2019年12月25日

スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3|胴体部の傷害では、腰痛に悩まされるケースが多い
スポーツでは、かがんだり腰をひねったりする動作によって、胴体部に受傷することもある。以下、腰椎分離症と椎間板ヘルニアについてみていく。

(1) 腰椎分離症
腰椎(脊椎骨のうち胸椎と仙椎の間の部分)が疲労骨折を起こすことを指す。腰椎を後屈したり、ひねったりする際に腰痛が生じ、競技に支障を来たす。水泳、テニス、バレーボール、バスケットボール、野球、サッカー、ウェイトリフティングなど、さまざまなスポーツで発生する。

スポーツ活動の中で、繰り返しジャンプをしたり、腰をひねったりすることで、疲労骨折が生じる。症状の進行により、分離初期、分離進行期、分離終末期に分けられる。分離初期と分離進行期は骨癒合の可能性が残されているため、通常、硬性コルセットを装着して、スポーツを休止し、安静にする保存療法21をとる。骨癒合までには、初期の場合3ヵ月、進行期の場合6ヵ月程度を要するとされる。終末期は、骨癒合の可能性がないため、腰椎分離症との共存を目指すこととなる。運動中に伸展防止のコルセットを装着し、分離部に生じる滑膜炎に対して抗炎症作用が働くことを期待することとなる。

腰椎分離症の予防には、下位腰椎部の負担を軽減するために、ハムストリング(太ももの裏側の筋肉で、大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋のこと)のストレッチを行うことが重要とされる。たとえば、タイトハムストレッチ法22が、予防に有効とされる。
 
21 手術以外の治療法で、ギプス等による固定、薬の内服や注射、リハビリテーションなどを指す。
22 足の裏を床につけた形でしゃがんで、両足首を両手でつかんだ状態から、大腿と胸をつけたままゆっくり膝を伸ばし、これ以上伸びないところで10秒間キープする、というストレッチ法。


(2) 椎間板ヘルニア
スポーツ活動や悪い姿勢での動作などがきっかけで、椎間板組織が脱出して(ヘルニア23)、神経根や硬膜を圧迫して腰痛や下肢痛を引き起こす病態を指す。特に、前屈の際に痛みを生じるため、中腰姿勢ができなくなる。腰椎分離症と同様、水泳、テニス、バレーボール、バスケットボール、野球、サッカー、ウェイトリフティングなど、さまざまなスポーツで発生する。

治療・復帰に向けて、まずは保存療法をとることが一般的とされる。症状が緩和したら、リハビリとして、下肢などのストレッチを行う。ヘルニアによる圧迫が強く、麻痺症状や膀胱直腸障害が起こる場合には、脱出した椎間板を摘出する手術24が行われることもある。
 
23 ヘルニアとは、臓器や組織の一部が、本来あるべき場所から逸脱した状態を指す。
24 従来は、「後方椎間板摘出術」が一般的であったが、近年は、より侵襲度が低い手術として、約8ミリメートルの皮膚を切開した上で内視鏡下で摘出する「経皮的内視鏡下椎間板摘出術」が行われるようになってきている。
4|投球動作やタックルなどで、肩や肘のケガをすることもある
スポーツによって、肩や肘にケガをすることもある。肩や肘のケガは、投球やタックルを伴うスポーツで発生しやすい。以下、投球障害肩、肩関節脱臼、野球肘(ひじ)についてみていこう。

(1) 投球障害肩
成長期に起こるものと、成人に起こるものがある。いずれも投球時の肩の痛みが主な症状で、投球動作の多い野球やソフトボールの投手に起こりやすい。

成長期に起こるものは、上腕骨の骨端線(骨の成長をつかさどる軟骨層)が損傷する。成人に起こるものは、主に、肩の後方の筋肉の柔軟性が不良となって、肩関節唇(しん)や腱板の損傷といった構造的な変化を伴う。

治療は保存療法が中心となる。競技復帰に向けて、ストレッチや体幹トレーニングなどのアスリハを行っていく。こうしたアスリハは、受傷後だけではなく、予防にも効果があるとされる。

