2019年10月23日

米中新冷戦-グローバルPEST分析から読み解く米中の戦い-

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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4――米国によるファーウェイへの攻勢

中国の競争優位に対して米国が感じる脅威は、ファーウェイへの攻勢として具体的に現れてきた。
 
2011年、米国政府は、サーバー技術を持つ米国企業3Leafのファーウェイによる買収を阻止している。理由として、ファーウェイが軍人によっても投資されていること、人民解放軍が長期に渡ってキー・テクノロジーを無償でファーウェイへ提供していること、両者が長期にわたる多くの共同プロジェクトを有していることなどが挙げられた。2012年米国下院議会調査委員会による報告書にてファーウェイとZTEの中国通信機器大手について米国の安全保障への脅威であるとの主張がなされ、2014年には米国政府機関などでファーウェイ製品の使用を禁止する措置がとられた。そして、2018年、米国政府機関とその職員がファーウェイとZTEの製品を使用することを禁じる国防権限法が成立した。こうした「ファーウェイ排除」の動きは、米国の他にもカナダ・オーストラリア・ドイツ・英国などにおいても同様である。
 
ファーウェイの創業者レン・ジンフェイはかつて人民解放軍に所属し、創業当初は人民解放軍時代の人脈を活かして業績を伸ばしたとも言われている。米国による攻勢の背景には、中国人民解放軍や中国の情報機関との関係に関する懸念があるものと考えられる。対してファーウェイはこうした疑念を強く否定、近年は中国政府から距離を置く姿勢を明確にするとともに、未上場企業でありながら内容の濃いアニュアルレポートを策定するなど積極的な情報開示に努めている。グローバルにビジネスを展開していく上で中国リスクを払拭したいというファーウェイの意思の表れであろう。
 
そして、2018年12月に起きたのが「ファーウェイ・ショック」である。レン・ジンフェイの娘でもある孟晩舟・副会長兼最高財務責任者(CFO)が違法金融取引の疑いで、米国の要請に応じたカナダ当局によって逮捕されたのである。12月5日に逮捕が発覚すると、翌6日からの米国株式市場でダウ工業株30種平均は2営業日続落し、2万5000ドルを割り込む事態となった。日経平均も一時600円を超す急落、中国株も下落と、「ファーウェイ・ショック」は世界同時株安をもたらした。米国司法省は2019年1月、イラン制裁違反と企業秘密の窃盗を巡る2つの事件に関して銀行詐欺、通信詐欺、資金洗浄、司法妨害などを含む合計23にものぼる罪状でファーウェイを起訴している。孟副会長の逮捕にかかわる問題も長期化が予想されている。
 
では、具体的に、ファーウェイの何が問題視されているのであろうか。それを明快に示しているのが、2018年12月27日に日本経済新聞に掲載された「華為技術日本株式会社(ファーウェイ・ジャパン)より日本の皆様へ」と題した全面広告の内容である。そこには、「一部の報道において、『製品を分解したところ、ハードウェアに余計なものが見つかった』『マルウェアが見つかった』『仕様書にないポートが見つかった』といった記述や、それらがバックドアに利用される可能性についての言及がありました」と記され、ファーウェイはそれを「まったくの事実無根」と否定している。つまり、ファーウェイが製品を通じて不正に情報を収集している、端的にいえば中国政府や人民解放軍の代わりにスパイ活動をしている可能性が問題視されたのである。
 
現時点で、ファーウェイがスパイ活動を行っているという明白な証拠は存在しない。また、サイバー攻撃の手法も高度化し、今や「ハードウェアに余計なものを入れる」といった古典的かつ稚拙な手法は不要である。一方で、ファーウェイと中国政府や人民解放軍との深いつながりについては、様々な資料が存在することも事実である。
 

5――「ファーウェイ排除」の本質、及び米中新冷戦に対峙する中国のセンチメント

5――「ファーウェイ排除」の本質、及び米中新冷戦に対峙する中国のセンチメント

少なくとも明白であるのは、米国からファーウェイが問題視されているという事実である。米国の真の目的は、ファーウェイの米国およびその同盟国での通信基地事業展開、特に5Gでの覇権を阻止すること、またファーウェイを象徴的な事例として中国政府が推進する「中国製造2025」の政策遂行を中止させることと見ることができる。中国を代表するBATHの一角ファーウェイの創業者の娘であり、また経営に参画する副会長・CFOである人物の逮捕は、上述の通り、米中の戦いが単なる「貿易戦争」ではないことを暗示している。日本を含む米国の同盟国ないし西側経済は、事実上、政府関連の通信機器などの調達においてファーウェイ製品を締め出す方針を明らかにしている。歩調を合わせ、民間企業でもファーウェイとの取引を見直す動きも起きている。
 
対して、ファーウェイは、表面的かつ短期間には米国への配慮を示しながらも、中長期的にはテクノロジーで米国に負けない準備を着々と進めるとともに、国家の威信をかけた総力戦によって中国やグレーターチャイナ(中華圏)で完結するサプライチェーンの構築を急ぐ。まさに、米中新冷戦としての構図が形成されていくことが予想される。
 
実際のところ、ファーウェイは米国の攻勢から相当な痛手を負いながらも欧州、アジア、アフリカなどにおいて依然幅広い顧客層を持っており、ファーウェイの西側経済からの排除は米国が企図した通りには拡がっていないと見られている。その理由として、次を挙げることができる。
 
