2020年02月14日

動き出した欧州グリーンディール-新しさと既視感。日本も無関係ではない-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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政策手法の見直しと危機意識の相乗効果が働けば、過去の戦略とは違う展開も

こうした格差や熱意の差に配慮して、欧州グリーンディール投資計画には、化石燃料などへの依存度が高い地域やセクターの移行を支援する「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism) 」を設け、基金を備えた(図表4)。

気候変動対策への支援ばかりでなく、取り残されたままとなる懸念がある国々が抱える課題の解決のための対策も同時に強化しようという動きもある。欧州委員会は、1月14日、「欧州グリーンディール投資計画」と同時に2017年11月の「公正な職業と成長のための社会サミット」(社会サミット)で採択した「欧州社会権の柱(European Pillar of Social Rights)」の実行のための行動計画も公表している。欧州グリーンディールも国連のSDGsと同じく「誰一人取り残さない」ことを理念としており、「公正な移行のための強い社会的欧州」によって「社会的な公平性」を確保するという。

経済ガバナンスの見直しも進める。2月5日には、欧州委員会が、経済ガバナンスの見直しの議論の叩き台とするための文書を公表している5。財政危機の教訓で「緊縮バイアスがかかり、複雑過ぎる」状態となった財政ルールが見直される見通しだ。

こうした動きから、欧州グリーンディールは、EUという枠組みを維持する上で、加盟国間、各国内での格差への不満が最大の脅威となっていることを認識した上で設計されているように思われる。

こうした政策手法の見直しとEU、さらに地球環境への危機意識の相乗効果が働けば、欧州グリーンディールは、過去2つの成長戦略とは違い、予想以上の成果を上げるのかもしれない。
(図表4) 欧州グリーンディール投資計画
 
5 European Commission (2020d)
 

試金石となる21年からのEUの中期予算枠組みでの合意

試金石となる21年からのEUの中期予算枠組みでの合意

しかし、目下のところ、加盟国間の格差を背景とする利害調整の難航で、「欧州グリーンディール投資計画」で、民間資金の「呼び水」として期待されるEU予算(図表4、EU Budget)の議論は遅れている。

EU予算は21年から27年までをカバーする新たな「中期予算枠組み(Multiannual financial framework:MFF)」に入る。中期予算枠組みの議論は、2018年5月に始まり、18年12月の首脳会議で19年秋の合意を目指す方針が確認されたものの、EUが新体制となった昨年12月の首脳会議でも、合意に至らなかった。

持続可能なデジタル化された公正な社会への移行のために、EU予算に期待される役割は大きいが、英国離脱による「穴」が生じることもあり、規模の拡大は難しい。EU予算には、加盟国の国民総所得(GNI)の総計の1.23%を上限とする規定があるが、新たな中期予算枠組みは、18年5月の欧州委員会の提案はGNI比1.11%で、現行の14年~20年の同1.03%からの微増、19年下期の議長国を務めたフィンランドの12月の提案は1.03%で現状維持となっている。

限られた予算枠でグリーンディールやデジタル化などの成長戦略や、EU市民が強く懸念する不法移民対策や治安対策などに財源を確保しようと思えば、どこかにしわ寄せが及ぶ。共通農業政策(CAP)や格差是正のための結束基金などの予算削減は、これらの恩恵を受けてきた国に抵抗がある。ハンガリー、ポーランドのようなEUの基本的な価値観である「法の支配」の違反国への支出制限も議論も引き起こしている。

2月20日には、中期予算枠組みの最終合意に向けた協議の促進を託されたミッシェル常任議長が招集した特別首脳会議が開催される。

特別首脳会議の結果は、欧州グリーンディールが、規制面だけでなく、資金の裏付けという面でも推進力を得ることができるのか、最初の試金石として注目したい。
 

世界への影響力行使も戦略の一環

世界への影響力行使も戦略の一環。日本も無関係ではいられない

気候変動対策は、グローバルに取り組まなければ、効果が発揮できない。欧州が先行しても、他が追随しなければ、欧州企業の競争力強化という狙いとは逆の効果をもたらすおそれがある。

「欧州グリーンディール」の「政策文書」には、「EUは、その影響力、専門知識、資金を利用して近隣諸国やパートナーを動員し、持続可能な道筋に参加させることができる」との記載がある。

「ブリュッセル効果」と言われる規制当局としてのEUの影響力6を発揮して、世界を動かすことも「欧州グリーンディール」の一環だ。

グローバルな投資の流れも、昨年12月に持続可能な経済活動を分類するタクソノミー法での合意が成立するなど、サステナブルファイナンスの拡大に意欲を燃やすEUの政策の影響を受けるだろう。

EUと域外国との気候変動対策についての取り組みの差が続く場合、対策が十分でない国の製品に関税を上乗せする「国境炭素税」を特定分野で導入する計画もあり、注意が必要だ。
加盟国間での温度差があるとは言え、EUのグリーンディールへの熱意は本物だ。日本も無関係ではいられない。EUの今後の政策展開と企業の対応を注視する必要がある。
 
6 EU規制の影響力と市場を動かす力の源泉については“The Parable of the plug”, The Economist, Feb 6th 2020 edition(「EU規制、吸収力の源泉と限界」(日本経済新聞2020年2月11日)を参照。

参考文献
  • 金子寿太郎「EU版「持続可能な経済活動リスト」気候中立への動きは不可逆的」『週刊エコノミスト』2020.2.11
  • 田中俊郎「急激に変化しつつある世界に対応する「欧州社会権の柱」」(『EU MAG Vol. 65 ( 2018年01・02月号 )』)
  • 滝田洋一「グリーンに秘めた野心 欧州、環境で政治動かす」(日本経済新聞2019年12月30日)
  • 中野聡「翻訳リスボン戦略評価文書」豊橋創造大学紀要 (15), 47-66, 2011-03
  • European Commission(2019) “The European Green Deal”COM (2019)640final,11.12.19
  • European Commission(2020a) “The European Green Deal Investment Plan”COM (2020) 21final,14.1.20
  • European Commission(2020b) “Questions and answers A Strong Social Europe for Just Transitions” 14 January 2020
  • European Commission (2020c) “Commission Work Programme 2020 A Union strives for more”COM (2020)37 final ,29.1.20
  • European Commission (2020d) “Economic Governance Review”COM (2020)55 final ,5.2.20
 

参考資料

【参考資料1-1】欧州グリーンディールの行動計画
【参考資料1-2】欧州グリーンディールの行動計画
【参考資料2】新欧州委員会の6つの優先課題と20年の政策目標
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2020年02月14日「Weekly エコノミスト・レター」)

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