2019年07月05日

介護保険制度が直面する「2つの不足」(上)-3年に一度の見直し論議が本格化へ

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2介護現場の労働力不足
ここに労働力の不足という悩ましい問題が関係してくる。団塊世代向けの介護需要が大きくなっていく中、生産年齢人口が減少するため、介護現場で働く労働力が不足する点も大きい。

具体的なイメージは図4の通りであり、2025年までに約55万人が不足すると試算されている。生産年齢人口が今後、年間30~60万人減少していく中で、2025年に向けて増加する需要に対して介護現場で働く人材をどう確保するのか難しい問題となっている。
図4:介護人材不足の予想
先に触れた通り、介護職の魅力を向上したり、処遇を改善したりしているのは、多くの人を介護現場に惹き付けることを通じて、人手不足を少しでも解消したいという判断がある。政府が外国人人材の受け入れ拡大に舵を切った理由も、政府高官が「介護現場の労働力不足で介護施設を開けない」という実態を地元経由で耳にしたことが大きいとされている14

介護ロボットやICTの活用についても、少ない労働力で介護現場を回すことを念頭に置いており、総務省の「自治体戦略2040構想研究会」が人口減少を見据えた自治体行政を考える方策として、ICTの活用に言及している点と符合している。

文書量の半減に関しても、介護現場の生産性を高めることを通じて、「如何にして少ない労働力で現場を効率的に回していくか」という問題意識が根底にある。実際、厚生労働省が2019年5月の「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」第2回会合で決定した「医療・福祉サービス改革プラン」では、サービス提供量÷従事者の総労働時間で算出される「医療・福祉分野の単位時間サービス提供量」を5%改善するとしている。

さらに、元気な高齢者に福祉分野で働いてもらう「介護助手」の拡大についても、労働人口の減少に対応する目的があり、2040年を意識した医療・福祉サービス改革プランで拡大策が言及されている。

労働力の不足問題については、「通い」の場や新しい総合事業の議論にも影響する。つまり、増大する介護需要に対して少ない労働力で対応する上では、介護保険サービスだけでなく、住民同士の支え合いなど介護職以外の支援が必要という議論であり、「通い」の場の拡大や新しい総合事業の充実は財源問題だけでなく、労働力の不足に対応できるという効果を期待している。

要介護高齢者の減少を期待する介護予防の強化や認知症の予防についても、「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制→少ない労働力で増大する需要増に対応」という論理構造に立っている。実際、2019年3月に厚生労働省が公表した『これからの地域づくり戦略』では、人手不足の時代が続くことを理由に、「本人の力や住民相互の力も引き出して、介護予防や日常生活支援を進めていく」必要性に言及している。

このように見ると、生産年齢人口の減少に伴う介護労働者の減少に対応するため、次期制度改正の5つの検討事項のうち、1番目と2番目の「通い」の場の整備、2番目の科学的介護の推進、4番目の認知症予防、5番目の外国人人材の受け入れ拡大、介護職員の処遇改善、介護ロボットやICTの導入が焦点として浮上していると言える。
 
14 2018年8月14日『朝日新聞』によると、菅義偉官房長官が地元から「介護施設を開設しても介護福祉士不足で使えない」という声を耳にしたことで、方針転換が主導されたという。
3多様化・複雑化するニーズへの対応
こうした2つの「不足」という制約条件の中で、在宅ケアの充実に向けた医療・介護連携の深化、認知症の人に対するケアの充実といった対応策が求められている15。つまり、3番目の地域包括ケアシステムの推進と、4番目の認知症「共生」の推進は「多様化・複雑化するニーズへの対応」と整理できる。
 
15 在宅医療の充実が論じられるようになった背景の一つには、国際的に過剰な病床を減らした場合の受け皿づくりという側面があり、在宅医療の議論自体も財源問題に求めることも可能だが、ここでは詳しく述べない。
4介護保険を巡る課題の整理
以上のように考察すると、「介護保険財源の不足」「介護現場の労働力の不足」という「2つの不足」が大きな制約条件となる中、認知症ケアなど多様化・複雑化するニーズに対応しなければならない難しい局面にあると言える。

特に「2つの不足」に対応する上では、介護保険の財源構成の見直し、給付対象範囲の見直しなど抜本的な議論が必要になると思われるが、骨太方針2019や介護保険部会に提出された資料を見る限り、「通い」の場の整備や介護予防に力点を置いており、負担と給付の議論に真正面から取り組む姿勢は見られない。負担と給付の議論に手を付けると、税金や保険料負担の増加や給付範囲の縮小といった選択肢の議論に繋がり、国民や事業者の反発が避けられないためである。そこで、負担と給付の在り方を真正面から議論するのではなく、国民や事業者の反発が小さい介護予防の強化に議論が集中しやすくなっている。

2021年度制度改正についても、「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制、要介護度の維持・改善→介護給付費の抑制」「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制→少ない労働力で増大する需要増に対応」という効果を期待しつつ、認知症予防を含む介護予防を強化する流れが強まっている。
 

6――おわりに

6――おわりに

以上、厚生労働省の資料に関する考察を通じて、介護保険制度を巡る論点と課題を浮き彫りにした。その結果、財源と労働力の「2つの不足」が制約条件となる中、新しいニーズへの対応を求められる難しいハンドリングを強いられていることが分かった。

しかし、介護保険部会に提出されている厚生労働省の説明資料は「通い」の場の整備など細部にこだわり、全体像が見えにくい印象を受ける。筆者の整理だけが正解とは言い切れないが、いきなり制度改正の細かい点を議論するのではなく、「2つの不足」を見据えつつ、負担増や給付抑制など介護保険制度を巡る大きな問題から考えるスタンスに期待したい。

(下)では「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」に対応すると期待されている「通い」の場の整備を含めて、地域づくりや新しい総合事業の論点について議論を深堀りしたい。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2019年07月05日「基礎研レポート」)

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