第一に、グローバル経済が分断されることへの懸念も根強いことである。中国の覇権を阻止しなければならないという危機感が存在する一方で、トランプ大統領が実質的に推し進めるグローバル経済の分断でよいのかという問題意識である。第二に、米国への反発と中国への配慮を挙げることができる。特に、中国との経済的な結び付きが強い欧州を中心とした国・地域に顕著である。第三に、先に述べた競争優位を梃子にした中国の国家をあげた総力戦の存在である。米中新冷戦における政治・経済・社会・技術それぞれの対立構造において、中国は国家総力で挑んでくる。第四として、ファーウェイがもつ価格競争力に鑑みて、経済合理性の観点からファーウェイを排除することは実質的に困難という各国事情も見逃すことはできない。5Gにシフトしていかなければならない中で、通信設備における価格競争力で優位にあるファーウェイを排除して、高コストでインフラを構築することができるのかといったことである。そして第五に、グレーターチャイナでのビジネスを喪失するかもしれないという懸念である。実際ファーウェイ製品はアフリカ諸国を中心に広く普及しており、ファーウェイがグローバル・スタンダードを取った場合、自国や自社はグレーターチャイナや国際市場での競争に耐えることができるのかという不安である。
 
そうして見ると、「ファーウェイ排除」の本質とは、単なる企業間のシェア争いに留まらず、まさに米中新冷戦の構図がそのまま投影されているということである。その本質のもと、米中新冷戦に対峙する中国のセンチメントとして次を挙げておきたい。
 
まず、「今はローキーでおとなしくしておこうとする姿勢」である。報復関税、ファーウェイの起訴や孟副会長の逮捕などを受けて、国家レベルでも民間レベルでも、自らに不利益が及ばないように米国・西側経済を刺激しないというものである。「中国製造2025」にかかわる政策推進を控えるように見せていることは、その顕著な例であろう。その対極的な現象としては、「米国をより短期のうちに名実ともに超えるというマグマ」が高まってきていることも決して無視することができない。そういったセンチメントは、事業面において、グレーターチャイナ圏で完結するサプライチェーン構築への機運も確実に高めるに至っている。さらに、中国の経営者は「中国の民間企業は、結局は民間企業ではないというあきらめ」とでも言うべきセンチメントを持つ。それは、中国企業は中国リスク、あるいは中国の政治リスクと表裏一体であると見做さなければならないことを意味する。すなわち、短期的・表面的には配慮や調和が標榜されるものの、長期的にはやはり米中新冷戦の構図がより固定化されるようなセンチメントが中国に渦巻いていると見るべきであろう。
 

6――「戦わずして勝つ」戦略の本質

6――「戦わずして勝つ」戦略の本質

「孫子の兵法」中の有名な言葉に、「戦わずして勝つ」というものがある。「戦わずして勝つ」ことが孫子の兵法の本質でもあり、多くの人が切望することでもあるだろう。もっとも、孫子の兵法をしっかり読み解くと、「戦わずして勝つ」ためには、実際には「未然に打ち破る」「国力を高める」「戦ったら必ず勝つ」という準備を行ない、力を蓄えておくことが不可欠であることがわかる。さらには、最上位概念として「Why:何のために戦うのか」という道やミッションが据えられている。
 
これらを現在の日本や日本企業の状況に置き換えてみたい。まずは、ただ単に傍観していても「戦わずして勝つ」ことは不可能であるということである。「未然に打ち破る」「国力を高める」「戦ったら必ず勝つ」という準備を行ない、力を蓄えておくこと、そしてそれと共に重要なのは、世界がどう在るべきなのか、日本がそのなかでどう在るべきなのか、そして自分の業界や企業がどう在るべきかという使命を明確にしておくことである。
 
現在の米中新冷戦からは、それぞれの国家が覇権を争うばかりで、この点はまったく伝わってこない。だからこそ、私たち日本人は、「Why:何のために戦うのか」についてのグランドデザインをグローバルな視点から提示し――多様性や個性が尊重され、すべての国家と国民の繁栄が実現することを大義に掲げ世界に提示し――それに向けて「What:何をするのか」をきちんと準備し、その上で「戦わずして勝つ」という政策でより多くの国家や企業が参画するようにリードしていくべきなのではないだろうか。
 
結びとして、孫子の兵法のなかでも最も重要な箇所といわれている、「兵は国の大事なり」の現代語訳を、軍事研究の大家であり戦史研究家でもある杉之尾宜生先生の『[現代語訳]孫子』(日本経済新聞出版社)から引用したい。ビジネスや経営に即した現代語訳ではなく、あえて軍事研究家の現代語訳を引用するのは、米中新冷戦のなかで、私たちが戦いということの厳しさを再認識する必要があると思うからである。
 
「戦争特に武力戦とは、国家にとって回避することのできない重要な課題である。戦争時に武力戦は、国民にとって生死が決せられるところであり、国家にとっては存続するか滅亡するかの岐れ道である。我々は、戦争時に武力戦を徹底的に研究する必要がある。根本的な五つの考慮要素について、己自身の主体的力量を検証し、次いで七つの考慮要素に基づき彼我の力量を比較せよ。そうすれば、彼我の相対的な力量の実態を解明できるであろう。」(『[現代語訳]孫子』二〇頁)

 
いまこそ、日本企業には、そして米中新冷戦のなかで日本という国家自体には、真に「戦わずして勝つ」ことができるようになることが求められていると言えよう。
図4.孫子の兵法の全体構造
 
 

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(2019年10月23日「基礎研レポート」)

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