2019年12月09日

米国経済の見通し-成長率は緩やかに低下も景気後退は回避へ

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)7‐9月期の成長率は前期並みの伸び
米国の7-9月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率+2.1%(前期:+2.0%)と前期並みの伸びとなった(図表1、図表4)。

需要項目別では、民間設備投資が前期比年率▲2.7%(前期:▲1.0%)となり、前期からマイナス幅が拡大した。これは通商政策の不透明感を背景に製造業を中心に企業が設備投資を抑制した影響とみられる。また、政府支出は+1.6%(前期:+4.8%)と前期から伸びが鈍化した。

一方、住宅投資は+5.1%(前期:▲3.0%)と7期ぶりにプラス成長に転じた。これは住宅ローン金利が低下した影響が大きい。さらに、前期に大幅な成長押下げとなった在庫投資と外需の成長率寄与度がそれぞれ、+0.17%ポイント(前期:▲0.91%ポイント)、▲0.11%ポイント(前期:▲0.69%ポイント)となり、在庫投資が成長押上げ、外需が成長押下げと違いはあるものの、いずれも前期に比べて成長率への影響は限定的となった。

一方、個人消費は、前期比年率+2.9%(前期:+4.6%)と、高い伸びとなった前期の反動もあって前期から伸びは鈍化したものの、依然として堅調な消費が持続していることを示す結果となった。

また、個人消費は10月以降も堅調を維持していそうだ。労働市場は回復基調が持続しているほか、夏場に急落した消費者センチメントも株価が史上最高値を更新する中で回復しており、個人消費を取り巻く環境は引き続き良好となっている(図表2)。

そんな中、米国では11月下旬の感謝祭を終えて、個人消費にとって最も重要な年末商戦が本格化している。全米小売業協会(NRF)は今年の年末商戦の売上高予想を前年比+3.8%から+4.2%としている(図表3)。これは18年の+2.1%を大幅に上回るほか、過去5年平均の+3.7%も上回る水準であり、好調な年末商戦が見込まれている。実際に、今年の感謝祭翌日のブラックフライデーのオンライン販売が74億ドルと前年比で2割を超える増加と、過去最高になったことが報告1されており、年末商戦は幸先の良いスタートとなっている。
(図表2)消費者センチメントおよび米株価指数/(図表3)年末商戦売上高および前年比増加率
(経済見通し)成長率は19年の前年比+2.3%から20年、21年は+1.9%に低下
20年までの経済見通しについては、前回予想(9月)時点からほとんど変更はない。当研究所では、引き続き米経済や金融政策がトランプ大統領の米中をはじめとする通商政策の動向に大きく左右されると考えている。当研究所は今回の見通しでも、通商政策について対中政策は年内に部分合意し、12月15日に予定されている対中関税第4弾は見送り、来年以降は対中関税の段階的な見直しを前提とした。また、安全保障を理由とした輸入自動車に対する25%の追加関税についても実施されないことを前提とした。

この前提の下で、当研究所は個人消費主導の景気拡大が持続し、実質GDP成長率(前年比)は19年に+2.3%、20年に+1.9%と予想する(図表4)。これらの成長率見通しは前回予想(9月)時点から変更はない。

設備投資は、通商政策の不透明感から当面は低調な伸びに留まるものの、対中関税の段階的な見直しに伴い20年の春先以降は回復に向うと予想する。一方、住宅投資は住宅ローン金利の低下もあって20年にかけて回復基調が続こう。

政府支出は、2019年超党派予算法により、20年度と21年度における裁量的経費の歳出上限額が財政拡張的であった19年度の水準に維持されることから、20年にかけてプラスの伸びを維持すると予想する。

外需は、トランプ大統領の通商政策による貿易赤字削減の実効性は低く、20年も成長率のマイナス寄与が持続すると予想する。
 
物価は、主にエネルギー価格の物価押下げにより、消費者物価の総合指数(前年比)は、19年が+1.8%と18年の+2.4%から低下を見込む。また、20年はエネルギー価格の物価への影響が限定的となることから、+2.2%へ緩やかな上昇に転じよう。
 
金融政策は、米景気後退が回避されるほか、20年にかけて緩やかなインフレ上昇を見込むことから、当面の追加利下げは想定しておらず、20年にかけて政策金利の据え置きを予想する。もっとも、通商政策で追加関税を多用する保護主義的な通商政策が強まる場合には、米景気の下振れリスクが高まり、追加緩和の可能性は高まろう。
 
長期金利は、20年末にかけてインフレが小幅に上昇する一方、政策金利が据え置かれることから、足元(1.8%台前半)から上昇を予想するものの、20年を通じて2.0%近辺での推移と上昇幅は限定的に留まろう。
 
一方、今回追加した21年の経済見通しでは、20年の大統領選挙でトランプ氏が再選され、現行の経済政策が継続することを前提とした。この前提の下で、21年にかけても消費主導の景気回復が持続することを予想する。もっとも、雇用増加ペースの鈍化を背景にした雇用者報酬の伸び鈍化に伴い、個人消費は20年から鈍化が見込まれる。

民間設備投資は、通商政策の不透明感が解消されることで、21年は20年から伸びの加速を予想した。住宅投資は、長期金利の上昇に伴い、21年後半から再びマイナス成長に転じることを見込む。政府支出は22年度も前年度並みの歳出水準が維持されることを前提に、21年末にかけても小幅なプラスを維持すると予想する。最後に、外需は成長押下げが持続しよう。

