2019年10月31日

公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか-求められる丁寧な説明、合意形成プロセス

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――各地の反応

医師の偏在や医療機関の偏在に対して、配慮が全くありません。(略)乱暴すぎます――。兵庫県の井戸敏三知事は定例記者会見で、個別名を開示した厚生労働省の対応を批判した5。「乱暴」とは少し激しい言葉遣いだが、自治体や現場の反応としては概ね共通している。

例えば、和歌山県の仁坂吉伸知事は「(筆者注:厚生労働省の対応は)やり過ぎ」6、福岡県の小川洋知事は「地域の事情を無視するもので、あまりに唐突で適切でない」7とそれぞれ述べたほか、三重県の鈴木英敬知事は「現状の把握や改善の方策について議論するが、診療数のデータが一定期間に限られており、交通の実情を踏まえていない」と判断基準への不満を表明した8

公立病院の関係者で構成する全国自治体病院開設者協議会長を兼務する鳥取県の平井伸治知事は「一面的なデータで要否を決めるのはあまりに短絡的。地方の病院の診療例が少ないのは子供でも分かる。統廃合への世論誘導だとすればお門違いだ」と話した9

現場サイドでも「公立・公的病院が急性期医療を担うから医師を派遣してくれるのに、そこを縮小しては地域の医師確保が難しくなる」10といった不安や不満が出ており、医師などの専門職を確保できなくなる危険性も論じられている。名指しされた医療機関からは「名誉毀損」「業務妨害」として謝罪を求める動きさえ出ている11

こうした声を踏まえ、全国知事会、全国市長会、全国町村会と総務、厚生労働両省は10月4日、「地域医療確保に関する国と地方の協議の場」の初会合を都内で開き、意見交換を実施した。ここでも平井知事は厚生労働省の対応を改めて批判した12ほか、全国知事会として「分析の妥当性を都道府県が確認することができないうちに唐突に公表し、 該当医療機関への説明も十分できない状況のまま医療機関、住民を不安にさせており、このような方法については慎重に検討すべき」「実名を公表したことについては、 むちゃくちゃ思い切った乱暴なやり方」といった都道府県の反応も明らかにした13

その後、厚生労働省は病院名公表の経緯や目的などについて理解を求めるため、地方厚生局単位で説明会も開催。初会合となった10月17日の福岡市における説明会では医療機関関係者から「地方で小児科や産婦人科が集約されると、子育て世代が住まなくなる」「病院が無くなるという風評被害に非常に困っている」「実情を反映していない」といった異論が噴出し、橋本岳副大臣は終了後に「これだけハレーションを起こしていると認めなければならない」と述べたという14

しかし、ここで疑問が生まれるかもしれない。まず、こうした軋轢が自治体や現場で起きることを事前に予想していなかったのだろうか。報道によると、厚生労働省は地方との協議の場で、「(筆者注:地方の反発は)予想をしていたわけでは当然ない」と説明している15>。さらに、個別名公表の方針が地域医療構想WGで今春から議論されていたこともあり、厚生労働省内では「そんなに騒ぎになることはないだろう」という楽観ムードが漂っていたという16。その意味では、厚生労働省が地方側の反応を読み切れなかったか、読み誤ったと判断せざるを得ない。

さらに、自治体や現場サイドとしても、これほど多くの医療機関が名指しされるとは予想していなかった17と見られ、「まさかウチの病院が」という当惑に繋がっていると言える。地域医療構想が本格始動する前の2017年度現在の数字が開示されたことで、「改革を進めたのになぜうちの病院が引っ掛かったのか」といった感覚を増幅させた面もありそうだ。

第2に、「なぜ公立・公的医療機関の議論が先行したのか」という疑問も生まれる。日本の医療提供体制は民間中心であり、公立・公的医療機関のウエイトは決して大きくない。それにもかかわらず、公立・公的医療機関の議論が先行した理由を探ることは今後の展開を考える際に欠かせない。

