2020年03月23日

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1――はじめに エビデンスに基づいた社員のライフデザイン支援を

ワークライフバランス、女性活躍推進、子育て支援、そして、健康経営、と、社員の「ライフ」に着眼した経営用語が注目されている。急速な出生数の減少による少子化がもたらす超高齢化社会において、健康経営なくして持続的な社会の維持は困難であることは間違いがない。
 
ただ、残念ながら上に掲げたようなライフ支援系経営用語が「感覚論」「社会正義」「成功事例」などといった「定性的な側面」で検討されることが多い。

定性的な意見や事例は、結果を出す、という観点から考えると、「これをやればうまくいく」まではいかないまでも「これをやらないと成果がでない」というエビデンスとしても弱い。やはり、定量データに基づくことが、経営上の必要性や、経営者の考え方にきちんとアプローチして成果が出る、という意味では大切である。
 
そこで今回は、少子化問題の研究者として、子をもつ希望がある社員への「健康経営」の推進を図る観点から、婚姻・出産に関するエビデンスを提供してみたい。
 
社員が子どもを授かることを希望し、さらには、もう1人と考えたとき、実際に弊害となる要因は何かについてみていくことにする。
 

2――授かるタイムリミットは「男女」双方にある

2――授かるタイムリミットは「男女」双方にある

晩婚・晩産というと母親の出産年齢のエビデンスばかりが注目されがちである。しかし、父親の年齢上昇と子どもの出生にも、実は非常に強い関連性があることをデータで確認したい。

日本において出生率が2を恒常的に切る元年となった1975年において、男性の第1子平均授かり年齢は28.3歳であった(図表1)。2018年においては32.8歳であるので、4.5歳上昇している。一方で、第2子の年齢は30.8歳から34.6歳へと3.8歳上昇に短縮する。これが第3子となると、33.4歳と35.6歳なので、わずか2.2歳しか上昇していない。これは何を意味するのか。
【図表1】1975年~2018年 子どもの出生順位別 父親の平均授かり年齢(歳)
つまり、かつては男性も第1子の平均授かり年齢が早かった分、その後も30代前半の中で時間的ゆとりをもって第3子までを授かることが可能であった。しかし、現在は第1子の平均授かり年齢が約5年遅くなった分、第2子、第3子を授かることができる平均的な期間が圧縮され、結果的に「授かることがあわただしい」もしくは「難しい」状況に追い込まれている状況となっている。

第2子以降の多子を持つことを望むならば、女性だけでなく男性も第1子をより若いうちに授からないと希望の実現が困難である、ということがデータからは見て取れる。
 
第1子平均年齢ほど上昇していない第2・第3子平均授かり年齢の状況から、男性も第2子以降を授かる「ゆとり期間」をもつためには、第1子を33歳で授かる(授かれればよい)といった現在の「平均的なライフデザインの罠」にはまってしまうことは、望ましくない。「平均的なライフデザイン」である33歳に第1子を授かっても、第2子を授かるためには、時間的に無理が生じやすい結果につながっていく。第1子と第2子の平均授かり年齢の差が1.8歳しかないため、2.5歳あった1975年に比べると実現の壁が高くなっていることが指摘できる。
 
また、これが3子希望となると、第1子と第3子の平均授かり年齢の差が2.8歳しかなく、5.1歳のゆとりがあった1975年とは、授かるための大きな「ゆとり期間格差」が生じていることがみてとれる。
 
実際は女性側が妊娠することになるため、上記のような平均期間の圧縮推移は、女性の肉体的・精神的負担を増大させることになることから、統計的読み方としては、「1子から3子まで期間圧縮に成功したカップルから多子が生まれる」ということではなく、「1子目を早く授かったカップルほど、2子、3子を授かっている」と考えることがより現実的である。
 

