2019年10月15日

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3. 日本経済の見通し

(企業部門主導の成長が続く)
日本経済は2012年11月を底として長期にわたり景気回復を続けてきたが、海外経済の減速を背景とした輸出の低迷を主因として2018年後半以降、停滞色を強めている。内閣府の「景気動向指数」による基調判断は2019年3月に景気後退の可能性が高いことを示す「悪化」となった後、5月にはいったん「下げ止まり」へと上方修正されたが、8月には再び「悪化」へと下方修正された。

2018年後半以降の輸出の減少に伴う製造業の悪化は、国内需要、非製造業の底堅さによってカバーされてきたが、2019年10月の消費税率引き上げ後には個人消費を中心とした国内需要が一定程度落ち込むことは避けられず、内外需がともに悪化するリスクがある。現時点まで景気回復が続いていれば、景気回復期間は「戦後最長景気(2002年2月~2008年2月)」の73ヵ月を大きく上回ることになるが、景気後退が回避できるかどうか微妙な局面を迎えている。

今回の景気回復局面の特徴としては、海外経済の緩やかな回復、企業収益の大幅増加を背景に企業部門(輸出+設備投資)が好調である一方、家計部門(消費+住宅)が低調であることが挙げられる。2012年10-12月期の景気の谷を起点とした今回の景気回復局面において、実質GDPは8.5%(年率1.3%)伸びたが、需要項目別にみると、輸出(30.9%、年率4.2%)、設備投資(22.2%、年率3.1%)は比較的高い伸びとなっているのに対し、民間消費(3.2%、年率0.5%)、住宅投資(2.5%、年率0.4%)は実質GDPを下回る低い伸びにとどまっている。実質民間消費の伸びは2014年度から5年連続で実質GDP成長率を下回った。

家計部門の低迷が長期化している主因は可処分所得の伸び悩みである。アベノミクス開始以降の約6年間(2012年10-12月期→2019年1-3月期)で、家計の実質可処分所得の伸びは1.7%(年平均0.3%)にとどまっており、同じ期間の実質家計消費支出の伸びを若干下回っている。
実質GDP・需要項目別の推移/家計の実質可処分所得の要因分解
実質可処分所得の内訳をみると、企業の人手不足感の高さを背景に雇用者数が大幅に増加しているため、雇用者報酬は順調に伸びている。一方、マクロ経済スライドや特例水準の解消による年金給付額の抑制、年金保険料率の段階的引き上げなどによって、「社会給付-負担」が可処分所得を大きく押し下げている。さらに、2014年度の消費税率引き上げの影響もあって、家計消費デフレーターが約3%近く上昇していることが実質ベースの可処分所得の目減りにつながっている。可処分所得の伸びが高まらなければ、個人消費の本格回復は期待できないだろう。
(高齢者1人当たりの雇用者所得が大幅に増加)
雇用情勢は改善傾向が続いており、就業者数は女性、高齢者を中心に増加している。就業者数は2013年から2018年までの6年間で384万人増加したが、その約7割の266万人が65歳以上の高齢者である。15~64歳については女性が171万人増加しているが、男性は▲44万人減少している。
女性、高齢者の就業者数が大幅に増加 高齢者はパートタイム、嘱託など非正規の雇用形態で働く人が多いこともあり、相対的に賃金水準は低いが、雇用者数が大幅に増加したことにより高齢者の雇用者所得は大幅に増加している。

「賃金構造基本統計(厚生労働省)」、「毎月勤労統計(厚生労働省)」、「労働力調査(総務省統計局)」を基に年齢階級別の雇用者所得(1人当たり賃金×雇用者数)を試算すると、2018年の雇用者所得は全体では2000年とほとんど変わっていないが、60~64歳では1.7倍、65歳以上では2倍以上に増えている。
もちろん、高齢者の雇用者所得が大幅に増加した一因は、高齢化の進展に伴い高齢者の人口自体が増えたことだが、働く人の割合が大きく高まったことによって、高齢者の人口1人当たりの雇用者所得も近年大幅に上昇している。2018年の1人当たり賃金は全ての年齢階級で2000年よりも減少しているが、人口1人当たりの雇用者所得は55~59歳で25%増、60~64歳で74%増、65歳以上で26%増となっている。いずれも当該年齢階級の人口に占める雇用者の割合(雇用者比率)が大幅に上昇したことが、人口1人当たりの雇用者所得を大きく押し上げている。たとえば、60~64歳の雇用者比率(男女計)は2000年時点の33.5%から2018年には52.7%まで上昇している。
年齢階級別・雇用者所得の推移/年齢階級別・人口1人当たりの雇用者所得の変化(2000年→2018年)
高齢者の雇用者所得が大幅に増加する一方で、年金支給開始年齢の段階的引き上げや支給額の抑制が実施されているため、高齢者世帯の所得の内訳が変化している。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によって高齢者世帯(65歳以上のみ、又はこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯)の所得の内訳を確認すると、2010年頃までは所得全体の70%以上を占めていた公的年金・恩給等の割合は2017年には60%程度まで低下した。一方、2005年頃までは10%程度にすぎなかった雇用者所得の割合は足もとでは20%近くまで高まっている。

