2019年12月25日

スポーツ医学の効用-健康づくりに向けて、どう運動すべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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はじめに

健康なからだをつくり、維持するには、栄養バランスのとれた食事、十分な睡眠とともに、適度な運動が欠かせないとされる。では実際に、運動はどのように健康に効用をもたらすのか。また、運動に伴う傷害や病気のリスクには、どのように対処すればよいのか。
 
本稿では、スポーツや運動と健康の関係について、効用やリスクの観点からみていくこととする。併せて、特殊環境での運動の注意点や、国際大会などで問題となるドーピングについても触れていく。
 
ただし、筆者は医師でもスポーツ医学の専門家でもない。そこで、巻末に挙げた参考文献・資料から筆者自身が学んだ内容をもとに、一般の社会人向けに、普遍的な内容を整理していくこととしたい。

本稿が、スポーツ医学について、読者の関心を高める一助となれば幸いである。
 

1――スポーツ医学とは

1――スポーツ医学とは

まず、スポーツ医学とはどういうものか、その役割からみていくこととしよう。

1|身体活動には、さまざまな運動や生活活動がある
健康なからだをつくり、維持するには、栄養バランスのとれた食事、十分な睡眠とともに、適度な運動が欠かせない。ただ、ひとくちに運動といっても、さまざまなものがある。ウォーキング、ジョギングなどを日課にしている人もいれば、本格的にトレーニングをして競技大会に臨む人もいる。また、身体活動には運動以外にも、労働、家事、通勤・通学など、さまざまな生活活動がある。

厚生労働省は、日本人の健康づくりに必要な身体活動量、運動量、体力の基準を公表している1

この基準においては、それぞれの身体活動が、座位安静時2の何倍のエネルギー消費量に相当するかを示すために「メッツ(metabolic equivalents, METs)」という単位が用いられている。そして、身体活動の基準として、18~64歳については、3メッツ以上の強度の身体活動(歩行又はそれと同等以上)を毎日60分(=23メッツ・時/週)。65歳以上については、強度を問わず、身体活動を毎日40分(=10メッツ・時/週)行う3、などとされている3。身体活動の例は、つぎのように示されている。
図表1. 生活活動ごとのエネルギー消費量
図表2. 運動のエネルギー消費量
スポーツ医学は、これらの身体活動の効用と、傷害や病気のリスクを解き明かす役割を担っている。
 
1 2013年公表の「健康づくりのための身体活動基準 2013」(厚生労働省)を指す。これは、2013~22年度までを実施期間とする「健康日本21(第二次)」の取り組みのなかで、身体活動に関する目標として設定されたもの。
2 酸素消費量で、約3.5mL/kg体重/分に相当。
3 65歳以上については、横になったままや座ったままにならなければ、どんな動きでもよいとされている。
4 18歳未満については、定量的な基準は設定されていない。ただし、参考として、2012年に文部科学省が示した幼児期運動指針(3~6歳の小学校就学前のこどもを対象に、毎日60分以上、楽しく体を動かすことが望ましいなど)が紹介されている。
2|スポーツは、瞬発的種目、持久的種目、混合種目に分けられる
本稿ではスポーツ全般をとりあげる。ただし、ひとくちにスポーツといっても、さまざまなものがある。健康や医学の観点からは、瞬発的種目、持久的種目、それらの混合種目、に分けることがよく行われる。瞬発的種目は、短時間に大量のエネルギーを必要とするもので、無酸素運動が中心となる。陸上競技の短距離や、スピードスケートの短距離などが該当する。一方、持久的種目は、長時間の持続したエネルギー供給が必要となる。マラソンをはじめとした陸上競技の長距離なとが該当する。そして、多くの球技は、無酸素運動と有酸素運動を組み合わせた混合種目となっている。瞬発的種目と持続的種目では、トレーニングの方法や、栄養の摂取法など、さまざまな違いがある。
図表3. スポーツの区分

