2019年09月03日

検討が進む「デジタル市場のルール整備」~高まる消費者の個人情報保護への意識~

中村 洋介

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1――成長戦略に盛り込まれた「デジタル市場のルール整備」

デジタル・プラットフォーマーのような巨大IT企業が各国でビジネスを拡大させる中、個人情報保護の問題やプラットフォームの参加者に対する不当行為等、その弊害が懸念されている。

日本でもこうした巨大IT企業を念頭に、「デジタル市場のルール整備」が検討されてきた。今年の6月に閣議決定された成長戦略においても、プラットフォームビジネスについてのルール整備等を所管する専門組織の創設や、デジタル市場における取引慣行等の透明性や公正性確保に向けた法案作り、データ集積等を考慮した企業結合審査の見直し等が盛り込まれた(図表1)。社会的関心の高い分野ということもあって、今後取り組みが着々と進められていくものと見られる。
【図表1】成長戦略実行計画(デジタル市場のルール整備に関する主な記載内容)

2――デジタル・プラットフォーマーによる対消費者取引に対する優越的地位の濫用規制

2――デジタル・プラットフォーマーによる対消費者取引に対する優越的地位の濫用規制

こうした取り組みの一環として、8月末には公正取引委員会が、デジタル・プラットフォーマーと消費者との取引において、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」規制を適用することについて、その考え方を公表するとともに、当内容に関する意見募集を開始した。これまで「企業間の取引」に適用されてきた「優越的地位の濫用」規制は、無料サービスであっても個人情報等の提供を対価として求めるような「対消費者との取引」にも適用されると整理した。消費者がデジタル・プラットフォーマーによる不利益な取扱いを受け入れざるを得ない場合、例えば、代替可能なサービスが存在しない場合や、サービス利用を止めることが事実上困難な場合には、消費者に対して取引上の地位が優越していると認め、そうした状況下で消費者に対して不当に不利益を課して取引を行えば、優越的地位の濫用とされることになる。あわせて具体的な行為類型が示されており、利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得するような「個人情報等の不当な取得」や、必要な範囲を超えて消費者の意に反して個人情報を利用するような「個人情報等の不当な利用」が、優越的地位の濫用に該当するとされた。こうした考え方は、米国等海外勢の巨大IT企業に限定されず、日本のデジタル・プラットフォーマーにも適用されると見られる。また、歩調を合わせるように、個人情報保護委員会もコメントを発表し、デジタル・プラットフォーマーによる不当な行為が疑われるような場合には、公正取引委員会と連携を図ること等が示された。こうした動きは、企業のデータ利活用における個人情報の適切な取扱いに向けて、改めて警鐘を鳴らすことになりそうだ。
【図表2】優越的地位の濫用となる行為類型

3――高まる個人情報保護への意識 

3――高まる個人情報保護への意識 

これまで、フェイスブックやグーグルといった巨大IT企業を念頭に、ルール整備の議論が進んできたと言える。しかしながら、ここに来て日本企業に対しても風向きが厳しくなりつつあるように思われる。これまで、公正取引委員会が実施した実態調査において、海外勢だけでなく日本勢のプラットフォーマーに対しても懸念が浮き彫りにされたり、オンライン旅行予約サイトを運営する日本企業等が独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会の立入検査を受ける等の動きもあった。だがそれ以上に、ここ最近大きな注目を集めている大手就職情報サイト運営企業の「内定辞退率予測」問題が、風向きを変える大きなきっかけになりそうだ。

日本を代表する就職情報サイトを運営する企業が、ユーザーである学生の「内定辞退率」予測を外部企業に販売・提供していたことが問題になっている。就職情報サイト内で得られたデータ(サイト上の行動ログ等)を分析し、学生の内定辞退率に応じたスコアを算出し、契約企業に販売・提供していた。運営企業が、プライバシーポリシーを改訂した際の事務手続き等の不備により、一部の会員から必要な同意を得ていない状況で、第三者である外部企業に情報が提供されていたとのことである。8月末には、個人情報保護委員会が、個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じていなかったこと、第三者提供の同意を得ないまま外部企業に個人データが提供されたこと等を理由に、是正勧告を出すに至った。同委員会から是正勧告が出されるのは初めてのことである。また、勧告に加えて、運営企業のプライバシーポリシー上で個人データを第三者に提供することについて同意を得たとしている会員に対しても、プライバシーポリシーの記載内容では説明が明確であるとは認め難いとし、指導も出されている。

この問題に関して、新聞等メディアの論調は総じて厳しい。個人情報保護法の規定に違反している点だけでなく、運営企業がデータ提供企業に対して合否判定に当該データを活用しない旨の同意を得ていたと説明してはいるものの、就職のような人生を左右する場面で個人情報等がこのような使われ方をされた点については、批判的な意見が圧倒的だ。

デジタル・プラットフォーマーに対する規制についても、メディアではフェイスブックやグーグルを念頭にした批判、論調が多かったが、この問題を受けて、日本でも強固なポジションを持つプラットフォーマーが存在すること、海外勢だけでなく日本勢でも不適切な個人情報の取扱い等が発生する可能性があり、それが社会的に大きな影響を与えうることが改めて認識され、足もとではデジタル・プラットフォーマー規制の問題と、この「内定辞退率」問題が紐付けられて報道されているケースも多い。

個人情報等の取扱いについて消費者の不安を解消できるようなルール整備が進むことは当然望ましいことである一方、一連の問題を受けて企業がデータビジネスに躊躇してしまう恐れもある。2013年には、大手鉄道会社がICカード乗車券の利用履歴データを匿名加工した上で、第三者である外部企業に提供しようとしたところ、多くの利用者から個人情報やプライバシーの保護に対する配慮に欠けているのではないか、と批判が上がったことがあった。データ利活用に向けた議論が進む契機になった一方で、データ利活用を躊躇する動きに繋がった面もあった。

データ利活用に向けた機運が高まり、ビジネスチャンスも大きくなる一方で、消費者の個人情報に対する不安や懸念も高まりつつある。消費者の不安や懸念を解消することはもちろん、企業が過度にデータ利活用に躊躇することがないように、デジタル市場のルール整備に向けた議論を進めていく必要がありそうだ。
 
 

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中村 洋介

研究・専門分野

(2019年09月03日「基礎研レター」)

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