2019年12月25日

スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2|呼吸器系への影響として、喘息や過換気症候群が問題となる
スポーツ活動中に喘息(ぜんそく)発作が誘発されたり、過換気症候群や貧血に陥ることがある。それぞれみていこう。

(1) 運動誘発性喘息
気管支喘息患者は、運動したときに喘息発作が誘発されることがある。特に、自由走で起こりやすい。一方、水泳では、あまり起こらない。症状の発生原因として、いくつかの仮説があげられている32
図表18. 運動誘発性喘息の発生についての仮説
予防法として、一般的な喘息の治療薬を服用する。運動前にウォーミンクアップを行い、心肺機能をスムーズに働かせる。マスクを着用して、冷気や乾燥を避ける。などがあげられる。
 
32 これ以外にも、交感神経系の反応性の低下、中枢神経系の関与、代謝性アシドーシス、乳酸の蓄積、運動後の低二酸化炭素血症などの説がある。


(2) 過換気症候群
過換気と急性呼吸性アルカローシス(細胞外液の水素イオン濃度を維持する酸塩基平衡の調節が障害されてアルカリ性に傾いた状態)を主体とする症候群を指す。若年の女性に発生しやすく、時に集団発生することがある。心理的要因が大きく関与するとされており、なんらかの暗示や不安心理の増長が背景にあることが多い。

めまい、耳鳴り、精神錯乱のような中枢神経症状。しびれ、痙攣、振戦のような末梢神経症状。動悸、不整脈、血圧低下のような循環器症状、低カリウム血症、カルシウム・マグネシウムイオン濃度の低下などの代謝性症状があり、症状は多岐に渡る。

通常は、呼吸をゆっくりと行うことで、症状が改善するとされる。紙袋などを口に当てて再呼吸することで、二酸化炭素を吸気して、呼吸性アルカローシスの改善を図る「ペーパーバック法」が行われることもある。ただし、この方法では、血液中の酸素濃度が低くなり過ぎたり、二酸化炭素濃度が過度に上昇したりする可能性があるため、実施には十分な注意が必要ともいわれている。

3|血液系への影響として、スポーツ貧血がある
スポーツ選手は貧血を発症しやすいとされる33。症状が発生する経緯には明らかでない部分があるが、仮説として、つぎのようなことが考えられている。
図表19. スポーツ貧血の発生についての仮説
予防法として、足底部への衝撃を減らすクッションのよいシューズの装着や、必要な栄養分を摂取するための食事面の留意などがあげられる。
 
33 昔は「行軍貧血」とも呼ばれ、軍隊で長時間行軍する陸軍兵士がよく貧血を起こしていたとされる。
 

6――スポーツと環境

6――スポーツと環境

スポーツをするうえで、身体に影響を及ぼし、パフォーマンスを左右する環境の要素には、さまざまなものがある。本稿では、気温と気圧のコンディションが与える影響をとりあげてみていく。

1|暑熱環境では、体温の調節が重要
暑熱環境下では、体温の調節が問題となる。体温調節がうまくいかなければ、暑熱障害として、熱中症となる恐れもある。

(1) 熱中症の4病型
熱中症は、病状により4つの病型に分類される。
図表20. 熱中症の病型
スポーツや運動以外の熱中症を含む、熱中症搬送人員数・死亡者数の年次推移をみると、2018年はそれまでよりも大幅に増加した。2019年は、やや減少したものの、2017年以前に比べると、高水準にとどまっている。近年、熱中症のリスクは、高まっているものと考えられる。
図表21. 熱中症による搬送人員数と死亡者数の推移
(2) 熱中症の予防
暑熱状況に応じて、熱中症予防のために、運動の中止や休息、水分補給等の処置をとることが必要となる。公益財団法人 日本スポーツ協会は、「熱中症予防ガイドブック」を公表しており、そのなかで、「熱中症予防運動指針」34と「スポーツ活動中の熱中症予防5ヶ条」を示している。
図表22. 熱中症予防運動指針
図表23. スポーツ活動中の熱中症予防5ヶ条
 
34 運動指針中、WBGTの算出に用いる黒球温度(Globe Temperature, GT)は、黒色に塗装された薄い銅板の球(中は空洞、直径約15cm)の中心に温度計を入れて観測する。黒球の表面はほとんど反射しない塗料が塗られている。この黒球温度は、直射日光にさらされた状態での球の中の平衡温度を観測しており、弱風時に日なたにおける体感温度と良い相関がある。
  湿球温度(Natural Wet Bulb temperature, NWB)は、水で湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測する。温度計の表面にある水分が蒸発した時の冷却熱と平衡した時の温度で、空気が乾いたときほど、気温(乾球温度)との差が大きくなり、皮膚の汗が蒸発する時に感じる涼しさ度合いを表す。
  乾球温度(Natural Dry Bulb temperature, NDB)は、通常の温度計を用いて、そのまま気温を観測する。(「暑さ指数(WBGT)の詳しい説明」(環境省ホームページ, http://www.wbgt.env.go.jp/doc_observation.php)をもとに筆者作成。)
 

【参考】 暑熱指標について
暑熱の因子として、一般に、気温、湿度、気流、輻射熱があげられる。これらの因子やその組み合わせによって、暑熱条件が評価される。近年、スポーツ活動を行う競技場等では、湿球黒球温度(Wet-Bulb Globe Temperature, WBGT)という指標が用いられることが一般的となっている。これは、自然気流中で3種類の温度計を用いて気温(湿球温度(NWB)、乾球温度(NDB)、黒球温度(GT))を計測し、それらをもとに次の算式で算出するものである。

