2019年12月24日

「小粒」に終わる?次期介護保険制度改正-ケアプラン有料化など見送り、問われる持続可能性確保

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~小粒に終わりそうな介護保険制度改正~

3年に一度の制度改正に向けた社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会の議論が概ね決着した。部会としての意見の大枠が12月16日の会合で固まり、厚生労働省は2020年の通常国会に関連法改正案を提出する予定だ。

ただ、ケアマネジメント(居宅介護支援費)の有料化など、負担増や給付減を伴う制度改正の多くは先送りされ、現時点で想定される制度改正は全て「小粒」に終わりそうだ。本稿は部会における議論や資料などを踏まえつつ、次期介護保険制度改正の内容を考察したい1
 
1 今回の制度改正の論点については、2019年7月5日16日に「介護保険制度が直面する『2つの不足』」というレポート(全2回)を書いており、こちらを参照されたい。
 

2――議論された制度改正の主な内容

2――議論された制度改正の主な内容

1部会で議論された5つの横断的なテーマ
介護保険制度は3年に一回、大きな制度改正を実施してきた経緯があり、今回は2021年度改正に向けて、今年2月から部会の議論が本格化した。その際、厚生労働省は表1の横断的な「検討事項」として、(1)介護予防・健康づくりの推進、(2)保険者機能の強化、(3)地域包括ケアシステムの推進、(4)認知症「共生」「予防」の推進、(5)持続可能な制度の再構築、介護現場の革新――の5つを提示していた。

この中で、給付カットあるいは負担増を伴う具体的な施策として、注目されていたのは「要介護1~2向け給付の見直し」「ケアマネジメントの有料化」だった。この2つを中心に、以下では16日の介護保険部会で示された「介護保険制度の見直しに関する意見(素案)」(以下、意見案)や過去の資料、メディアの報道などを通じて、制度改正論議を簡単に総括する。
表1:介護保険部会で論じられた5つの横断的な検討事項
2要介護1~2の給付を巡る見直し論議
1つ目は要介護認定を受けている人のうち、比較的軽い人(要介護1~2)の生活援助を「介護予防・日常生活支援総合事業」(以下、総合事業)に移管させる案だった。総合事業とは、軽度な要支援者(要支援1~2)向け訪問介護と通所介護を介護保険給付から切り離すとともに、要支援・要介護認定を受けていない人を対象とした介護予防事業と統合した制度。市町村の裁量で報酬や基準を決められるようにしており、厚生労働省は住民やボランティアなど多様な「担い手」の参画に期待しているが、報酬の引き下げや人員基準の緩和などを通じて、給付削減の思惑も秘められている。

だが、市町村は要支援1~2の人について、2017年4月までに総合事業への移管を義務付けられたにもかかわらず、「担い手」の裾野は拡大していない。例えば、総合事業のうち、高齢者が日中に通う「通所型サービス」の事業所数を見ると、従来の介護予防給付の基準を緩和した類型が65.5%を占める一方、住民主体の新しい類型は11.7%にとどまっている2。つまり、総合事業で創設されたサービス類型の実施個所は少なく、制度改正前からの事業所が移行しているに過ぎない。このため、部会でも一層の見直しについて「無理に移行しても効果的・効率的な取り組みを期待しにくい」といった慎重論が多かった3
 
2 NTTデータ経営研究所(2019)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業」(2018年度老人保健健康増進等事業)。
3 2019年11月11日『週刊社会保障』。
3ケアマネジメントの有料化を巡る論議
第2に、ケアプラン(介護サービス計画)の作成費を含むケアマネジメントの有料化である4。ケアマネジメントは「利用者に費用負担の対価であるという認識を持ってもらうには時間を要するのではないか」という配慮5の下、制度創設から約20年間、必要経費を全て保険給付で賄ってきた。

