2019年08月13日

感染症の現状 (前編)-医療関連感染の防止には何が必要か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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6――医療関連感染の耐性菌対策

抗菌薬治療を進めるうえで、耐性菌への対策は大きな課題となりつつある。この章では、耐性菌対策についてみていく。

1|政府は薬剤耐性対策のアクションプランで、6つの目標と2020年の成果指標を掲げている
感染症の原因菌に対して、さまざまな抗菌薬が開発されている。一般に、抗菌薬は、繰り返して使用しているうちに、耐性菌が出現して効かなくなってしまう。そうした場合に、耐性菌に効果のある、別の抗菌薬が使用される。しかし、いずれその抗菌薬に対しても耐性を持つ菌が出現する。抗菌薬による治療は、このような耐性菌とのいたちごっこを免れない。

耐性菌の出現を遅らせるためには、むやみに抗菌薬を使用するのではなく、投与する順番や量を踏まえて、適切に抗菌薬を選択して使用する必要がある。不要な投与をすれば、早期に耐性菌の出現を許すリスクが高まる。

首相官邸に2015年に設けられた「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」は、このような薬剤耐性の問題について議論を進めてきた。そして2016年に、「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(以下、「アクションプラン」)を公表した35。その内容を簡単にみていこう。
 
35 AMRは、AntiMicrobial Resistanceの略。
(1) 6つの目標
アクションプランでは、6つの目標が設定されており、それぞれについて戦略が立てられている。薬剤耐性についての国民への普及啓発・教育、医療等での抗微生物剤の使用量の動向調査、薬剤耐性等についての研究、国際協力などが掲げられている。
図表16. 「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」における6つの目標
(2) 成果指標
アクションプランでは、2020年時点の成果指標が掲げられている。耐性菌の出現状況(分離率)と、抗菌薬の使用量についての数量指標である。2018年に公表された2017年時点の進捗状況をみると、目標値との乖離が大きい指標が多い。目標を達成するためには、さらなる取り組みの強化が求められる状況といえる。
図表17. 「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」における成果指標の進捗状況
2|医療施設には、「アンチバイオグラム」の作成と活用が求められる
薬剤耐性菌は、各医療施設内でさまざまな形で蔓延する。どの原因菌にどの抗菌薬が効くか(感受性を持つか)、効かないか(耐性を持つか)という状況は、医療施設ごとに異なってくる。そこで、抗菌薬の選択は、医療施設ごとに判断することが必要となる。

各医療施設で、原因菌に対して感受性を有する抗菌薬の一覧表リストを「アンチバイオグラム」として用意し、院内の医師による抗菌薬の処方に活用していくことが、耐性菌対策として重要となる。

アクションプランでは、各医療施設で、アンチバイオグラムを作成するためのマニュアルやガイドラインの整備が、薬剤耐性対策の取り組みの1つとして示されている。
 

7――おわりに

7――おわりに

本稿では、感染症の概要と、医療関連感染の現状についてみていった。ひとくちに感染症といっても原因菌や感染経路は多様であり、治療法、感染拡大防止策、予防策もそれに応じて異なったものとなる。どのような治療法や対策をとるか、という判断は、臨床の医師や医療従事者に委ねられている。その判断によって、医療関連感染は拡大することもあれば、防止できることもある。入院する患者は、医療従事者の指示に従って、感染拡大防止に協力することが必要となろう。
 
次稿では、感染症の市中感染をみていく。感染症が人類の歴史にどのような影響を及ぼしてきたか、過去の事例を概観して、そこからいくつかの気づきを抽出していく。また、病気が拡大する様子を表す数理モデルについても簡単に触れていく。
 
その上で、次稿の最後に、感染症への対策について、まとめと私見を述べることとしたい。
【参考文献・資料】
 
(下記1~11の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「感染症まるごと この一冊」矢野晴美著(南山堂, 2011年)
  2. 「ウイルス・細菌の図鑑 - 感染症がよくわかる重要微生物ガイド」北里英郎・原和矢・中村正樹著(技術評論社, 2016年)
  3. 「矢野流! 感染予防策の考え方 - 知識を現場に活かす思考のヒント」矢野邦夫著(リーダムハウス, 2015年)
  4. 「You Can Do it ! CDCガイドラインの使い方 感染対策 - 誰でもサッとできる !」矢野邦夫著(メディカ出版, 2019年)
  5. 「図解入門 よくわかる 公衆衛生学の基本としくみ」上地賢・安藤絵美子・雑賀智也著(秀和システム, 2018年)
  6. 「創薬科学入門(改訂2版) - 薬はどのようにつくられる? - 」佐藤健太郎著(オーム社, 2018年)
  7. 「人類と感染症の歴史 - 未知なる恐怖を超えて」加藤茂孝著(丸善出版, 2013年)
  8. 「続・人類と感染症の歴史 - 新たな恐怖に備える」加藤茂孝著(丸善出版, 2018年)
  9. 「パンデミックを阻止せよ! - 感染症危機に備える10のケーススタディ」浦島充佳著(化学同人, DOJIN選書049, 2012年)
  10. 「怖くて眠れなくなる感染症」岡田晴恵著(PHPエディターズ・グループ, 2017年)
  11. 「インフルエンザ なぜ毎年流行するのか」岩田健太郎著(KKベストセラーズ, ベスト新書593, 2018年)
 
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. 「広辞苑 第七版」(岩波書店)
  2. 「動物由来感染症ハンドブック2018」(厚生労働省)
  3. “Standard Precautions for All Patient Care”(CDC)
  4. “Guidelines Library”(CDC)
  5. 「院内感染対策サーベイランス 検査部門」(厚生労働省)
  6. “Antibiotic Resistance Threats in the United States, 2013”(CDC)
  7. 「墨東病院院内感染対策マニュアル」(東京都立墨東病院ホームページ)  http://bokutoh-hp.metro.tokyo.jp/hp_info/kansenkanri_manual.html
  8. 「院内感染対策サーベイランス 手術部位感染(SSI)部門」(厚生労働省)
  9. 「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議, 2016年)
  10. 「薬剤耐性ワンヘルス動向調査 年次報告書2018」(薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会, 平成30年11月29日)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2019年08月13日「基礎研レポート」)

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