2019年06月07日

NY金が1300ドル台を回復、1400ドル突破の条件は?

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:NY金1300ドル台回復、1400ドル突破の条件は?

(NY金上昇の背景)
5月27日時点で1オンス1270ドル台であったNY金先物価格(以下、「NY金」)はその後反発し、31日には節目である1300ドル台を回復、足元では2月下旬以来の高水準にあたる1340ドル台まで上昇している。

この反発の理由は金にとっての強材料が揃ったためだ。

一つ目は米国と他国との間の摩擦激化が挙げられる。米トランプ政権が5月に入って中国製品に追加関税を課し米中摩擦が激化、早期の解決は困難との見方が広がったのに加え、31日にはメキシコ製品に追加関税を課すと発表したことで、世界経済の先行き懸念がさらに高まった。
FF金利先物が織り込む米政策金利の動き(年内) そして、二つ目はこれとも関連するが、FRBの利下げ観測が急激に台頭したことが挙げられる。5月30日にFRBのクラリダ副議長が「物価低迷や下振れリスクが現れた際には適切な政策を考える」と発言したのに続き、今月4日にはパウエル議長が「景気の拡大を持続させるため適切に行動する」と発言した。共に利下げを視野に入れた発言であったため、市場の利下げ観測が大きく高まった。

具体的に、FF金利先物市場が織り込む年内の利下げ確率を見ると、5月下旬以降に「現状維持(利下げなし)」と「1回の利下げ」の確率が急低下する一方、「2回以上の利下げ」の確率が急上昇し、直近では8割を超えてきている。
 
こうした動きを受けて、金融市場では株価が下落(VIX指数上昇)し、金利低下が鮮明になった。株安が安全資産としての金需要に繋がり、金利低下が金利を生まない金の相対的な魅力を高めたことで、NY金は大きく反発することになった。
NY金とVIX指数/NY金と米長期金利
(依然、レンジ内に留まる理由)
ただし、NY金は反発したとはいえ、未だに1200ドル弱~1300ドル台後半という近年におけるレンジ内での動きに留まっており、2013年秋以前の水準である1400ドル超までは距離がある。

そして、NY金の上値を抑えている要因はドル高だ。昨年来、ドルは多くの通貨に対して上昇している。ドルの総合的な強弱を随時把握するために広く参照されているICEのドルインデックスを見ると昨年来上昇基調にあり、直近こそやや低下したものの高止まりしている。

NY金はドル建て表記のため、ドルの為替レートが上昇すると、米国以外の需要家にとっては割高になる。実際、足元のNY金(ドル建て)は昨年年初の水準を3%弱上回っているに過ぎないが、ユーロや人民元に換算すると1割近く高い水準ということになる。
 
最近では、FRBの利下げ観測が高まっているため、本来であればもっとドル安が進んでもおかしくない。しかしながら、(1)市場がリスクオフに傾く際には基軸通貨であるドルが(円ほどではないにせよ)選好されること、(2)世界の中で相対的に米国の景気は底堅く、先進国の中では金利水準が高いことからドルの高止まりが続いている。また、(3)景気減速を背景としてユーロや人民元の下落圧力が強いことが(裏返しとして)ドルを押し上げている面もある。
NY金とドルインデックス/NY金先物価格(各国通貨換算)
ちなみに、過去の事例を振り返ると、2000年代最大の世界的ショックであったリーマンショック(2008年9月)の際もNY金の上値は重かった。リーマンショック後に株価は暴落し、VIX指数も過去最高を記録していたにも関わらずNY金の上値が重かったのは、危機に伴う換金売りが出たほか、流動性確保のために決済通貨であるドルを調達する動きが強まり、ドル高が進んだためと考えられる。NY金が上昇基調に入ったのは、ショックがひと段落した後のことになる。
NY金とVIX指数(長期・月中平均)/NY金とドルインデックス(長期・月中平均)
ドルインデックスとVIX指数の推移(月中平均・マトリクス) (1400ドル突破の条件)
従って、NY金が今後も上昇し、1400ドルの節目を突破するためには、市場で先行き懸念が残存することに加えて、ドルの下落が必要になると考えられる。

実際、NY金が過去継続的に1400ドルを上回っていたのは、2011年3月から2013年5月の期間だが、この時期は欧州債務危機で市場の先行き懸念が燻っていた(VIX指数が低位になかった)うえ、FRBによる量的緩和第2弾・第3弾実施を受けてドルが低迷しており、ドルインデックスは現在よりも2割程度低い水準にあった。
 
今後、NY金が1400ドルを突破するシナリオとしては、2種類のシナリオがあると考えられる。

一つは、「米経済失速シナリオ」だ。これは、米中摩擦の激化などから米経済が失速し、FRBが大幅な利下げに踏み切るというシナリオだ。この場合、前述した「世界の中で相対的に米国の景気は底堅く、先進国の中では金利水準が高い」というドルの優位性が崩れ、リスクオフとともにドル安が進行することで、1400ドル突破の条件が揃うだろう。

そして、もう一つは、「ユーロ大幅上昇シナリオ」だ。ドルインデックス構成通貨のうち、ユーロの割合は6割近くを占めているため、ECBの利上げ(マイナス金利縮小)などを材料にユーロの対ドルレートが上昇すると、ドルインデックスは押し下げられる。さらに何らかの景気下振れリスクが浮上すれば、NY金1400ドル突破の条件が揃うことになる。
 
ただし、世界経済の下振れリスクが強まる中、ECBは昨日、「少なくとも来年半ばまで」政策金利を据え置く方針を表明しており、「ユーロ大幅上昇シナリオ」の実現は遠のいている。従って、メインシナリオではないが、早期に実現する可能性があるとすれば、「米経済失速シナリオ」の方だろう。

もし、同シナリオが実現する場合、NY金の1400ドル突破は「世界経済に赤信号が灯った」ことを意味することになる。そして、その段階になって振り返ってみると、現在の1300ドル台回復は「世界経済に黄信号が点灯していた」ことを意味していたことになるだろう。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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