2019年12月25日

スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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5|運動は、精神面のリフレッシュや認知機能の維持増進などにつながる
一般に、運動やスポーツで体を動かすことは、神経活動を活性化させる。つまり、身体的刺激が、脳の活性化を促す。これに加えて、スポーツでは、試合に勝利したり、演技が成功したりして喜ぶことや、負けたり失敗したりして悔しい思いをすることがある。こうした感情の起伏が、認知的刺激として脳の活性化に寄与する。さらに、チームスポーツではメンバー間で交流が生じるなど、さまざまな社会的刺激を受けることもあり、脳の活性化が進むとされる。

トレーニングを行うと、骨格筋が肥大して運動のパフォーマンスが向上する。それとあわせて、脳の海馬が肥大して、記憶力が高まるとされる。海馬は、記憶や学習の働きを担う脳内の部位で、その体積は記憶力と関係している。通常、加齢とともに、海馬の体積は減少していくが、持久運動を行うと、海馬の体積が増加するとされる。このため、運動により、加齢による海馬の萎縮を予防することが可能となる。これは、認知症の予防に役立つとみられている。近年、低強度の軽い運動では脳の活性化が図られる一方、高強度のきつい運動では同様の運動効果が得られないことが判明している11

なお、脳が萎縮して、認知症レベルとなっていても、運動によって「認知予備力」を高めることで、認知機能の低下は抑えることができる。認知予備力とは、ある脳部位が萎縮しても、他の脳部位が代償的に認知機能を補う力を意味する。たとえば、低強度の運動を行うことで、前頭前野の活動が高まり、認知機能が向上する事例が報告されている。
 
11 高強度の運動の場合、過剰なストレスにより、副腎皮質から分泌されるグルココルチコイドというホルモンが海馬の神経細胞を減少させることが一因と考えられている。近年、低強度の運動を行いつつ、間欠的に高強度の運動を行う高強度インターバルトレーニングが注目されており、このトレーニングによっても、海馬機能が向上することが示されつつあるとされている。
 

3――運動に伴う外傷と処置の流れ

3――運動に伴う外傷と処置の流れ

前章でみたように、運動には、さまざまな効用がある。その一方、運動をすることで、ケガをしたり、病気を患ったりするリスクもある。ここでは、運動に伴う外傷とその処置の流れについてみていこう。

1|まず応急処置が行われる
スポーツで、打撲・捻挫などの外傷が生じた場合、まず応急処置が行われる。この応急処置として、安静(Rest)、冷却(Icing)、圧迫(Compression)、挙上(Elevation)からなる「RICE処置」が有名である。RICE処置により、急性炎症期の出血や炎症を抑え、周辺部位への二次損傷の拡大を予防できる。
図表9. RICE処置
2|つづいて創傷処置が行われる
創傷処置として、圧迫止血を行うとともに、傷口の上皮を再生して、創傷の治癒を進める。以前は、創傷を消毒して、ガーゼを当てて乾燥させる処置が行われていた。現在は、この処置では、消毒や乾燥によって生きている細胞を死滅させてしまい、創傷の治癒が遅れるとされている。また、ガーゼが組織の修復に必要な浸出液を吸い取るうえに、剥がす際に傷口に固着して、再生した上皮も一緒に剥がしてしまうおそれがあるとされている。

そこで、近年は、消毒をせず乾燥させずに、吸水性をもつ有機高分子化合物であるハイドロコロイド被覆材等を用いて処置を行う「湿潤療法」が一般的となっている。これにより、創傷からの浸出液がゲル化(半固化)し、湿潤環境で治癒が促進される。湿潤療法により、痛みを少なくしつつ、早く、きれいに傷口を治すことができる。

3|負傷した選手が歩行困難な場合は、担架を用いた搬送が行われる
スポーツ現場で負傷した選手が倒れて歩行が困難な場合は、担架により搬送する。特に、頭頚部を損傷している場合や、意識がない場合には、頚椎保護の必要がある。これらの場合は、頚椎カラーを装着することが推奨される。担架に乗せる際には、搬送チームのリーダーが選手の頭側に位置して、頚部を固定して搬送する。

