2020年03月11日

新型コロナウィルス拡大で景気は後退-2020~21年欧州経済見通し

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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北イタリアでクラスター発生、2月下旬以降、欧州域内の感染は急拡大

世界の株式市場が、新型コロナウィルスの感染拡大への懸念による急落(コロナ・ショック)に見舞われた2月の最終週を境に、新型コロナウィルスは、欧州にとって「対岸の火事」ではなくなった。

北イタリアで新型コロナウィルスのクラスター(集団発生)発生で、2月22日以降、欧州域内で確認される感染者が急増している。3月10日午前8時時点(欧州時間、以下同)で、イタリアで確認された感染者数は9172人、死者数464人に達した。死者数は最初に感染の拡大が確認された中国の3139人に次いで多く、感染者数は中国の8万879人に次いで多い。

欧州圏内で感染が確認される国の数も、感染者数も増えている(図表1)。3月9日までに、EUの機関である欧州疾病予防管理センターが管轄しているEEA/EUと英国の31カ国1のすべての国に感染が広がっており、累計の感染者数14890人、死者数532人に達している。

国別には、北イタリアと国境を接するフランスの感染者数が1412人(死者数30人)、スペインが1204人(同28人)、ドイツが1139人(同2人)で続く。

欧州圏内で統計上確認できる感染拡大のスピードは日本よりも速い。
(図表1)欧州の新型コロナウィルス感染者数-2月20日以降、イタリア中心に急増-
 
1 EEAにはリヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウェーの3カ国が参加している。EUを離脱した英国も、移行期間中のため対象に含まれている。
 

およそ1カ月の封鎖措置を決めたイタリアの深い景気後退は不可避に 

およそ1カ月の封鎖措置を決めたイタリアの深い景気後退は不可避に 

イタリアは、2月21日以降、感染封じ込めの措置を拡大してきたが、3月8日に決めたロンバルディア州全域と北部ピエモンテ州などの14県の4月3日まで封鎖措置を9日には全土に拡大した。これによりイタリア国内では、仕事や健康上の理由を除く移動は原則禁止され、学校や映画館、劇場など公共の施設は閉鎖、スポーツイベントは中止、カフェの営業時間も制限される。

イタリアの深い景気後退は避けられなくなった。そもそも、イタリア経済は、ユーロ危機による二番底で、景気拡大局面入りが遅かった上に、18年1~3月期以降、すでに失速していた。感染の拡大と封じ込め措置は、生産活動という供給面と、消費や投資の手控えという需要面の両面から、経済に急ブレーキをかける。

イタリアの実質GDPは、10~12月期前期比マイナス0.3%に続き、1~3月期のマイナス成長は確実となり、正常な経済活動が行えない状態は、4~6月期に入ってからも続く見通しとなった。4~6月期に収束するかも現時点では予測困難な状況だ。
(図表2)ユーロ圏実質GDP国別-イタリア経済はすでに失速していた-

新型コロナウィルスでイタリア経済は一時的にせよエンジンを停止せざるを得ず

新型コロナウィルスでイタリア経済は一時的にせよエンジンを停止せざるを得ず

イタリアのクラスターの発生源となったロンバルディア州(州都ミラノ)は、13~17年の州別GDPの伸び率が20州で最も高く、イタリア経済のエンジンの役割を果たしてきた。特に感染者数の多いロンバルディア州、エミリア=ロマーニャ州、ピエモンテ州、ヴェネト州、マルケ州の5州のGDPを合わせると全国のほぼ半分を占める。感染拡大に歯止めを掛けるため、経済のエンジンを一時的にせよ停止せざるを得なくなった影響は大きい。

イタリアへの渡航制限の広がりによる観光業への打撃も避けられなくなった。2018年時点で国際観光収入はイタリアのGDPの2.4%を占める(図表3)。欧州で最多の観光客数を受け入れているスペインの同5.2%には及ばないが、鈍い経済成長を遥かに超えるペースで拡大し、依存度を高めてきただけに打撃は大きい。

18年後半から、製造業は、ITサイクルや、米中貿易摩擦の影響などから減速しており、イタリアでは購買担当者指数(PMI)が50を割り込む状況が続いていた。製造業の活動が縮小に転じた後、サービス業が緩やかな拡大を続け、辛うじてゼロ近辺の成長を維持してきた(図表4)。

不振が続いた製造業は、欧州圏内での感染拡大以前から、中国における感染拡大と拡大防止策の影響で、回復が遅れる見通しとなっていた。

サービス業についても、圏内での感染拡大以前から、中国からの旅行客の減少による影響が懸念されてきたが、2月下旬以降は、イタリア国内での活動制限、イタリアに対する渡航制限の影響が加わり、運輸、旅行業、娯楽業、外食産業など幅広く影響が及ぶ見通しとなった。
(図表3)国際観光収入の名目GDP比(2018年)-もはや影響は中国関連だけではなくなった-
(図表4)イタリアの購買担当者指数(PMI)-製造業は縮小局面にあった-

EUは感染封じ込め策による財政目標逸脱は容認

EUは感染封じ込め策による財政目標逸脱は容認

新型コロナウィルスの感染拡大という想定外の景気への強い下押し圧力と対策のため、イタリアの財政の中期目標(MTO)からの逸脱が避けられない見通しとなった。

イタリア政府は、封鎖措置の一方、賃金補償や税・社会保険料支払いの繰り延べ、借入支援のための政府保証、さらに公共医療サービスや、治安部隊への追加予算など対策を決めている。

