2020年03月17日

新型コロナと保険(中国)-SARSの教訓をどう活かすのか。

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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4――加入者に無償で付保するP2P互助

急速にデジタル化が進む中国では、ITプラット・フォーマーによる医療保障の提供が急速に拡大している。このようなネット医療保障は自社のユーザーや会員向けの互助サービスと位置づけられており、中国では保険商品に分類されていない。このような「P2P互助」の最大の特徴は、加入時の負担がなく、支払い事案が発生した後に、給付金支払額と管理費の総額を加入者で割り勘し、後払いする点だ。新型コロナでは、プラット・フォーマーが運営するP2P互助を通じて、加入者や医療従事者を支援する動きが広がっている。
 
例えば、アリババグループ傘下のアント・フィナンシャルが運営する「相互宝」(シャン・フ・バオ)は、新型コロナによって会員が死亡した場合、59歳までは10万元、60~70歳については5万元を給付している13。相互宝そのものは、重大疾病を保障し、給付総額と管理費を会員全員で割り勘して給付する仕組みとなっているが、今回の新型コロナによる給付金については、運営会社であるアント・フィナンシャルが全額負担することとし、会員の負担はない。なお、今回の措置については期限を設けており、2020年1月31日から7月31日までの半年間としている。
 
また、ネットニュースの新浪ネットによる「新浪互助」は、入院給付、死亡給付を設けており、費用は割り勘(有料)となっている。新型コロナと診断された場合、一般会員は入院給付1人あたり300元(最高60日まで)、ICUの場合は1人あたり800元(最高30日まで)、死亡した場合は10万元が給付される。また、医療従事者の場合は入院給付1人あたり900元(最高60日まで)、ICUの場合は1人あたり2,400元(最高30日)、死亡した場合は30万元が給付される。加入時の費用負担はないが、給付が発生した場合、会員間で費用を割り勘して給付する。ただし、1人あたりの費用負担は200元までと上限を設けている。上限額以上は運営会社が負担するとしている。
 
上掲は一例であるが、P2P互助を提供する各社ではそれぞれの特性に応じたプランを提案している。P2P互助は、農村部や都市の出稼労働者など所得が相対的に低い若年層を中心に加入が進んでいる。費用が低額で、民間保険商品への加入に二の足を踏む所得層を包摂し、加入者が急増している状況だ。P2P互助の取り組みは民間保険会社とは異なり、政府要請によるものではない。しかし、P2P互助の新型コロナにおける支援事業は、中国の社会保障体系の最も基層部分を支える上でその役割の一端を担っていると考えられよう。
 
13 2020年1月31日までに「相互宝」に加入した会員を対象としている。なお、1月31日以降加入した場合は、加入後6日目から発効する。
 

5――中国における保険の役割

5――中国における保険の役割

WHOは3月11日、「パンデミック(世界的大流行)と判断できる」とし、各国に対策の強化を求めた。一方、公衆衛生分野の最大の危機として、あらゆる分野で対策を講じた中国では、新たな感染者数は日を追って減少し続けている。解決すべき課題は多いものの、習主席は3月10日に武漢市を訪問し、その成果を強調している。
 
一方、保険分野において、「社会の安全装置」としての役割を担う社会保険(公的医療保険)、それを補完する民間保障の意義は、今般、大きく見直されたのではないかと考える。社会保障のあり方は国によって異なるが、中国では公助(社会保険)の役割は小さく、一方で自助・共助の役割が相対的に大きくなっている。つまり、中国では、保険会社やプラット・フォーマーといった市場が社会に果たす役割は大きい。
 
特に、国有最大手の生命保険会社である中国人寿は、政府に準ずる役割を果たすよう求められ、それに最優先で対応した。政府の要請に応じて、最前線で働く最もリスクが高い人々に無償で付保し、本来給付対象外であるケースでも保険給付するなどの措置は、自由主義の日本ではあまり想像できないかもしれない。しかし、中国における医療保険制度の現状、前回のSARSの教訓を踏まえると、今般の措置により、医療費の支払いが困難であるがために感染を拡大させてしまうといった事態は、概ね避けることができたのではないだろうか。
 
2003年のSARSの際、発足したばかりの胡錦濤政権は、WHOや海外の専門機関、更にはインターネットを通じて、中国の医療供給体制や医療保険制度が整っていないことが世界に露見するという苦い経験をしている。しかし、その後、胡錦濤政権は国の財政を大幅に投入し、農村部の公衆衛生体制、公的医療保険制度、更には年金制度と社会保険制度の拡充に努めている。新型コロナの教訓をどのように活かし、医療体制や医療保険制度をどう整備していくのか、現政権の新型コロナ後の動きにも注目したい。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2020年03月17日「基礎研レポート」)

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