高齢者がより長く働くようになることは、マクロベースの消費動向にも影響を与えるだろう。消費水準が低い高齢者の割合が高まることは家計全体の消費水準の低下につながりやすいという問題があるが、勤労者世帯と無職世帯では消費水準が大きく異なる。

「家計調査(総務省統計局)」によれば、世帯主が60歳以上、65歳以上の消費支出の水準は全世帯平均の90%前後となっているが、このうち勤労者世帯だけを取り出すと全世帯平均よりも水準が高い。先行きについても、年金支給額の抑制、年金支給開始年齢のさらなる引き上げが予想されるが、高齢者がより長く働くことによって高齢者1人当たりの雇用者所得の水準を引き上げれば、高齢化に伴う消費水準の低下に歯止めをかけることは可能だろう。
高齢者世帯の所得の種類別構成比/高齢者世帯の消費水準
(労働力人口は過去最高水準を更新)
人口減少、少子高齢化が進む中、日本の労働力人口は減少傾向が続いてきたが、2013年からは6年連続で増加し、2018年には6830万人と過去最高となっていた1998年の6793万人を20年ぶりに更新した。日本の人口は2008年をピークに減少しており、生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに20年以上にわたって減少を続けている。こうした中でも労働力人口が増加し続けているのは、女性、高齢者を中心に労働力率(労働力人口/15歳以上人口)が想定を上回るペースで上昇しているためだ。

総務省統計局「労働力調査」の参考表(2002年~2018年)を用いて、各歳別の労働力率を確認すると、男性は60歳以上の労働力率が大幅に上昇していることが分かる。2002年から2018年の16年間で60歳から70歳までの労働力率は概ね10%ポイント上昇している。かつては、60歳定年制を採用している企業が多いこともあり、59歳から60歳にかけて労働力率が大きく低下するという特徴があった。しかし、厚生年金の支給開始年齢の段階的引き上げ、企業に65歳までの雇用確保措置を講じることを義務付けた「高年齢者雇用安定法」が施行されたことから、60歳以上の労働力率が大きく上昇し、59歳から60歳にかけての労働力率の低下は緩やかとなった。一方、女性は幅広い年齢層で労働力率が大きく上昇しているが、20歳代後半から30歳代半ば、60歳前後の上昇幅が特に大きい。
年齢各歳別の労働力率(男性)/年齢各歳別の労働力率(女性)
日本の労働力率、特に高齢者の労働力率は国際的にみて高水準にあり、さらなる上昇の余地が小さくなりつつあることは確かである。しかし、健康寿命の長さが国際的にトップクラスにあること、平均寿命が現在よりも10年以上短かった1970年頃の高齢者(65歳以上)の労働力率が現在よりも高かったことなどを踏まえれば、高齢者の労働力率をさらに引き上げることは可能と考えられる。
労働力率の国際比較(男女計、2018年)/健康寿命の国際比較(男女計、2016年)
先行きについては、人口減少ペースの加速、さらなる高齢化の進展が見込まれるが、女性、高齢者の労働力率を引き上げることにより、労働力人口の大幅減少を回避することは可能だ。

今回の見通しでは、女性は30~59歳の労働力率が70%台から80%台まで上昇男性は60歳代の労働力率が大幅に上昇(60~64歳:83.5%(2018年)→90.1%(2029年)、65~69歳:58.7%(2018年)→68.7%(2029年))することを想定した。2018年時点の男女別・年齢階級別の労働力率が今後変わらないと仮定すると、2029年の労働力人口は2018年よりも600万人近く減少する(年平均で▲0.8%の減少)が、高齢者、女性の労働力率上昇を見込み、2029年までの減少幅は40万人(年平均で▲0.1%の減少)とした。
(予測期間中の潜在成長率は1%程度で推移)
1980年代には4%台であった日本の潜在成長率は、バブル崩壊後の1990年代初頭から急速に低下し、1990年代終わり頃には1%を割り込む水準にまで低下した。2002年以降の戦後最長の景気回復局面で一時1%を上回る水準まで回復した後、世界金融危機による急激な落ち込みからほぼゼロ%まで低下したが、2010年代半ば以降は1%程度まで持ち直している。

潜在成長率を規定する要因のうち、労働投入による寄与は1990年代初頭から一貫してマイナスとなっていたが、女性、高齢者の労働参加が進んでいることから小幅なプラスに転じている。また、世界金融危機後に減少に転じた資本ストックが、その後の設備投資の回復を反映し2013年度以降増加しているため、資本投入によるプラス寄与が拡大傾向にある。一方、全要素生産性は長期的に低下傾向が続き、足もとでは0%台前半となっている。
潜在成長率の寄与度分解 先行きの潜在成長率は、予測期間を通じて設備投資の堅調が続くことから、資本投入のプラス寄与が緩やかに拡大する一方、働き方改革の推進によって労働時間の減少が続くこと、予測期間中盤以降は労働力人口が緩やかに減少することから、労働投入による寄与はマイナスとなるだろう。また、AI(人工知能)、IoT(Internet of Things)の活用、働き方改革の推進などから、全要素生産性上昇率は0%台半ばまで回復することを見込んでいる。この結果、潜在成長率は今後10年間1%程度の推移が続くと想定した。
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【中期経済見通し(2019~2029年度)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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