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インシュアテック企業「オスカー」は、米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるか
松岡 博司
はじめに-世界でもっとも有名なインシュアテック企業にしてデータヘルス企業
「保険(インシュアランス)」と「テクノロジー」を掛け合わせた「インシュアテック」は、進化したデジタルテクノロジーを使って保険事業の一部または全部を作り変え、より効率的な保険事業、より魅力的な保険商品・サービスを作り出そうとするものである。オスカーは、そのインシュアテック分野でいち早く世界の注目を浴びたスタートアップ(新興)企業で、コンサルタント会社KPMGがインシュアテックも含めたフィンテック分野で優れた企業を選定する「世界のフィンテック100」において、4年連続で上位にランクインしている。
本稿では、インシュアテック、デジタルヘルスの実験企業とも言えるオスカーのあり方を見、デジタルを活用した、「これからの医療」、「これからの保険経営」を考えて行く上での参考に供したい。
なおこうした新興企業の紹介を行う場合にありがちなことではあるが、以下の記述のかなりの部分が、オスカーが提供している情報をベースとするものであることにはご留意いただきたい。
一部にアピールしたいがための突っ走った記述が混じっていないとも限らないが、その分を割り引いても、オスカーの事業のあり方を見ることは、参考になる点が多い。
1――米国医療のあり方にもの申す
オスカーが参入した米国の医療マーケットは独特な世界である。高齢者向け(メディケア)と低所得層向け(メディケイド)を除いて、公的な医療保険がない米国では、民間の医療保険会社が果たす役割は大きい。その民間医療保険市場は、少数の大手社が支配する寡占市場である。
薬価や診療報酬が公的に定められるわが国と異なり、米国ではこれらの価格は民間の事業の一側面として、市場原理に則り、自由交渉で定められる。医療保険会社は、このような市場原理貫徹の医療現場で、医療費をコントロールしようと、自社の保険が使える病院・クリニックをネットワーク化し、保険適用可能な医療行為も定めて、関与を強めている。
保険会社にとっては使われる医療費は少ない方がいい。一方の医療サービスプロバイダーである病院や製薬会社等にとっては医療費は多く使われる方がいい。二つの勢力の間にはせめぎあいがある。そのため、各業態の各社は、交渉力の強化を目指して、合併や買収を通じた大型化を追求している。
そのような強豪ひしめく医療マーケットにテクノロジーだけを武器に参入したオスカーの姿は、風車に向かって突き進むドン・キホーテのようにも見えそうだ。しかし設立間もないオスカーの資金調達には、グーグル系のベンチャーキャピタル等、そうそうたるメンバーが参加した。
オスカーは米国の医療マーケットについて、「競争的でも透明でもないので、ヘルスケアは高価である。患者は、自分のケアを選択する際、質や価値についての信頼できるシグナルをほとんど持っていない。病院や専門医は、地域での市場支配力が許す範囲で料金を請求する。コストは複雑で分かりにくい支払いの流れを通じて消費者に押し付けられる。価格は上昇し続けている。」、「ヘルスケアではコストと品質の間に相関関係がないため、消費者が情報に基づいた決定を下すことは困難である。」と、医療サービスの現場における競争のなさを指摘している。
そして「病院、保険会社、製薬会社の間の境界線がぼやけてきている。テックの巨人、銀行、そして小売業者は、現状に不満を抱いており、その真空状態を解消しようと急いでいる。」、「それでも、壊れた医療システムを修正する唯一の方法は、米国のほぼすべての他の業界に競争、選択、価値をもたらしたのと同じ処方に従うことである。それはつまり消費者に権限を与えることである。」、「私たちはこの課題を解決し、米国人に手頃な価格で質の高い医療を提供するために、オスカーを設立した。」としている。
オスカーはこうした事業を行うにあたって、保険会社の形態を取ることを必須の条件と考えて実践してきた。公的な医療保険制度がなく、民間どうしのやり取りで医療費の支払いが行われる米国の医療制度においては、ヘルスケアの情報が必ず経由するポイントが保険会社であるからだ。
「保険会社として、私たちはすでにシステム内の誰よりもはるかに多くのデータを持っている。私が最初から保険会社でなければならないと感じたのはそのためである。保険会社は何が起こっているのかをリアルタイムで確認できる。大手製薬会社、大手医療プロバイダーなど、ヘルスケア分野のパートナーやベンダーは、リアルタイムのデータ分析に近いものは何も準備していない。それは最初から私たちにとって最も興味深い話題の1つであった。リアルタイムで情報を持ちたい。システムの中でよりリアルタイムの可視性を持つことが重要であるということが人々にとって明確ではないので、私たちはまるで3つの頭がある地獄の番犬ケルベロスであるかのように見られる。」