屋外の場合  :  WBGT = 0.7NWB + 0.2GT + 0.1NDB
屋内の場合  :  WBGT = 0.7NWB + 0.3GT

WBGTは、気流の測定が不要で、心拍数や体温などの身体変化とよく対応するとされている。

(3) 熱中症の救急処置
熱中症の患者に対して、4病型に応じて、処置がとられる。

(a) 熱失神、熱疲労
涼しい場所に移動させて、衣服をゆるめて寝かせ、水分を補給する。吐き気等で水分補給ができない場合は、病院に運び、点滴を受けさせる必要がある。

(b) 熱痙攣
ミネラルバランスをとるために、生理食塩水(0.9%)やスポーツドリンクを補給する。

(c) 熱射病
身体を冷やしつつ、集中治療が可能な医療施設へただちに搬送する。身体を冷やす際は、全身に水をかけたり濡れたタオルを当てて扇風機等であおぐことで、気化熱による熱放散が促される。また、氷やアイスパックを頚部、腋の下、太ももの付け根などの太い血管に当てて、冷却を追加することも効果的とされる。
2|寒冷環境では、低体温症と凍傷が問題となる
寒冷環境では、全身的な障害の低体温症と、局所的な障害の凍傷がある。それぞれ、みていこう。

(1) 低体温症
体内の産生熱量が放熱量を下回り、体温が低下する。その結果、血行が緩慢となり、体内の各組織は十分な酸素供給を受けられなくなる。脳や中枢神経も障害され、精神活動の低下、言語不明瞭、全身倦怠、眠気が出現する。よく「雪山で遭難すると眠気が襲う」といわれる状態である。

さらに障害が進むと、知覚麻痺、幻聴・幻視、狂躁状態となることもある。

低体温が進み、直腸温35が30℃以下になると、急速に全身機能の低下が起こるとされる。瞳孔散大、呼吸停止、心停止、すなわち凍死に至る。

低体温症の治療法として、暖かい室内で、温浴や温水を入れたバッグでの加温を行うことなどがあげられる。血液の心拍出量が低下している場合には、体温がなかなか上がらないため、温水による腹膜や胃の灌流(かんりゅう)などが必要となることもある。それでも体温が上昇しない場合は、人工心肺装置での加熱や、開胸して心嚢周辺の温水灌流と心マッサージが行われるケースもある。
 
35 直腸の温度のこと。通常、腋窩温や口腔温よりもやや高く測定される。外気による影響を受けにくいため、死体の検視・検案や、生命に危険を及ぼす重度の高体温・低体温の診察などに用いられる。


(2) 凍傷
局所が氷点下となり、組織の凍結が起こった場合に、凍傷を発症することがある。凍傷は、病変の浸透度に応じて、表在性凍傷、深在性凍傷の2つに分類される。

(a) 表在性凍傷
病変が表皮にとどまるか、一部真皮に及ぶもの。発赤、浮腫、水泡などを生じる。

(b) 深在性凍傷
病変が真皮から皮下組織、骨にまで達し、病変部全体が萎縮する。皮膚は黒紫色または白蝋(はくろう)化し、その後、黒く乾性壊死する。

凍傷の治療法として、40~42度の温湯による患部の急速融解が、まず最初に行うべき治療とされる。患部の状況によっては、薬剤を用いる、交感神経を遮断するなど、いくつかの治療法がある36
 
36 具体的には、低分子デキストランを用いる、プロスタグランジンE1を用いる、交感神経を遮断する、末梢血管拡張剤を用いる、蛇毒酵素を用いる、抗凝固剤を用いるなどの治療法がある。


3|低圧環境では、高山病のリスクがある
低圧環境の高山での登山などでは、低酸素による高山病のリスクがある。

高山病は、急激に低圧低酸素の環境にさらされると、酸素不足により、生体を構成する細胞の細胞膜の機能が低下することにより発生する。その結果、細胞の内外で水分が貯留して、浮腫が生じ、頭痛、不眠、心悸亢進などの高山病となる。重症の場合、肺水腫や脳浮腫を伴って意識障害や昏睡状態に至ることもある。

高山病への対策として、登山などで高度を上げるときはゆっくりと上げること、酸欠や脱水を防ぎ体調管理を徹底すること、などがあげられる。

4|高圧環境では、潜水病に注意が必要となる
高圧環境の問題として、潜水時の高圧環境から常気圧に戻る際に、潜水病に注意する必要がある。

潜水時には、圧力の増大に伴い、体内の組織の体液中に窒素などのガスが溶解する。潜水を終えて、急速に浮上すると、激しい減圧のため、溶解していたガスが気泡化する。気泡化したガスの量が多い場合、組織を圧迫したり、血管塞栓が生じたりする。潜水病が重症の場合、中枢神経の障害により、神経の損傷や麻痺が続く重篤な後遺症を招くこともある。

治療については、一般に、潜水病の自然治癒はあまり期待できないとされている。緊急的には、再度潜水して、高圧環境下で気泡を縮小させて症状を軽快させること(「フカシ」といわれる)が行われることもあるが、空気を用いるため治療効率が乏しく、一般には推奨されない。

高気圧治療装置の整っている医療施設で、100%酸素を吸入し、全身に酸素を供給する「高気圧酸素治療」が、有効な治療法といわれている。重症の場合には、救急処置として、救急搬送中に常圧の純酸素を呼吸させることで、低酸素状態をある程度緩和することも行われている。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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