グアルティエーリイ財務相は、3月5日、EUに、GDP比で0.3%相当の対策を講じることで、20年の財政赤字の目標のGDP比は2.2%から2.5%に拡大することと、非常時としてEUの財政ルールから逸脱することに理解を求める書簡を送った。書簡には、EUとして、財政ルールの柔軟性を活用し、持続可能な成長目標のための協調的な財政措置を発動すべきとの意見も明記された。

EUは、6日のイタリア財務相への返信で、イタリアの財政措置と新型コロナウィルスのマクロ経済への影響次第で状況が変化することに理解を示している。

イタリア以外の国でも感染拡大は続いており、感染封じ込め策と同時に雇用助成金や休業補償、企業の資金繰り支援など経済雇用対策を強化する動きが広がっている。ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)は、3月4日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた電話協議をし、「加盟国が疾病を封じ込め、特に影響を受ける企業と労働者の支援のために保健システムと市民保護システムが適切に確実に提供されるよう加盟国が既にとっている措置を歓迎する」方針を確認している。16日に予定する定例会合でも、コロナ危機の経済活動への影響と、財政面での対応が主題とならざるを得ないだろう。
 

ユーロ圏全体でも弱い景気拡大の持続が困難化

ユーロ圏全体でも弱い景気拡大の持続が困難化、20年の成長率はゼロ近辺に低下か

ユーロ圏経済全体では、1~3月期の滑り出しは、緩やかな回復の持続が期待できるものだった。19年10~12月期のユーロ圏実質GDPは前期比0.1%、前期比年率0.2%と低調な推移に留まったものの、輸出、製造業を取り巻く環境は、ITサイクルの底入れや、英国のEUからの「合理あり離脱」、米中間の第一段階の合意などもあり、欧州委員会・企業サーベイや製造業PMIの改善なども下げ止まりの兆候を示していた。雇用所得環境についても、失業率の低位安定、2%超の賃金指標の伸びも堅調さが確認でき、消費者マインドも安定していた。

新型コロナウィルスの感染拡大によって、景気の拡大は途切れる見通しとなった。1~3月期は中国の急減速の影響を受ける上に、4~6月期にかけてイタリアが深い景気後退に陥り、全体を大きく押し下げる。ドイツやフランス、スペインなどでも大規模イベントへの制限や外出自粛要請など、感染拡大阻止のために企業や消費者の活動に制限をかける事態に至っており、イタリアの落ち込みをカバーする勢いはない。相互に影響を及ぼしあって問題が長期化するリスクもある。

現時点では、中国の感染拡大措置の影響も、イタリアの封鎖措置の影響も統計的に把握することは困難であり、経済見通しは流動的だ。本レポートでは、暫定的にユーロ圏全体で、1~3月期と4~6月期に連続で前期比マイナス成長となり、7~9月期以降、緩やかに正常化が図られると想定した。その場合、2020年の実質GDPは19年の前年比1.2%から0.1%へと大きく減速する(表紙図表参照)。

その後も緩やかな回復が続けば2021年は1.0%程度まで戻るが、力強い回復は期待できない。

見通しの不確実性は著しく高い。新型コロナウィルスに関しては不明なことが多く、イタリアが実施した全土の1カ月にわたる封鎖措置も平時においては前例がない。

リスクバランスは下方にある。
 

ECBは3月12日開催の政策理事会で中小企業の資金繰り支援策を決定へ

ECBは3月12日開催の政策理事会で中小企業の資金繰り支援策を決定へ

3月12日に政策理事会を開催するECBの追加緩和への期待も高まっている。3月3日には、米連邦制度準備理事会(FRB)がコロナ・ショックを受けて、50bpの緊急利下げに動いたが、17日~18日に予定される定例会合での追加利下げも確実視されている。ユーロ圏の景気はコロナ・ショック以前から米国よりも弱く、現時点では、新型コロナウィルスから、ユーロ圏の方が米国よりも大きな影響を受けているからだ。

既述の通り、新型コロナウィルスの拡大で、ヒトの移動には急ブレーキが掛かり、サプライチェーンの不安定化で、モノの移動も滞るリスクが高まり、需要も縮小している。とりわけ、中小・零細企業が資金繰りの問題に直面するリスクは高く、ECBは流動性供給に万全を期す構えを前面に打ち出すだろう。3年物で実施しているターゲット型資金供給第3弾(TLTROⅢ)の条件緩和に動く可能性は高そうだ。

現在、マイナス0.5%の中銀預金金利の深堀りも、金融機関の収益を圧迫する副作用への懸念への配慮も求められる上に、追加利下げの余地が残されていないことから、温存の可能性もある。ECBは、昨年9月の「包括緩和パッケージ」で、超過準備の一部をマイナス金利の適用除外とする「階層方式」を導入している。、適用除外の範囲は、法定準備額に「乗数」を乗じて決めることになっており、マイナス金利を深堀りした場合、現在6の「乗数」を引き上げて悪影響を緩和し、緩和を演出することもできる。しかし、「階層方式」は、9月理事会の議事要旨によって、賛成は「過半数」と、賛否が分かれた「包括緩和パッケージ」に盛り込まれた政策の中でも、最も支持が低い選択肢でもあり、幅広いコンセンサスが得られるかは不透明だ。

現在、月200億ユーロの資産買い入れの増額も、9月の再開時点で「明確な過半数」という程度の賛成に留まっていたことから、やはり見送られる可能性がある。

市場の期待を裏切れば、ユーロ高が進むリスクはある。ドラギ前総裁であれば、市場の期待を上回る緩和パッケージに動く局面だろうが、果たしてラガルド総裁はどう動くか。12日理事会の結果を待ちたい。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2020年03月11日「Weekly エコノミスト・レター」)

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