これらの点を考える上では、政策形成プロセスを丁寧に見て行く必要がある。以下、①異例の病院名公表に踏み切った理由、②公立・公的医療機関の議論が先行した理由――を考察する。
 
5 兵庫県ホームページ2019年10月3日知事定例記者会見。
6 和歌山県ホームページ2019年10月1日知事記者会見。
7 2019年10月12日『毎日新聞』。
8 2019年9月27日『毎日新聞』。
9 2019年9月27日『日本海新聞』。
10 2019年10月4日『中国新聞』。
11 2019年10月8日『読売新聞』『岐阜新聞』。
12 2019年10月4日『m3.com』配信記事。
13 全国知事会ホームページ2019年10月4日「『地域医療確保に関する国と地方の協議の場』の開催について」資料。
14 2019年10月18日『熊本日日新聞』。
15 2019年10月4日『m3.com』配信記事における厚生労働省医政局の佐々木裕介総務課長のコメント。
16 2019年10月7日『共同通信』配信。
17 同上。
 

5――異例の病院名公表に踏み切った理由

5――異例の病院名公表に踏み切った理由

表2:公立・公的医療機関の2017年度と2025年度予想の病床数比較 個別病院名を公表するという異例の対応がなされた背景には、病床削減が進まないことに対する財政当局の圧力があったことは間違いない。先に触れた通り、政府は地域医療構想の推進に際して、公立・公的医療機関の将来の役割などを優先的に議論し、2018年度末までに調整会議で合意形成を済ませるよう都道府県に求めたが、表2の通りに2年間で病床数は殆ど変わらなかった。

このため、財務省は2018年10月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の席上、「地域医療構想の進捗は遅い状況」「議論が先行している公立病院・公的医療機関等においても進捗状況に大きな地域差(筆者注:がある)」として、病床適正化に向けて都道府県の権限強化などを求めた18

さらに、2019年5月の経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)でも民間議員が「(筆者注:地域医療構想の推進に向けて)補助金の活用による病床削減、また、加減算双方向で診療報酬の大胆な見直しによる病床機能の転換を進めてはいかがか」などと指摘していた19

中でも問題視されやすいのが急性期病床の数である。急性期の診療報酬単価は回復期などと比べて高いため、急性期の病床数を圧縮することで、医療費を抑制したいという狙いが込められている。

これに対し、厚生労働省としては、「地域医療構想は病床削減のための政策ではない」と繰り返し言明してきた経緯がある20が、こうしたプレッシャーを受けて、新たなテコ入れ策として個別病院名の開示に踏み切ったと言える。

実際、表1で取り上げた(A)(B)の計15項目の領域では急性期病床に関係する項目が多く、先に触れた通り、診療実績が少ない地方部の病院が多く含まれた形だ。
 
18 2018年10月9日財政制度等審議会財政制度分科会資料。
19 2019年5月31日経済財政諮問会議議事要旨。なお、この発言では地域医療構想だけでなく、国民健康保険の都道府県内保険料統一も含めて、都道府県に改革を迫っているが、ここでは詳しく述べない。
20 例えば、2015年6月の通知では、2025年の必要病床数と現状の病床数を差し引いた分が削減目標と理解されないように、「単純に『我が県は◎◎床削減しなければならない』といった誤った理解とならないようにお願いします」と要請した。
 

6――公立・公的医療機関の議論が先行した理由

6――公立・公的医療機関の議論が先行した理由

もう一つの公立・公的医療機関の議論が先行した理由については、日本医師会の意向が反映していると思われる。日本医師会は地域医療構想について、「医療費削減の仕組みを徹底的に削除したつもりだ。その結果、医療機関の自主的な取り組みで進める仕組みになった」21と主張するなど、「地域医療構想の推進→病床適正化→医療費抑制」と単純に理解されないように要請してきた経緯がある。

