2019年12月12日

EUのデジタルプラットフォーマー規則

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

政府・自民党は11月12日に巨大IT企業による市場独占の規制策を検討するため、「GAFA」と呼ばれる米企業からヒアリングを行った1。最近、流行語のように聞くGAFAとは、Google、Apple、Facebook、Amazonの4社を指す言葉である。これら企業はいわゆるデジタルプラットフォーマーとして、世界の時価総額の上位を占める巨大な企業群である。さらに中国系ではBATと呼ばれるBaidu、Alibaba、Tencentが有名である。

デジタルプラットフォーマーという言葉は、なかなか頭に入って来にくい言葉である。簡単に言えば、人と人、あるいは人と企業(団体)等を結びつける場所をインターネット上で提供するものである。現実世界でのショッピングモールや、バザールを開く公園などの「場所」をバーチャルに提供する企業としてイメージするのでも良い。

これらプラットフォーム企業は当初、取引の「場所」を提供するだけであり、規制は必要ないものと考えられてきた。しかし、プラットフォーム企業が巨大化し、また個人データや取引情報を獲得・蓄積・分析することにより、市場での競争を左右できる地位を持つようになった。

この点につき筆者の経験した卑近な例を挙げれば、スマホのカレンダーに、ある飲食店名を入力したら、そこには2年前に行ったことがあり、特定のルートで会社から出て家まで帰ったという表示が出て、びっくりしたことがある。自宅情報は何かのきっかけで入力したかもしれないが、会社の住所は位置情報から分析されて特定されていたものと思われる。このこと自体の是非は別として、住所と職場の場所が分かり、複数回訪れた飲食店が分かるような情報の蓄積は、事業者にとってはマーケティング上、非常に有用であろう。逆に言えば、プラットフォームを利用する事業者にとっては、仮にプラットフォーム企業により排除され、「場所」や「情報」にアクセスができなくなることで、その事業の継続に支障を来たしうるとも言えるであろう。

そこでプラットフォーム企業の独占的な地位に照らし、あるいはプラットフォーム企業の持つ経済的な力に起因する不公正な行為を規制するという検討が開始されている2。また、個人情報の取扱につき、検討を加える必要性が認識されている3

政府はまず、このようなプラットフォーム企業と事業者間の取引について透明化を図る法律を設ける方向とのことである4。本稿では、この点で参考となるEUのデジタルプラットフォーマー規則について紹介することとしたい。なお、理解の平易化の観点から、条文は必ずしも逐語訳ではなく、また全条文を紹介するわけではない点に留意していただきたい。
 
1 日経新聞2019年11月13日付朝刊
2 公正取引員会「デジタルプラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」https://www.jftc.go.jp/soshiki/kyotsukoukai/kenkyukai/platform/index.html
3 独占禁止法と個人情報の関係について公正取引員会の調査が行われた。https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/aug/190829_dpfpc.html
4 西村経済再生担当大臣記者会見https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai33/interview.html
 

2――公布されたEU規則

2――公布されたEU規則

1経緯
EUにおけるデジタル単一市場に関する取組は2015年に始まる。特に、2015年6月5日の欧州委員会5の「ヨーロッパに向けたデジタル単一市場戦略」という報告6では、デジタル単一市場を目指すという方向性がうたわれている。その中では、商取引ルール、物品の輸送、ジオブロッキング(地域分割)の防止、著作権、付加価値税の統一など、市場統一を阻害する条件の調和を目指すとされている。また、デジタルプラットフォームはイノベーションを促進するものとしつつ、規制上の課題も生じさせるとしている。

その後、2017年10月5日の「すべての人のための接続されたデジタル単一市場」中間報告7では、プラットフォーム企業がインターネットのゲートキーパーとして中小事業者に市場機会を創出するものと評価した。そのうえで、プラットフォーム企業が一方的に事業者の製品・サービスを排除したり、自分の商品・サービスと競合する商品・サービスを不利益に扱ったり、ランク付けや検索結果に関する透明性が欠如していたりする問題があるとする。そして、これらの問題に関する対策をどうするかについての作業を2017年末までに完了するとした。
 
5 欧州委員会はEUの政策執行機関。EU議会に対する法案提出権を有している。
6 Com(2015)192final https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52015DC0192&from=EN
7 Com(2017)228final https://ec.europa.eu/transparency/regdoc/rep/1/2017/EN/COM-2017-228-F1-EN-MAIN-PART-1.PDF
2オンライン仲介サービスのビジネスユーザーへの公平性・透明性促進規則
上記の流れを受け、欧州委員会は2018年4月に「オンライン仲介サービスのビジネスユーザーにとっての公平性と透明性の促進について」とする規則案を公表した。その後、欧州議会とEU理事会の裁決を経て、2019年7月に規則(以下、当規則という)として公布された8。当規則は2020年7月12日から施行される(第19条第2項)。  