こうした中、今回の制度改正に際しては、財務省が有料化を強く要望したが、与党内で「自己負担が生じると低所得者が利用を控える恐れがある」「ケアプランを作成するケアマネジャー(介護支援専門員)に対して利用者が強く迫るようになり、過剰なサービス利用に繋がる」といった慎重な意見が示された6ほか、部会でも「利用控えが危惧される」といった声が出た7ことで、結局は見送られた。
 
4 ケアマネジメント有料化は2019年9月6日の拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」を参照。
5 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p241。
6 2019年11月19日『共同通信』配信記事。
7 2019年12月16日『週刊社会保障』。
4自己負担の増加、「通いの場」の拡充など、そのほかの内容
2~3割負担を求めている現役並み所得高齢者の対象者を拡大する案も浮上した。介護保険は元々、所得水準に関係なく、一律1割負担を求めてきたが、2012年8月に2割負担、2015年8月に3割負担を導入し、現役並み所得(1人暮らし高齢者の場合、2割負担は約280万円以上、3割負担は約340万円以上)を有する高齢者には重い負担を求めるようになった。今回の制度改正では、収入を定める基準を引き下げることで、2割負担の対象者を拡大する選択肢が議論されたが、高齢者の生活に影響を与えるとの判断で見送られた8。首相官邸の「全世代型社会保障検討会議」が高齢者医療費の自己負担拡大を決めたことで、「医療、介護双方の負担増は難しい」との判断が働いたとの見方もある9

このほか、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」が重視された。通いの場とは、要支援認定を受けた高齢者や要介護認定を受けていない高齢者などを対象に、住民など多様な主体が健康づくりなどに取り組む場10を指しており、要介護高齢者が増えないようにするのが目的。2019年12月16日の部会で示された意見案では、要介護・要支援認定を受けていない高齢者を対象に介護予防を実施する「一般介護予防事業」の強化を含め、市町村が地域づくりに取り組む重要性に言及している11
 
8 2019年12月13日『共同通信』配信記事。
9 2019年12月20日『朝日新聞』。
10 「通いの場」の定義は(1)体操や趣味活動などを行い、介護予防に資すると市町村が判断、(2)運営主体が住民、(3)市町村が財政支援を行っているものに限らない、(4)月1回以上の活動実績がある――とされている。
11 ここでは詳しく述べないが、安倍晋三首相は市町村に対する交付金を倍増させることで、「通いの場」を拡充する方針を示しており、2020年度予算案では従来の「保険者機能化推進交付金」と併せて、交付金の規模は400億円に倍増した。
5負担増を伴う2つの制度改正
一方、負担増を伴う制度改正として、第1に「補足給付」の見直しが盛り込まれた。補足給付とは、特別養護老人ホームなどに入居する高齢者のうち、所得が低い非課税世帯の食費などを支援する制度であり、一定の資産(単身では1,000万円超の預貯金)を持つ高齢者などが支援対象から除外されている。今回の制度改正では120万円超の年金収入を受け取っている高齢者は月2万2,000円の負担を求める。

第2に、介護保険のサービス利用に際して、利用者の自己負担に上限を設ける「高額介護サービス費」も見直す。現在は原則として月4万4,400円だが、年収約770万円以上の世帯は9万3,000円、約1,160万円以上の世帯は14万100円に引き上げることで、所得の高い高齢者の負担を増やす。
6制度改正の総括
以上のような内容を踏まえると、給付減や負担増を伴う制度改正については、全く手を付けられなかったか、微修正にとどまったと言える。誤解を恐れずに言えば、極めて「小粒」の内容となる見通しだ。その分だけ「通いの場」の充実を含めた「地域づくり」が前面に掲げられており、意見案は冒頭、地域づくりに相当な紙幅を割いている。
 