2――運動の効用

2――運動の効用

運動は健康を維持するための重要な要素とされる。では、運動をすると具体的にどういう効用があるのか。身体の機能ごとに、概観していくこととしよう。

1|運動は、心臓循環機能を向上させる
トレーニングを続けると、「心肥大」(心臓が大きくなり、心臓の壁が厚くなること)となり、拍動で心臓から送り出せる血液の量(心拍出量)が多くなる。このため、安静時の心臓の拍動が緩やかとなり、心臓が拡張するときに血液が充満する時間が長くなるため、脈は強く遅くなる。このような心肥大は「スポーツ心臓」と呼ばれているもので、病的なものではない。ただし、臨床医学的には、突然死(後述)につながりかねない肥大型心筋症などの病的な心肥大との鑑別が重要とされている。

スポーツ心臓には、大きく2つのタイプがある。ウェイトリフティングのように、筋肉は収縮するが体の動きが少ない運動(静的運動)を続けると、心臓(左心室)の壁が肥厚(ひこう)してくる。これは、「求心性肥大」と呼ばれる。求心性肥大では、心筋量が増し、心臓の収縮力が高まる。静的運動中、血圧は上昇する。循環器病の予防効果は、あまり大きくないとされる。

一方、筋肉の収縮と弛緩を繰り返し、リズミカルな体の動きを伴うマラソンのような動的運動を続けると、心臓(左心室)の容量が大きくなる。これは、「遠心性肥大」と呼ばれる。遠心性肥大では、心臓が拡張したときに戻ってきた血液で左心室が十分に満たされ、無理なく多量の血液を全身の組織へ送り出せる。動的運動中は、収縮期血圧(いわゆる「上の血圧」)は上昇するが、拡張期血圧(「下の血圧」)はあまり変わらない。また、心筋に対する負担が、静的運動に比べて少ないという利点もある。
図表4. スポーツ心臓の形態・機能と運動中の変化
なお、スポーツ選手がトレーニングをやめると、数週間から数ヵ月をかけて、徐々に心臓の大きさと心拍数は一般人と同程度に戻っていくとされる。

2|運動は、呼吸機能を向上させる
一般に、運動能力には、酸素摂取や換気の機能が影響している。

ランニングのような持久性トレーニングにより心肥大が進むと、最大心拍出量が増加する。また、心臓から運ばれた酸素が組織で拡散する能力が増大する。これらにより、最大酸素摂取量が増加する。

運動強度に応じて、運動中の換気量がどのように変化するか、みてみよう。運動強度がそれほど高くない場合は、有酸素運動により「好機的解糖」が起こり、多くのエネルギーが生成される5。換気量は、酸素摂取量や二酸化炭素排泄量と比例的に増加していく。

運動強度が高くなり、筋肉内で「嫌気的解糖」が始まると、乳酸が産生されるようになる6。乳酸は、血液中に放出されて、そこで水素イオン(H+)を放出する。水素イオンは、炭酸水素イオン(HCO3-)により中和されて、二酸化炭素と水ができる。こうしてできた二酸化炭素を排泄する必要から、換気量の増加は二酸化炭素排泄量に比例的に増えていくこととなる。

運動強度がさらに高くなると、炭酸水素イオンが消費されつくし、血中の水素イオン指数(pH)が低下する。そうなると、延髄にある呼吸中枢の換気が刺激され、換気量が急激に増加して「過剰換気」の状態となる。やがて換気量は最大に至り、運動を中断することとなる。
図表5. 運動強度の上昇に伴う換気量の変化 (イメージ)
なお、通常、肺活量はトレーニングによって変化することはないとされる。ただし、高齢者の場合、トレーニングにより呼吸筋の収縮力が増大することで、肺活量が増えることがある。
 
