2020年02月07日

中央銀行デジタル通貨を巡る主導権争い-各国の最新動向と今後の展望

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――日本銀行がデジタル通貨の共同研究に乗り出す

中央銀行によるデジタル通貨『Central Bank Digital Currency、以下CBDC1』の研究開発が加速している。今年1月、日本銀行は「CBDCの活用可能性の評価に関する知見を共有するためのグループ」の設立を発表した。メンバーには、スウェーデン・リクスバンク、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国民銀行、欧州中央銀行、日本銀行の6中銀に加えて、主要国中銀の政策協調機関となっている国際決済銀行(以下BIS)が参加する。共同研究では、CBDCの活用方法や技術面での課題を洗い出し、CBDCの設計や先端的な技術についての知見を共有する方針だ。

日本銀行が共同研究に乗り出した背景には『デジタル通貨をめぐる主導権争い』がある。昨年6月、米国SNS大手Facebook社が民間主導のグローバル決済通貨「Libra(リブラ)」の発行計画を発表し、各国中央銀行や規制当局から非常に強い関心を集めた。リブラは金融サービスへの容易かつ安価なアクセスを実現するとの期待から、多くの人々を惹きつけているが、金融システムの安定性やガバナンス面などの課題を指摘されて、開発計画の延期を余儀なくされている。しかし、この構想は、各国のCBDC研究を刺激することとなった。中でも、特に敏感に反応したのが中国だ。中国では昨年、リブラに対する懸念とデジタル人民元の早期発行に向けた発言が相次いだ。実際、リブラなど他のデジタル通貨の使用に対する規制は強化される反面、デジタル人民元の普及を後押しする法整備が進められている。中国がデジタル人民元を発行する狙いは、短期的には、国内資金取引の管理力を高め共産党の統治体制を強固にすることであり、長期的には、一帯一路の沿線国などに独自の経済圏や国際秩序を広げていくことにあると見られる。中国では、厳しい資本規制が導入されているため、国際決済を可能とするCBDCの設計は容易ではないと見られるが、世界に先駆けて中国がデジタル人民元をすれば、CBDCの規格や規制、技術などの面において、中国の仕様が国際標準となる可能性はある。各国はこうした中国の動きに警戒感を強めており、主要国中銀がBISを巻き込んで立ち上げた今回の共同研究には、CBDCの世界的な普及で欠くことのできないクロスボーダーの相互運用性などの面で中国に先行する狙いがあると見られる。

本稿では、共同研究に参加する各国の研究開発状況を整理し、今後の『デジタル通貨をめぐる主導権争い』の行方を展望する。
 
1 CBDCの種類や課題など詳細については、
中央銀行デジタル通貨の動向-デジタル人民元vsリブラ、米国」(2019年11月15日)を参照

 

2――CBDC研究の現状

2――CBDC研究の現状

1世界・各国中銀の動向
世界のCBDC研究の現状を確認するものとして、BISが各国の中央銀行を対象として実施している年次調査がある。2020年1月に公表された最新の調査結果2は、世界66ヵ国(先進国21ヵ国と新興国45ヵ国、世界人口の75%、世界経済の90%)の中央銀行を対象として作成されている。

この調査結果を見ると、CBDCの開発研究が想定以上に加速している現状がうかがえる[図表1]。特に、個人や企業を含む幅広い主体の利用を想定した「一般利用型」では、2018年の約2倍にあたる10%の中央銀行が短期的(3年以内)にCBDCを発行する可能性が高いと回答している。また、中期的(6年以内)には、その割合は20%程度まで上昇している。リブラ構想が発表されて以来、各国でCBDCを巡る議論は盛り上がりを見せてきたが、今回の調査結果がその動きを裏付けた格好だ。その一方で、CBDCの利用者が決済業務を行う銀行や証券などの一部に限定される「大口取引型」では、中期的にCBDCの発行が可能であると考える中央銀行が、やや減少している。BISでは、この要因として中央銀行が開発計画を見直した可能性があることを指摘しているが、これは実証実験を通じて認識された「ブロックチェーンを含む分散型台帳技術3における課題(決済完了性やキュリティ―面の課題など)」が依然大きいことを示唆している。
[図表1]CBDCの研究開発状況
なお、今後3年以内に一般利用型CBDCを発行する可能性が高いと回答した中央銀行には、中国の人民銀行が含まれていると考えられる。中国では、2019年8月に人民銀行支払決済局・副局長の穆(ムー)長春(ャンチュン)氏が「(デジタル人民元の)発行準備はほぼ整っている」と発言し、デジタル人民元の発行が近いとの認識を示している。CBDCには、まだ多くの課題が残されていると見られるが、一部の積極的な中央銀行では、その実現に向けた具体的な検討が進んでいるようだ。
 
2 BIS「Impending arrival – a sequel to the survey on central bank digital currency」(2020年1月)
3 分散型台帳技術とは、特定の帳簿管理者を置かずに、参加者が同じ帳簿を共有しながら資産や権利の移転などを記録していく情報技術である。分散型台帳技術には、ブロックチェーンのほかに、有向非巡回グラフなどがある。
2共同研究・参加国の取り組み
CBDC研究の方向性は、各国それぞれの事情を反映して多少の違いが見られる。同報告書によれば、新興国は先進国よりCBDC研究に対する動機が強いとされる。新興国では、とりわけ金融包摂、国内決済の効率性、金融政策などに対する関心が高く、金融インフラの高度化の一環として、主に個人の利活用を想定した一般利用型の設計が進められているようだ。他方、先進国では、国際決済の効率化に対する関心が高く、分散型台帳技術の金融市場インフラへの応用など、主に大口取引型を対象とする研究が多く進められているようだ。ただし、先進国の中でもキャッシュレス化が進むスウェーデンや英国などでは、新興国と同じく一般利用型を対象とした研究が進んでいる国も見られる。

