2019年08月06日

「情報銀行」は日本の挽回策となるのか

中村 洋介

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2期待がかかる背景
情報銀行のような仕組みに大きな期待がかかるのは、日本におけるデータ利活用が思い描くようには進んでいないことの裏返しでもある。内閣官房の「データ流通環境整備検討会」に設置された「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ」が2017年3月に公表した「中間とりまとめ」では、データ流通や利活用に向けた課題を整理している(図表6)。消費者の視点では、自らのデータがどのように使われているのか把握や制御が出来ないこと等への不安や、自らのデータを提供することによる便益を理解、実感出来ないこと等が、データ提供のハードルになっていると指摘されている。また、事業者の視点からは、消費者の漠然とした不安やレピュテーションリスク等を背景に企業や業界を超えたデータ流通・活用に躊躇してしまうことや、データの互換性確保等の技術的課題があること等について言及されている。同とりまとめが公表されてから2年以上が経過したが、指摘された課題の多くは依然として根強く残っているのが現状だろう。こうした課題の有力な解決策と目されているのが、消費者が自らのデータをコントロールし便益を受けられる情報銀行や、事業者が躊躇せずにデータを入手出来るデータ取引市場の普及、実現なのだ。GAFA等巨大デジタル・プラットフォーマーはデータを集め、それを活用して稼ぐという洗練されたビジネスモデルを確立して、各国の市場を席巻してきた。世の中に巨大デジタル・プラットフォーマーの行いに対する不安や疑念が芽生え育ちつつある今、政府には「安全・安心」が売りのデータ流通・活用の仕組みをいち早く軌道に乗せて、巻き返しを図りたいという思いもあるだろう。
(図表6)データ流通・活用に向けた課題
3実現に向けた課題
ただ、これらの方策の実現に向けては相応のハードルもある。英国のmidata等、海外で類似の先行事例もあるが、大きく成功したとは言えない状況にある。日本が先駆者として、試行錯誤していく必要がある。

まず、ビジネスモデルとして成立するのかという重要な論点がある。データ流通・利活用を「安全・安心」に行う仕組みとしては理想的なのだろうが、民間事業者が運営するのであれば、収益性等の観点から持続性のあるモデルでなければ定着しない。仮にその事業単体で収益が上がらないにしても、それを補って余りある他の事業とのシナジー効果が必要だろう。

情報銀行について言えば、無料で使える便利な検索サービス、SNS、メッセージサービス、スマートフォンアプリ等が浸透している中で、消費者からフィー(月額利用料等)を徴収するのは容易では無いだろう。となると、データの提供先である第三者(事業者)から消費者に還元する対価の他にフィーを徴収する、データ取引市場でデータを取引して利益を出す、といったことになる。情報銀行からデータ提供を受けて、消費者一人ひとりに最適化されたサービス・商品を提供しようとする事業者であれば、購買意欲の高い魅力的な消費者(例えば、旅行や教育サービス等の高額消費に積極的な高所得者層等)のデータを入手し、その消費者にアクセスしたいと思うだろう。また、データを商品開発やマーケティングに活かしたいと考えている事業者にとってみれば、ある程度まとまったサイズのデータが無いと活用出来ない。質の高い、多くのデータを集めた上で、マネタイズ(収益化)する仕組みが作れるかどうかが鍵になる。ユーザーとなってくれる消費者を増やし、多くのデータを集める(囲い込む)ために、当面は先行投資で相応の赤字が続くことへの覚悟が必要かもしれない。

ただ、データを集めるにせよ、消費者にとって魅力あるサービスでなければデータが集まらない。消費者がデータを提供したいと思うような便益(対価)を提供出来るかどうかがポイントになる。実際にデータを提供しても数十円から数百円分の現金やポイントにしかならないといったことは十分にあり得るだろう。また、クーポン(もしくは「お得な情報」)が提供されても、似たようなクーポンや情報が溢れている中、価値を見出せない消費者もいるだろう。消費者によっては、既存のポイントサイト(アンケートへの回答等によってポイントがもらえるサイト)と同じカテゴリーのものだと認識し、新味を感じないかもしれない。如何にして、消費者にデータを提供するメリットを遡及できるかが問われよう。

