2019年05月30日

策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える(上)-公立・公的医療機関の役割特化を巡る動きを中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3――地域医療構想策定後の動向

1地域医療構想の進め方に関する国の通知(技術的助言)
通知は「2年間程度で集中的な検討を促進する」とする2017年6月の「骨太方針2017」(経済財政運営と改革の基本方針)に沿った対応であり、都道府県に対して、調整会議での合意事項を「具体的対応方針」として取りまとめることを求めた。その際、(1)2025年を見据えた構想区域で担うべき医療機関としての役割、(2)2025年に持つべき医療機能ごとの病床数――の2点を対応方針に盛り込むように定めた。例えば、「××病院は急性期を担う」「その際の2025年の病床数は△△△である」といった点を対応方針に明記することを促したのである。

さらに、地域における公立・公的医療機関の役割を明確にする点も求めた。具体的には、医療需要や提供している医療サービスの機能、病床稼働率などの点で、公立・公的医療機関が民間医療機関では担えない分野に重点化しているかどうかを点検。その上で、公立・公的医療機関ごとに「新公立病院改革プラン」「公的医療機関等2025年プラン」を策定するとともに、全ての公立・公的医療機関の担うべき機能や病床数などについて、2018年度中に調整会議で合意形成することを求めた。

このほかに通知では、▽全病棟が稼働していない病棟(非稼働病棟)を持つ医療機関、▽新たな病床を整備する予定の医療機関、▽開設者を変更する医療機関――については、調整会議に出席し、必要な説明を行うことを求めた。都道府県に対しても、調整会議の運営に関する年間スケジュールを立案し、年4回程度の調整会議を開催することも要請している。会議の運営に際しても、「地域住民の協力が不可欠」として、できる限り速やかに会議資料や議事録を公表することを促した。

実は、これらの内容は国から都道府県に対する「技術的助言」であり、都道府県は必ずしも従う義務はないが、こうした中で都道府県はどのように対応しているのだろうか。以下、厚生労働省の資料に依拠しつつ、(1)具体的な医療機関名を挙げた議論の状況、(2)非稼働病棟を巡る議論の状況――の2点を確認する。
図3:役割などについて具体名を挙げて合意が済んだ医療機関の比較 2具体的な医療機関名を挙げた議論
まず、医療機関が担うべき機能や病床数などについて、具体的に医療機関名を挙げた議論の状況を見る。厚生労働省の集計14に従うと、771の公立医療機関、810の公的医療機関の役割について、2019年3月末までに合意形成が済んでおり、これを病床数に換算すると、公立・公的合わせて48万7,698床で合意形成が終わったとしている。さらに、民間などその他の医療機関で合意した分を加味すると、2019年3月までに80万6,923床で合意が終わったとしており、図3の通りに全体の総病床数(約128万8,000床)のうち63%で合意が進んだことになる。
 
14 2019年5月16日第21回地域医療構想ワーキンググループ資料を参照。
3非稼働病棟の状況
次に、非稼働病棟を巡る議論の状況を見る。厚生労働省の集計15よると、過去1年間に一度も患者を収容しておらず、2017年7月1日現在で「休棟中」と答えた病棟は病院で1万6,753床、診療所で9,109床あるという。

これに対し、鳥取県と沖縄県を除く全ての都道府県が調整会議で非稼働病床の方向性に関する検討に着手したとしている16
 
15 2019年5月16日第21回地域医療構想ワーキンググループ資料を参照。
16 ただし、鳥取県は元々、非稼働病床がゼロであり、実質的には沖縄県だけになる。
 

4――地域医療構想策定後の動向に関する評価

4――地域医療構想策定後の動向に関する評価

以上の動向を総合すると、手を付けやすい部分から議論を始めていると考えられる。

第1に、具体的な医療機関名を挙げる議論では、公立・公的医療機関の見直しが先行している点を指摘できる。例えば、図3で挙げた合意済み病床数のうち、公立・公的医療機関の比率は60.4%に上る。言い換えると、民間よりも公立・公的医療機関の議論を優先したことになる。

これは民間中心の医療提供体制が影響している。先に触れた通り、都道府県は民間医療機関に対して実効的な権限を持っておらず、民間医療機関との協議を進める上では地元医師会などとの調整も必要になるため、都道府県が関与しやすい公立・公的医療機関に関する議論が先行していると言える。

