2019年07月05日

介護保険制度が直面する「2つの不足」(上)-3年に一度の見直し論議が本格化へ

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3地域包括ケアシステムの推進
地域包括ケアという言葉は在宅医療の充実など多義的に使われており、取り扱いに注意を要する6が、在宅医療の推進、医療・介護連携の充実、生活支援の充実を図る必要性とともに、介護を理由に会社を辞める「介護離職」の動向と対などが論じられている。

これらの点については、それぞれに多くの論点が含まれているため、本レポートでは在宅医療の充実や医療・介護連携の充実について詳述する。この関係では表3に記した「在宅医療・介護連携推進事業」を含めて、市町村への支援策が焦点となる可能性がある。

具体的には、在宅ケアは生活に密着している分、医療・介護の境目が低く、情報連携などで両者の連携が問われるケースが多い。このため、厚生労働省は過去にも診療報酬、介護報酬の改定に際して、医療・介護連携を促すための各種インセンティブを設けてきたほか、介護保険財源の一部を転用する在宅医療・介護連携推進事業を2015年度制度改正で創設し、2018年4月までに表3の8事業を実施するよう全市町村に義務付けた。

在宅医療・介護連携推進事業が制度化された背景には、在宅医療に関する市町村のノウハウ不足がある。市町村は予防・保健、健診などを所管しているが、保険医療機関の指定などの権限を持つ都道府県と比べると、医療提供体制に関する接点が少なかった。このため、在宅医療・介護連携推進事業を通じて、市町村が介護保険だけでなく、在宅医療についても関わっていくことが期待されている。
表3:在宅医療・介護連携推進事業の内容
表4:人口規模で見た市町村と医師会の協力関係の状況 しかし、在宅医療・介護連携推進事業に関する調査7を見ると、その取り組みの進捗や深度にはバラツキがある。例えば、在宅医療の充実に際して重要な役割を担う地元医師会との連携を見ると、表4の通りに小規模市町村ほど取り組みが遅れており、市町村向け支援策などが論じられることになりそうだ。

このほか、▽資源開発やネットワーク構築などを通じて、高齢者の生活を支える「生活支援コーディネーター」の充実、▽高齢化が進む大都市部を念頭に学校の空き教室や医療機関の既存施設などを活用した新たなサービス提供の方法――なども介護保険部会の資料に盛り込まれている。
 
6 2014年成立の地域医療介護総合確保推進法は地域包括ケアについて、「地域の実情に応じて、高齢者が可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」と定義している。
7 野村総合研究所(2019)「地域包括ケアシステムにおける在宅医療・介護連携推進事業のあり方に関する調査研究事業―実態調査編―」(老人保健健康増進等事業)を参照。
4|認知症「共生」「予防」の推進
4番目の柱として、認知症施策の推進がうたわれている。この分野では2015年1月、「認知症施策推進総合戦略」(新オレンジプラン8)が策定され、(1)認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進、(2)認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供、(3)若年性認知症施策の強化、(4)認知症の人の介護者への支援、(5)認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進、(6)認知症の予防、診断、治療、リハビリテーション、介護などモデルの研究開発、成果普及、(7)認知症の人やその家族の視点の重視――――という7つの政策が進んでいた。

しかし、政府は認知症関連施策の一層の強化を図るため、2018年12月に官房長官をトップとする「認知症施策関係閣僚会議」を新設し、これまでの「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに係る関係省庁連絡会議」を改組した。さらに、関係閣僚会議を中心に新たな施策を議論し、今年6月に「認知症施策推進大綱」(以下、認知症大綱)を策定した。

認知症大綱では、▽認知症の人が尊厳と希望を持って認知症とともに生き、認知症があってもなくても同じ社会でともに生きることを意味する「共生」、▽「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」ことを目指す「予防」――の2つを車の両輪のように位置付けつつ、認知症当事者に配慮した取り組みを実施する企業の認証・表彰制度の創設、認知症の発症を遅らせるための社会参加を促す「通い」の場の整備など各種施策を盛り込んでいる。さらに、かかりつけ医認知症対応力向上研修の受講者数など、一部の施策についての数値目標が引き上げられた。

認知症大綱の詳しい内容や評価については、稿を改めることで考察を深めることとしたいが、介護保険部会では大綱に沿った議論が展開されることになりそうだ。
 
8 最初のオレンジプランは2012年9月に策定された。
5|持続可能な制度の再構築・介護現場の革新
5番目の「持続可能な制度の再構築・介護現場の革新」について、介護保険部会に提出された資料では、介護保険給付費や保険料の見通し、生産年齢人口の減少を踏まえた介護労働者の不足など既存の資料を改めて示しつつ、(1)介護職員の給与引き上げを含めた処遇改善の実施、(2)介護福祉士修学資金貸付などの支援策、(3)介護ロボットやICTの活用、(4)介護現場の魅力向上や情報発信、(5)外国人材の受け入れ拡大――などに関する取り組みを紹介している。

また、2019年度から始めた事業として、▽介護職員の定着促進に向けたキャリアパスの構築を通じて介護人材の専門性を高める一方、基礎的な部分については多様な人材の参入促進を図るという「介護職機能分化等推進事業」などに言及している。

さらに、関係団体のトップなどが介護現場の生産性向上を論じる「介護現場革新会議」の動向、現場の実践例として、地域の元気な高齢者に介護現場で働いてもらう三重県の「介護助手」に関する資料が盛り込まれている。この点に関して、「25を超える都道府県で高齢者を助手として活用」という新聞報道9がなされており、こうした取り組みを拡大する方策が今後、介護保険部会を中心に論じられる可能性がある。