なお、担架救助ボードに乗せるための方法として、Log Roll法やLift and Slide法が有名である。
図表10. 担架救助ボードに乗せるための方法
4|負傷した選手が心停止と判断される場合は、心肺蘇生が行われる
負傷した選手に反応がなく、呼吸がないかあっても異常な呼吸である場合、あるいはその判断に自信が持てない場合は、心停止と判断する。心停止と判断した場合は、周囲の人に119番通報とAED12の手配を依頼して、胸骨圧迫を開始する。胸骨圧迫は、胸骨の下半分を、1分間に100~120回程度の速さで、胸が5㎝程度沈むよう圧迫13する。AEDが到着したら、すみやかに電源を入れて、負傷者の衣服を脱がせ、パッド表面に記載されている図に従って裸の胸にパッドを装着する。すると、機械が自動的に心電図解析を行う。機械の自動音声の指示に従って、ショックが必要な場合、負傷者に誰も触れていないことを確認のうえ、ショックボタンを押す。その後は、胸骨圧迫を再開して、負傷者が確実に心停止でないと判断できる反応が出現する14か、あるいは救急隊へ引き継ぐまで継続する。
 
12 AED は、Automated External Defibrillator (自動体外式除細動器)の略。AEDは、一般の人でも使用することができる。
13 負傷者が子どもの場合、胸の厚さの1/3の深さの圧迫をする。
14 具体的には、呼びかけに応答する、普段どおりの呼吸や目的のある仕草を行うといった反応を指す。
5|負傷した選手がスポーツに復帰するために、アスリハが行われる
スポーツ外傷やスポーツ障害を負った選手を、スポーツ活動に早く安全に復帰させることを目的としたリハビリテーションは、「アスリハ」(アスレティックリハビリテーション)と呼ばれる。アスリハは、日常生活動作への社会復帰を目的とする「メディカルリハ」(メディカルリハビリテーション)の先にあるもので、再受傷の予防、体力を元に戻すための自己管理、トレーニングなどが含まれる。

アスリハをサポートするための専門家は、スポーツドクター(医師)やスポーツデンティスト(歯科医師)だけではなく、理学療法士、アスレティックトレーナー、柔道整復師、ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ、スキルコーチ、義肢装具士、スポーツ栄養士など多岐に渡る。

アスリハは、受傷の種類、程度に応じて復帰までのステップを設定して、段階的に進めていくことが一般的である。トレーニングのレベルを次のステップに進める場合は、専門家の許可をもらうべきとされる。専門化のアドバイスのもとで、適切な内容のトレーニングを行うことが、競技に復帰するための近道となる。
図表11. スポーツでの負傷から復帰までのステップ

4――運動に伴う傷害

4――運動に伴う傷害

運動には、さまざまな傷害のリスクが伴う。本章では、目にすることの多い傷害を中心に、具体的に、これらを概観していく。

1|運動は、ケガにつながることがある
運動には、さまざまなケガがつきものである。スポーツが原因となった外傷や障害は、「スポーツ外傷」、「スポーツ障害」と呼ばれる。スポーツ外傷は、肩関節脱臼やアキレス腱断裂など、一度の外力で生じるものをいう。一方、スポーツ障害は、疲労骨折や腰椎分離症など、繰り返す負荷で生じるものを指す15

スポーツ外傷やスポーツ障害の種類は多い。また通常、同じ名前の外傷や障害でも、症状、診断、治療、復帰の経過などは、負傷者ごとに異なる。そこで本稿では、スポーツ外傷やスポーツ障害の主なものについて、みていくこととしたい。
図表12. 主なスポーツ外傷・スポーツ障害
 
15 スポーツ外傷、スポーツ障害の診療や、そこからのスポーツ復帰は、スポーツ医学の中心的な取扱い事項とされている。スポーツ医学検定公式テキストをはじめ、スポーツ医学に関する多くの専門書が、外傷・障害の種類ごとに、具体的な症状、診断、治療等を詳細に説明している。


2|頭頚部のケガは、死亡や重篤な後遺症を残す恐れがある
ケガのうち、頭部や頚部に受けるものは、重大な結果につながりかねないため、受傷後の適切な処置が求められる。ここでは、脳振盪(のうしんとう)、急性硬膜下血腫、頚椎・頚髄損傷をみていく。