こうした流れについては、地域医療構想に関するワーキンググループで議論が進んでいる「具体的対応方針の検証に向けた議論の整理」(以下、「議論の整理」)で顕著となっている。「議論の整理」は現時点で合意に至っていないが、「病床数の多寡のみに固執した機械的で形骸化された議論」が繰り返されないようにする必要があるとして、がん、心筋梗塞などの心血管疾患、脳卒中、小児医療、周産期医療、救急医療、僻地医療、災害医療、研修・派遣機能などに関する実績を参考指標として、区域ごとの現状を検証する方向となっている。

さらに、分析を踏まえた協議・検証に際しては、「他の医療機関による代替の可能性がある公立・公的医療機関」は「再編統合の必要性について特に議論が必要な公立・公的医療機関」と位置付けることで、他の医療機関と統合する是非について結論を出す案が示されている。つまり、「議論の整理」に代表される通り、大きな方向性として、「公立・公的医療機関の役割を民間医療機関が担えない機能に特化する」という流れが強化されていると言える。

この点については、いくつかの動きが関係している。例えば、公立病院の赤字が地方財政の足を引っ張っており、「公立病院の改革が地方歳出の抑制や地方財政の健全化に繋がる」という議論が以前から根強くある17。さらに、日本医師会が「税金を多額に投入している公立病院と、税制優遇もない民間病院が同じ機能を担っている場合、公立病院は引くべきではないか、という提案だ」と指摘18している点も無関係ではないだろう。

第2の非稼働病棟も手を付けやすい分野である。民間医療機関が病床開設の許可を取っているのに、何らかの理由で稼働させていないのであれば、別の医療機関の参入可能性を阻害していることになり、都道府県による許可病床の返上要請は必要な対応と言える。

ただ、非稼働病床を実態に合わせるだけなので、現状に特段の変化が生まれるとは言えず、こちらも都道府県から見ると手を付けやすい部分と言える。

こうした手を付けやすいところから議論を進めることを政治学では「漸増主義」(incrementalism)と呼ぶことがある19。具体的には、政策変更の影響などが見通せない「限定合理性」の下では、制度を一気に改革するのではなく、手を付けやすいところから少しずつ改革することである。地域医療構想の場合、表1の病床データが一つの長期的な目安となり、それに向けて漸増主義的なアプローチが採られていると解釈できる。
 
17 公立病院改革については、総務省が2007年12月に「公立病院改革ガイドライン」を策定したのを契機に、独立行政法人化やネットワーク化、再編・統合など様々な動きが少しずつ進んでいる。しかし、内閣府が2016年8月に取りまとめた報告書「公立病院改革の経済・財政効果について」は「公立病院の経営指標は民間病院や公的病院に比べて劣っている」と指摘しており、財務省も財政制度等審議会の席上、公立病院の赤字圧縮を求める資料を提出している。
18 2019年4月27日の日本医学会総会における日本医師会の中川俊男副会長の発言。2019年4月29日『m3.com』参照。
19 漸増主義の必然性に関する指摘として、Charles E Lindblom,Edward J Woodhouse(1993)”The Policy-Making”〔薮野祐三・案浦明子訳(2004)『政策形成の過程』東京大学出版会]がある。
 

5――公立・公的医療機関の役割を特化する方法の評価

5――公立・公的医療機関の役割を特化する方法の評価

では、現在の漸増主義的な方法について、どんな論点が想定されるか。第1に、現時点は「具体的対応方針に公立・公的医療機関の名前を挙げたかどうか」をチェックしているに過ぎない点である。つまり、具体的対応方針で定められた役割分担が病床のスリム化や切れ目のない提供体制の構築に向けて、どこまで実効的かを検証しているわけではない。
表3:公立・公的医療機関の2017年度と2025年度予想の病床数比較 例えば、具体的に合意に至った公的・公立医療機関がどこまで方向転換を示したか見たのが表3である。ここでは公立・公的医療機関について、具体的対応方針が策定される前の2017年度病床機能報告と、具体的対応方針に盛り込まれた2025年時点での予想を比較している。これを見ると、回復期が1万床ほど増加しているものの、トータルの病床数はほとんど変わっていない。さらに、高度急性期、急性期も1~2%台の減少にとどまっており、具体的対応方針に盛り込まれたからと言って、必ずしも病床削減や病床機能再編が進んでいるとは言えない。

