2019年12月25日

スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

7――ドーピング問題

アスリートが競技力を高めるために行う薬物使用は、以前からドーピング問題として、問題視されてきた。現在は、スポーツ界のみならず、一般社会を含めて、ドーピング問題に対する認識は広がっており、アンチ・ドーピングの気運が高まっている。本章では、その内容を簡単にみていく。

1|ドーピングの歴史は、150年以上に及ぶ
ドーピングは、記録されている限り、19世紀からみられており、少なくとも150年以上の歴史を有している。その略史をまとめると、つぎのとおりとなる。
図表24. ドーピング問題に関する略史
オリンピック競技大会でのドーピング検査の状況をみると、夏季大会は2008年の北京大会、冬季大会は2014年のソチ大会より検査数、陽性数が増加していることがわかる。
図表25. オリンピック競技大会におけるドーピング検査
 
37 WADAは、World Anti-Doping Agencyの略。なお、WADAの運営は、スポーツ界(IOC)と各国政府が50:50の協力体制をとることとされている。
38 日本では、2001年に財団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が設立された。アンチ・ドーピング施策の策定、ドーピング検査、検査員養成、教育・啓発、データベース構築、調査・研究を担っている。
39 2018年の平昌大会では、組織的なドーピングが発生したとして、ロシア選手団の参加が認められなかった。潔白を証明したロシアの選手は「ロシアからの五輪選手(Olympic Athletes from Russia, OAR)」として個人参加したが、開会式や表彰式などでロシアの国旗や国歌を使用できなかった。
 なお、2019年12月にWADAは、ロシアが1月に提出した過去の検査データに改ざんや削除が発覚したとして、オリンピック、パラリンピックを含む主要国際大会から同国を4年間排除する処分を決定した 。


2|世界ドーピング防止規定 (WADA code) により、禁止物質・禁止方法が定義されている
WADAは、禁止物質・禁止方法の定義を、つぎの3要件のうち2つ以上に該当するものとしている。

(1) 競技能力を向上させうること
(2) 競技者の健康にとって有害となりうること
(3) その使用がスポーツ精神に反すること

その上で、「WADA code禁止表国際基準」を策定し、禁止物質・禁止方法を具体的に定めている。
図表26. WADA code禁止表国際基準における禁止物質・禁止方法 (2020年1月1日発効予定)
3|ドーピング検査として、2種類の検査が行われている
ドーピング検査は、実施時期により、競技会検査と競技会外検査の2つに分けられる。

(1) 競技会検査
競技終了後に競技会場で、検査を実施するもの。競技会参加の全選手に、検査の対象となる可能性がある。

(2) 競技会外検査
検査員が無予告で競技者の練習場や宿泊場所に出向いて、検査を実施するもの。検査の対象は、登録検査対象リストに掲載されている競技者。このリストは、一定レベルの競技力を有する競技者を掲載するもので、対象となっている競技者は、居場所情報の提出が求められる40。検査は、申告(7日以内に使用した薬物やサプリメント)、尿検体、血液検体の採取などを通じて行われる。
 
40 次の四半期に競技者がいつ、どこにいるか。合宿、トレーニング、試合のスケジュールや自宅・宿泊先の居住の情報をADAMSというシステム(Anti-Doping Administration & Management system)に登録する。18ヵ月で累積3回の居場所情報不備の警告がなされた場合、ドーピング違反として、1~2年間の資格停止処分となる可能性がある。


4|ドーピング規則違反に対する制裁方法も定められている
ドーピング規則違反に対する制裁方法として、個人に対するものとチームに対するものの2つが定められている。

(1) 個人に対する制裁
ドーピング規則違反が発生した場合、競技大会の所轄組織の決定により、競技大会で得られた個人の成績は失効し、獲得されたメダル、得点、褒賞の剥奪を含む措置が課される。

また、資格の停止についても制裁措置が定められている。資格停止期間は、禁止物質・禁止方法の使用や保有の状況や違反の回数等に応じて、警告や1年間にとどまるものから、永久資格停止とするものまで規定されている。

(2) チームに対する制裁
チームスポーツのチーム構成員の 3 名以上が競技大会期間中にアンチ・ドーピング規則に違反したことが明らかになった場合、競技大会の所轄組織は、当該チームに対して、適切な制裁措置(例、得点の剥奪、競技会または競技大会における失効その他の制裁措置)を課すものとされている。

なお、競技者や財団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)は、制裁措置の内容などに不服がある場合には、スポーツ仲裁裁判所(CAS41)に不服申し立てをすることができる。
 
41 CASは、Court of Arbitration for Sportの略。スイスのローザンヌに本部がある。スポーツ関係のトラブルをスポーツ界のなかで解決することを目的とした一審制の仲裁機関となっている。


5|ドーピング規則には、治療目的使用に係る除外措置もある
禁止物質・禁止方法とされているものを、治療目的で使用したい場合には、あらかじめ競技者が申請して認められれば、使用可能となる。これは、「治療目的使用に係る除外措置(Therapeutic Use Exemptions, TUE)」と呼ばれる取り扱いである。競技者は、大会の30日前までに申請する必要がある。申請の際は、使用しないと深刻な障害を受けることや、使用によって競技能力が増強されない等の要件を満たすことが求められる。
 

おわりに (私見)

おわりに (私見)

本稿では、スポーツと運動に関する医学の現状を概観した。スポーツには健康を増進させる効用がある一方、ケガや病気を引き起こすリスクもあることを、具体的にみていった。
 最後に、1つ、私見を述べることとしたい。
 