(1) 脳振盪
選手同士の接触を伴うボクシング、アメリカンフットボール、柔道、ラグビーなどのコンタクトスポーツで発生することが多い。

意識、精神活動、平衡感覚、自覚症状などの幅広い脳機能に障害が出現する。たとえ意識障害がなくても、脳振盪であることがある。

脳振盪の診断の臨床的なガイドラインとして、医師等の専門家向けのSCAT5 16がある。また、一般向けに脳振盪の可能性に気づくためのツールとして、CRT5© 17がある。これらは、2016年にベルリンで行われた「第5回国際スポーツ脳振盪会議」18を経て、2017年春に、「スポーツにおける脳振盪に関する共同声明」として公表されたものだ。CRT5をみると、救急車を呼ぶべき警告症状をはじめ、脳振盪と見てわかる所見、脳振盪の症状などが簡潔にまとめられている。

脳振盪には、繰り返しやすいという特徴がある。また、繰り返すことで重篤化、長期化するとされる。脳振盪を起こした場合、24時間は、誰かがそばについていて異変に対処できるようにしておく。また、競技ごとに脳振盪からの段階的競技復帰プロトコルが定められており、各段階から次の段階に進むためには最低24時間の間隔をおくこととされている。(下記は、ラグビーの例。)
図表13. 段階的競技復帰プロトコル
 
16 SCATは、Sports Concussion Assessment Tool (スポーツ脳振盪評価ツール)の略。ツールのアドレスは、下記のとおり。https://bjsm.bmj.com/content/bjsports/early/2017/04/26/bjsports-2017-097506SCAT5.full.pdf
17 CRTは、Concussion Recognition Tool(脳振盪認識ツール)の略。このツールは、脳振盪の可能性に気づくためのもので、脳振盪と診断するためにデザインされたものではないとされている。ツールのアドレスは、下記のとおり。https://bjsm.bmj.com/content/51/11/872
18 脳神経外傷に関する国際的な専門家会議。2001年のアテネでの第1回会議を皮切りに、近年は、4年に1度、夏季オリンピックの年の秋に開催されている。日本からも日本脳神経外傷学会のスポーツ頭部外傷検討委員会(スポーツ脳神経外傷検討委員会に2017年から名称変更)から代表を派遣し、声明に調印している。


(2) 急性硬膜下血腫
スポーツ外傷の中で、死亡や重篤な後遺症を残す頻度が最も高い。ボクシング、柔道、アメリカンフットボール、ラグビーなどのコンタクトスポーツや、スキー、スノーボードなどで起こりやすい。

脳と硬膜19をつなぐ架橋静脈20が損傷を受けて出血し、それによって生じたゼリー状の血腫が脳を圧迫することで生じる。傷病者は、数分から10分程度で意識障害を起こすため、緊急開頭術を行って血腫を除去する必要がある。

治療により、回復が進んだとしても、一度損傷した脳や頭蓋内血管は脆弱になる可能性があると指摘されており、一般に競技スポーツへの復帰は認められない。近年、外傷性硬膜下血腫による死亡者数(スポーツや運動以外の外傷によるものを含む)は、年間4,000人台で推移しており、半数以上を男性が占めている。
図表14. 外傷性硬膜下血腫による死亡者数
 
19 脳脊髄を包む硬い膜で、脳や脊髄を外傷や感染から守る。脳を包むのが脳硬膜、脊髄を包むのが脊髄硬膜。
20 脳の中を流れていた血液が頭蓋骨の中の太い血管へ戻っていく部分。脳と骨の間を吊り橋のように橋渡ししている血管。


(3) 頚椎・頚髄損傷
頚椎(脊椎骨のうち頭蓋と胸椎の間の部分)が脱臼や骨折を起こすと、頚椎損傷と呼ばれる。一方、頚髄(脊柱管内の神経)が損傷すると、頚髄損傷と呼ばれる。頚髄損傷の多くは、頚椎損傷に伴って生じるが、頚椎損傷のない頚髄損傷もある。

一般に、頚椎損傷では、頚部の痛みや、可動域制限が生じる。頚髄損傷では、損傷した頚髄より下の部位で運動や知覚の麻痺が生じる。場合によっては、四肢麻痺等の重大な後遺症につながることもあり、日常生活への影響も大きい。アメリカンフットボール、ラグビー、柔道、体操競技、スノーボードで、発生のリスクが高いとされる。水泳の飛び込み時にも、入水角度やプールの水深によっては受傷しかねない。

選手が頭頚部の外傷により倒れた場合、頭部か頚椎かの判断は難しく、両方を合併している場合もある。このため、頭頚部を固定して、担架を使って搬送することとなる。頚髄損傷を伴う頚椎脱臼骨折では、早期に手術を行って、頚髄の圧迫を解除する治療が行われる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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