このほか、介護現場における文書量半減の必要性も盛り込まれており、介護保険部会の下に新設する「介護分野の文書に係る負担軽減に関するワーキング・グループ」で集中的に議論するとしている。
 
9 2019年6月7日『日本経済新聞』夕刊。
 

4――5つの「検討事項」の評価

4――5つの「検討事項」の評価

では、介護保険部会に提出された資料を通じて、どういった制度改正の論点を予想できるだろうか。上記の論点を見ると、かなり多岐に渡ることが分かるが、キックオフ会合となった今年2月の介護保険部会の資料を見ると、「再掲」や重複が数多く見られるなど、施策の体系化が十分とは言えない。さらに、制度改正の議論が細かい部分に立ち入っている分、全体像が見えにくくなっている感も否めない。

そこで、介護保険を巡る状況を筆者なりに整理すると、「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」が大きな制約要因となる中で、医療・介護連携の推進や認知症ケアなど「多様化・複雑化するニーズへの対応」に迫られていると考えている。

以下、5つの検討事項で想定される制度改正を「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」「多様化・複雑化するニーズへの対応」という3つの括りで再整理していく。
 

5――「2つの不足」と多様化・複雑化するニーズへの対応

5――「2つの不足」と多様化・複雑化するニーズへの対応

1介護保険財源の不足
最初に財源不足である。人口的にボリュームが大きい団塊世代が全員75歳以上となる2025年に向けて、介護需要が大きくなっていくことが予想されており、介護費用も増加する可能性が大きい。
図2:介護保険の財源構造 ここで介護保険の財源構造を確認すると、その構造は極めてシンプルであり、図2の通り、50%を税金(公費)、50%を保険料の比率で財源を確保している。

しかし、介護保険の総予算(自己負担を含む)は制度創設時の3倍に膨らんでおり、財源確保が課題となっている。具体的には、制度創設時の2000年度は約3.6兆円だったの対し、2016年度には10兆円程度まで増えた。
図3:65歳以上の高齢者に課される月額介護保険料の全国平均推移 その結果、65歳以上の高齢者(第1号被保険者)が支払う月額平均保険料は図3の通り、2000年度の2,911円から最新の数字で5,869円まで上昇した。これは基礎年金からの天引きであり、基礎年金の平均支給額は概ね5万円であることを踏まえると、65歳以上の人の保険料については、これ以上の大幅な引き上げは難しく、図2の財源構造を見直すか、給付対象の縮小を含めてサービス体系の見直しに手を付ける必要に迫られる。

このうち財源確保の方策としては、(1)40歳と定めた介護保険料の納付開始年齢の引き下げ、(2)2割、3割負担の対象者拡大――の2つの選択肢が想定される。

前者の(1)は納付開始年齢を「40歳以上」から例えば「20歳以上」に引き上げるアイデアである10。これは以前から話題になっている論点であり、筆者の試算では1兆円前後の増収になる見通しだが、64歳以下の人を対象とした障害者総合支援法との整合性が問われるほか、前回の制度改正時には勤め人の保険料の半分を負担する経営者サイドの反対で沙汰止みになった経緯がある11ため、実現は難しいと思われる。

さらに、後者の(2)は介護保険サービスを利用する際の自己負担について、2割、3割負担の対象者を拡大するアイデアである。介護保険は制度創設時、一律1割の定率負担を導入したが、2015年度改定で2割負担、2018年度改定で3割負担を導入した。現在、全給付者に占める割合を見ると、2割負担の人は7%前後、3割負担の人は2%前後であり、今後は2~3割負担の対象が拡大する可能性がある。このほか、現在は自己負担を徴収していない介護サービス計画(ケアプラン)の作成の有料化も議論になる可能性が想定される。

しかし、これらの選択肢は国民の反発が予想される。さらに財源確保と並ぶ方策として、軽度者向け給付や生活援助の見直しも争点となるが、こちらも国民や事業者の反発が予想される。

そこで、「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制、要介護度の維持・改善→介護給付費の抑制」を狙った制度改正が2018年度に実施された12。こうした流れが2021年度制度改正の議論でも踏襲されつつあり、「通い」の場の整備や科学的介護の推進、保険者機能強化推進交付金の見直しは、近年の制度改正の延長線上に位置する。

さらに認知症の予防が論じられている点についても、「認知症予防の充実→認知症の人の減少・抑制→介護保険給付費の抑制」という展開を期待していると言えるだろう。実際、認知症大綱が「予防」を重視した背景には、経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)の民間議員から認知症予防の必要性を訴える資料が示されたことや、「かかってからの治療が難しい認知症や生活習慣病を中心とした病気への予防と健康寿命の延伸が何よりも重要」という発言が出たことが影響している13

つまり、次期制度改正の5つの検討事項の中で、1番目と2番目の「通い」の場の整備、2番目の科学的介護の推進と保険者機能強化推進交付金、4番目の認知症予防が論じられている原因の一つは財源不足であり、「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制、要介護度の維持・改善→介護給付費の抑制」という効果が期待されていると言える。
 
10 納付開始年齢引き下げによる増収試算の詳細は拙稿2019年2月26日「介護保険料の納付開始年齢はなぜ40歳なのか」、障害者総合支援法との整合性については拙稿2018年11月29日「『65歳の壁』はなぜ生まれるのか」を参照。
11 2016年8月31日、第62回社会保障審議会介護保険部会議事録を参照。
12 介護予防に力点を置く自立支援介護の論点については、2017年12月10日拙稿「『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か」、自立の変化については、2019年2月8日拙稿「社会保障関係法の『自立』を考える」を参照。
13 2018年10月5日経済財政諮問会議資料、議事要旨を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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