(私見)
 スポーツ医学の知見を活かして、運動でのケガや病気のリスクを減らすとともに、
 高いパフォーマンスを長期に渡って発揮できるよう、選手と指導者が手を携えていくべき

選手は、トレーニングはもとより、栄養摂取、睡眠などを通じて、自らの体調管理を行い、競技大会でのパフォーマンス向上を目指していく。その際、スポーツ医学の知見を活かすために、指導者や専門家の声に耳を傾ける真摯な態度が求められる。
 
一方、指導者は、目先の競技大会で選手が好成績を挙げることだけではなく、長期に渡って、選手の身体・スキル面と精神面の両方の成長を促すべく、スポーツ医学の知見を日々の指導に取り入れていくことが望まれる。時には、専門家と緊密に連携をとることも必要となる。

今後、スポーツや運動に対してスポーツ医学が果たす役割はさらに高まっていくものと考えられる。ケガや病気の予防だけではなく、競技会で高いパフォーマンスをあげるための科学的なトレーニング法、精神面の強化を図るためのイメージトレーニング、効果的に体力をつけ、身体のバランスを整えるための休息法や栄養学など、スポーツ医学には、多くの機能が求められることとなろう。

引き続き、スポーツ医学を巡る、さまざまな動向を注視していくこととしたい。

【参考文献・資料】

(下記1~7の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「スポーツ医学入門」目崎登著(文光堂, 2009年)
  2. 「スポーツ医学検定公式テキスト1級」一般社団法人 日本スポーツ医学検定機構 (東洋館出版社, 2019年)
  3. 「スポーツ医学検定公式テキスト」一般社団法人 日本スポーツ医学検定機構(東洋館出版社,  2017年)
  4. 「あなたも名医! 知っておこうよ、スポーツ医学」(日本医事新報社, jmed mook 50, 2017年)
  5. 「もっとなっとく 使えるスポーツサイエンス」征矢英昭・本山貢・石井好二郎編(講談社サイエンティフィク, 2017年)
  6. 「スポーツ・運動栄養学 第3版」加藤秀夫・中坊幸弘・中村亜紀編(講談社サイエンティフィク, 2015年)
  7. 「スポーツ医学の立場からみた小学校の体育」中嶋寛之著(ナップ, 2017年)
 
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. 「健康づくりのための身体活動基準 2013」(厚生労働省)
  2. “Sprint interval and endurance training are equally effective in increasing muscle microvascular density and eNOS content in sedentary males.” Cocks et al. (Journal of Physiology. 641-656, 2013)
  3. 「肥満症診療ガイドライン2016」(一般社団法人 日本肥満学会)
  4. Sports Concussion Assessment Tool (SCAT)(国際スポーツ脳振盪会議, 2016年) https://bjsm.bmj.com/content/bjsports/early/2017/04/26/bjsports-2017-097506SCAT5.full.pdf
  5. Concussion Recognition Tool(CRT)(国際スポーツ脳振盪会議, 2016年) https://bjsm.bmj.com/content/51/11/872
  6. 「IRB第10条 医学的関連事項「脳震盪」についてのレギュレーション改定に関して(通達)」(公益財団法人 日本ラグビーフットボール協会, 平成23年7月25日)
  7. 「人口動態統計」(厚生労働省)
  8. 「青少年の野球障害に対する提言」(日本臨床スポーツ医学会, 1995年)
  9. 「平成28年度中学野球(軟式・硬式)実態調査 調査報告」(一般財団法人 全日本野球協会, 公益社団法人 日本整形外科学会, 公益財団法人 運動器の10 年・日本協会)
  10. 「スポーツ医学の基礎」栗原敏・村山正博・大畠襄編集 万木良平監修(朝倉書店, 1993年)
  11. 「2019 年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」(総務省消防庁, 令和元年11月6日)
  12. 「熱中症予防運動指針」(公益財団法人 日本体育協会)
  13. 「暑さ指数(WBGT)の詳しい説明」(環境省ホームページ)
    http://www.wbgt.env.go.jp/doc_observation.php
  1. “The Fight Against Doping and Promotion of Athletes' Health”(IOC, Factsheet, Update Feb 2018)
    https://stillmed.olympic.org/media/Document%20Library/OlympicOrg/Factsheets-Reference-Documents/Medical/Fight-against-Doping/Factsheet-The-Fight-against-Doping-and-Promotion-of-Athletes-Health.pdf
  1. “The World Anti-Doping Code International Standard - Prohibited List (January 2020)”(WADA, Sep. 2019)
  2. 「WADA code禁止表国際基準」(公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構による和訳, 2019年1月1日発効)
 
(なお、下記4編の拙稿については、本稿執筆の基礎とした)
  1. 「医療・介護の現状と今後の展開(前編)-医療・介護を取り巻く社会環境はどのように変化しているか?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月10日)
    http://www.nli-research.co.jp/files/topics/42282_ext_18_0.pdf
  1. 「医療・介護の現状と今後の展開(後編)-民間の医療保険へはどのような影響があるのか? 」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月16日)
    http://www.nli-research.co.jp/files/topics/42289_ext_18_0.pdf
  1. 「救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2016年7月28日)
    https://www.nli-research.co.jp/files/topics/53489_ext_18_0.pdf
  1. 「災害時のトリアージの現状-救急医療の現状と課題 (後編)」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2016年8月3日)
    https://www.nli-research.co.jp/files/topics/53548_ext_18_0.pdf
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2019年12月25日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?のレポート Topへ