以下では、今回の共同研究に参加する、スウェーデン・リクスバンク、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国民銀行、欧州中央銀行、日本銀行におけるCBDC検討状況を整理する[図表2]。
[図表2]共同研究参加国および米中のデジタル通貨研究の概要
<スウェーデン・リクスバンク>
スウェーデンでは、キャッシュレス化の進展により現金需要が趨勢的に低下する中、新たな支払い手段として「e-krona」の開発がリクスバンク(スウェーデンの中央銀行)によって進められている。2017年に正式に始まった「e-krona project」では、e-krona発行の是非を判断するため、多面的な検討が行われている。これまでに公表された報告書は2本(2017年report 1、2018年report 2)。e-kronaの具体的な設計については、まだ不確定な部分が多いものの、すべての主体が利用できる一般利用型であり、24時間365日、リアルタイムで決済できるCBDCとなる見込みだ。なお、付利については、設計上可能であるものの導入当初は想定しておらず、供給方式については、口座型4とトークン型5の両方を検討しているとされる。リクスバンクが今後実施するパイロット・プロジェクトでは、トークン型における技術的な検証を行うようであり、2019年12月には、2020年末を期限(7年間延長可能)とするテストを民間企業と共同実施することを公表している。
 
4 口座型では、CBDC は金銭債権であり、決済は預金口座とは別に開設した、専用口座からの口座振替によって行われる。
5 トークン型では、CBDCは金銭的価値を持つデータ自体であり、決済はスマートフォンやICカードなどのウォレットを介して行なわれる。
<イングランド銀行>
英国では、スウェーデンと同じく、一般利用型の研究が進められている。2016年には、ロンドン大学の研究者がイングランド銀行のスタッフとの議論を経て「RSCoin」の設計に関する論文を公表し、その後も、金融政策や民間銀行に及ぶ影響などを評価した論文を多く公表している。また、2019年8月には、イングランド銀行のカーニー総裁が、ドルや円など主要国通貨のバスケットで構成された「合成覇権通貨(Synthetic Hegemonic Currency)」を中央銀行のデジタル通貨ネットワークを通じて供給する構想を示し、デジタル通貨がドルに過度に依存した現在の金融システムを変える可能性があるとの考えを披露している。
<カナダ銀行>
カナダでは、暗号資産6が経済や金融システムの安定性に与える悪影響が懸念されており、CBDCに関する研究が積極的に進められている。カナダ銀行がこれまでに実施してきた実証研究には、民間銀行等と共同で実施した「Project Jasper」やシンガポール通貨金融庁と共同で実施した「Jasper-Ubin Project」などがある。「Project Jasper」では、分散型台帳技術の金融市場インフラへの応用についての検証が行われ、「Jasper-Ubin Project」では、国内向け決済ネットワーク同士を接続してクロスボーダー決済が可能性であるかの検証が行われてきた。なお、カナダ銀行の研究は、これまで大口取引型における技術的な検証が中心であるとさてきたが、最近になって、一般利用型の研究も進められていることが分かっている7
 
6 暗号資産は、ビットコインなどの仮想通貨を法定通貨と区別するために名称変更したもの。インターネットを通じて不特定多数の人や企業の間で物品やサービスの対価として使用でき、主にブロックチェーンの仕組みを用いて管理されている。
7 FINANCIAL POST「Bank of Canada exploring digital currency that would replace cash, track how people spend money」(2019.10.15)
<スイス国民銀行>
スイスでは、顧客情報の秘匿という伝統的な強みに代わる新たな金融分野における競争優位性を確保するため、暗号資産や分散台帳技術などの新技術を用いたFin Techビジネスを誘致する取り組みが進められている。Facebook社がリブラ協会をジュネーブに設立したのも、スイスで暗号資産ビジネスに関わる法規制の改定作業が進んでいるからだ。スイス政府は、2018年に連邦議会に「e-franc」のリスクと可能性を評価するように要請し、2019年12月に報告書を公表している。同報告書では、一般利用型については、新たなメリットはあまりないとする一方、大口取引型については、取引、決済、管理の効率化に役立つ可能性があると評価している。
<欧州中央銀行>
欧州では、欧州委員会が欧州中央銀行にCBDCの発行を検討するように求めるなど、CBDC研究に積極的に関与していく姿勢に変わっている。欧州中央銀行がこれまでに実施してきた実証実験には、日本銀行と共同で実施した「Project Stella」がある。「Project Stella」では、2016年から2019年に3つのフェーズに分けて、銀行間の資金決済の検証、証券と資金の授受等の検証、クロスボーダー決済の検証が行われてきた。2019年末には、欧州中央銀行に専門家によるタスクフォースが設置し、将来のCBDC発行の可能性について、様々な観点から検討していく方針を示している8
 
8 ECB「Interview with “Challenges” magazine」(2020年1月8日)
<日本銀行>
日本では、現金に対する信頼性が高く、現金支払いも依然として多いことから、直ちにCBDCを検討しなければならない状況にはないとされる。しかし、技術革新の進展、諸外国の動向、社会的ニーズの急変に備えて、CBDCの開発研究を進めていくことが基本姿勢となっている。日本銀行がこれまでに進めてきた研究には、欧州中央銀行と共同で実施した「Project Stella」のほか、CBDCの法的側面や技術的側面に注目したレポートがある。また、今年に入って与党自由民主党が、個人情報保護やマネーロンダリング対策の視点から提言を取りまとめる方針であるなど、欧州と同じく政治面でもCBDC発行を促すような動きが広がっている9
 
9 日経新聞「デジタル通貨で自民提言へ マネロン重点、立法視野に」(2020年1月23日)
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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
日本経済・金融

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