当然、安心してデータを預けられる管理体制の構築も必要だ。また、消費者がスマートフォンやパソコン上で容易にストレス無く操作、管理出来るユーザーインターフェースも重要だ。操作や管理が煩雑で分かりにくいようだと、情報の提供先等をうまく管理することが出来ず、消費者が魅力を感じられずに離れていってしまう。安心、透明性、分かりやすさが求められる。

データ取引市場についても、市場の参加者(データの売り手、買い手)が多く集まってこそ、市場が機能し、活性化する。取引されるデータや参加者の質を維持し、不正を排除する仕組みも求められよう。

今後に向けては、データの流通や利活用をより円滑に行うために、データ様式・形式等の標準化やルール作りについても議論が進められていくだろう。行政が保有するデータをどう活用していくかも重要なポイントだ。また、データポータビリティ(自分のデータを引き出し、他に移せる仕組み)の導入をどう考えるのかという論点もある。消費者の便益を高めるだけでなく、他のサービスに乗り換えるハードルを低め、新たな事業者の参入障壁を下げることで巨大デジタル・プラットフォーマーによる寡占・独占を抑制出来るという指摘がある。一方、コストをかけて収集・管理してきたデータを、ライバル事業者に移されてしまうことに対する懸念を持つ事業者等のことも考えると、慎重な議論が求められそうだ。加えて、健康・医療情報を含む「要配慮個人情報」の取扱いに関する議論もある。2018 年6月に総務省と経産省が公表した「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」では、要配慮個人情報、クレジットカード番号、銀行口座番号に関する個人情報は、情報銀行の「認定対象外」とされていた。この指針の見直しに向けて行われている足もとの議論では、クレジットカード番号、銀行口座番号に関する個人情報を認定対象として追加する方向である一方、要配慮個人情報については賛否両論の様々な意見が寄せられたことから、継続検討とされた。健康・医療関連データビジネスの展望に影響するだけに、議論の行方を注視したい。
 

3――おわりに

3――おわりに

政府の旗振りもあって、情報銀行等のデータビジネスに熱い視線が注がれている。情報銀行や信用スコアには、金融機関やインターネット企業等が参入している。信頼という点では、銀行のような金融機関は消費者からの信頼感が高いと言われ、情報銀行等の事業を行う上ではメリットになる可能性がある。一方、データビジネスの主戦場が広告やマーケティング領域となれば、広告・インターネット企業に分がありそうだ。金融機関やインターネット企業等、様々な企業が業種の垣根を越えて競争を繰り広げることにもなりそうだ。

グーグルやフェイスブックは、魅力ある無料サービスで多くのユーザーを獲得した。ユーザーはサービスを利用する中で、ストレスを感じることなく自然と自らの情報を提供している。例えば、グーグルの無料検索サービスでは、何かを調べるという目的を果たすために検索ボックスに自らの興味・関心のある事柄を入力しているのであり、情報を提供しようとして入力するわけではない。こうして集めた多くのユーザーとその情報を最大限に活用して、ユーザーの興味・関心に合うようなインターネット広告商材を提供し、広告ビジネスで収益を稼ぐモデルを生み出した。グーグルの例で言えば、検索結果画面の中に検索された事柄に関連した(興味・関心があると推察される)商品やサービスの広告が表示される。多くのユーザーが頻繁に利用する上、その人の興味・関心に合った広告が出せるのであれば、高い効果が見込めるだけに広告主にとっては非常に魅力的だ。ネットワーク効果もあって、ユーザーも広告主(広告収入)も増えていく。そして、次々とデータが集まってくる。色々と批判を巻き起こしてはいるが、ある意味で非常に「洗練」されたモデルとも言える。飛び抜けて優秀な人材が集まるだけに、包囲網が狭まっても、新たな進化を遂げる可能性も秘めている。

日本の情報銀行等のビジネスモデルも洗練させ、高いレベルに昇華させていくことが出来るだろうか。「個人情報の取扱に関する不安、懸念」が根強い一方、「面倒なことはしたくない」という難しい要求を持つ消費者を満足させるとともに、しっかりと利益を獲得していくには「もうひと工夫」必要だろう。企業の創意工夫や試行錯誤によってビジネスモデルが進化し、データビジネスで出遅れた日本にとって、真の意味での挽回策となることを期待したい。
 
 

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中村 洋介

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(2019年08月06日「基礎研レポート」)

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