2019年06月05日

インド経済の見通し~財政金融政策により景気は年度後半から持ち直すも、輸出減速で緩慢な成長が続くと予想(2019年度+7.0%、2020年度+7.3%)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

経済概況:内需が冴えず、成長率6%割れ

(図表1)インドの実質GDP成長率(需要側) 2019年1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比5.8%増(2018年10-12月期:同6.6%増)と低下し、5年ぶりの低水準を記録した1(図表1)。昨年のインド経済は16年11月の高額紙幣廃止や17年7月の物品サービス税(GST)導入に伴う経済の混乱からの回復局面が続いて4-6月期には+8%成長を記録したが、その後は回復局面が一服、19年に入ると消費の変調が鮮明になるなど景気の減速傾向は強まっている。
(図表2)自動車販売台数 1-3月期の実質GDPを需要項目別に見ると、民間消費と投資の鈍化が成長率低下に繋がった。
(図表3)失業率の推移 まず民間消費は同7.2%増(前期:同8.1%増)と低下した。昨年8月下旬に起こったインフラ開発・金融大手IL&FS社のデフォルト以来、流動性が収縮していたノンバンク金融会社(NBFC)2の融資が低迷しており、乗用車やバイクなどの耐久消費財を中心に消費が減速した(図表2)。また農業生産の低迷による農業所得の鈍化や雇用環境の悪化も消費需要の減少に繋がったとみられる。実際、1-3月期の農林水産業の成長率は同0.1%減(10-12月期:同2.8%増)と低下しており、またCMIEによると失業率は2019年5月に7.2%と、年明けから7%程度で高止まりしている(図表3)。
設備稼働率の推移 総固定資本形成は同3.6%増(前期:同11.7%増)と急低下した。設備稼働率は昨年10-12月期に75.9%まで上し、ここ数年間でみると高め水準にあったが(図表4)、総選挙の先行きの不透明感から選挙結果を見極めようと企業が投資を見合わせたこと、また上述のノンバンク金融会社の流動性収縮が投資に悪影響を及ぼしたものとみられる。

一方、公共部門は景気を下支えた。年度末の予算執行の加速や選挙関連支出により、政府消費は同13.1%増(前期:同6.5%増)と、2四半期ぶりの二桁成長まで上昇した。

純輸出については、まず輸出が同10.6%増と、4期連続の二桁成長となったものの、前期の同16.7%増から増勢が鈍化した。一方、輸入は同13.3%増(前期:同14.5%増)と、内需の減速を反映して小幅に減速した。結果として、純輸出の成長率寄与度は▲0.9%ポイント(前期:▲0.2%ポイント)と悪化した。
 
1 2018-19年度通年の成長率は前年比6.8%増(2017年度:同7.2%増)と低下し、5年ぶりに7%下回った。
2 インドでは不良債権問題を背景に国営銀行の融資が厳格化するなか、ノンバンク金融会社(NBFC)がインドの中小企業や消費者向けの信用供与を拡大させてきた。預金を持たないNBFCは資本市場で資金調達を行うため、IL&FSのデフォルトをきっかけとする流動性逼迫により経営状況が悪化している。
 

経済見通し: 19年度は+7%程度の勢いを欠いた成長へ

経済見通し: 19年度は+7%程度の勢いを欠いた成長へ

先行きのインド経済は、引き続き中間層の増加が成長の中核となることには変わりない。今後はノンバンク金融会社の流動性問題の影響が一巡する7-9月期から景気が持ち直しに向かうものとみられる。需要項目別にみると、政府の財政出動や政治リスクの後退を背景に消費が復調、投資は堅調な拡大が続くだろう。しかし、今後は輸出の減速が強まるために持続的な景気拡大までは見込みにくく、19年度は+7%程度の勢いを欠いた成長が続くと予想する。

民間消費は足元で減速傾向にあるが、今後は農家の所得向上と所得減税の影響で下げ止まり、底堅い伸びを続けると予想する。政府は今年度の暫定予算に盛り込んだ農家支援金の直接給付3を3月に開始している。またインド気象局(IMD)の1次予測によると、今年の南西モンスーンは順調な雨量が得られる見通しであり、カリフ期の穀物生産は順調に推移する期待が高まってきている。農家の収入増加を通じて、農村部の消費需要は今後改善に向かうだろう。さらに政府は暫定予算において個人所得税の減税案を盛り込んでおり、これが実施されれば都市部の中間層の購買意欲を刺激するとみられるほか、インド準備銀行(RBI、中央銀行)の金融緩和やノンバンク金融会社に対する流動性供給策も消費需要の下支えとなるだろう。もっとも雇用情勢は厳しさを増しており、政府と中銀の支援策が機能しなければ都市部を中心に消費の冷え込みが続く恐れもある。

