2019年12月04日

インド経済の見通し~19年度後半は景気底入れも、内外需の停滞で低成長が継続、20年度は農村部の需要回復で景気上向きへ(2019年度+5.2%、2020年度+6.3%)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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経済概況:投資減速で2013年以来の低成長

(図表1)インドの実質GDP成長率(需要側) 2019年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比4.5%増(2019年4-6月期:同5.0%増)と、6期連続で減速し、2013年以来の低成長を記録した(図表1)。インド経済は昨年まで概ね7%程度の高成長が続いていたが、19年に入ると消費が変調、企業は投資を抑制するようになった。8-9月には政府が景気刺激策を打ち出したものの、景気の減速を食い止めるには至らなかった。
(図表2)自動車販売台数 7-9月期の実質GDPを需要項目別に見ると、主に投資の減速が成長率低下に繋がった。
(図表3)失業率の推移 まずGDPの約6割を占める民間消費は同5.1%増(前期:同3.1%増)と上昇したものの、昨年の+7%台半ばの伸びを下回り、伸び悩んでいる。昨年8月下旬に起こったインフラ開発・金融大手IL&FS社のデフォルト以来、流動性が収縮していたノンバンク金融会社(NBFC)1の貸し渋りが起きているほか、自賠責保険の加入期間の延長(18年9月)と保険料の値上げ(19年6月)が加わり、自動車やバイクなどの耐久消費財を中心に消費が落ち込んでいる(図表2)。また製造業や建設業を中心とする雇用環境の悪化や豪雨などの天候不良を背景に今年のカリフ作の穀物生産量が前年比微減となって農村の所得環境が悪化したことも消費の伸び悩みに繋がったものとみられる。CMIEによると、7-9月の失業率は7.9%と都市部を中心に高止まりしていた(図表3)。
(図表4)連邦政府の歳出の推移 また投資は同1.0%増(前期:同4.0%増)と再び減速した。国内外の経済環境の悪化やノンバンク金融会社の流動性収縮などを背景に、製造業の設備投資や建設事業が停滞した。一方、連邦政府の資本支出は前年比64.6%増と大幅増となった(図表4)。景気下支えに向けて予算執行が加速し、公共投資は民間投資の落ち込みを下支えたものとみられる。

同様に、政府消費は同15.6%増(前期:同8.8%増)の二桁増に加速し、7-9月期のGDPを押し上げた。

純輸出については、輸出・輸入ともに昨年の二桁成長から落ち込んだ。まず輸出は同0.4%減(前期:同5.7%増)となり、世界経済の減速や米中貿易戦争を背景に急速に鈍化してマイナス圏に転じた。また輸入は同6.9%減(前期:同4.2%増)となり、輸出悪化と国内需要の鈍化を受けて輸出を上回る減少幅となった。結果として、純輸出の成長率寄与度は+1.8%ポイント(前期:+0.1%ポイント)と改善した。
 
1 インドでは不良債権問題を背景に国営銀行の融資が厳格化するなか、ノンバンク金融会社(NBFC)がインドの中小企業や消費者向けの信用供与を拡大させてきた。預金を持たないNBFCは資本市場で資金調達を行うため、IL&FSのデフォルトをきっかけとする流動性逼迫により経営状況が悪化している
 

経済見通し: 景気は底入れも、回復は遅れる見通し

経済見通し: 景気は底入れも、回復は遅れる見通し

先行きのインド経済は、景気底入れ後も回復が遅れる見通しである。

まず19年度後半は内外需ともに伸び悩むだろう。自動車販売は今年8月を底に増加傾向に転じたほか、来年4月の排ガス基準「バーラト・ステージ(BS)6」導入を前に現行車両に対する駆け込み需要が見込まれる。一方、今年のカリフ作の農業生産の低下を受けて農村部の消費需要が低迷するため、民間消費の回復は限定的となりそうだ。またRBIはこれまでに大幅な利下げを実施、政府は8月と9月に景気刺激策(不振に喘ぐ自動車と住宅、ノンバンク、中小企業分野の支援、法人税減税)を公表したが、昨年から続くノンバンク金融会社の流動性収縮の影響が燻るなか、景気の先行き不透明感が払拭できていないため、民間部門を中心に投資の伸び悩みが続くだろう。外需は、世界経済の減速や米中貿易戦争の長期化、米政権によるインドの一般特恵関税制度(GSP)対象国除外2など貿易環境は依然として厳しく、輸出は停滞するだろう。
(図表5)経済予測表 しかし、20年度に入ると、景気が徐々に上向いていくだろう。まず足元では半導体サイクルが底入れして世界製造業PMIに改善の兆候がみられる。来年度の輸出は停滞局面を脱却して緩やかな増加傾向が続くと予想する。また今年の南西モンスーンの降雨量が平年を+10%上回り、1994年以来の雨量となったことも景気にプラスに働く。貯水地や地下の水位上昇を背景にラビ作は順調な生育が予想され、収穫の始まる3月頃から農村部の消費マインドや所得環境に明るみがさすだろう。民間消費は本格回復には至らないが、緩やかな回復傾向が続きそうだ。こうした国内外の需要が持ち直していくことにより、企業の投資マインドが改善、これまでの金融緩和や政府の法人税減税などの景気対策の効果が顕在化して投資が持ち直していくものと予想する。一方、法人税減税と低成長に伴う税収減により、来年度の連邦政府の歳出は伸び悩むと予想されるため、政府部門の景気の下支えは弱まるだろう。

