2019年07月17日

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4――おわりに~「日本発のデータ共有・共用モデル」を示せ!

日本経済新聞と日経BP社の専門サイト「日経 xTECH」が2018年7~8月に実施した、日本の主要企業(大手113社)へのAIの活用状況に関わるアンケート調査によれば、「データはあるが、使える状態になっていない」企業が35%に上り「収集できていない」も2割を占め、「どんなデータが必要か分からない」も含め6割の企業が、AIの運用に欠かせないデータ活用で課題を抱えていることが分かったという32。また、日本政策投資銀行が2018年6月に実施した「全国設備投資計画調査(大企業:資本金10億円以上)」によれば、「ビッグデータ、AIを活用している、または活用を検討している」企業の比率は、製造業(486社)では34%、非製造業(682社)では24%にとどまっている33

このように、現時点ではデータの利活用が遅れている我が国企業にとって、データの共有・共用が進むMLBに学ぶべきことは多々あると思われる。我が国企業の経営層や従業員が、MLBのデータ革命の良いところを取り入れ、現状のデータ利活用の遅れから脱してデータ革命を本格的に推進することを期待したい。

その際に、個別の具体的な戦術・戦略というより、AI・IoTの利活用に際しての大局的な方向性として図表3を参照・活用して頂ければ有難い。第3章で述べたインプリケーションについて、見出しを抽出して要点をまとめたものだが、これを「AI・IoT利活用の方向性」と呼びたい(図表3)。
図表3 AI・IoT利活用の方向性
なお本稿では、「AI・IoTの利活用の目的は、イノベーションを通じて創出される社会的価値の最大化にある」ことを強調したが、そのためには、「AI・IoTが及ぼし得るリスク・脅威や社会が抱くAI・IoTへの懸念・不安の最小化・除去」に最大限の努力を尽くすことが、前提条件になることは言うまでもない。筆者が「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日にて指摘したように、「AI・IoTが及ぼし得るリスク・脅威や人々が抱くAI・IoTへの懸念・不安を、説明責任の明確化やプライバシーの保護など『開発・運用原則』の明確化により取り除く一方で、AI・IoTの開発・利活用によって社会的価値を創出し社会を豊かにすることは、AI・IoTの開発・実装に携わる科学者・開発者や経営者の『社会的責任』であり、強い使命感・気概・情熱を持って、この志の高い社会的ミッションを成し遂げなければならない」。

一方、我が国でも一部の先進企業では、戦略的にデータを共有・共用しようという動きが出てきている。本稿で紹介した、官民連携によるAIを活用した道路橋メンテナンスの効率化に関する共同研究や、大手化学メーカー13社によるプラントの外面腐食状況予測のためのモデル開発・構築も、先進事例として挙げられる。

また、アスクルは、データ共有を既にいち早く実践している極めて先進的な事例だ。同社は、個人向け通販「ロハコ」のビッグデータを活用する「LOHACO ECマーケティングラボ」を2014年に設立し、個人情報に配慮して加工したデータをメーカーなど取引先に公開し、効率的な販売促進や商品開発、物流などに活かしているという34。ラボ設立の基本精神には、社会最適で環境負荷の少ない仕組みにしようという考えがあり、「ウィナー・テイクス・オール(勝者総取り)」ではなく「共創」を目指しているという。2018年度にラボに参加した企業は日用品や食品、飲料、化粧品、医薬、文房具など132社35に上り、競合する企業も多いが、お互いがデータを共有しているという。かつては抵抗を持つ企業もあったが、今では「顧客を幅広く知ることがメリット」というのが共通認識となったという。定期的に会議や勉強会も開き、成功事例の発表や効果の検証などをしており、活動を通じ、いくつも新商品が誕生したという。

参加企業が社会的価値を創出するという基本精神の下でアスクルのラボに集い、データは協調領域とする一方で新製品開発で競い合い、成功事例や効果検証などはまた参加企業間で共有される、というサイクルがきっちりと確立されている。本稿で述べてきたように、単にデータを共有するだけでは不十分であり、協調領域(データや成功事例・効果検証の共有)と競争領域(新製品・新サービスの開発)を明確化することが極めて重要であることを、アスクルの事例は見事に示している。また、「社会最適」が基本精神として謳われていることも特筆される。

データを独占してきたGAFAなど巨大ITプラットフォーマーへの警戒感が国際的に強まり、主要地域・主要国で様々な規制が整備されつつある中、我が国では、アスクルのように、協調領域と競争領域を明確に切り分けた「日本発のデータ共有・共用モデル」を世界に示していくことが極めて重要である、と筆者は考える。
 
32 日本経済新聞 2018年9月30日1面「AI、データ不足6割 『動かない頭脳』続出の恐れ/主要100社に聞く 本社・日経BP調査」より引用。
33 日本政策投資銀行産業調査部「2018年度設備投資計画調査の概要」(2018年8月1日)より引用。
34 アスクルの事例は、吉岡晃(アスクル取締役)「企業のデータ共有を社会の利益に」『私見卓見』日本経済新聞2018年10月3日より引用。
35 2019年度は140社でスタートした(アスクル株式会社「『LOHACO EC マーケティングラボ』第6期140社の参加企業と共に、始動」『ニュースリリース』2019年4月17日)。

<参考文献>
(※弊社媒体の筆者の論考は、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい)
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2019年07月17日「ニッセイ基礎研所報」)

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【AI・IoTの利活用の在り方-米メジャーリーグの「データ革命」に学ぶ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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