総固定資本形成は輸出減速により昨年のような二桁成長こそ望めないものの、総選挙を終えて政治の先行き不透明感が払拭されたことから堅調な拡大ペースに戻るだろう。4月に開票された下院総選挙では、モディ首相率いるインド人民党が前回総選挙(2014年)を上回る議席を獲得する歴史的勝利をおさめた。経済政策の継続性が担保されたため、企業は新政権発足まで見合わせていた新規投資に踏み切るものと予想される。またBJPの圧倒的勝利はモディ政権の経済改革への期待の高まりに繋がるため、経営者の景況感指数は改善して投資に弾みがつく展開も予想される(図表5)。なお、インド人民党は総選挙で掲げた公約のなかで「今後5年で100兆ルピーのインフラ投資」、「世界銀行が公表するビジネス環境ランキングで世界50位入り」を打ち出している。財政赤字を抱えるインド政府がインフラ投資を加速させるには財源の捻出が不可欠であるため、物品サービス税の見直しや直接税の簡素化など税制改革が進展しなければ、投資が息切れする恐れもある。

外需については、まず輸出が財貨・サービス共に取引相手国の景気減速を受けて鈍化しよう。また足元では米中貿易摩擦が再燃する一方、米トランプ政権が一般特恵関税制度(GSP)の対象国からインドを除外4するなど輸出を巡る環境は悪化しており、輸出の低迷は長期化する恐れもある。一方、輸入は内需の回復を背景に緩やかな拡大が続くことから、純輸出の成長率寄与度は悪化するだろう。

以上の結果、19年度の実質GDP成長率は内需の回復を輸出の低迷が相殺して+7.0%(18年度:+6.8%)の勢い欠いた成長となるだろう(図表6)。しかし、20年度は新政権の経済政策による投資の持続的な拡大や輸出の底打ちを受けて+7.3%成長まで回復すると予想する。
(図表5)インド 経営者景況感指数/(図表6)経済予測表
当面の注目ポイントは、7月上旬に公表される19年度国家予算で暫定予算以上の拡張的な財政スタンスが示されるかどうかだ。足元の景気減速を踏まえれば更なる財政出動に期待がかかるが、この場合インド政府は財政赤字目標(2019年度はGDP比▲3.4%)を後退させて海外投資家の信頼を失う恐れもある。農家に対する直接現金給付の対象拡大や今後5年で100兆ルピーのインフラ投資などの選挙公約を果たす一方で投資家の信頼を損なわないためには、GSTの合理化や直接税の簡素化など税制改革の方針を示して将来的に歳出と歳入のバランスを取ることが示す必要があるだろう。

2期目のモディ政権では、モディ氏の最側近として財務相を務めたアルン・ジャイトリー氏が健康問題を理由に入閣を辞退したため、これまで国防相を務めていたニルマラ・シタラマン氏が次期財務相に指名された。あまり存在を知られていない同氏がどのように経済の舵取りを行うのか市場の注目が集まっている。
 
3 農家支援金の直接給付(通称:PM―Kisan)は総額7,500億ルピーを予算計上しており、1,000万を超える小規模農家に対し1世帯当たり年間6,000ルピーを3回に分けて支給される。昨年12月から遡って適用され、一回目の支給は3月末までに完了する見通し。
4 5月31日、米トランプ大統領がインドを一般特恵関税制度(GSP)の対象から除外することを発表した。GSPは途上国の経済発展を促すことを目的に米国への輸入にかかる関税を一部免除する制度である。GSP除外により、インドから輸出される自動車部品や化学薬品、食器類に最大7%の関税が課されることになる。
 

(為替の動向)年後半から再びルピー安へ

(為替の動向)年後半から再びルピー安へ

(図表7)インドの為替レートと株価指数 インドルピー(対米ドルレート)は昨年初から10月にかけて下落傾向が続き、一時は史上最安値となる1ドル74ルピーをつけた(図表7)。これは国営銀行による巨額の不正取引による詐欺被害や米国の金融引き締めを背景とする新興国不安の高まり、米中貿易戦争の過熱、そして国内の石油需要の8割を輸入に依存するインドにとって原油高が通貨の売り材料となったためだ。しかし、11月に入ると原油価格の急落や米FRB議長のハト派的な発言を受けて新興国からの資金流出に対する警戒が後退してルピーを含む新興国通貨を買い戻す動きが広がり、3月にかけて1ドル68ルピーまで上昇した。足元では総選挙におけるインド人民党の圧勝が好感されてルピーは安定して推移、RBIはドル買い介入で外貨準備を積み増している。
(図表8)経常収支 先行きのルピー相場は、BJP勝利を好感した資本流入が次第に弱まると共に、原油価格が底入れするなかで再び下落傾向で推移しよう。市場では米利上げ観測が後退し、金利差拡大を背景とした新興国からの資金流出懸念は薄れているが、5月以降の米中貿易戦争の再燃で世界経済の減速が強まる懸念が高まっており、これまで新興国に流れ込んできた大量のマネーが流出する恐れがある。また7月の国家予算の発表で政府の景気支援策が決まれば財政赤字の拡大、そして消費需要の回復を背景とする経常赤字の拡大が通貨の売り材料となりそうだ(図表8)。
 