以上の結果、19年度は内外需揃って低迷して実質GDP成長率が+5.2%と、18年度の+6.8%から大きく減速するだろうが、20年度は農村部の需要回復や輸出の底打ち、政府と中銀の景気下支え策の効果発現などにより+6.3%成長まで回復すると予想する(図表5)。
 
2 5月31日、米トランプ大統領がインドを一般特恵関税制度(GSP)の対象から除外することを発表した。GSPは途上国の経済発展を促すことを目的に米国への輸入にかかる関税を一部免除する制度である。GSP除外により、インドから輸出される自動車部品や化学薬品、食器類に最大7%の関税が課されることになる。
 

(為替の動向)ルピー弱含みが続く

(為替の動向)ルピー弱含みが続く

(図表6)インドの為替レートと株価指数 インドルピー(対米ドルレート)は昨年、国営銀行による巨額の不正取引による詐欺被害や米国の金融引き締め、米中貿易戦争の過熱などから10月に一時史上最安値となる1ドル74ルピーをつけたが、その後は原油価格の急落や米FRBのハト派化に伴う新興国資金流出懸念の後退により、ルピーを含む新興国通貨を買い戻す動きが広がった(図表6)。また総選挙でインド人民党が圧勝したことが好感されてインドへの資金流入が続くなかでルピーは安定して推移、RBIはドル買い介入で外貨準備を積み増していった。
(図表7)経常収支 8月に入ると、米中貿易戦争の激化を背景に新興国通貨の下落圧力が強まるなか、再びルピー安が急速に進んだが、8月下旬に政府が景気刺激策を公表したことによってルピー相場が安定した。しかし、政府の政策対応への期待から海外資金が流入してルピー高が進むと輸出産業にとって打撃となるため、RBIは再び為替介入を実施、ルピー相場は弱含みで推移した。

先行きもルピーの軟調な推移が続くだろう。原油価格は世界経済の減速や米国でのシェールガスの生産拡大などが押し下げ要因となり、引き続き伸び悩む見通しであるほか、景気減速が続くなかでも貿易収支の悪化が回避されることはルピー相場の安定に寄与するだろう(図表7)。しかし、米中貿易摩擦の長期化や米国の金融政策の緩和休止などによる新興国からの資金流出圧力、RBIの金融緩和策や為替介入、そして税収減に伴う財政赤字の拡大などが加わり、ルピー相場は軟調な推移が続くと予想する。
 

(物価の動向)当面は食品価格を中心に高めで推移するが、徐々に物価安定へ

(物価の動向)当面は食品価格を中心に高めで推移するが、徐々に物価安定へ

(図表8)消費者物価上昇率 インフレ率(CPI上昇率)は昨年、国内経済の減速や食品価格の下落、燃料・光熱費のピークアウトを背景にインフレ圧力が後退、2019年1月にかけて+2%まで低下した(図表8)。今年に入ると食品価格のデフレ圧力が弱まり、インフレ率は8月にかけて+3.1%まで上昇したが、原油価格の停滞やルピー高、国内経済の更なる減速などから概ね安定的な推移が続いた。しかし、直近2ヵ月は物価上昇が加速している。10月のCPI上昇率は前年比4.6%増まで上昇、RBIの中期インフレ目標(2.0-6.0%)の中央値を上回るまでに達した。この物価上昇は今年の南西モンスーン初期の雨量不足(6月は平年を30%以上下回る降水量)による作物の生育の遅れや、その後の豪雨による洪水を受けて作物被害が広がり、野菜(同26.1%増)や豆類(同11.7%増)を中心に食品価格が値上がりしたためである。一方、変動の大きい食料品と燃料を除いたコアCPI上昇率は+3.5%と、昨年10月(+6.2%)から低下傾向が続いている。

先行きのインフレ率は当面、食品インフレによってRBIの中期インフレ目標を上回る推移が続くだろうが、南西モンスーンの影響で収穫が遅れていた作物の供給が広がるなかで食品インフレは落ち着いていくだろう。また今後も国内需要の回復が遅れて需給が引き締まらないため、コアインフレ率は低位安定して推移しよう。CPI上昇率は19年度末に+4.0%、20年度末に+3.6%になると予想する。
 

(金融政策の動向)景気下支えに向けて利下げを継続

(金融政策の動向)景気下支えに向けて利下げを継続

(図表9)政策金利と銀行間金利 昨年は燃料価格の上昇や通貨安による物価上昇を警戒してインド準備銀行が2会合連続の金融引き締めを実施したが、12月にダス元財務官が新総裁に就任すると、今年2月の会合で政策金利を従来の6.50%から6.25%へと引き下げた(図表9)。その後もインド経済の停滞色が強まるなか、RBIは隔月に開かれる会合で利下げを継続した。RBIは10月には政策金利を5.15%と、2010年以来の低水準まで引き下げた。金融政策スタンスは6月に採用した「緩和的」を維持しており、追加的な利下げに含みを残している。

先行きについては、当面は緩和的な政策スタンスを継続するだろう。これまでの積極的な利下げにもかかわらず、景気減速に歯止めがかかっていないこと、厳しい外部環境から輸出停滞が当面続くと見込まれること、コアインフレ率が低水準で推移していることなどから、RBIは12月に0.25%、来年2月に0.15%の追加利下げを実施すると予想する。今後、景気は底入れするが、回復は遅れると予想され、政策金利は2020年度も低水準に据え置かれるだろう。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2019年12月04日「基礎研レター」)

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