なお、野球肘(後述)とともに、予防策として、成長期には練習日数や全力投球数等を制限することも行われている。2019年11月に、公益財団法人 日本高等学校野球連盟(高野連)は、「1週間で1人の投手が投球できる総数を500球以内とする」などの新しい規則を実施することを決めた25
図表15. 投球数等の制限
 
25 新しい規則は、高野連主催の2020年の選抜大会を含む春季大会から3年間を試行期間として行われ罰則のないガイドラインとされる。このほか、同一の大会で3連戦を回避する日程を設定する(ただし、雨天などで日程変更が生じた場合はやむを得ない)。選手、部員、指導者、保護者が障害の有無に関する情報を共有するため、健康調査票が活用されるよう加盟校に指導する。大会や試合だけでなく、週1日以上の完全休養日を導入するなど過剰な練習をしないよう配慮する。複数の投手を積極的に育成するよう留意し、練習試合などさまざまな機会で複数投手の起用に取り組む。などとされている。


(2) 肩関節脱臼
アメリカンフットボール、ラグビー、レスリングのタックル、野球のヘッドスライディングで受傷することが多いとされる。これらの動作により、上腕骨頭に前方への強い力がかかり、肩関節の関節窩(か)に付着する関節唇靭帯複合体が破綻して脱臼する。

受傷者は、脱臼時は強い痛みのため、反対側の手で肩を支えるような動作をすることが多い。治療法として、通常は、医師や柔道整復師による整復の後、3週間程度の固定を行う。ただし、脱臼は再発することが多く、アスリハや肩のインナーマッスル26の強化によっても、再脱臼を完全に予防することは難しいとされる。過去に脱臼経験が複数回あり、再脱臼の不安がある場合は、関節唇靭帯複合体の修復手術を行うこともある。
 
26 肩甲骨と上腕骨をつなぐ、棘上筋(きょくじょうきん)、棘下筋(きょくかきん)、肩甲下筋、小円筋からなる。肩を安定させる働きをする筋肉で、地味なトレーニングを繰り返すことで強化される。


(3) 野球肘
野球肘とは、野球の投球動作等で肘が痛くなる状態を指す用語で、正式な医学上の病名ではない。野球肘といっても、成長期に起こるものと、成人に起こるものでは、病状が異なる。

成長期には、骨端の成長軟骨に障害が起こる。肘の内側に起こる内側上顆(ないそくじょうか)障害と、外側に起こる上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(OCD27)がある。内側上顆障害は、投球の加速期28に肘内側が痛むもので、徐々に痛みが出現することが多い。一方、OCDは肘外側が痛むが、初期には痛みがなく、痛みが出たときには症状が進行していることが一般的とされる。OCDは、進行するとスポーツのみならず日常生活にも支障が生じる。関節の破壊と変形が進むと、手術でも機能回復が困難とされており、早期発見・早期治療開始が重要となる。野球肘の早期発見のために、少年の野球選手等に対して、野球肘検診が行われている。公益社団法人 日本整形外科学会などが全国の中学生野球選手に対して行った調査によると、肘の痛みを訴える選手は4人に1人以上にのぼり、最も多かった。
図表16. 中学生野球選手の痛みを訴える割合 (発生部位別、重複回答)
成人の場合、野球肘の障害の種類はさまざまとなる。主なものとしては、内側側副靭帯損傷、後方インピンジメント、肘頭(ちゅうとう)疲労骨折、変形性肘関節症、尺骨神経障害などが挙げられる。障害によって、投球時に痛みや症状の生じ方が異なる。内側側副靭帯損傷は、肘の内側の痛み。後方インピンジメントや肘頭疲労骨折は、肘の後方の痛み。変形性肘関節症は、可動域の制限。尺骨神経障害では、小指のしびれが生じるとされる。治療は、基本的に保存療法が行われる。保存療法が効かない場合は、障害に応じた手術が行われることもある29
 
27 OCDは、Osteocondritis Dissecansの略。
28 一連の投球動作のうち、投げる方の肩が最大外旋から加速し、ボールをリリースするまでの段階を指す。
29 たとえば、内側側副靭帯損傷の場合は、内側側副靭帯再建術が行われる。アメリカの整形外科医であったFrank Jobe博士による施術は、多くの野球選手を試合に復帰させたことで知られている。
5|ジャンプ動作などで、膝にケガを負うこともある
スポーツのなかには、ジャンプ、ダッシュ、切り返しなどの動作で、下半身、特に膝に負担がかかるものもある。ここでは、膝前十字靭帯損傷、半月板損傷、ジャンパー膝についてみていこう。

