2019年11月07日

J-REIT市場の収益見通し。今後5年で分配金6%成長を見込む~シナリオ別の分配金レンジは▲2%~+14%の見通し~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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1――今年に入り、J-REIT市場は一段と上昇。投資主価値の向上を評価

2019年に入り、J-REIT(不動産投資信託)市場が上昇基調を強めている。市場全体の値動きを表す東証REIT指数(配当除き)は10月に2007年8月以来となる2,200ポイントを回復し、年初からの上昇率は26%となった(10/31時点)。2018年に付けた高値を10%程度下回る株式市場と比較した場合、年初来高値を更新して上昇するJ-REIT市場の好調さが目立つ(図表―1)。
[図表-1]東証REIT指数とTOPIX(2017年12末=100、配当除き)
こうしたJ-REIT上昇の要因の1つに、投資主価値の持続的向上が挙げられる。「投資主価値の向上とは、1口当たり分配金(Distributions Per Share、以下DPS)と1口当たりNAV(Net Asset Value Per Share、以下NAVPS)を高めること」を言い、J-REIT市場の共通認識として定着している。過去5年間(2014年9月~2019年9月)の市場全体のDPS成長率は35%(年率6.2%)、NAVPS成長率は49%(年率8.3%)となり、同期間における東証REIT指数の上昇率(30%)を上回る(図表―2)。東証REIT指数が昨年から大きく上昇しているにも関わらずバリュエーション面でさほど割高感が強まっていない理由は、J-REIT各社の投資主価値が着実に向上しているためだと言える。

それでは、現在のマーケット上昇を支えるDPS成長は今後も期待できるのであろうか。以下では、まず、J-REIT市場を取り巻く収益環境を確認する。次に、現在の環境下において各種シナリオ(オフィス賃料見通し、物件取得要件、金利見通しなど)を想定し、今後5年間のDPS成長率を試算したい。
[図表-2]1口当たり分配金と1口当たりNAV(東証REIT指数ベース)

2――保有不動産は物流施設の占率が高まる。DPSは足もと前年比で4~5%増加

2――保有不動産は物流施設の占率が高まる。DPSは足もと前年比で4~5%増加

J-REITは、エクイティ資金及び借入金を調達して賃貸不動産に投資し、そこから得られる賃貸事業収益(Net Operating Income、以下NOI)を原資に利益のほぼ全額を分配する金融商品である。J-REITの運用を担う資産運用会社は、主に、(1)賃料や稼働率を高めるなどして保有不動産の収益力を高める「内部成長」、(2)資金を調達し不動産を新規取得する「外部成長」、(3)財務基盤を強化し金融コストを低減する「財務戦略」、の3つのルートを通じてDPS成長を図り、投資主価値の向上に努めている。

2019年6月末時点の運用不動産は市場全体で約3,900棟、金額にして約21兆円である(図表―3)。アセットタイプ別では、オフィスビルが8.7兆円(42%)、商業施設が3.3兆円(16%)、物流施設が3.2兆円(15%)、住宅が3.1兆円(15%)、ホテルが1.7兆円(8%)、その他(底地など)が0.8兆円(4%)となっている。2015年以降の累計取得額(約7.3兆円)をみると物流施設(22%)の割合が増加し、物流施設の保有額が住宅を抜いて第3位となった。
[図表-3] J-REITの保有不動産及び新規取得額(アセットタイプ別)
また、運用資産が拡大するなか業績も順調である。市場全体の予想DPSは足もと前年比4~5%プラスで推移している(図表―4)。これに対して、企業業績の先行きは不透明感が強い。TOPIXベースの予想1株利益は昨年秋をピークに減少に転じ前年比▲8%となっている。今後も世界景気の減速や消費増税の影響など業績の下押し要因となりうる材料は多く、両市場の業績モメンタムの違いが昨年からのパフォーマンス格差に表われていると思われる。
[図表-4] J-REIT市場の予想DPSと株式市場の予想EPS(前年比)
また、J-REIT各社の実績DPSは事前予想比で上振れ傾向にある。2019年上期(1月~6月)決算では、全社が事前予想比プラス(同水準を含む)を確保し、平均上方修正率は2.0%であった(図表―5)。従来からの保守的な見積りに加えて、売却益の内部留保や利益超過分配の仕組みなどが整備されたことでDPSの下振れリスクが軽減されて、予想値に対する信頼性が高まっている。
[図表-5] 事前予想に対する実績DPSの修正率

3――各種シナリオを想定し、今後のDPS成長率を試算する

3――各種シナリオを想定し、今後のDPS成長率を試算する

保有オフィスビルのNOI成長率は直近4年間で9.7%プラス。引き続き、プラス成長が見込まれる
三鬼商事によると、都心5区の平均募集賃料(2019年6月)は2013年12月を底に66カ月連続でプラスとなりこの間の上昇率は33%となった(図表―6)。オフィス市況の改善は地方都市にも波及し空室率低下と賃料上昇の局面が続く。こうした市況改善を背景にJ-REITの保有ビルでも賃貸事業収益(NOI)が拡大している。継続比較可能なオフィスビル対象にNOI成長率(前期比)を確認すると、2015年下期から8期連続でプラスとなり直近4年間で9.7%増加した。また、各社の開示データなどをもとに保有ビルの賃料ギャップ(継続賃料と市場賃料のかい離率)を集計すると、継続賃料が市場賃料の上昇に追いついておらず賃料ギャップは全体で▲7%(継続賃料<市場賃料)と推計される。したがって、市場賃料の上昇が一息ついたとしても賃料ギャップの解消を通じて継続賃料が上昇し、今後もNOIの拡大が期待できそうだ。
[図表-6] オフィスビルの内部成長と東京都心5区オフィス賃料
2|オフィスビルのNOI成長率(今後5年間)は、標準シナリオで+5%(▲1%~+9%)の見通し
ニッセイ基礎研究所は国内6都市(東京、大阪、名古屋、札幌、仙台、福岡)のオフィス賃料予測(標準、楽観、悲観)を公表した1。これによると、今後5年間(2018年~2023年)の賃料変動率は、標準シナリオで東京が▲11%、大阪が+9%、名古屋が+2%、札幌が▲9%、仙台が+15%、福岡が▲1%となっている(図表―7)。オフィスビルの新規供給や需要見通し、現在までの賃料の回復度合いなどから都市間でバラツキが見られるが、このうち、「東京都心Aクラスビル賃料は2019年をピークに下落に転じる」見通しである。
【図表-7】今後5年間のオフィス賃料予測(2018末~2023年末)
この予測を利用して、一定の前提条件(稿末に記載)のもと保有ビルのNOI成長率(今後5年間)を計算した。結果は、標準シナリオで+5%、楽観で+9%、悲観で▲1%となった(図表―8)。収益ベースで約7割を占める東京のオフィス賃料が下落したとしても現在の賃料ギャップ(▲7%)や東京以外の賃料が概ね底堅く推移することから、保有ビルのNOIは2022年まで拡大し5年間では5%増加する見通しである(標準シナリオ)。
[図表-8] :JREIT保有ビルのNOI見通し(2019年上期=100)
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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

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