しかし、公立・公的医療機関の見直しが進まないことに対しては強硬な態度を取っており、「税金を多額に投入している公立病院と、税制優遇もない民間病院が同じ機能を担っている場合、公立病院は引くべきではないか」22、「がっかりします。(略)公立病院、公的医療機関でなければ担えない機能に特化しているかどうかという検討はほとんどしていないことになります」23などと批判していた。

さらに、(1)実効権限を有さない民間医療機関と比べると、公立・公的医療機関について、都道府県は病床削減などを勧告、命令できる権限を有している分、議論を進めやすい、(2)公立病院の赤字が地方財政の足を引っ張っているため、総務省も公立病院改革を進めたい意向を持っている、(3)地方財政の規模を圧縮できる可能性があるため、財務省も公立病院改革に前向きな姿勢を示している――という点で、公立・公的病院の議論を先行させやすい事情があったと言える。
 
21 2019年4月29日『m3.com』配信記事。日本医学会総会における日本医師会の中川俊男副会長の発言。
22 同上。
23 2019年5月16日地域医療構想WG議事録。発言者は日本医師会の中川副会長。
 

7――再編・統合の議論が進まない理由の考察

7――再編・統合の議論が進まない理由の考察

1公立病院改革を巡る過去の経緯
では、なぜ再編・統合の議論が思うように進まないのだろうか。実は公立病院については、第1次安倍晋三政権の2007年12月に「公立病院改革ガイドライン」が初めて示され、(1)数値目標を掲げた「経営の効率化」、(2)医師配置や病床数の見直しを含めた「再編・ネットワーク化」、(3)民営化や地方独立行政法人化など「経営形態の見直し」――を図るよう要請するなど長い蓄積がある24

しかし、病院の存廃問題は住民の関心が強く、組織の合併に際しても給与体系の調整を強いられるなど、いくつかの課題がある。ここでは(1)住民や首長、地方議員の意向、(2)調整会議を含めた合意形成プロセスの停滞――といった点について考える25
 
24 公立病院改革の経緯については、伊関友伸(2017)「最近の公立病院政策の変遷と新旧公立病院改革ガイドライン」『社会保障研究』Vol.1 No.4。公立病院の再編統合に関する事例については、『病院』Vol.78 No.5、日経メディカル開発・東日本税理士法人編(2017)『病院再編・統合ハンドブック(第2版)』日経メディカル開発などに詳しい。
25 ここでは詳しく述べないが、給与体系の調整の難しさについては、地域医療構想WGで話題に上った。茨城県保健福祉部医療局の須能浩信医療政策課長が同県神栖地区の病院統合の事例に関して、「何とかまとめるためには現在もらっている給与の現給保証というものをどうしてもせざるを得ない」と述べた。2018年5月16日地域医療構想WG議事録。
2|住民、首長、地方議員の意向
第1の理由としては、住民、首長、地方議員の意向である。例えば、都道府県の職員が地域医療構想に基づいて、「この地域は将来、病床が余ります」というデータを示したとしても、住民が「目の前の病床が削減され、5分で行けた救急が来年度から15分になります」と聞かされれば、不安や不満を持つのは当然である。いくら専門家が緻密なデータを駆使しつつ、「これが合理的な将来の病床数です」と説明しても、全ての人が「専門家の合理性」を受け入れるとは限らない。

実際、今回の個別名公表に際しても、いくつかの新聞記事が「山奥のへき地からバスを乗り継いで来るお年寄りが、さらに大変になる」「救急搬送時に遠くの病院まで運ぶことになり、救える命も救えなくなるかもしれない」といった住民の不安が紹介26されており、病院の再編・統合では避けられない当然の不安である。

さらに、公立病院の存続問題は地方の選挙で取り上げられやすい27ため、首長や地方議員の意向も絡む。こうした点については、いくら専門家が「将来は人口が減りますので、病床は不要になります」などと再編・統合の必要性を説いたところで、将来予測通りには行かない面がある。
 
