介護報酬本体で創設され、加算額は2015年度、2017年度、2019年度に引き上げられた。このうち、2019年度については、引き上げられた消費税財源を一部で活用した。

一方、制度創設時には一律1割の自己負担を徴収していたが、2015年度で2割負担、2018年度で3割負担が相次いで導入された12

これらの制度改正の背景には、顕在化する人手不足に加えて、介護保険財政の逼迫に伴って制度の持続可能性が問われていることがある13。以下では財政の逼迫について概観する。
 
12 介護保険の自己負担引き上げについては、2018年8月28日拙稿「介護保険の自己負担、8月から最大3割に」を参照。
13 ここでは人手不足は真正面から取り上げない。人手不足の件も含めて、介護保険制度を巡る現状については、2019年7月5日拙稿「介護保険制度が直面する『2つの不足』(上)」を参照。
2|介護保険財政の逼迫
介護保険財政の規模はほぼ右肩上がりで増え続けており、自己負担を含む総費用は図1の通り、3.6兆円から10兆円超となり、20年弱で約2.8倍に増えた。先に触れた通り、介護保険制度は費用抑制のシステムを組み込んでいるとはいえ、高齢者人口と要介護者の増加に伴って費用が右肩上がりで増えている形だ。
図1:介護保険総予算の推移
これに伴って、高齢者が毎月支払う保険料の全国平均額についても、制度創設時は2,911円だったが、5,869円にまで上昇した14。基礎年金の平均支給額が約5万円であり、介護保険料が基礎年金から天引きされていることを考えると、これ以上の大幅な引き上げは難しい。

実際、早い段階から厚生労働省内では「5,000円」が一つの限界とみなされていた15といい、上限に張り付いていることは間違いない。
 
14 65歳以上高齢者の保険料については、市町村が3年に1回決めており、最新とは「2018~2020年度」の3年間を指す。ただし、基準額の全国平均であり、居住市町村や所得に応じて異なる。
15 中村前掲書p307。
3|難しい財政改革
しかし、先に触れた通り、制度立案に際しては、様々な関係者の利害に配慮した結果、どこか一つの仕組みを変えようとすると、関係者の利害と衝突することになり、思い切った財政改革を進めにくくなっている。ここでは「負担増」「給付減」に分けて選択肢を考えてみる。

まず、負担増という点で見ると、納付開始年齢の引き下げが考えられる。先に触れた通り、与党や財界の意見に配慮する形で、納付開始年齢を「40歳以上」と区切っており、これを例えば「20歳以上」に引き下げれば、単純計算では保険料を1兆円程度、増収できる16。しかし、この選択肢には事業主負担増を懸念する財界の反対に加えて、「加齢に伴う要介護リスクをカバーするための制度」という説明が難しくなり、加齢を理由としない要介護状態を支える障害者福祉との兼ね合いが争点となる分、別の制度と絡めた難しい調整が必要となる17

さらに、自己負担の引き上げに関しても、国民の反発が避けられず、現に2021年度制度改正ではケアプラン作成を含むケアマネジメント(居宅介護支援費)の有料化が見送られた。

次に、給付減の選択肢で言えば、給付対象を重度者に限定する方策が考えられる。中でも、「保険あってサービスなし」の状態を生まないようにするため、日本の介護保険制度は軽度者までサービス対象を広げた結果、他国よりもカバー範囲が広い。しかし、軽度者の給付をカットする選択肢が実行されれば、利用者の生活に影響が出かねず、国民やメディアの批判が予想される。

給付減のシナリオでは、介護報酬を抑制する選択肢も想定される。実際、2003年度、2006年度、2015年度は大幅減となったが、事業者の経営や現場の人手不足を考えると、一層の引き下げは難しい。

こうした状況の下、相対的に所得の高い高齢者の自己負担を大きくするなど、理解を得やすい部分から少しずつ給付の範囲を小さくしている。例えば、制度創設時の自己負担は一律1割だったが、2015年度に2割負担、2018年度に3割負担を導入した。2015年度改正、2021年度制度改正では、補足給付の見直しなど所得・資産の高い高齢者の負担を増やす細かい見直しが実施された18

さらに2006年度改正以降、リハビリテーションの充実など介護予防を強化する流れになっており、2018年度制度改正では要介護状態の維持・改善に期待する「自立支援介護」を市町村や現場に促すため、▽市町村に対して介護予防などの取り組みを促す財政インセンティブ制度19、▽ADL(日常生活動作)を改善したデイサービス事業者に対して報酬を加算する措置――などが創設された。さらに、2021年度制度改正では高齢者が気軽に外出などを楽しめる「通いの場」の充実が図られる予定であり、介護予防に力点を置く自治体向け予算も充実された20

このように近年の制度改正では、財政逼迫への対応策として、介護予防の充実が論じられることが多く、その方法論として地域支援事業が相次いで拡充されているケースが多い。次に、地域支援事業の概要を取り上げることで、別の視点から介護保険制度の20年を振り返ってみる。
 
16 保険料納付開始年齢の引き下げに関する試算については、2019年4月26日拙稿「介護保険料の納付開始年齢はなぜ40歳なのか」を参照。
17 実際、2つの制度を統合させる思惑も絡み、年齢引き下げ問題は2006年度制度改正に向けて論じられたが、障害者団体の反対で見送られた。介護保険と障害者福祉の関係については、2018年11月29日拙稿「『65歳の壁』はなぜ生まれるのか」を参照。
18 2021年度制度改正の詳細は2019年12月24日拙稿「『小粒』に終わる?次期介護保険制度改正」を参照。
19 地域支援事業とは別に、全額国費の「保険者機能強化推進交付金」が創設され、2018年度以降、200億円が計上されている。
20 「通いの場」を含めた介護予防に取り組む市町村の取り組みを促す財政制度として、地域支援事業とは別に、2020年度予算では2018年度に創設された保険者機能強化推進交付金(200億円)に加えて、「保険者努力支援制度」(200億円)という全額国費の制度が創設された。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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【20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(上)-制度創設の過程、制度改正の経緯から見える変化と論点】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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