5 体内のエネルギー源であるグリコーゲンやグルコースが分解されると、ピルビン酸ができる。酸素が十分に供給されていると、好気的解糖となり、ピルビン酸は、ミトコンドリア内で、アセチルコエンザイムエーに変換される。アセチルコエンザイムエーは、クエン酸回路(代謝経路)で、二酸化炭素にまで分解される。その過程で、多くのエネルギー(アデノシン三リン酸(ATP))が生成される。
6 酸素が不足する状態では、嫌気的解糖となり、ピルビン酸が還元されて乳酸となる。
3|運動は、筋機能を向上させる
一般に、持久性トレーニングを続けると、筋肉の酸素需要は増大する。その需要に適応するため、毛細血管網が発達して、筋肉への酸素供給を有利にするとされる。従来は、低い強度で長時間の運動プログラムを行うことが、毛細血管網の発達につながるとされてきた。最近の報告では、数十秒の全力運動を数分の休息を挟んで複数回反復する「スプリントインターバルトレーニング」によっても、毛細血管網が発達すると指摘されている7

一方、ウェイトトレーニングは、通常、筋肉の肥大を目指して行われる。筋肉の肥大は、筋力を維持増進することにつながる。筋肉を肥大させるためには、身体がもつ恒常性を維持しようとする機能(「ホメオスタシス」と呼ばれる)に基づいて、休息を設けることが必要となる。一般に、トレーニングを行うと、筋肉内のグリコーゲンの費消や、筋肉痛などが起こる。そこで、それらの回復のために休息をとることとなる。グリコーゲンの回復や、筋肉痛の解消には、数日程度の休息が必要とされる。

上手に休息をとることで、以前よりも高い水準までフィットネスレベルを向上させる「超回復」と呼ばれる理想的な効果が得られる。なお、休息に必要な時間には、個人差や性差、年齢差、経験上の差があるとされる。通常、女性やジュニア世代または高齢世代ほど長い休息時間を要するといわれる。
図表6. トレーニングと休息
図表7. 恒常性維持に必要となる休息時間 (生理的反応ごと)
 
7 “Sprint interval and endurance training are equally effective in increasing muscle microvascular density and eNOS content in sedentary males.” Cocks et al. (Journal of Physiology. 641-656, 2013)
8 筋肉内に存在するクレアチンとアデノシン三リン酸(ATP)から、クレアチンリン酸とアデノシン二リン酸(ADP)が生成する反応の媒介をする酵素。エネルギー代謝に関与している。
4|運動は、肥満症を予防したり改善したりする
「肥満」とは組織に脂肪が過剰に蓄積した状態で、通常、体格指数BMI9が25以上のものと定義される。このうち、BMIが35以上の場合には、「高度肥満」と定義されている。

肥満のうち、肥満に起因、関連する健康障害を合併するか、その合併が予測される場合で、医学的に減量を必要とする病態は「肥満症」と定義される。肥満症の診断は、肥満と判定されたうち、そのような減量を要する(減量により改善する、または進展が防止される)健康障害を有する。または、ウエスト周囲長のスクリーニングにより内臓脂肪蓄積を疑われ、腹部CT検査によって確定診断された内臓脂肪型肥満(健康障害を伴いやすい高リスク肥満)。のいずれかの条件を満たすものとされる10
図表8. 肥満度の分類
肥満の予防・改善のためには、有酸素運動と筋力トレーニングが適しているとされる。

有酸素運動はジョギング、速歩き、水泳、サイクリングなどで、ややきついと感じる運動強度がよいとされる。体内の糖や遊離脂肪酸を燃焼させ、持久性の向上や、インスリン感受性(インスリンの分泌や働きは正常であるが、インスリンの作用が十分でない状態)の改善が望めるとされる。

一方、筋力トレーニングでは筋肉量が増大し、基礎代謝の維持を図ることができる。なお、運動開始時や終了時には関節周囲の筋肉のストレッチを十分に行う、足に合ったシューズを使用する、運動を行う環境に注意するなど、関節等にかかる負担を緩和する工夫があわせて必要とされる。
 
9 体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割り算して得た値。
10 「肥満症診療ガイドライン2016」(一般社団法人 日本肥満学会)を参考に、筆者がまとめたもの。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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