実際、地域医療構想に関するワーキンググループでは、日本医師会の委員から「がっかりする。公立・公的病院等しか担えない機能に特化しているかどうか、といった議論はほとんどしていないのではないか。さしたる議論もなく、合意したのだろう」といった意見が出た20ほか、財務省も2019年4月の会合で、全ての公立・公的医療機関の具体的対応方針が合意されていても、単にほぼ現状維持の方針が示されているだけに過ぎないケースも存在すると指摘した21
第2に、公立・公的医療機関の議論だけでは課題解決に至らない点である。図2で示した通り、日本の医療提供体制は民間中心であり、公立・公的医療機関の役割を限定化する現在の流れだけでは、提供体制改革は困難である。その際の方策として、2年に1回の診療報酬による誘導が想定されるが、診療報酬のルールや単価は全国一律であり、地域差を考慮できない。

そこで地域医療構想による調整が必要になってくるが、公立・公的医療機関が占めるウエイトには地域差がある。端的な例で言えば、大都市部は民間医療機関や私立大学の医療機関が多い一方、一般的な傾向として、過疎地では公立・公的医療機関が地域医療の中心的な役割を担っている。このため、公立・公的医療機関の見直し論議を優先する現在の手法が全ての地域で当てはまるとは限らない。

この点を考える上で、一つの参考になるのが図4である。縦軸は地域医療構想に盛り込まれた病床数を基に、2025年の必要病床数から都道府県の地域医療構想に盛り込まれた現状を差し引き、その差を現状で割って算出した数値であり、上に行くほど病床が不足、下に行くほど病床が余剰となることを意味している。これを見ると分かる通り、最大で30%程度の病床が余剰となる地域が見られる一方、三大都市圏を中心に高齢化率が上昇する地域は将来的に病床が不足する予想となっている。

さらに、横軸は病院数に占める公立・公的病院(都道府県、市町村、地方独立行政法人、日本赤十字、済生会、北海道社会事業協会、厚生連、健康保険組合及びその連合会、共済組合及びその連合会、国民健康保険組合)の合計のウエイトを示しており、中央部の赤い線が全国平均(29.6%)を示す。つまり、赤い線よりも右の部分では公立・公的機関のウエイトが大きく、逆に左側は小さいことを意味する。
図4:都道府県別に見た病床の将来予想と国・公立医療機関の病床数の状況
図4から言えることとしては、公立・公的医療機関の見直しを優先する手法だけでは全体として不十分という点である。具体的には、右下に位置する25道県は「将来的に病床が余剰となり、公立・公的が多い地域」であり、ここについては「公立・公的医療機関の役割を民間医療機関が担えない機能に特化する」という現在の流れで対処できる可能性がある。

しかし、高知県、佐賀県など左下に位置する14県については、「将来的に病床が余剰となり、公立・公的が少ない地域」に区分される。言い換えると。これらの地域は民間医療機関の役割が大きく、民間医療機関を交えた調整が求められる。

らに、左上に位置する東京都や埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、京都府、沖縄県の7都府県については「将来的に病床が不足し、公立・公的が少ない地域」に類型化されており、こうした地域ではウエイトが大きい民間医療機関(大都市部の場合は私立学校法人)と連携し、在宅医療や医療・介護連携の充実を図ることが求められる。

確かに図4については、いくつかの留意が必要である。例えば、(1)都道府県別の数値であり、構想区域別の地域差を考慮していない、(2)病床数をベースにしており、外来や在宅医療などを反映できていない――といった限界がある。

しかし、それでも「公立・公的医療機関の役割を民間医療機関が担えない機能に特化する」という現在の流れだけでは、病床数の適正化を含めた地域医療構想の達成が難しい点を把握できる。
 
20 2019年5月16日に開催された第21回地域医療構想に関するワーキンググループの様子を伝える同日配信『m3.com』参照。
21 2019年4月23日財政制度等審議会財政制度分科会資料。
 

6――おわりに

6――おわりに

地域医療構想の策定から2年を振り返るレポートの(上)では、「公立・公的医療機関の役割を民間医療機関が担えない機能に特化する」という動きが強まっている点を見てきた。これは手を付けやすいところから手を付けている点で、漸増主義的な方法と言えるが、全ての都道府県で有効とは考えにくく、今後は民間医療機関を交えた調整も重要になってくる。

では、こうした地域医療構想の取り組みを加速する上では今後、どんなことが必要になるのだろうか。情報開示・情報共有の重要性を中心に(下)で考察したい。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年05月30日「基礎研レポート」)

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【策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える(上)-公立・公的医療機関の役割特化を巡る動きを中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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