3――では、女性だけが若ければよいのではないか?の誤解

3――では、女性だけが若ければよいのではないか?の誤解

このようなデータをみても「そうはいっても、女性さえ若ければ早くに子どもが生れるのだから、相手の妻の年齢の問題ではないか」という声があがる。
 
この指摘は、少子化問題解消の大きな課題ともいえる「女性だけが若ければ解消する」という思い込みの存在を示している。
 
日本の婚姻届分析結果からは、以下のような結果が導かれる。

日本においては、婚外子が長期にわたって2%という少なさで、ほとんどの出生が婚姻届を出したのちに発生している。つまり出生はまず婚姻ありき、の国である。その婚姻届の分析からは、男女の平均年齢差が1.7歳で推移していること、男女どちらでもよいが3歳差以内の婚姻が7割であること、また、初婚年齢の男女の年齢相関が0.9(後述)と、ほぼ「結婚相手の年齢を決めるのは、それは男女関係なく、自らの年齢である」という結論となる(図表2)。
 
つまり、端的にいえば、「若い女性の結婚相手は、若い男性である」という結論である。
【図表2】1980年~2016年 平均初婚年齢 夫年齢と妻年齢の相関(歳)
上記図表は40年間の推移でみているが、単年(2016年)における47都道府県における男女の平均初婚年齢の相関も、0.89という高さである。つまり、年の差婚は統計的に見て困難であり(ないわけではないが、発生確率は低い)、男性の婚姻年齢上昇は、統計的に見て確実に女性の婚姻年齢上昇を導く。そのため、年齢が上昇した男性が若い妻さえ獲得できるようになればよい、という考え方は、絵にかいた餅、現実には成立しない議論であることがわかる。
 
つまり、女性さえ若ければ、ではなく、男性も若くなくては多子化は望めず、日本の出生数は上がらないのである。

結婚した社員の子育て支援、保育園の待機児童解消、多子を授かった社員への経済的支援などの取り組みも大切ではあるものの、そもそもそれらのサポートはすべて「未婚状態では対象外」ということに気づかなければならない。それらの恩恵を社員が受けられるように、まずは結婚を希望する社員のより早い希望の実現をサポートする(壁とならない)経営が最も重要であることをデータは示している。
 

4――子どもを多く希望する男性社員も、早い結婚、授かりに期待できる労働体制なのか

4――子どもを多く希望する男性社員も、早い結婚、授かりに期待できる労働体制なのか

図表3は、都道府県別に男性の平均初婚年齢と合計特殊出生率(以下、出生率)との相関関係を見たグラフである。

男性の初婚年齢が高いエリアほど、エリア出生率が低くなるという関係性があり、その相関係数は―0.70となっている。つまり、男性の初婚年齢と出生率には、強い相互関係があることが示されている(図表3)。
 
データからは男性の平均婚姻年齢が30歳をわずかに切る年齢から31歳へと1歳上昇するだけで、出生率がおよそ1.7から1.5へと急落する傾向が示されている。32歳ともなると1.2程度となり、0.5もの出生率減少傾向が示されている。
 
それにもかかわらず、結婚支援の現場では、20代男性のエントリーが慢性的に不足しており、また、企業においても「20代のうちに全国転勤で」「20代は未婚でも構わない」「20代はライフの優先順位は低く、体力があるのだから頑張れ」という風潮が、いまだに読者の周りでも散見されるのではないだろうか。
【図表3】2016年 都道府県 男性の平均初婚年齢と出生率の相関関係
婚姻は女性1人では成立しないことから、20代女性の婚姻を期待するのであれば、そもそも、相手となる男性もほぼ20代婚姻となる必要がある。そのため、20代男性が結婚に踏み切れる、積極的に考えられる、または意識できる、早期結婚希望支援的労働環境を男性社員に提供することが必要である。
 
各企業の経営者は、みずからの企業自体が「少子化促進企業」とならないためには、社員の早期結婚希望を阻害しない(壁とはならない)風土・仕組みづくりの重要性を理解いただきたい。

子どもを持つことを希望する男性社員が、「その希望を年齢的にきちんと叶える」ことが可能な労務管理、人事制度を確立させ、彼らにとっての「健康経営」を大きく前進させていくことを期待する。
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生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

(2020年03月23日「基礎研レター」)

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【第2子希望を叶える「健康経営」とは?-脱少子化経営をデータより考察する】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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