3――厳しさを増す介護保険制度に与えるインパクトの小ささ

3――厳しさを増す介護保険制度に与えるインパクトの小ささ~「2つの不足」にどう対処するのか~

だが、今回の制度改正によるインパクトが余りにも小さいため、厳しさを増す介護保険を巡る環境に対応できるとは考えにくい。

具体的には、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年に向けて、介護保険制度は「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」に直面していると考えられる。このうち、前者に関しては、自己負担を含む総費用が制度創設時の3倍に相当する約10兆円にまで増加し、65歳以上高齢者の基礎年金から天引きされる保険料の全国平均は月額5,819円となっている12。一方、基礎年金の平均支給額は約5万円であることを踏まえると、これ以上の大幅な引き上げは困難になっており、財政が逼迫している。後者の「介護現場における労働力の不足」については、生産年齢人口の減少を受けて、2025年に向けて約55万人の介護従事者が不足する点を意味しており、いずれも介護保険の将来を語る上で欠かせない要素である。

こうした中、本来であれば給付削減や財源確保などの方策を考えなければならなかったが、今回の制度改正は「小粒」に終わる見通しだ。つまり、「2つの不足」に直面する介護保険制度の改革としては、余りにもインパクトが小さかったと言える。
 
12 ただし、所得や居住地で保険料の水準は異なる。
 

4――社会保険方式の原則~介護保険と地域づくりの関係~

4――社会保険方式の原則~介護保険と地域づくりの関係~

さらに、社会保険方式の原則と地域づくりの整合性も認識する必要がある。社会保険方式は本来、保険料を主な財源としつつ、国民で費用を拠出し合うことで、生活上のリスクに備えるシステムである。その際、国民は何らかの反対給付を前提に保険料を支払っており、介護保険の場合、加齢に伴う要介護状態のリスクを社会全体でシェアするため、40歳以上の国民が保険料を支払っている13

これに対し、意見案は「介護予防」という目的の下、介護保険料を「通いの場」を含めた地域づくりに充当するとしているが、これは保険料を本来の目的ではない分野に流用することを意味する。筆者自身、「通いの場」の充実を含めて、住民主体の地域づくりは重要なテーマと考えているものの、こうした保険料の使い方は社会保険方式の逸脱に映る。

もちろん、「予防の強化を通じて保険給付が抑制されれば、保険料の上昇も抑えられ、被保険者は反射的な利益を受けられる」といった説明は可能かもしれない。しかし、少なくとも意見案を見ても、社会保険方式の原則に立ち返るような議論は見受けられない。こうした運用が一層、拡大すれば、強制加入の下、保険料の負担を国民に求めている根拠が揺らぐことになりかねない。
 
13 介護保険の場合、保険料と国・自治体の税財源で費用を折半する仕組みとなっており、保険料の部分では40歳以上64歳未満が27%、65歳以上が23%を支払っている。
 

5――おわりに

5――おわりに

今後、2021年4月の介護報酬改定に向けて、社会保障審議会介護給付費分科会の議論が本格化する。前回の改定14を踏まえると、介護予防の強化や生活援助の抑制などが論点になる見通しだ。

一方、介護保険制度改正に関する議論は国会に移る。だが、先に触れた「2つの不足」に代表される厳しい環境の下、制度創設から20年を経た介護保険制度は曲がり角を迎えており、持続可能性の確保に向けた突っ込んだ議論が欠かせない。具体的には、介護保険の財政構造は比較的シンプルであり、国民に選択肢を示しやすいため、例えば軽度者の給付抑制や自己負担増の増加などを通じて給付範囲を小さくするか、それを避けるシナリオとして税や保険料の引き上げを求めるといった選択肢を示す必要がある。

そして、こうした将来の選択肢を国民に提示するのは本来、政治の仕事である。法案審議に際しては、「小粒」に終わりそうな今回の制度改正にとどまらず、与野党による活発な論戦に期待したい。
 
14 2018年4月の改定内容については、拙稿2018年5月14日「2018年度介護報酬改定を読み解く」を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2019年12月24日「保険・年金フォーカス」)

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【「小粒」に終わる?次期介護保険制度改正-ケアプラン有料化など見送り、問われる持続可能性確保】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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