2019年11月18日

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5|完全自動運転システムと運転支援システムの「二刀流」に挑むトヨタ自動車
(1) 運転支援システム「ガーディアン」と完全自動運転システム「ショーファー」の同時並行開発
一方、ギル・プラット氏は、「確かなことは、完全自動運転という究極の目標に向かって取り組むプロセスにおいても、可能な限り多くの方々の命を救うことを追求しなければいけないということです。なぜならば、例えば米国で、レベル4以上の自動運転車が街中を走るクルマの多くを占めるには、数十年もの時間がかかるからです。だからこそ、TRIでは2種類のアプローチで取り組み、『ガーディアン(守護者)』と呼ぶ運転支援システムを開発すると同時に、『ショーファー(運転手)』と呼ぶレベル4・レベル5の完全自動運転システムにも注力しています。ショーファー(完全自動運転システム)を実現するために開発しているハードウェア・ソフトウェア技術の多くはガーディアン(運転支援システム)にも適用可能なものであり、その逆もまたしかりなのです。実際、ガーディアン、ショーファーともに必要とされる周辺認識・制御技術は基本的に同じものです。違いは、必要とされる場合にのみ機能するガーディアンに対して、ショーファーは、自動運転中は常に機能している点です」25とCES2017で述べた。
 
25 注9と同様。
(2) 「ショーファー」の開発によりレベル5という究極の目標に果敢にチャレンジ
ギル・プラット氏は前出の通り、「レベル5の自動運転で必要になる完全性を実現するためには、何年もの機械学習や何マイルものシミュレーション・実走行によるテストが必要になるだろう」、「いつかはレベル5を達成できるかもしれないが、自動運転システムが抱える技術的・社会学的な難しさを甘く考えてはいけない」、「米国の街中を走るクルマの多くをレベル4以上の自動運転車が占めるには、数十年もの時間がかかる」などと述べて、完全自動運転の難しさやその社会実装には極めて長期の期間を要することを十分に理解した上で、TRIではショーファー(Chauffeur)の開発により、レベル4以上の完全自動運転の実現に向かってチャレンジしている。

完全自動運転、とりわけレベル4からODDの限定を取り払ったレベル5という究極の目標への挑戦は、実現には困難が伴う「破壊的イノベーションの創出を目指し、従来の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発、いわゆる『ムーンショット』」26に果敢にチャレンジするスタンスを示している。
 
26 内閣府ホームページ「ムーンショット型研究開発制度」より引用。
(3) 高度安全運転支援システム「ガーディアン」の開発に同時並行で取り組む背景
TRIがショーファーの開発に挑む一方で、人間が運転することを前提に広い走行領域に適用され得る、高度安全運転支援システムであるガーディアン(Guardian)の開発に同時並行で取り組むのは、完全自動運転が社会実装され、交通事故が大幅に減少する時代が長期的に訪れたとしても、そこに至る期間においても、自動車メーカーとして手をこまねいているわけにはいかない、というスタンスからだ。この点が、これまでも世の中に多くのクルマを送り出してきた自動車メーカーと、最初から主として無人運転による新しいモビリティサービスの提供を目指して、自動運転技術の開発に取り組む、デジタル・プラットフォーマーなど異業種からの新規参入組との、大きなスタンスの違いではないだろうか。

ガーディアンは、「人間の能力を置き換えるのではなく増大させるという考え方」で開発されており、「これから起こりうる事故を予測、ドライバーに注意を喚起し、ドライバーの操作と協調して修正制御を行う場合を除き、ドライバーは常に車のコントロールを行うことになり」、「人間と自動運転システムがチームメイトとしてお互いのベストの能力を引き出すようなシームレスで調和的な運転システム(※車両制御)である」27。完全自動運転システムのショーファーと同様のテクノロジーが、惜しげもなくあえて安全運転支援システムのガーディアンに注入されており、自動車メーカー各社が既に搭載している、衝突被害軽減自動ブレーキ機能などのADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)をより強力に進化させたものとなる。