(物価の動向)19年度後半からインフレ警戒感が強まる

(物価の動向)19年度後半からインフレ警戒感が強まる

(図表9)消費者物価上昇率 インフレ率(CPI上昇率)は、2018年初は消費需要の回復や原油価格の上昇を背景にインフレ率が+5%前後(RBIの物価目標4±2%の範囲内)で推移していたが、年後半からは食品価格の下落と燃料・光熱費のピークアウトからインフレ圧力が後退、19年1月には+2.0%まで低下した(図表9)。その後、インフレ率は食品価格のデフレ圧力が弱まったことから底打ちして4月には+2.9%まで上昇している。もっとも昨年の原油価格下落の影響で燃料価格の値上げは抑制されており、インフレ率はRBIの中期インフレ目標(2.0-6.0%)の中央値を下回って推移している。

先行きのインフレ率は、当面食品価格を中心に緩やかに上昇、その後は政府による財政出動、RBIの金融緩和を背景に消費需要が回復する年後半から物価上昇ペースが強まる展開を予想する。19年度末にはRBIの中期インフレ目標の中央値である4%を上回るまで上昇してインフレ警戒感が次第に強まるだろう。従って、CPI上昇率は19年度末には+4.3%、20年度末には+5.2%まで上昇すると予想する。

また当面は南西モンスーンがもたらす雨季(6-9月)の降雨がインフレリスクとなりそうだ。インド気象局(IMD)の1次予測によると順調な雨量(平年の96%程度)が得られる見通しであるが、民間気象会社スカイメット社はエルニーニョ現象による影響を大きくみており、IMDよりも少ない雨量(平年の93%程度)を予測している(同社は干ばつの発生確率を15%と予測)。インドにおける雨季の降雨量は年間の7割を占め、農産物の生育を左右するだけに食品価格に及ぼす影響も大きいとされる。雨季入り前の天気予報は予測精度が高いとは言えず、実際の降雨動向に注目が集まる。
 

(金融政策の動向)6月で利下げ打ち止め、20年度半ばには再び引締め局面に入ると予想

(金融政策の動向)6月で利下げ打ち止め、20年度半ばには再び引締め局面に入ると予想

(図表10)政策金利と銀行間金利 インド準備銀行は昨年、燃料価格の上昇や通貨安による物価上昇を警戒して金融引き締めに舵を切った(図表10)。昨年6月と8月の金融政策委員会(MPC)では2会合連続の利上げに踏み切り、10月の会合では政策金利を据え置きつつも政策スタンスをこれまでの「中立」から「引き締め」に変更した。

しかし、12月には政府との不仲が伝えられたパテル総裁が辞任し、モディ首相に近いとされるダス元財務官が新総裁に就任すると風向きが変わった。政府が2月1日に選挙対策色の強い来年度予算案を発表すると、RBIは2月7日の会合で政策金利を従来の6.50%から6.25%へと引き下げると共に、当面の金融政策のスタンスを「引き締め」から「中立」に戻した。さらに4月の会合では、景気減速やインフレ率の低迷により金融緩和余地が生まれたことから、RBIは追加利下げを実施している。

先行きについては、まず6月の金融政策決定会合でRBIは1-3月期のGDP統計で更なる成長鈍化が確認されたこと、米中貿易摩擦の再燃で輸出の下振れリスクが高まったこと、インフレ率が中期目標の中央値を下回って推移していることを考慮して3会合連続となる利下げ(▲0.25%)を決定すると予想する。しかし、先行きのインフレリスクや世界景気不安を背景とする新興国資金流出を警戒して金融政策のスタンスは「中立」を維持し、RBIの利下げは一旦打ち止めとなるだろう。その後、19年度末にかけては景気回復の遅れや緩やかな物価上昇を背景に政策金利は据え置かれるが、20年度半ばには景気回復や通貨安を背景にインフレ警戒感が高まるなかでRBIが再び金融引き締めに動くと予想する。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2019年06月05日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【インド経済の見通し~財政金融政策により景気は年度後半から持ち直すも、輸出減速で緩慢な成長が続くと予想(2019年度+7.0%、2020年度+7.3%)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

インド経済の見通し~財政金融政策により景気は年度後半から持ち直すも、輸出減速で緩慢な成長が続くと予想(2019年度+7.0%、2020年度+7.3%)のレポート Topへ