2020年02月28日

中国経済の見通し-新型肺炎で1-3月期の成長率は急減速も、その後はV字回復となり、20年は5.6%と予想

三尾 幸吉郎

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3.新型肺炎(COVID-19)の影響

現在、中国では新型コロナウイルスによる肺炎(COVID-19)の感染拡大が経済活動のさまざまな面に暗い影を落としている。初期段階での封じ込めに失敗した中国政府は、湖北省を「都市封鎖」するなどその後は強硬策に転じ、国を挙げて感染拡大の阻止に取り組んできたが、感染対策を強化すればするほど経済活動を鈍らせるというジレンマの直面しており、予断を許さぬ状況にある。

中国経済が日本経済に与える影響は、2002年11月に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の時より格段に大きくなった。世界における中国経済のシェアを見ると、名目GDPに占める割合は、SARSに見舞われた2003年の4.3%から、現在は15.7%にまで増えている。また、日本から見た相対的な大きさも変化している。2003年の中国経済は日本の約38%に過ぎなかったが現在は約2.66倍となっており、日本経済に与える影響は約7倍となった1

日本にいる誰もが実感する影響としては中国人旅行者の減少が挙げられる。中国本土からの海外旅行者数は、2003年には2022万人だったが、2018年には1億6199万人に増えており、約8倍になった(図表-9)。中国の国際収支統計を見ると、SARSの影響がピークに達した2003年4-6月期の旅行支出は約28億ドルで、前年同期の約45億ドルよりも37.9%減少した(図表-10)。今回も当時と同じ減少率だったとすると、2018年の旅行支出は2773億ドル(日本円換算で約30兆円)に増えているので、この減少率が1年継続したとすると1050億ドル(日本円換算で約11.5兆円)減少する計算となる。そうなった場合、日本にもその影響の一部(7000億円前後)が及んでくる。
(図表-9)中国本土からの旅行者数の推移/(図表-10)SARSと旅行支出
また、新型肺炎の感染拡大で最も懸念されるのが個人消費への影響である。2019年、中国の名目GDPは約99兆元だった。GDPに占める個人消費の比率は未公表だが、2018年の実績(39.4%)を基に推定すると39兆元(日本円換算で約585兆円)程度だろう。消費支出の内訳を見ると(図表-11)、衣食住に関する支出が約6割を占めるが、そのうち外食を除く約5割は生活する上で必要不可欠な支出であるため大幅に減少する可能性は低い。一方、新型肺炎の流行で外出を控えるようになると、外食、文化娯楽、交通など不要不急の支出が減少することになる。これらは消費支出全体の約2割を占めるため、1割減少したとすると名目GDPを1.0~0.8ポイント押し下げる。但し、国内消費が減少した分や海外旅行を止めた分の資金は家計の貯金となっているため、新型肺炎が終息に向かえば、そのペントアップ需要が一気に顕在化し、個人消費はV字回復する可能性が高いだろう。ちなみに、SARSに見舞われた2003年を見てもV字回復している(図表-12)。
(図表-11)一人当たり消費支出の構成比(2018年)/(図表-12)SARSと小売売上高
一方、生産面を見ると、春節連休明けの生産再開は厳しい状況となっている。新型肺炎の影響で例年より1週間遅れて生産を始めたものの、正常な生産態勢には戻れていない。その主因は労働力にある。中国交通運輸部の劉小明副部長によれば、中国には「農民工など」と呼ばれる農村から都市へ出稼ぎに来ている労働者が約3億人いるが、「春運(帰省・Uターンに伴う特別輸送体制)」をほぼ終えた2月15日時点でも、職場復帰した農民工などは8千万人程度に留まると指摘している。農民工などのUターンが遅れた背景には、中国共産党の「新型コロナウイルス感染肺炎対策指導小組(組長:李克強)」が2月2日に会議を招集し、農民工などのUターンに際しては「ピークをずらすよう分類指導し、これを実施する」という方針を示したことがある。前述のジレンマの中で、中国政府は生産体制の正常化よりも、新型肺炎の蔓延阻止を優先したのだ。

その効果は数字にも表れてきた。中国国家衛生健康委員会が公表したデータを見ると、新たに感染が確認された人数を、治療を終えて退院する人数が上回り、現存の感染者数は2月17日をピークに減少し始めた。こうした状況を背景に、中国政府は生産体制の正常化に舵を切った。前出の劉小明副部長は、2月下旬までに約1億2千万人を、3月以降に約1億人を、それぞれ元の勤務地に戻すとしている。したがって、新型肺炎が深刻な湖北省以外では3月にも、湖北省でも4月には生産態勢が正常化する道筋が見えてきている。但し、現存の感染者数が農民工などのUターンで再び増加してしまう恐れは排除できない。
(図表-13)SARSと工業生産 なお、SARSの場合、経済に大きな影響が及んだのは2003年の4月と5月だけだった(図表-13)。そして、新型肺炎の現存の感染者数が減少傾向を維持したまま、農民工を元の勤務地に戻すことに成功すれば、製造業では生産の遅れを取り戻そうとする力が働く上、ITサイクルが上向いてきたことも支援材料となるため、工業生産はV字回復する可能性が高いだろう。
 
1 世界における名目GDPシェアがSARS発生時と現在でどう変化したかに関しては、「中国経済の現状と今後の注目点~新型ウイルス肺炎の影響など4つの注目点」Weekly エコノミスト・レター 2020/01/27に掲載しております。
 

4.中国経済の見通し

4.中国経済の見通し

(図表-14)経済予測表 以上のような景気指標の動きと経済活動に大きな影響を及ぼす新型肺炎の現状を踏まえると、20年1-3月期の成長率は実質で前年比3.6%前後(前期比では0.8%減)へ急減速すると見られる。しかし、前述のような日程で、農民工が元の勤務先に戻り、新型肺炎に関しても現存の感染者数の減少傾向が続けば、製造業では生産の遅れを取り戻そうとする力が働く上、ITサイクルが上向いてきたことも支援材料となり、工業生産はV字回復する可能性が高い。需要面から見ても、海外旅行や国内消費を控えたことで繰り越されているペントアップ需要が顕在化するため、個人消費もV字回復するだろう。さらに、今年は2012年開催の党大会(18大)で決めた「所得倍増計画」の目標年であり、それを達成するには5.6%以上の経済成長が必要なため、インフラ投資や減税などの景気対策を打ち出す可能性もある。したがって、20年の成長率は実質で前年比5.6%増と予想している。また、21年は反動増も加わるため同5.7%増と予想している(図表-14)。
但し、新型肺炎の先行きは予断を許さない。前述の農民工のUターンに際しては、新型肺炎の感染が再び拡大し、治療を終えて退院する人数を再び超えてしまう恐れもある。現時点で「都市封鎖」したのは湖北省のみで、その域内総生産(GRP)は全体の4%強に過ぎないが、他の行政区にまで「都市封鎖」が波及するような事態に陥れば、「所得倍増計画」は断念せざるを得ないだろう(図表-15)。
 
新型肺炎の感染対策を強化すれば経済活動に打撃となり、生産体制を正常化しようとすれば再び感染拡大を招きかねないジレンマの中、中国政府は綱渡りの政策運営を余儀なくされ、中国経済は正念場を迎えている。
(図表-15)各地方のGRP(2018年)
 
 

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三尾 幸吉郎

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(2020年02月28日「Weekly エコノミスト・レター」)

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