「21世紀の消費者のニーズに合わせてデータと資金の流れを再構築するためには、医療保険会社として自分自身がシステムの懐に入る必要があると考えた。」、「これまでにないテクノロジー主導型の医療保険会社として、私たちはメンバーのエンゲージメント、バーチャルなケアの提供、そしてメンバーを最も価値の高い医療提供者へと導くこと、に着手した。」
2――オスカーの概要
- 2013年、ニューヨークに設立された。事業開始は2014年。まだまだ新しい会社である。
- 創業者は、ハーバードビジネススクールの元同級生たち、マリオ・シュロッサー、ジョシュア・クシュナー、ケビン・ナゼミの3氏。シュロッサー氏はデータサイエンティストである。またクシュナー氏はトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏の弟である。
- 事業地はまだ全米ではなく、ニューヨーク、ニュージャージー、カリフォルニア、オハイオ、テキサス、テネシー、フロリダ、アリゾナ、ミシガンの9州。ここ2年は3州ずつテリトリーを拡大してきている。
- 医療保険の販売は、オバマケアで各地に設立された公設インターネット医療保険取引所であるエクスチェンジやスマホからのダイレクト販売または乗合代理店(ブローカー)を通じて行われる。
- オスカーが提供する医療サービスネットワークのメンバー(=医療保険契約者)数は、直近で26万人。対象地域の個人および中小企業(の従業員)を対象にサービスを提供している。
- 顧客満足度は業界平均の3倍。
- 従業員数は700人超。ニューヨーク、テンピ(アリゾナ州)、ダラス、ロサンゼルスにオフィスがある。新しい会社の割には従業員が多い。
- 2017年、はじめて医療損失率(保険金の支払い額等の収入保険料額に対する割合)が100%を切り保険引受マージンが発生した。メンバー数は2017年の10万人が、営業地域の拡大とともに2018年には26万人に急拡大した。保険料収入も、2017年の4億ドルが2018年には10億ドル超に増加した。
- そのテクノロジーと経験を持ち込み活躍できる新たな分野として2020年に公的医療保険を補完する色合いの強いメディケアアドバンテージに参入することを目指している。
3――利用者目線で見たオスカーのサービス 「顧客体験の心地よさ」
これを言い換えると、スマホやパソコンでかんたんに個々人の医的なニーズに適切に対応できるようにすること、患者が自身に関する情報にかんたんにアクセスできるようにすること、時間や場所を問わず必要なときに手篤く対応されたという心地よさが残る顧客体験を得ることができるということである。そのため、さまざまなサービスが構築されている。
(1)ウェブサイトや専用アプリ(オスカーアプリ)で、全ての手続き、リクエストができる
ウェブサイトの他に、オスカーでは顧客体験のプラットフォームとして、スマホ専用アプリ(オスカーアプリ)が準備されている。オスカーのメンバーは、オスカーアプリを使って、以下で説明するさまざまなことがかんたんに行える(各事項の詳細は次以降の項目を参照のこと)。
- 医師を探し予約する
- 自分専用のコンシェルジュチームにメッセージを送る
- 医師と無料で電話で話す(ドクターオンコール)
- 自分のこれまでの検査結果や処方箋を見る
- 自分の医療サービスに関する年間自己負担額の状況をトラックする
- 歩いて報酬を得るプログラムに参加する
オスカーの保険契約者は、毎年の健康診断、予防注射、メンタルヘルス、心臓ケア、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)、妊娠、子供、がん予防等に関するスクリーニングやカウンセリングなど、病気を予防し健康の維持につながる予防ケアを無料で受けることができる。
保険契約者(=メンバー)になると、ケアガイド3名と登録看護師1名で構成される各メンバー専用の「コンシェルジュチーム」が割り当てられる。メンバーがオスカーアプリをタップしてメッセージを送ったり電話したりすると、必ず専用コンシェルジュチームの誰かが対応する。オスカーの各種サービスは、パソコンやスマホからダイレクトにリクエストしたり予約することもできるが、オスカーはコンシェルジュチームへの相談と依頼を通して納得づくでリクエストがかなえられる方向を指向している。
コンシェルジュチームが行う具体的な対応例としては、以下のようなものがある。
- 患者が医者を探し受診が可能かを調べるのを手伝い、メンバーを適切な医師と結び付ける
- 医学的なアドバイスを行い、慢性疾患の管理を手伝う
- 患者と医師の電話によるコンタクト(遠隔医療)(ドクターオンコール)を仲介する
- 医療費償還の書類を記入するのを手伝う等、請求書、給付金、および処方箋に関連するサポートを提供する
- 患者がER(緊急治療室)に行くことになった場合、退院やその後のフォローアップケアを手伝う
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