26 2019年9月27日『東奥日報』『山梨日日新聞』など。
27 例えば、青森県弘前市では地域医療構想に基づく市立病院の統廃合が市長選の争点となった。2018年5月9日『日本経済新聞』など。
3|調整会議を含めた合意形成プロセスの停滞
第2の理由として、調整会議の議論を含めた合意形成プロセスの停滞が考えられる。地域医療構想の推進に際しては、利害関係者が多岐に渡る。例えば、急性期病床の削減や回復期機能の充実、在宅医療の推進などについては、地元医師会や民間医療機関との連携が欠かせない上、病床削減に関しては住民への丁寧な説明プロセスも必要である。
表3:地域医療構想の調整に関する議事録の開示状況 さらに、生活を支える在宅ケアは医療・介護の境目が曖昧であり、医療関係者だけでなく、介護や福祉の関係者、介護・福祉行政を司る市町村、住民ボランティア団体などとの連携を意識に入れなければならない。つまり、「病院部門内、入院と外来、医療と介護の役割を同時に調整する作業であり、複雑さと困難さが非常に高い」28とされる地域医療構想の推進に際しては、地域の関係者との幅広い合意形成が欠かせず、こうした複雑な合意形成プロセスを進める上では、丁寧な情報開示や地道な対話、利害調整が欠かせない。

しかし、地域医療構想が策定された後の2年間を振り返ると、都道府県のスタンスは決して評価できない。第1に、先に触れた通り、改革論議が先行した公立・公的医療機関の病床数は殆ど変わっておらず、難しい利害調整を忌避した可能性が想定される。

第2に、利害調整の場である調整会議を含めて、合意形成プロセスが十分に取られていない点である。例えば、調整会議の資料や議事録に関する情報開示は十分とは言えない29状態であり、全国341カ所30の調整会議で用いられていた資料については、2018年度で63.9%の218区域、2017年度で209区域の61.3%しか開示されておらず、3~4割程度の構想区域で資料が公開・共有されていなかった。

さらに議事録についても、6割程度が開示しているとはいえ、これには僅か1~3行しか結果を開示していないケースも「議事録あり」にカウントしており、「議事録が全文(やり取りが分かる詳しい概要を含む)または一部か」を検証すると、表3の通りに2018年度で46.3%の158区域、2017年度で42.2%の144区域にとどまった。「議事録が実名か匿名か」という点で見ても、実名は2018年度、2017年度ともに4分の1程度の区域にとどまっている。

つまり、合意形成の大前提となる調整会議の透明性が確保されているとは言い難く、こうした都道府県の姿勢が調整会議を含めた合意形成プロセスの停滞を招いていると考えられる。

その意味では、都道府県の消極姿勢が今回の個別名公表を生んだ遠因であり、「国の一方的な情報開示に都道府県が翻弄された」と考えるのは一面的であろう。例えば、今回の個別名公表について、「地域事情を考慮していない」という批判が出ているが、地域医療構想の推進に際して、地域の事情を反映させる一義的な責任は都道府県にある。

既に公立病院の改革に取り組んでいる自治体の首長や現場の責任者が今回の個別名公表に対して反発するのは理解できるが、自治体の首長や医療政策の担当者には「国による線引きは所詮、機械的な判断基準に基づいているので、地域の事情を反映できない。我々の地域の医療提供体制は我々で守り、改革しましょう」と地域の関係者に働き掛け、改革に向けた取り組みを実践して欲しいと考えている。
 
28 泉田信行(2016)「医療サービスの供給確保・地域医療構想」『社会保障研究』Vol.1 No.3。
29 詳細は2019年6月5日拙稿レポート「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える(下)」を参照。
30 今回の個別病院名の公表は339区域に区分けされており、区域数が異なる。一部の県で複数の区域の調整会議を一体的に運営していることで、区域数に違いが生まれている。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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