この点は、AIの利活用について極めて有益な示唆を与えてくれる。「AIは、人間の労働(ここではクルマの運転操作)を奪うのではなく、人間と共生する良きパートナーとして、人間の潜在能力を引き出し能力を拡張させるために利活用すべきである」28と筆者は考えているが、ガーディアンは、まさに人間の能力を拡張させるためのAI利活用の先進事例である、と評価できよう。

また、ギル・プラット氏は「自動運転の最も重要なメリットは、車を自動化させるということではない、ということです。そうではなく、ヒトが自立して自由に動き回れることだと考えます。自動運転とは、まず出来る限り多くの命を極力早く救えるようにし、かつドライビングをより安全に、しかし一方でより心を揺さぶるようなものにすることです」29とCES2019にて述べており、「自動運転で“Fun-to-Drive”(※運転する楽しさ)を目指している」30。この点も、異業種参入組との大きなスタンスの違いだろう。ガーディアンは全走行を通して、道路状況やドライバーの反応をドライバーに意識させずに見守るとともに、ドライバーのミスや弱点をカバーすることにより、ドライバーは、車を自分の体の延長のように自由にコントロールしているように感じるが、実際には、ガーディアンがドライバーに運転を教え、ドライバーをフォローしているのだという31

一方、デジタル・プラットフォーマーなど異業種参入企業は、むしろ運転タスクから人間を解放し、車内空間での新たな生活/ビジネスシーンを提案することにより、クルマを「再定義」「再発明」32し、自動車関連産業に「破壊的イノベーション」33を起こそうとしているのではないだろうか。

さらに、ギル・プラット氏は「『ガーディアン・フォー・オール(Guardian for all)』という取り組みも最近始めました。『ガーディアン・フォー・オール』という考え方は 開発したシステムをトヨタのクルマだけでなく 他社のクルマにも使ってもらうという考えです。私たちだけのガーディアンではなく、みんなのガーディアンなのです。人命が、一番大切だと信じているので、私たちは、全てのクルマ会社に この技術を提供したいと思っています」34と述べている。トヨタ自動車は、2015年に同社が単独保有している燃料電池関連の全特許の実施権を無償で提供することを発表して以降、「新技術・先進技術の占有より普及を優先する知的財産戦略」へ、自動車産業においていち早く転換したとみられ、「ガーディアン・フォー・オール(ガーディアンを全ての方に)」もその一環とみられる35

ガーディアンが運転支援システムとして単独で搭載される場合、前述の通り、ドライバーが常に車のコントロールを行うことから、運転自動化レベルは図表1の定義によれば、レベル2に相当すると推測されるが、トヨタ自動車では、このようなケースにとどまらず、レベル4以上の完全自動運転システム用の「冗長システム」(システムに障害が発生するケースに備えて、予備装置を配置・運用しておくもの)としてガーディアンが搭載されるケースも想定している。ギル・プラット氏は、「ガーディアンは、トヨタの、もしくは他社製の自動運転システムを監視する手段として追加もできます。これはガーディアンのキーとなる能力です。なぜなら、昨年のCESで発表しているように、私たちは、ガーディアンを、Mobility as a Service(MaaS)向けに開発するe-Paletteに標準装備として組み込むことを計画しているからです。これにより、モビリティサービス会社は、どのような自動運転システムを使っても、トヨタのガーディアンを一種のフェイルセーフ、すなわち(※レベル4以上の)ショーファー型自動運転システム用の冗長システムとして使うことができます。つまり、ガーディアンはトヨタにとって、いわばベルトとサスペンダーのような二重のシステムであるということです」36とCES2019にて述べた。

ガーディアン・フォー・オールによる先進テクノロジーの普及を含めたガーディアンの開発哲学から、可能な限り多くの人命を救うという、自動車メーカーとしての社会的責任を果たそうとする、トヨタ自動車の強い気概・高い志が感じられる。

このように、トヨタ自動車は、難易度の高い最先端のレベル4以上の完全自動運転システムであるショーファーの開発に果敢にチャレンジしつつ、出来る限り多くの人命を極力早く救うための当面の現実解として、広い走行領域に適用され得る、高度安全運転支援システムであるガーディアンの実用化・普及を急ぐという、自動運転技術の「二刀流戦略」を取っている。この二刀流戦略は、両システム間でテクノロジーの共用がなされている点で極めて合理的であるとともに、同社の高い志に裏打ちされたものであり、社会的意義の極めて高い取り組みとして高く評価されるべきだ。
 