金融政策は、景気回復が持続するほか、インフレ下振れ懸念の後退もあって、21年には19年に実施した予防的利下げの解除に着手し、年2回の政策金利引き上げを予想する。長期金利も政策金利の引き上げに伴い21年末に2.8%まで上昇しよう。

これらの結果、個人消費の伸び鈍化や政策金利の引き上げなどの成長押下げ要因はあるものの、民間設備投資が回復することもあって、成長率は20年並みの前年比+1.9%を維持すると予想する(図表4)。
(図表4)米国経済の見通し
上記見通しに対するリスクは、前回予想時点に続き、欧州や中国経済の大幅な下振れに加え、米国内政治である。米国内政治では、当研究所の予想に反して米中通商交渉が決裂し、12月以降に追加関税が実施される場合には設備投資の回復が遅れるほか、消費財に対する関税賦課により好調な個人消費にも悪影響を及ぼそう。
(図表5)全米支持率の差異(民主党候補者-トランプ支持率) また、20年の大統領選挙の結果次第では経済政策の大幅な軌道修正などから、米経済の下振れリスクが高まろう。現在、民主党の大統領候補者指名争いが本格化しており、前副大統領のバイデン氏、上院議員のサンダース氏、ウォーレン氏、インディアナ州サウスベンド市長のブティジェッジ氏が優位に立っている。また、これらの候補者はトランプ氏に対する支持率でもトランプ氏を上回っている(図表5)。

もっとも、民主党の候補者選びは盛り上がりに欠けているほか、トランプ大統領のウクライナゲートに絡む弾劾の支持率は高まっておらず、世論調査によってはトランプ大統領の支持率が民主党候補者を上回る状況となっているため、20年の大統領選挙は民主党の候補者指名を含め依然予断を許さない状況と言えよう。

仮にトランプ氏が敗れ、民主党から大統領が選出される場合には、トランプ大統領に比べて政策の予見可能性が高まることが期待される。しかしながら、民主党の大統領によって、減税や規制緩和政策が軌道修正されるほか、メディケア・フォー・オールの導入に伴う大型増税や連邦政府債務の大幅な増加リスクが意識される場合には、米経済の下振れリスクとなろう。
 

2.実体経済の動向

2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)労働市場は回復持続もモメンタムは低下、雇用報酬の伸びは鈍化へ
非農業部門雇用者数(対前月増減)は、10年10月から19年11月まで統計開始以来最長となる110ヵ月連続で増加している(図表6)。19年通年の月間平均雇用増加ペースは、18.0万人増と堅調な伸びを維持しているものの、18年の22.3万人増からは低下した。労働市場の回復が長期化しており、今後も雇用増加ペースは緩やかに鈍化することが見込まれる。

一方、失業率は3.5%とおよそ50年ぶりの低水準を維持しており、労働需給が逼迫していることを示している。労働需給は今後も逼迫した状況が持続するとみられるものの、失業率は来年以降、小幅ながら上昇に転じることが見込まれる。

実際に、企業の採用計画は大企業、中小企業ともに採用意欲は依然として強いものの、18年後半以降は大企業、中小企業ともに採用増加見通しにはピークアウトがみられる(図表7)。
(図表6)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表7)大企業、中小企業の採用計画
(図表8)米国雇用者報酬伸び率 また、雇用者数と賃金を加味した雇用者報酬の伸び(前年同月比)は、19年1月の+6.2%をピークに足元は+4.6%に低下した(図表8)。これは、同時期に賃金の伸びが+4.0%から+3.2%に低下したほか、雇用者数の伸びが+2.2%から+1.4%に低下したためだ。

米国では、失業率を維持するのに必要な月間雇用増加ペースは10万人増程度とみられており、失業率が上昇する局面では雇用者数の伸びは+1%を下回る水準への低下が見込まれる。このため、賃金は労働市場の逼迫を背景に伸びの再加速が見込まれるものの、雇用者数の伸び鈍化は今後も続く可能性が高い。この結果、個人消費の原資となる雇用報酬の伸びは賃金が年初のピーク水準まで回復したとしても、雇用の伸び鈍化により、今後も18年後半を下回る可能性が高い。

このため、個人消費は今後も増加基調が持続するものの、個人消費の伸びは緩やかに鈍化することが見込まれる。当研究所では個人消費の伸びが18年の+3.0%から21年には+2.2%に低下すると予想している。
(設備投資)当面は軟調も、通商政策の不透明感の払拭に伴い設備投資は回復へ
GDPにおける民間設備投資は19年7-9月期に2期連続のマイナス成長となった。また、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、10月が▲1.6%(前月:+0.1%)とマイナスになっており、10月以降も設備投資は軟調とみられる(図表9)。

一方、全米製造業協会(NAM)の製造業センチメントは、19年7-9月期が45.2と好不況の境となる50を下回った(図表10)。同センチメントが50割れとなるのは16年7-9月期以来である。さらに、今後1年間の設備投資計画も18年4-6月期の+4.1%から19年7-9月期は+1.1%に大幅に下方修正された。NAMは、景況感や設備投資計画が悪化している要因として、海外の需要減少に加えて、通商政策の不透明感が大きいと指摘している。このため、製造業を中心にトランプ大統領の通商政策が企業景況感や設備投資の重石となっている可能性が高い。

もっとも、米中通商交渉では年内に部分合意する可能性が高くなっており、当研究所の想定通り、来年以降に対中関税が段階的に撤廃される局面では、製造業を中心に設備投資が回復する可能性は高まろう。
(図表9)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表10)製造業センチメント、設備投資計画(NAM調査)
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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