(1) 膝前十字靭帯損傷
膝前十字靭帯は、膝関節の中で、大腿骨と脛骨をつなぐ靭帯で、主に、大腿骨に対して脛骨が前へ移動しないようにすること(前方安定性)と、ひねった方向に対して動きすぎないようにすること(回旋安定性)の、2つの役割を担っている。

膝前十字靭帯損傷は、バスケットボール、サッカー、バレーボール、バドミントンなど、ジャンプの着地や切り返しの動作が多い競技で、受傷しやすい。

受傷時は、症状として、強い痛みと出血による膝関節の腫れが生じることが一般的とされる。急性期を過ぎると、腫れがひいて膝の可動域が改善して日常生活上の不自由はなくなるが、損傷した靭帯の自然治癒は期待しづらいといわれる。この状態で競技に復帰すると、膝の亜脱臼である「膝くずれ」が起こりやすく、半月板損傷が生じることもある。

膝前十字靭帯は、MRI検査やX線検査により診断される。治療には、通常、自分の腱を移植する再建術が行われる30

手術後の競技復帰には、筋力トレーニングやアジリティトレーニングなどのアスリハが必要となる。近年、手術後の復帰率は高まっており、スポーツを断念するケースは少なくなっているとされる。
 
30 移植する腱として、主に、ハムストリング腱や膝蓋腱(しつがいけん)が用いられる。


(2) 半月板損傷
半月板は、膝の内側と外側の両方にあり、膝関節の軟骨を保護している。

半月板損傷は、サッカー、野球、ラグビー、柔道、相撲、バスケットボールなど、さまざまなスポーツで起こりうる。症状として、膝をひねる動作で痛みを感じたり、膝の曲げ伸ばしで引っかかり感を感じることが一般的とされる。損傷した半月板が関節にはさまる「ロッキング」の状態になると、膝を伸ばせなくなる。また、膝前十字靭帯損傷に伴って損傷することもある。さらに、中高齢者で特に外傷を受けていない場合、軟骨がすり減って起こる変形性膝関節症のケースもある。

治療法として、保存療法か手術治療のどちらかが選択される。痛みや引っかかり感が続いたり、ロッキングの症状がある場合は、「半月板部分切除術」や「半月板縫合術」が行われる。半月板部分切除術は、手術後早期にトレーニング可能となることが多い。ただし、半月板は血行が少ないため、通常、再生することは期待できない。このため、大腿四頭筋強化などのアスリハを行わないと、軟骨損傷を起こすことがある。一方、半月板縫合術は、手術後の復帰に数ヵ月程度の時間がかかる。損傷部が癒合すれば、半月板の機能回復が図られる。近年、手術器具や手術技術の革新が進み、半月板縫合術が行われるケースが増えているとされる。


(3) ジャンパー膝
バスケットボール、バレーボール、ハンドボールなど、ジャンプ、ダッシュ、ストップ動作を繰り返すスポーツで発生しやすい。

症状として、膝蓋骨の下に痛みを感じることが一般的である。保存療法による治療が基本とされる。症状がある場合、ランニングなどの運動を一定期間休止して、RICE処置を行う。大腿四頭筋のストレッチや膝蓋骨を動かすといったアスリハを行う。症状が重くなってからでは、復帰に時間がかかるため、早期の治療開始がポイントとされる。また、予防として、大腿四頭筋のタイトネスを防ぐために、膝関節周辺や大腿部のストレッチが重要となる。
6|スポーツでは、足のケガを負うことも多い
走ったり、跳んだりするスポーツでは、足に負担がかかることもある。ここでは、足関節靭帯損傷、アキレス腱断裂についてみていこう。

(1) 足関節靭帯損傷
足関節靭帯損傷は足関節捻挫によって靭帯が損傷することを指す。足関節捻挫は、スポーツ外傷のなかで発生の頻度が高いものとして有名である。足関節周囲にはさまざまな骨や靭帯があり、捻挫によって、多様な骨折や靭帯損傷が起こりうる。足関節が内がえしになる(小指が下になる)内反捻挫と、外がえし(親指が下になる)外反捻挫がある。足関節の捻挫のほとんどは、内反捻挫といわれる。