27 注12と同様。ただし、(※ )は筆者による注記。
28 AIの利活用の在り方に関わる筆者のこのような考え方については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日、同「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」『ニッセイ基礎研所報』2019年Vol.63、2019年6月を参照されたい。
29 注12と同様。
30 トヨタイムズ2019年8月2日「AI界のカリスマ、トヨタの自動運転を語る」より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。
31 トヨタ自動車ホームページ2019年1月8日「CES 2019 トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)ギル・プラットCEOスピーチ参考抄訳」などを基に記述した。
32 アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、2007 年1月に初代iPhone を発表する際に、「電話を再発明する(reinvent the phone)」と宣言した。
33 ここでは、「将来の顧客を見据えて全く新しい価値を創出することにより、競争のパラダイム転換を起こし従来製品の価値を破壊してしまう抜本的なイノベーション」という意味で用いた。
34 注30と同様。このような考え方は、ギル・プラット氏がCES2019にて発表した。
35 筆者は拙稿「第4章イノベーション促進の触媒機能を果たすソーシャル・キャピタル」『ソーシャル・キャピタルと経済─効率性と「きずな」の接点を探る─』(大守隆編著)ミネルヴァ書房、2018年にて、米テスラモーターズによるEV関連の、およびトヨタ自動車によるFCV(燃料電池車)関連の、特許無償開放について、「これまで自動車産業では見られなかった動きが出てきている」と指摘した。さらに、トヨタ自動車は、2019年4月にハイブリッド車(HV)開発で培った車両電動化技術の特許実施権を無償提供することを発表した。
36 注12と同様。ただし、(※ )は筆者による注記。
6自動運転の社会実装における世界展開の視点
自動運転技術を開発する企業が、全世界に向けた自動運転車やそれを活用したモビリティサービスを開発・上市することを目指すのであれば、仮想空間でのシミュレーションも駆使しつつも、基本的には、世界中で自動運転の走行試験データを取得することが必要となる。世界各国・各地で交通ルールそのものや人々の交通・運転マナーなどが異なり、走行環境が各々異なるためだ。

前述の通り、一国の中でも、フレーム問題などにより、完全自動運転の社会実装の範囲を狭いODDから広い走行領域へ拡大していくことに大きな困難が伴うことから、その範囲を世界レベルに拡大すれば、当然フレーム問題の影響は測り知れない。従って、世界展開を目指すのであれば、少なくとも国単位(狭い国土の場合)、広い国土であれば地域単位で専用道・一般道ごとに自動運転の走行試験を徹底的に行い、異なる各々の走行環境に最適なアルゴリズムに可能な限り近付けるための「次善の努力」が必要になるだろう(「最善の策」は最適かつ完璧なアルゴリズムを作成することだが、実際は、フレーム問題のために想定外の事象は必ず残り、最適なアルゴリズムに完全一致させることはできない)。すなわち、自動運転技術の世界展開には、世界各地でのアルゴリズム開発が欠かせない。

ウェイモによる米国での自動運転車の公道試験の累積走行距離は、世界最長の1,000万マイル(約1,610万km)と地球400周分に達したという(2018年10月発表)。しかし、断トツのトップとなる試験走行距離を誇るウェイモと言えども、カリフォルニア州を中心とした米国内だけでなく、世界中の走行映像データを収集するとなると、さらなる公道試験のために膨大な時間とコストを要することになるだろう。

筆者は、「AI・IoTの利活用の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月29日にて、「これまでは、走行データの収集自体が極めて重要な競争領域とみなされてきたが、このように1社単独で世界中の走行データを収集することは極めて難しいため、開発スピードを上げるとともに高い安全性を確保するためにも、今後は自動運転技術の世界展開に向けては、企業連携によるデータ共有という選択肢もあり得るのではないだろうか」と指摘した。