3――EU規則の概要

3――EU規則の概要

1適用範囲
当規則は「オンライン仲介サービス」と「オンライン検索エンジン」に適用される(第1条第2項)。オンライン仲介サービスとは、たとえばアマゾンやヤフーショッピング、楽天市場など、情報化社会のサービス9に該当するもので、事業者(business user)と消費者との間の直接取引を促進するものとして、オンライン仲介サービス企業(provider of online intermediation services)と事業者との間の契約に基づいて行われるものを指す(第2条(2)、図表1)。事業者は業として取引を行う者とされており、家にある不用品を売るだけの個人は含まれない。したがって、事業者に該当しない個人間の取引だけを仲介するオンライン仲介サービス企業は規制対象外となる。
(図表1)オンライン仲介サービス企業と事業者との間の契約
またオンライン検索エンジンとは、グーグル検索など、利用者が検索することによりすべてのウェブサイトを検索し、検索結果を表示する電子的なサービスをいう(第2条(5)、図表2)。オンライン検索エンジンの場合は、ウェブ開設者とオンライン検索エンジン企業(provider of online search engine)との間の契約関係は求められない。
(図表2)オンライン検索エンジンとの契約
インターネットは国境を越えるものであるため、適用範囲が問題となる。当規則が適用されるのは①オンライン仲介サービスおよびオンライン検索エンジンがEU内で施設(establishment)あるいは住所を持つ場合、および②EU内の消費者に物品やサービスが提供される場合である(第1条第2項)。仮に、オンライン仲介サービス企業やオンライン検索エンジン企業がEU内になんらの施設を持っていなくとも、EU内の消費者向けサービスを行う場合は規則に従う必要がある(図表3)。
(図表3)EU内の消費者向けサービスを行う場合は規則に従う
 
9 通常、遠隔地で、データの処理(デジタル圧縮を含む)および保存用の電子機器を使用して、サービスの受信者の個別の要求に応じて提供されるサービス(Directive(EU)2015/1535)。
2オンライン仲介サービス事業者の契約条項に設けるべき条項
当規則ではまず、オンライン仲介サービス企業と事業者の間の契約条項について規律が設けられている。オンライン仲介サービス企業が契約条項を一方的に作成することが通例であるが、まずは1)平易で分かりやすい言葉で書かれ、2)事業者が容易に入手できるものでなければならないとされる。1)2)は当然のことを規定しているに過ぎない。

次に、3)オンライン仲介サービスの利用停止や解除を行うこととなる理由を定めなければならない。4)事業者が提供しようとする商品・サービスを、オンライン仲介サービスが別の流通チャネルに乗せる可能性がある場合はそのことの情報を含まなければならない。また、5)事業者の知的財産権の所有およびコントロールに関する契約条件の効果に関する一般的な情報を含まなければならない(以上、第3条第1項)。

3)については事業者のビジネスの予見可能性を高めるために記載が求められる(前文(15))。これは、オンライン仲介サービスは特に中小企業にとって重要であり、かつ依存の度合いが高いと考えてられていることから(前文(2))、オンライン仲介サービス企業がサービスを利用停止・解除するに当たって透明性および正当性が求められるためである。4)は、事業者の商品サービスが、どこで販売されるかについて事業者に認識させるというものである。5)についてだが、知的財産権の帰属や取扱はデータ社会において競争法(独占禁止法)上の問題を生ずる可能性のある重要課題である。ただ、当規則では、事業者のロゴや商標と言った比較的単純なものの取扱だけを想定しているようである(前文(17))。

契約条項の変更を行う場合の通知は、その効力発生まで変更内容に応じた合理的な期間を設けなければならないとされており、かつ最低でも15日前に行わなければならない(第3条第2項)。これらの規律に反する契約条項や条項の変更行為は無効となる(第3条第3項)。
3オンライン仲介サービス企業による事業者へのサービスの制限、停止、解除
中小企業がオンライン仲介サービスで事業を行っている場合、オンライン仲介サービスを利用できなくなることはその事業に関して悪影響を及ぼす。そこで、第4条ではオンライン仲介サービス企業がサービスを一部または全部停止、解除することにあたって手続的規制を設けている。

オンライン仲介サービス企業が、事業者の個別の商品や個別のサービスについて利用を制限または停止することを決定した場合には、事前に決定の理由の説明書を、耐久性のある媒体(durable medium)でその事業者に通知しなければならない(第4条第1項)。事業者の利用そのものを解除することを決定した場合には同様の方法により、最低でも30日以上前に通知をしなければならない(第4条第2項)。なお、利用を解除することが法律上・規制上の義務である場合には30日前の通知を行うことを要しない(第4条第4項)。通知を要しないケースとしては、違法または不適切な内容である場合、詐欺やスパム、あるいはサイバーセキュリティ上の問題がある場合などが考えられている(前文(23))。

利用の制限、停止または利用解除する場合には、後述の第11条に定める内部苦情処理手続で事実と状況を明らかにするための機会を事業者に与えなければならない(第4条第3項)。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

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