足関節靭帯損傷は、バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、サッカー、ラグビーなどで受傷頻度が高い。症状は、内反捻挫では足関節の外側に、外反捻挫では内側に痛み、腫れ、発赤を伴うことがある。治療は、RICE処置による保存療法が行われる。従来は、ギブスによる固定での免荷が行われていた。近年は、器具の保護下に一定の加重をかけることが治療の促進によいとされており、足関節装具やテーピングを用いることが増えている。回復後には、捻挫を反復させないために、柔軟性、筋力、バランスなどのトレーニングが、アスリハとして行われる。

(2) アキレス腱断裂
アキレス腱は、腓腹筋とヒラメ筋という2つの筋肉の共同腱であり、人体の中で最大の腱である。アキレス腱断裂は、30~40歳代で発生しやすい。切り返し動作、ダッシュ、ジャンプ動作などで受傷することが多い。テニス、バスケットボール、バレーボール、体操競技、バドミントン、剣道などで起こりやすいとされる。

通常、アキレス腱を断裂すると、踵(きびす)を上げることができず、歩行困難となる31

治療法として、保存療法と手術治療がある。まず受傷した後は、RICE処置を行い、シーネ(幹部を固定するための副木(ふくぼく))を用いて足関節を固定する。保存療法では、足首の関節を足の裏の方向に最大限折り曲げて断端を接触させてギプスで固定する。その後、約2ヵ月間、折り曲げる角度を徐々に減らしつつ固定を続けることにより、アキレス腱は再びつながる。

スポーツ選手が早期復帰を目指す場合には、手術治療が行なわれる。断裂した腱を強固な糸で縫合し、4週間程度ギプスで固定する。その後、荷重歩行を開始して、段階的にリハビリテーションを進める。近年、縫合方法が改良され、手術から2週間程度で荷重歩行を開始するケースもある。さらにその後、アスリハを行って、スポーツ復帰を目指す。従来は復帰までに6ヵ月以上かかることが多かったが、近年、技術の進展もあり、競技の内容やレベルによっては、術後4ヵ月での復帰も可能となっている。

一般に、アキレス腱を断裂した場合、もう片方の脚のアキレス腱も断裂しやすい状態にあるとされる。そこで、その予防が重要となる。予防法として、アキレス腱を伸ばすストレッチが重要である。膝を伸ばして行うと腓腹筋、膝を曲げて行うとヒラメ筋のストレッチとなる。また、傾斜のある台上でストレッチを行う、エキセントリックエクササイズも有効とされる。
 
31 足底筋腱が温存されている場合は、足首の関節を足の裏の方向に折り曲げること(足関節の底屈)が可能となり、歩行できる場合もある。
 

5――運動に伴う病気

5――運動に伴う病気

運動には、ケガだけでなく、さまざまな病気につながるリスクもある。本章では、スポーツと関連が深い病気についてみていく。

1|スポーツ中に突然死が起こることがある (循環器系への影響)
スポーツ活動中の突然死は、循環器系、特に心臓の機能不全から瞬間的に起こることが多い。基礎疾患として、冠動脈硬化、肥大型心筋症、大動脈弁膜症、心筋炎後遺症があると、運動時に、心筋虚血、心筋興奮性増大などを生じ、心室細動や心室停止といった状態に陥り、死に至ることがあるとされる。また、基礎疾患がない場合でも、運動中に、血液凝固性亢進、冠動脈スパズム、電解質・代謝異常を起こし、心室細動や心室停止、ショックとなり、死に至ることがあるといわれる。

スポーツ種目別の突然死の発生状況を危険率でみると、40~59歳では剣道、スキー、登山、60歳以上では、ゴルフ、登山の相対危険率が比較的高いとの結果であった。
図表17-1. スポーツ種目別の危険率 (40~59歳)
図表17-2. スポーツ種目別の危険率 (60歳~)
スポーツによる突然死を予防するために、運動前には心循環器系のメディカルチェックを行うことが重要となる。メディカルチェックのポイントは、無症候性の潜在的な疾患を見つけることとされる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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【スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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