この中でウェイモは、2019年8月に、公道試験で収集した走行データを研究用途向けに大学など外部に無償開放する、と発表した。自動運転技術の開発で先頭を走る同社のこの動きが、今後、企業連携によるデータ共有・共用の動きを促すことにつながっていくかが注目される。
7AIのフレーム問題の視点から見た自動運転に関わる考察のまとめ
高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議「官民ITS構想・ロードマップ2019」によれば、自動運転技術の進化の方向としては、多様な交通状況での完全自動運転可能な技術の実現に向けて、大きく分けて、以下の2つのアプローチがある37(図表4)。

i 広いODD(例えば、高速道路全体など多様な交通状況)に対応することを優先し、徐々に運転自動化レベルを上げていくアプローチ:本アプローチは、主に、時間・場所等を問わずに走行することが一般的に求められる自家用車(商用を含む)における自動運転システムの戦略となる。

ii 高い運転自動化レベルを実現することを優先して、狭いODD(狭く限定された交通状況)から開始し、その後、そのODDを徐々に拡大していくアプローチ:本アプローチは、主に、時間・場所等を制限してサービスを提供することが可能である事業用(地域公共交通、貨物輸送など)自動車での自動運転システムの活用における戦略となる。
図表4 自動運転システム実現に向けた二つのアプローチ
本稿でのこれまでの考察は、この2つのアプローチと整合的である。すなわち、本稿では、自動運転の社会実装においては、過疎地など地方エリアや新規開発型のスマートシティなど限定された狭いODDで、喫緊の社会課題・地域課題を解決すべく完全自動運転(レベル4)の実用化を先行し、このような狭いODDをいくつも作り出すことで横展開を図る一方で(図表5-①)、広いODDでは、トヨタ自動車のガーディアンのように、人間のドライバーと協調・融合して手動運転をサポートする高度安全運転支援システムの実用化・普及(レベル2)を急ぐことが、当面の現実解として、極めて重要であることを指摘した(図表5-②)。
図表5 自動運転システムの進化に向けたアプローチの在り方
要約すれば、「狭いODDでの高い運転自動化レベル(レベル4など)」および「広いODDでの低い運転自動化レベル(レベル2など)」の社会実装を優先・先行させる、ということである。筆者がこのような考え方を取る理由は、「レベル1~レベル4のいずれにおいても、その自動運転システムが機能すべく設計されている特有の条件であるODDが広いほど技術的な高度性が高く(※フレーム問題などを背景に技術的難易度が高く)、言い換えれば、レベル4であっても、狭いODDのみで運転が自動化されるシステムであれば、技術的な高度性は相対的に低い。また、レベル5は、レベル4のうち、ODDの限定がない自動運転システムであると定義され、技術的レベルは非常に高い」38からだ。

中長期的には、長期間の実走行試験・シミュレーションを続けることで、AIの学習が日々進みAIにとって想定外の事象が減少していけば、技術的難易度は高いものの、より広いODDでより高い運転自動化レベル(レベル4など)が徐々に可能となっていくだろう(図表5-②)。ただし、いくら学習を重ねてもAIにとって想定外の事象がゼロにならないのがフレーム問題であるから、最終的には、自動運転の安全性評価(自動運転による事故率がどれくらいの水準であれば安全とみなすのかという、安全水準の設定)と社会的受容性の醸成の問題に収れんしていく、と考えられる。また、究極の自動運転であるレベル5は、技術的難易度が極めて高いものの、トヨタ自動車など一部の企業が産学官の叡智を結集したオープンイノベーションも活用しながら、ムーンショットとして果敢にチャレンジし続けることが望まれる。筆者は、ムーンショット型研究開発のリスクに耐え得るだけの強い企業体力を持ち、かつ社会課題解決という社会的ミッションの実現に向けてハードルの高い研究開発に挑み、それをやり抜く気概を持つ起業家精神旺盛な企業が、最先端技術分野に関わるイノベーションを担い主導することは、我が国の国レベルでの技術ポートフォリオ上、極めて重要である、と考える。
 
37 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議「官民ITS構想・ロードマップ2019」2019年6月7日より引用。以下の2つのアプローチの記述も同様。
38 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議「官民ITS構想・ロードマップ2019」2019年6月7日より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

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【自動運転とAIのフレーム問題-AIの社会実装へのインプリケーション】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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